アフトクラトルの撃退。それに伴う敵
司令部により通達されたその情報を受けた大河は、狙撃訓練場の真っただ中で深く息をはいた。
「あー……、逃げられたか」
さすがに少し急ぎ過ぎたかと僅かながら反省もする。
敵首魁の打倒を果たしたあと、射撃型の強化トリガー使いに気を取られ、結果的に
せっかくの
「すみません、大河さん。俺があのとき女のほうを狙っていれば……」
駆け寄ってきた三輪も開口一番に反省を口にした。
勝負を決める一撃を任された三輪は、その切っ先を向ける相手に無力化された大男を選んだ。ふだんは使わない旋空――慣れないオプショントリガーで動く的を狙いにくいのもあったが、何よりいざ近界民を殺せる場面に直面して彼は目標を見誤ってしまったのだ。ワープ使いを落とすことができれば、そのあとで如何様にもできるはずであったのに。
効率をとるようになった三輪も、実際に近界民が生身の状態で転がっているなんて状況を見たのは初めてのこと。咄嗟に突き動かされた身体は近界民の死を強く望んでしまった。その心に深く根付いた復讐心はそう簡単には消えずに、いまもまだ
「気にすんな。殺せるのはあの瞬間しかなかったしな。どうせ捕虜にしたって交渉だのなんだの言って許可下りねえだろうし」
大河はつまらなさそうにそうこぼして、責めるようなこともせずに頷いた。
下された命令は捕縛である。あの局面において、手が滑ったとか、怒りに我を忘れていた、などという言い訳が通用するのは戦闘中である間だけだ。
重傷に追い込んだリーダー格は逃してしまった。続いて戦闘を離脱しかけた女と身動きできない大男、殺すチャンスが一度きりとなれば三輪が大男のほうを狙ってしまっても、大河には責める気持ちは浮かばなかった。
「ま、とりあえずおつかれさん」
「あ、はい。おつかれさまでした」
大河が残った左腕を掲げ、一瞬なんのことかと戸惑った三輪が遅れて右手を上げて軽く打ち合わせる。
不器用なハイタッチを終えた二人は、なんとはなしに辺りを見回し、いまさらになってジャングルとなっている狙撃訓練場のありさまを見て目を丸くした。
――――――
――――
――
アフトクラトルの引き上げ直後、市街地における攻防戦においても近界民の撤退が確認された。
これにより全ての戦闘行動は終了、対
民間人
・死者0名
・重傷8名
・軽傷24名
ボーダー
・死者0名
・重傷1名
・軽傷144名(トリガーを解除していたC級隊員12名。非戦闘員132名。耳鳴り他、音響外傷等)
・行方不明58名(すべてC級隊員)
近界民
・死者1名
・捕虜1名
のちに第二次大規模侵攻と呼ばれることになるこの戦いはボーダーの勝利によって終わったが、その爪痕は他ならぬボーダーに大きく残されることとなった。
二度にわたるアフトクラトルの強襲。とくに第二波攻撃、本部基地内でのC級隊員の大量拉致はボーダーの防衛力に疑問を生み、多くの市民たちに不安を与えたのだった。
――――――――――
幾日かまたぎ、ようやく街に活気が戻り始めたころ。
大河と三輪は戦闘開始前に向かっていた焼肉店に赴き、この店自慢の特上肉に舌鼓を打っていた。
「んー。ウマいな、これ」
「三〇〇時間寝かせた熟成肉ですからね。値が張るだけはありますよ」
「腐らねーのかそれって」
「ドライエイジングというらしいです。実際肉の塊の外側はカビたりするので捨てて、熟成しきった中だけを提供するみたいですね」
「ほー」
感慨深げに肉を摘み上げた大河が、それを口に放り込んで頷きながら咀嚼する。
「なるほど高いわけだな。まあ臨時収入もあったしいいんだけどよ」
「ですね。学生には少し行き過ぎた金額ですが……」
値が張るメニューであったが、いま言ったように彼らの懐は温かかった。二人には近界民撃退に際して特級戦功の褒賞金が与えられたのだ。
その金額、150万円
次いで、大河にはさらに追加があった。新型トリオン兵『ラービット』の詳細情報取得、東部方面での大量撃破。敵の
とくに一時的とはいえ黒トリガーを奪取した彼は戦功とは別の部分で褒賞金を得た。これは近界遠征にも付随する特殊な契約にも基づいている。大河は――新規トリガー開発協力費という名目で――新種のトリガーを一個獲得につき200万が支払われることになっているのである。今回は黒トリガーということで500万円が彼の口座に振り込まれた。
トリガーは奪い返されてしまったものの、それは大河の落ち度によるものではない。僅かながらでも解析できたことからこの金額は丸々支払われた。
が、これは反省の意として半分以上をボーダー職員の通院費として返上している。
こういう細かい部分でボーダーの管理下にあることを示さないと、余計な敵を作ってしまうのである。とくに忍田のような者につつかれるとあとあと面倒になりかねない。
その他
「あとは……」
三輪が浮かべていた微笑を消して隣の席を見やる。
「おいコラ、それは俺の肉だろうが!」
「へっへーん、早い者勝ちだよー」
「一理あるな。ということでこれはいただき!」
「んなー!!」
「こら、あんまりうるさくするな。他の客に迷惑だろう」
「「「はーい」」」
「……静かに食べられたら言うことはなかったんですけどね」
眉間のしわを揉んだ三輪に、隣の席で騒ぐ男子たちの保護者役である東が苦笑を返した。
「騒がしくてすまん秀次。こいつらには焼肉奢るって約束してたんでな」
「いや米屋は違いますけどね」
「よねやん先輩なんで来たの?」
出水と緑川が白けたような瞳で米屋を見る。あわせて全員からの視線を集めた米屋が無理くり朗らかに笑みを浮かべた。
「なんか冷たい……。だってよ~、秀次が焼肉行くってのに誘ってくれねえし。こうなったら尾行してでも着いてってやろうと思ってたところに緑川が焼肉焼肉言いながら飛び跳ねてっから『あ、こりゃチャンスだ』と思って」
「…………」
それで東たち全員をこの店に誘導した、と。
その顛末に言葉もない三輪の眉間がさらに寄って、米屋は誤魔化すように口を尖らせた。
「んだよー、いいじゃんかよーオレも交ぜてくれてもよー」
「……もともと二人の予定だったんだよ」
「ははは」
ため息とともにこぼした三輪の言葉に、東は表情を緩めて笑い声をあげた。
あまり人と関わり合いを持たない三輪を心配していた彼は、こうして誰かと出掛ける姿を見て安心したらしい。
「まあいいじゃねーか秀次。俺は別に騒がしいのは嫌いじゃないぜ」
「……大河さんがそう言うのであれば」
三輪にとってのゲストたる大河本人が許諾して、ようやく言葉でだけ認める。
実際のところ大河は孤高の隊員ではあるものの、それは秘匿される遠征がそうさせるものであって、本人としては人付き合いが嫌いなわけでも苦手なわけでもない。もちろん踏み入らせることはできないので一線を引くことが必要なのも事実であるのだが。
「いえー! 木場さん話がわかるー!」
許しを得た米屋はここぞとばかりに三輪たちの席へ乗り込んで、この店の最上級の逸品である熟成肉のたたきを一切れかっさらった。
「うっお、なんだこれうめぇ!」
「え、なにそれオレも食べたい!」
「なんだなんだ、おれにも一枚くれよ」
「おー、奮発したんだな秀次」
そしてわらわらと群がってくる若きA級隊員たち。見ている東も止めようとはせず、にこやかに見つめてくるのみだった。
「……おまえらな」
大河は許したがせめて一言くらいは言わなければ気が済まない、と三輪が割りばしをへし折りそうになったとき、東の声が全員の動きを止めた。
「っと、そろそろ始まるぞ」
みなが視線を向けたのは店に備え付けられたテレビ。そこには「間もなくボーダーの記者会見が始まります」とテロップが流れていた。
今日は近界民との戦いが終わってからちょうど一週間。街の復興が本格的に始まるのに合わせて今回の防衛戦の結果報告を行うのである。
『ではこれより、今回の防衛戦における結果報告をおこないたいと思います』
壇上にのぼった根付が、鼻にかかった声をマイクに乗せる。
それを聞きながら三輪はどうせ相席になったのならと東に意見を求めた。
「東さん、今回の大規模侵攻、どう思いますか?」
こういう質問を投げかけるならば、最年長かつ広い視野をもつ東が相応しい。緑川や米屋なんかは「大変だったー」の一言で終わらせかねないし、大河も活躍をみせたといっても局地的なものが多く、これまでも俯瞰的な所見などは聞かずにいた。
問われた東はウーロン茶の入ったグラスをあおって、喉を潤してから語り始めた。
「そうだな……。市民の被害は最小限に留められた。警戒区域を出たトリオン兵もいたが、民間人の被害はほとんどが避難中の転倒なんかが主なものだ。みんな、よくやったと思うよ」
迅の予知、部隊の連携、基地自体の防衛能力。これらは遺憾なく力を発揮した。大河や天羽、太刀川といった強力な個人戦力も合わさり、全体から見ても少ない負傷者の数はボーダーの存在意義を確たるものにしたと言っていい。
ただ、と神妙な顔つきになって続ける。
「行方不明者が五十八人。それも半数以上がボーダー基地内部で攫われた。そこはかなりつつかれるだろうな」
東が述べてからそう間もなく、テレビでその旨が追及された。
『基地内部に犠牲者を出したという事実は、ボーダーの防衛力に疑問を呈する結果になったと思うんですが、そのあたりについてはどういった認識なのかお聞かせください』
アフトクラトルの第二次攻撃。それも、よりにもよってC級を保護している狙撃訓練場への侵入。そこでの被害はこの攻防戦においてもっとも大きなものであった。押し合いへし合い逃げ惑うC級の群れ、そこへ襲い掛かった生物弾は数分にも満たない時間で四十もの人数をキューブ化してしまったのだ。基地内部に侵入されたというだけでも市民には不安があるだろうに、よもや隊員が攫われたとなれば言及は免れない。
しかし、市民たちはボーダーの防衛能力に疑問を持っているだろうが、実際に直面した東にしてみればこれだけの被害で済んだのが奇跡のようなものだと言いたかった。
壁をくり抜くトリガー、空間転移、そしてキューブ化という異色武器。とあるC級隊員の機転がなければ攫われた人数はもっと跳ね上がっていただろうし、もしかしたら正隊員すらもその魔の手に落ちていたかもしれない。
あの場にいて、みすみす拉致を許してしまった東でさえも隊員の練度が足りなかったとは思えなかった。あれは敵が
無論、練度が高ければ高いほどいいのもたしかだが、もし仮に基地内部の隊員全てがA級レベルの実力を備えていたとしても、敵の即時侵入は予想外であり、攫われたC級の数もそう変わりはしなかっただろう。
テレビの中で根付も同様の言葉を返していた。
『お手元の資料をもう一度よくご覧いただきたい。今回起きた戦闘の規模は、四年半前の第一次近界民侵攻のおよそ十二倍です』
そして、被害は約三十分の一。
さらにいえば――機密事項なので記者には伝えられないが――今回の敵には黒トリガー使いがいたのだ。それも三人も。それを考慮すれば第一次侵攻時と比べた戦力差はさらに広がっていく。
『最高の結果ではありませんでしたが、我々のこれまでの備えが結実した、想定以上の大きな成果であると考えています』
第一次侵攻当時、人々には抵抗する術がなかった。旧ボーダーが存在してはいたものの、敵の規模に対して彼らの力はあまりにも足りていなかった。
いまは、違う。基地を建造し、隊員を募り、武器・兵器・戦術の研究を重ねてきた。その研鑽の積み重ねがあってこそこれだけの被害で済んだのだ。
根付の誇るような顔つきに、記者たちの間でどよめきが広がる。
――戦闘の規模が大きければ六十人程度は誤差だというのか。
――わずかでも犠牲をなくすことはできなかったのか。
心情を煽るような問い、さらなる改善を訴える声、さまざまな質疑に根付や鬼怒田が対応していく。
彼らも慣れたものだ。近界民に対抗できる唯一無二の組織、ボーダーが存在しなければ三門市――いや世界の混乱が訪れる。幹部たちはその重責を負っているからこそ、
「あー……」
記者たちが色めき立って質問を飛ばしているさまを眺めていた大河は、飯をかきこんでいた箸を置いて呆れたような声をもらした。
「どうしました?」
「いや……
個人としては別に街を守るために戦っているわけではない大河。しかし所属する組織は三門市防衛を謳っており、市街地に被害が及びかねない大河や天羽は局所的な運用がなされている。
ボーダーにあるまじき言葉を吐いた大河に対し、三輪は苦笑して曖昧に頷いた。
「……まぁ、ボーダーは三門市とは緊密な協力関係ですから。スポンサーや市民の援助があって活動できていますし」
「俺としてはせめて警戒区域を広げてほしいがな」
「はは、たしかに大河さんにはここは狭すぎますね」
あまりに強力な武器はかえって小回りが利かない。警戒区域がもっと広ければ、市街地がもっと離れていれば。そのもしもが許されていれば敵の侵攻などまとめて薙ぎ払えたものを。
やれやれと肩を竦める大河であったが、記者たちのわめきように対しては怒りの感情はなかった。いや、率直にいえば果てしなくどうでもよかった。己の戦場は
ボーダーに隠されたただ一つの『侵攻部隊』である彼の役割は、敵地で敵を殺すこと。それだけだ。
とはいえ敵が攻め込んできたのをただ眺めていることなどできはしないのも事実。
もう少し戦い方のバリエーションを増やさないとな、などと大河が考え始めたころ、記者会見を映し出しているテレビ音声がにわかに騒がしくなった。
『……その件はもちろんこちらでも――』
どうやらとある中学校でC級隊員が無断でトリガーを使用し、そのせいで近界民に訓練用トリガーには
「なあ、これって……」
米屋がぼそりと呟いた言葉に、東が顎をさすりながら答える。
「三雲のことだろうな」
「え、そうなの?」
緑川がきょとんと問うと東は難しい表情を浮かべた。
「忍田本部長が言っていたのを覚えてる。イレギュラーゲートが頻発してたときに、規律違反ではあるが勇気ある行動を起こした隊員がいるってな。当時対応にあたったのは嵐山隊で、木虎も彼を擁護してたらしい」
「へえ、あの木虎が」
木虎のプライドの高さはA級隊員の間でも広く知られている。出水が感心したようにそうこぼしたが、東の表情は強張ったままだ。
「これは、まあ、いわゆるしっぽ切りってやつだろうな。記者の矛先をボーダー全体から一人の隊員に向けるための話題提供だ」
「うわ、オレそういうのキライだな」
渋い顔をする緑川。同じく米屋や出水も不愉快そうに頷いて同意を示す。
組織のイメージを優先させるために隊員を槍玉に挙げる……それは幹部にとっては必要な犠牲であろうが、隊員にとっては裏切りのような不快感が拭えない。
防衛隊員のほとんどは子どもで、年も近いのだ。階級が違おうと、隊員はすべてともに切磋琢磨する仲間である。それを上層部が切り捨てるような行為を好ましく思えるはずもなかった。
そんな純粋な少年たちに、東も苦笑を浮かべて首肯した。
「俺だって好きじゃないさ……きっと提案した幹部たちもな。でも俺たちが街を守るために、上層部はボーダーを守らなきゃならないんだ。理解しろとは言えないが、根付さんたちを悪く言うのもやめてやれ」
「そういうもんなのか~……」
最年少の緑川は眉を八の字にしつつも納得したようにテレビを見つめた。
敵は近界民だけではない。世の中にはボーダーに良い感情を持たない人間だっている。緑川にはまだよくわからなかったが、ただ剣を振るうだけが戦いじゃないということは薄らと理解したのだった。
そこで三輪がふと疑問をこぼす。
「実際のところ、三雲の違反がなかったらどうなってたんでしょうか」
「ん?」
「あいつが訓練用トリガーで戦わなければ、もしくは戦闘不能にならずにトリオン兵を撃破していたらこの戦いの結末も変わっていたのでしょうか」
そんな疑問に東は考え込むような姿勢を見せた。
「うーん、そうだな……」
「むしろ逆じゃねえの?」
三輪の隣で頬杖をかいていた大河がぼそりと呟く。全員の視線を浴びた大河は気だるげに口を開いた。
「今回の敵の狙いはC級隊員。そうなった原因は三雲なんだろうけど、今回に限って言や『狙いがC級だけだった』からこんだけの被害で済んだ。
もしあの規模の戦力が最初から一点突破で市街地に攻め込んでれば、ボーダー隊員の損耗が少なかった代わりに一般人の被害は激増してたろ。
「なるほど……」
頷く三輪に促されるように大河は続きを述べる。
「一匹でも抜ければあのラッドとかいうヤツのせいで倍々ゲームだ。あの数を、市街地に入ってから新型も交えて分散させられてたら手の打ちようがなかった。結果論だが、三雲の失態はむしろ功績と言い換えてもいいんじゃねーの」
敵の軍勢は数も質もこれまでの攻撃とは比較にならないほど強力なものだった。予知していたボーダー側も初期対応に間に合ったのは防衛任務に従事していた数部隊のみ。アフトクラトルの全戦力が同時に投入されていたら、防衛にあたっていた少人数では侵攻を止めることができなかっただろう。
その先に起こるのは市街地における泥沼の戦闘だ。天羽や大河による広範囲殲滅は行えず、被害を抑えようにもB級部隊を単体で撃破、もしくは捕獲しかねないラービットの存在がそれを許さない。
市民が逃げる間もない市街地では雑魚トリオン兵のバムスターですら脅威になる。そこへさらに爆撃型や黒トリガー使いが紛れ込んだら、もはや手の着けようがなくなっていた可能性もあった。
淡々と語られた大河の言葉に、三輪は得心したように目を丸くした。
「そういう見方もあるんですね」
「ま、この記者会見の調子じゃ吊るし上げられるだろうけどな」
この場にいる全員は三雲に対して評価を改めたが、記者たちはそういうわけにもいかない。ボーダーを責める論調は激化しつつあり、三雲の存在を公にしろと叫んでいる者すらいた。
「メガネボーイ大丈夫かこれ? 嫌がらせとかされんじゃねーの」
「やりすぎじゃないの……? 三雲先輩もだけど、家とか家族に何かされたらシャレにならないでしょ」
辛いことは誰かのせいにしたくなる。記者や攫われた隊員の家族の気持ちはわかるが、それらすべてを一人の責任にするのは違うだろう。
米屋や緑川が心配しているように、このままでは三雲だけでなく家族や友人までもが多くの人間に恨まれることになってしまう。行き過ぎた正義感は簡単に人を殺す。人命がかかったこの件でいえば、報復の名目で三雲の周囲が危険に晒されることが容易に想像できた。
「たしかに
「そうっすね」
「三雲先輩に何かあったら遊真先輩とかすっごいキレそうだしね……」
東に頼まれた米屋たちは苦笑してそれを了承した。とくに以前三雲にちょっかいをかけたことがある緑川は、空閑による手痛いしっぺ返しを思い返して神妙に頷いた。もし現実にあの眼鏡の先輩を傷つける者がいたなら、おそらく空閑の反撃も相応にひどいものになるはずだ、と身震いしたのだった。
対して三雲の進退にさしたる興味もない大河と三輪は何も言わずにいたが、記者会見を映し出しているテレビに当の本人である三雲修が登場して、気の抜けたような声をもらした。
『三雲修です。いまの話に出てきた、先月学校でトリガーを使った訓練生はぼくです。質問があればぼくが直接答えます』
ざわりとどよめく会見会場。その動揺はテレビの前の米屋たちにも波及していた。
「おいおいマジか」
「三雲先輩……!?」
人型近界民に刺されたという三雲は患者衣を羽織っており、その下には痛々しい包帯が巻かれているのが見えた。
そんな怪我人相手にも記者たちは容赦なく言葉を浴びせ始める。
規則違反について、隊員が攫われたことについて。三雲の存在があろうとなかろうとアフトクラトルは攻め込んできていただろうに、まるで大規模侵攻自体が彼の責任でもあるかのように。
「あー、もうっ、こいつらムカつくな~……!」
「落ち着け緑川。気持ちはわかるけどな」
東に諫められた緑川が頭を掻きむしる。
テレビの中で三雲が質疑に応答するたびに記者たちは声を荒げて責め立てている。もはや公開処刑のようなありさまだ。いま執拗に責任をなすりつけようとしている記者たちは三雲が中学生で、その彼が奔走したからこそ助かった命があることを理解しているのだろうか?
『我々が聞きたいのはきみが原因で失われた五十八人もの若者の人生を、どう埋め合わせるつもりなのか。きみがどう責任を取るのか、ということだよ』
「…………」
東のこめかみに薄く青筋が浮くのを見て、三輪はぎくりと背筋を伸ばした。
この東春秋という男は、いつも冷静でいて声を荒げることなど滅多にない人物だ。けれども
かつて
たしか二宮と加古がしつこく言い争いをしてたとか、そんなくだらないものだったはずだ、と三輪は記憶を掘り起こした。そのときは結局二人とも論理的に詰めに詰められて涙目になっていたとも覚えている。あのマイペースながらもプライドの高い二人のあんな顔を見たのは、それが最初で最後だ。
ああ、記者よ黙れ。もう三雲の責任とかどうでもいいから早く記者会見よ終われ、と彼は必死に願うのであった。
しかし東は三輪の願い虚しく静かに怒りを猛らせ始めていた。
ボーダーの保有する武器、運用すること自体に才能を必要とするトリガーは、多くの子どもたちを戦場に送り出すことになった。これまでの常識が通用しない異次元の
けれども子どもが子どもであることには変わりなく、彼らによって守られることが当然になったとしても、大人は彼らを庇護しなければならない立場だというのに、この記者たちは責任を問うばかり。
さすがの東も感情を口に出してしまいそうになったころ、三雲の反撃が始まった。
『取り返します』
毅然と放った言葉。
意味を図りかねた記者たちは一瞬静まり返った。
『近界民に攫われた皆さんの家族も、友人も、取り返しに行きます。
責任とか言われるまでもない、当たり前のことです』
『……!?』
先ほどまでとは違う意味でざわめく記者たち。
「おいおい……」
呆れたように声をもらしたのは大河だ。
どれだけ三雲が詰められようと何も思わなかったが、その口から出てきた言葉には反応せざるを得ない。遠征は機密事項、これが公になって面倒になるのは御免被りたいというのが彼の本音であった。
外に知られるとどんなことになるか。大河は少し考えただけで憂鬱になりそうだった。
いままで――対外的には――勝手に出立していたものに、余計な手続きが増えるかもしれない。もしかしたら遠征に一回出るだけでも目的や期間が公表されて、市民の許可さえもが必要になるかもしれない。そんなのは御免だ。
さらに言えば、近界民の世界という存在が知られれば、近界民自体のことも隠し通すのが難しくなるのもあった。
市民が思う近界民とは主にトリオン兵のことを指す。しかしアレが文明を構築しているわけではないことは、少し頭を働かせればわかってしまうだろう。
人型――
平和的解決を求める声が生まれるなんてことや、小うるさい人権屋が立ち上がるという七面倒な事態すらも考えられる。
大河には、近界民という存在が人々にとって未知の化け物であってほしいのだ。駆除以外の選択肢が生まれないほどに恐ろしく、理解しがたい存在であってほしい。
いまでさえあの遠征は秘匿せねばならないというのに、これ以上無駄な条件など課されたくないのである。
『……彼の言ったとおり、現在ボーダーでは連れ去られた人間の奪還計画を進めている』
「げっ……」
テレビの中で城戸司令が遠征の事実を、曲がりなりにも認める発言をしてしまうのを聞いて、大河は一層苦々しい顔つきになった。
案の定記者たちは新たな被害者が出ることへの危惧や心配を口にする。
大河にとってはもはや慣れたものであるというのに、そんな偽善的な理由で止められてはたまったものではない。
しかし城戸司令は上手く言いまわし、ボーダーの一大プロジェクトとして理解を求めていった。
第一次侵攻時の被害者をも捜索対象とする奪還計画。四百人以上の被害者は未だもって行方の手がかりすら掴めておらず、それだけの人数を探すとなれば遠大な時間がかかることは明らかだ。となれば、遠征はもはやこれからの
「遠征のこと言っちゃってよかったのかな?」
「まあ、最終的に城戸司令から話したんだから大丈夫だろう」
「そっか……」
緑川と東がそう言い合っている。
ボーダーが認めた近界進出、こんな大きなネタがあれば三雲の話題は小さなものになるはずだ。どちらかといえば隊員目線の彼らはそうして胸を撫で下ろしたのだった。
記者会見は三雲の退場とともに事実上の終了となり、映像を戻したニュースキャスターやコメンテーターたちがそれぞれ自分の所見を述べているものとなった。
東たちが食事に戻ったあとも、しばらくぼんやりと画面を見つめていた大河がぼそりと三輪の名を呼ぶ。
「秀次」
「はい?」
「ちっと――手伝ってほしいことがあんだけどよ」