黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第五十七話

 

 

 試験が始まると同時、大河はアクティナを模したフィールドの中枢部にある屋内に転送された。そしてすぐ、高いビルのような建造物にある一室で、本物のアクティナにはあったかどうかもわからないソファに倒れ込むように腰を下ろす。

 

「あー……かったりー……」

「このまえ面白そうとか言ってたじゃん」

 

 大河と同様に転送されたミサキが対面に座りながらそう指摘した。

 彼女はここでもオペレーターの役割を担ってはいるものの、『近界民(ネイバー)役』ということで実際に仮想空間に転送されている。こちらのオペレーティング用コンソールは外部と連動しているため、指揮などは仮想空間内ですることになる。

 そんな、本人も正直面倒だと思ってそうな妹に対して、大河はげんなりとした視線を送る。

 

「もっとこう、わかりやすい内容だと思ってたんだよ……。ふつうに戦闘訓練でよくねーか?」

「それはあたしに言われてもね」

 

 大河がぼやく試験官としての役割――「侵入の知らせを聞いてから出撃、敵対勢力の撃退もしくは捕縛」。

 つまり侵入者たる受験者たちが警戒網に引っかかるまでは何もすることがない。この時点では誰を相手にするのか大河はわかっていないが、風間たちが危惧していたようなサイドエフェクトによる早々の探知は行われないのだ。

 しかしそれは逆に、敵地深部への潜入がこの試験の前提となることを表わしている。いかに迅の予知が警鐘を鳴らしていようとも、これが試験である限り開始直後に撤退では評価できるポイントが限られてしまうのだから。

 ともあれいつ始まるかもわからない――極論を言えば完璧な潜入をされたなら座っているだけで終わるかもしれない試験に、大河はぶつくさ文句を言ったのだった。

 

「出撃じゃなくて巡回って体で外出りゃすぐ見つけられんだろ」

「ま、上から指示されたらそうなるんだろうけど」

 

 ミサキが言うように試験は幹部たちもモニターしている。その結果、Cブロックは迅がいるため戦闘回避が容易と判断されているので、大河の出現はある程度潜入が進んでからということになっていた。前述のように開始直後に撤退では見るものも見れないためだ。

 

「兄貴がソッコー出張ったら間違いなく逃げるでしょ、ふつうに考えて。こないだの大規模侵攻でトリガーの情報も渡したんだしさー」

「つってもよ、A級クラスが三部隊だろー?」

「そりゃそのレベルの複数部隊が相当戦略練ってきたら、いくら兄貴でも危ないと思うよ。でも急造の合同部隊じゃまず無理だし、向こうは遠征任務って体なんだから緊急脱出(ベイルアウト)圏内でしか無茶だってできないじゃん」

「あーそうか、俺たちのと違って前に出すわけにもいかねえもんな。脆いし」

「そゆこと。まあどうせ中枢まで来れたら指示出るでしょ。試験なんだから戦闘力だって見たいだろうし」

「かー……まどろっこしー……」

 

 ぐでんと背もたれに頭を乗せ、そのまま昼寝さえ始めてしまいそうな様子で目を瞑る。

 試験官にあるまじき怠惰さであったがしかし、試験官とはいえ近界民役を全うするのならば、ふだんから張りつめていても意味がないだろう、とミサキも注意することはなかった。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 仮想近界(ネイバーフッド)国家の街中で、受験者たる三部隊が合流して顔を突き合わせている。

 彼らは予想された大河の強襲がないことを不可解に思い、また敵の巡回もなくこうして難なく合流することができたのであった。

 すでに試験開始から数十分。仮想近界国家は生活音もなく、ほとんど無音だ。ゆるやかな風の音だけが風間たちを包み込んでいる。

 静けさが染み渡った街はそれなりに不気味であったが、それでも戦闘が行われるよりはマシだろう。しかし上層部がこれを「戦闘試験」だと捉えているのなら、いまの状況はあまりにも不穏だ。

 

「敵の反応ありません」

《スコープによる目視でも観測できません》

 

 三輪と奈良坂の報告を受けて風間が顎をさする。

 

「意外だな。あの男なら正面からでもすぐに出てくると思ったが」

「罠でしょうか?」

 

 三雲が冷や汗を浮かべつつ具申する。

 中枢に引きこんでからの強襲。これをされると撤退が難しくなる。

 しかし風間が答える前に迅が片手を振ってそれを否定した。

 

「いや罠っていうより、上層部の指示じゃないかな。俺たちの戦力を見たいのに木場さん放り込んだら戦闘になるまえに撤退しちゃうでしょ、って」

「かもしれないな……。結局、戦闘は避けられんというわけか」

「撤退メインに作戦立ててたのはそれはそれで評価されてると思うけどね」

 

 風間と迅のやり取りを聞いて、三雲は上層部の悪辣さに目まいがした。

 あんな狂人と真正面からぶつけさせようとは、幹部たちはなんと恐ろしいことを考えるのか。

 いま現在の時点でこの少年と大河の初めての邂逅からおよそ四カ月ほど経っているが、三雲の脳裏にはあの大砲を突きつけられた場面(シーン)が未だに消えていなかった。

 大規模侵攻を終えて、ボーダー隊員としては共に戦った仲間と言えなくもない。けれども、あんな風(ヽヽヽヽ)でも一応は味方なのだろう、と思いたくても、どうしても思えなかった。

 戦場を己の力で潜り抜けてきた空閑などとは違い、実戦なんてほとんど経験したこともない中学生に本気で向けられたどす黒い狂気。彼がどれだけの覚悟を持っていたとしても、その心に爪痕を残すには充分すぎた。

 

「ここから先は市街地と思われる。住民の目の代わりに探知トリガーが設置されている可能性が高い。各自隠蔽用トリガーを起動しつつゆっくりと前進するぞ」

「三輪隊了解」

 

 頼れる先輩の声に、三雲が頭を振って恐怖を追い出す。

 これから己は近界に向かうための力を示すのだ。味方ひとりに怯えている場合じゃない。

 

「た、玉狛第二了解」

 

 風間の判断に従い、各々がバッグワームをまとって街を進んでいく。

 すでに通り抜けてきた後方には大きな防壁があり、さらにその前は妙な建造物が設置された荒野となっていた。遠征艇がある地点からははるか十数キロも離れていて、緊急脱出(ベイルアウト)はもう発動できない。

 全員が緊張感をもって死角に注意しつつ敵中枢を目指す。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 試験用仮想空間モニタールーム。

 ボーダー上層部の職員、主に幹部と、各支部の支部長たちが試験中の受験者たちを観察している。

 Aブロックではすでに戦端が開かれており、太刀川隊・影浦隊・生駒隊が天羽の黒トリガーと草壁隊による迎撃を受け戦闘中。

 Bブロックは冬島隊・加古隊・二宮隊が隠密潜入中だが、冬島と喜多川のスイッチボックス、当真の観測援護を受けながらも大部隊の哨戒索敵により発覚は時間の問題とされている。

 そして――

 

「Cブロックもそろそろ木場を投入するかのう」

「彼を建物に押し込んだままだとそのまま潜入が成功しそうですしねぇ」

 

 鬼怒田と根付の話を聞き、忍田が受験者たちを褒めつつ頷く。

 

「迅がいるとはいえしっかりとした連携と作戦。さすがは風間といったところか、リーダーシップを強く発揮している。彼らがAブロックだったら仮想任務を完遂していたかもしれないな」

「うむ。太刀川たちは少し好戦的すぎるきらいがあるからな……。じゃが、戦力としては申し分ないわい」

「えぇ、A級一位は伊達ではないですね。Bブロックは冬島隊の索敵能力がうまく機能していますし、これからが注目のしどころでしょう」

 

 それらの会話を耳に入れながら、城戸が腕時計に目をやる。

 

「風間たちが中枢内部に侵入するまで、およそ一時間ほどだろうか。Aブロックは状況の進行が早い、そちらが終わり次第Cブロックの木場を動かして様子を見るとしよう」

 

 受験者たちの動きによって前後するが、おおよそで任務中盤、風間たちが侵入し任務目標のデータを入手してからの大河解放。これにより想定通り、撤退戦が繰り広げられることになるだろう。

 城戸の指示に首肯した鬼怒田がCブロック試験官をモニターする画面を見つめて、そこで昼寝でもしているのか目をつむったまま動かない大河を観察する。

 

「木場も何やら妹や茂森とこそこそやっておったのでな、また新しいトリガーでも作っておるやもしれん」

「おや鬼怒田さん、彼からは聞いてないのですか?」

 

 唐沢がそう問うと、鬼怒田は鼻を鳴らして肯定した。

 

「ガロプラの協力があったとはいえ遠征艇の改造にはかなり時間を要したからな。それに正式実装した『喚門(エクストラクター)』は遠征に使えることもあって大急ぎで普及させたしのう……。木場のことは茂森に任せっぱなしだったのだ」

「なるほど……。では、ぜひ彼の実力も見たいところですね」

 

 唐沢の呑気なセリフに、鬼怒田はため息にも似た吐息をこぼし、いまだ動きのない木場隊のモニターを見やった。

 首輪が着けられていても手に余る虎は、それまで専属と言っていいほど世話を焼いてきた開発室長の手を離れ始めた。

 後任がいるとはいえ鬼怒田にはそれが少々不安であり、恐ろしくもある。後任の復讐の化身はアレに何を持たせたのだろうか。ミサキが唯一の――比較的――常識人であるが、あの少女もストッパーとしては止め際が他人と少し違う部分を持ち合わせている。

 

「暴発して自爆せんといいがな」

 

 果たして、自分がこれから何を見ることになるのか。

 不安であり恐ろしくもあり、しかし技術者としてはたしかにわくわくとして、鬼怒田はCブロック試験官の解放を待っていた。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 やはり試験官解放のタイミングを見計らっている、と風間が確信したのは仮想近界(ネイバーフッド)の中枢にまで至ったころだった。

 彼らはここまでかなり慎重に進んできたが、それにしても警備がザルすぎた。

 大河本人はもちろん、トリオン兵による巡回もなし。それどころかトラップや監視システムのようなものもなかった。

 さすがに街路を堂々と進めるほどではない。表通りのようなつくりになっている場所には近界民を模しているのであろうダミー人形が配置されており、おそらくそれらの正面に立つと警報が鳴るだろう。

 しかしそれでも裏路地に人影のひとつもないというのは、隠密任務の試験と呼べないのではなかろうか。

 

「この防壁を越えれば中枢区か」

 

 市街地と中枢を分ける防壁沿いに進むと関所のようなものを見つける。そこに衛兵の類はなかったが、念のためにカメレオンを起動した菊地原を先行させ、探ってもらう。

 

「《とくに何も仕掛けられてなさそうです。ぼくたちのことナメてるんですかね》」

「《舐めてるならそれに越したことはない。俺たちは任務を遂行できればいいのだからな。だがここから先は本格的な警戒がされている可能性が高い。各員、気を引き締めろよ》」

 

 風間が注意を促す通信を送ると、三輪と三雲が部隊を代表して了解を返答した。

 

「…………」

 

 カメレオンを解除した菊地原が戻ってくるのを迎えながら薄く笑う風間。

 どこか捻くれながらも優秀な隊員がこの試験の本質を見抜けていないはずがない。いまの油断するような発言も、おそらくは風間に注意されたかったのだろう。叱られたい、などといったものではなく、そうして他の隊員にも気をつけてもらいたいのだ。

 長い行軍、しかも隠密での行動はかなりの気力を使う。戦闘体ゆえに肉体面の疲労はないが、精神面はそうではない。

 ここまで何もなかったという事実も、逆に言えばバッグワームやカメレオンを無駄に使ってトリオンを浪費してしまったとも考えられる。

 敵地での緊張感、無為になった消費。軍人として鍛えられているわけではない少年たちには焦りが生まれることだろう。その焦りが判断を鈍らせる。ここまで何もなかった、この先も何もないかもしれない、そうであってほしい、という希望を抱かせる。

 それこそが実体のない罠であり、毒。

 仮に上層部がそこまで考えていなかったとしても、自ら生み出す罠こそが時に致命的なダメージを与えるのである。

 

 風間隊はそれを知っている。彼らは隠密行動をメインコンセプトに設定した部隊である。かつての遠征でも、当然のように偵察や斥候の任にあたった。それを見越していた風間によって、そういう訓練を(こな)したことだってあった。

 菊地原もふだんなら直接――ストレートすぎるほどに伝えていただろうが、神経がすり減った状態での憎まれ口は予想だにしない不和を生む可能性がある。大一番を前にくだらないことで連携を乱したくなかったのだろう。

 

「よし、進むぞ」

「了解」

 

 部下の意を組んだ隊長の一言のもと、新たに気合を入れなおす。

 そうして受験者たちはベストコンディションで敵地最深部に乗り込んだ。

 これまでに消費したトリオンは少なくないが、戦闘――撤退するのには支障ない。厳重に気を配り、いつでも全力を出せる状態で足を踏み入れられた。

 

 ややあって目標たる建造物の発見する。全体がガラスのような物質で作られている、近未来感のあるビル。

 風間たちは速やかに侵入し、コンピュータのような形体のコンソールからターゲットである情報(データ)を抽出し始めた。

 ことここに至っては罠を気にかける必要はない。

 情報の解析は遠征艇内にいるオペレーターたちの仕事であり、風間たちにできることは周囲を警戒することだけだからだ。

 加えて述べるならば、ここまで来たからには待ち受けているのは罠と呼ぶべきものではない。そう、それはまず間違いなく――

 

 

『侵入警報発令。侵入警報発令。警備隊は直ちに出動されたし』

 

 

 絶対的な試練である。

 

 

 

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