黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第五十八話

 

 

 試験開始からおよそ一時間半。

 ついに木場隊に行動命令が下される。

 

《侵入警報発令。侵入警報発令。警備隊は直ちに出動されたし》

 

 機械音声が大河たちの待機室に繰り返し流され、浅い眠りについていた彼はぱちくりと目を(しばた)かせて身体を起こした。

 

「……ふああ、く。ようやく出番かあ?」

「うん、出番。でも早くしないと終わるよ。風間さんたちすごい勢いで逃げてるし」

「ちょっ」

 

 ミサキがなんとはなしに言ったセリフに、呑気にあくびをしていた大河は慌てて窓際に駆け寄った。

 背の高い建造物は中枢区からでも市街地防壁までをまんべんなく見渡せる。その眼下には市街地と中枢を隔てる防壁を抜けていく風間たちの姿が見えた。

 まさに脱兎といった様子だ。こちらの位置を把握してはいないだろうが、一目散に駆けて家屋の影に消えていく。

 

「どうなってんだここのクソ警備。なんの役にも立ってねえぞ」

「否定しないけど、そういうもんだと思うしかないでしょ。じゃ、あたしはオペレーション入るから」

「おう頼む。こんだけ待たせたんだ、ただで帰してやるかってんだ」

 

 部屋の外へ消えていったミサキを見送ってから、大河は楽しそうに歯を剥いた。

 なんら褒美もない仕事ではあるが、仕事は仕事。それに、三輪隊以外のA級クラス部隊との戦闘は格好の実験(ヽヽ)にもなるはずなのだ。

 眠気はとうに覚め、闘争心と狩猟本能が鎌首をもたげる。それと同時に空中機動用トリガーの発動が開始、強化戦闘体の背中に一対の背びれが生成された。

 

「『バーニア』起動(オン)

 

 宣言とともに大河の姿が掻き消える。目の前のガラス質の壁を吹き飛ばし、市街地までの数キロを瞬く間に飛びきって、虎爪による強引な接地でなんとか「着地」の体裁を整えた。

 アフトクラトルの遠征部隊が一人、ランバネインという男が使っていた飛行機能。それをモデルに製作されたのがこの『噴進機構(バーニア)』である。

 トリオンをもってして推進力を得るシステムは大出力を誇る大河には扱いの難しい代表ともいえるものなのだが、『バーニア』の機能は実際のところ「圧縮空気を貯蓄・噴射する」のみであり、軌道修正に使う背びれ以外はトリオンを使用していない。

 これは言うなれば強化戦闘体の強力な肺活量を活かした呼吸器官。武器でないがゆえに大河にも扱いやすく、グラスホッパーを自身で起動するよりも確実な移動を可能にする。

 

「はっはあ! 逃がさねえぜ、風間――いや侵入者さんよう」

「……チッ」

 

 サイドエフェクトで居場所を特定した侵入者。そしておそらくは指揮官であろう風間を捉えた大河は頭を押さえるべくそこに急行した。

 周辺には風間隊・三輪隊・玉狛第二の近接戦闘を得意とするメンバーがそれぞれ二人ずつ。物陰に隠れてこちらをうかがっている模様。

 

狙撃手(スナイパー)は――けっこう距離取ってんな。迅の予知(ズル)使ったか?」

「答えられんな。しかし発覚から接敵までこうまで早いとは……」

「警備の設定がザルすぎて、逆に特定が早まったな」

 

 くつくつと喉を鳴らして笑う。

 正直に言えば試験官なぞ面倒でしかなかったが、大河はここのところストレスが溜まりに溜まっており、その発散先を無意識のうちに求めていた。度重なるトリガー実験、ガロプラの襲撃、そして捕虜への接近禁止令。とくにガロプラに対する怒りの槌は振り下ろしどころを完全に失っており、いまもなお燻っているのである。

 三輪隊との訓練は訓練になるよう大河なりに考えて動いていたのもあって、ストレス発散には至らなかった。

 だがいまここでならば。思い切り――現地の近界民(ネイバー)役として市街地の破壊はある程度制限されてはいるが――戦える。向こうの心情などなんら汲み取る必要もなく蹂躙することが許される。

 

「かなり待たされたからな。あくびどころか昼寝までしちまった。寝起きの準備運動がてら、思いっきりやらせてもらうぜ」

「……。近界民役だというのなら取引も可能なはずだが」

「あん?」

 

 無表情のまま風間が「取引」という言葉を吐き出し、大河は片眉を上げた。

 たしかに試験官が真に近界民役を実行しているならば、通常の遠征でそうしているようにトリガーや情報、時には労働なども含めて交換材料になり得るだろう。

 だがいまここではありえまい。これは試験であり、任務は仮想。取引によって受験者を見逃せばただの談合にしかならないのだから。

 

「どうだ、ここはカツカレーで手を――」

「打つかあっ!!」

 

 いったい何を言い出すのか。そんな好奇心から一瞬でも聞く耳を持とうとした大河は、その期待を大いに裏切られた。

 ふざけた提案に爪を巨大化させた手でもって突っ込みをいれる。

 が、瞬時に風間の姿が消えて手応えもなく虎爪が空を切った。

 

「おおっ?」

 

 不可思議な現象に思わず漏れた怪訝な声。

 裏切られた期待が、今度は疑念となって思考に燻りを残す。

 風間は回避行動にすら移っていなかったはず。これはカメレオンの起動だけではない。その残り香から大河が敵の行動を見極めた。

 

「トリオンでできた糸? いやワイヤーか……そんなトリガーあったっけか」

《『スパイダー』でしょ》

 

 ボーダーにも使い手が少ないトラップ用トリガー『スパイダー』。それを風間の背中に撃ちこみ、カメレオンの起動と同時に引っ張ることで虎爪を回避させたと思われる。あの無意味な問いはその一瞬を作り出すための問答であったようだ。

 ちなみに大河は入隊当初の実験ですべてのトリガーの起動実験を行ったが、『スパイダー』はワイヤーどころか石柱のようなものが射出されるため、いくらでもトリガーチップを積めるホルダーにも採用していない。ゆえにどのような効果を持っているのかいまいち把握しきれていない部分がある。

 ともあれ大河にとって隠密(ステルス)トリガーはあってないようなもの。すぐさま匂いを辿って追撃態勢に移った。

 

「逃がさねえって――ん?」

 

 高速で追跡しながら、身体に違和感を覚える。

 何かが足に触れている感覚。走行を妨げるようなものではないが、これは。

 

「これもワイヤー? 匂いうっすッ!」

 

 地面と同化する色で設置されたワイヤーが足に纏わりついていたようだった。強化戦闘体の膂力と足の爪でいくらか切断されていたため違和感程度にしか思えなかったらしい。

 それにおいてもこのトリオンの薄さときたら。大河も戦場で経験したことのないものだった。おそらく三雲のものなのだろうが、近界(ネイバーフッド)のトリガー使いがこのような弱々しいトリオン器官を持っていたら、大河はその国の国力をかなり低く見積もって殲滅に入るレベルだ。

 

「ぬう……! 地味に気になる」

《それが狙いだとしたら大したもんだわ》

 

 ミサキが感心と呆れの入り混じったため息をつく。

 『スパイダー』はその名の通り、歩いているときに顔にかかるクモの巣のような鬱陶しさで大河の追跡を妨害している。さすがの大河でもワイヤーの色合いとトリオンの薄さが相まって、高速移動中に回避するのがかなり難しいようだ。

 

「あああうぜえ!」

 

 足の爪のおかげで重心がくずれても転ぶようなことはないが、それでも邪魔なことに変わりはない。

 トリガー制御が困難になるためイラつかないように気をつけつつ、大河は手の爪を先行させることでワイヤーを切りながら前進していった。鉄道車両の排障器のような形で生成された爪が、認識もできない糸をいくつも切り捨てていく。

 ――と

 

「うおっ」

 

 死角になった爪の下から障壁がせり上がり、虎爪を食いこませながらも上に弾き飛ばして大河が壁に激突する。強化戦闘体の勢いと重量で粉砕されたが、足止めとしてはこれ以上ない成果を挙げたといえよう。

 そこを狙って潜んでいた三輪隊の近接担当二人が飛びかかってくる。

 

「行きます!」

「もらった!」

 

 右上から三輪が、左上から米屋が、それぞれ形の違う弧月を振りかざして襲い来る。

 

「――ふッ!!!」

「な……っ!?」

 

 それを大河は文字通りに吹き散らした。サイドエフェクトで探知追跡をしていたまま、溜めこんでいた空気を『バーニア』ではなく口から放出して強力な風圧を生み出したのだ。

 

「上はダメだって、訓練で何度も学んだろうが!」

 

 大河と()りあうにあたって、もっとも下策となるのが上空からの攻撃である。爪も大砲も、その広大な攻撃範囲から取りまわしにある程度の制限がつく。が、敵が上方にいればその限りではない。

 それを知っているはずの二人はバランスを崩し、振りかざされた虎爪を、

 

「また……!」

 

 すり抜けるように避けて大河の前方に転がる。どちらにも背中にワイヤーが繋がっており、先の風間と同様の回避方法を見せたのだった。

 どうやら彼らはワイヤーをトラップとしてではなく命綱のように使って、攻撃と同時に回避を徹底しているらしい。上から襲ってきたのは、面状に振り回される虎爪に対し三次元的な回避方向が必要だったからか。

 これはおそらく迅による予知の恩恵を物理的に分け与える手段。急造チームの連携としては及第点と言えるだろう。

 ならば、と大河はハイドラを起動して三輪たちに狙いを定めた。

 市街地の破壊は控えろと言われてはいるものの、それは絶対ではない。仮に大河が本物の近界民(ネイバー)だとしても、ここまで敵に侵入されればどの道ある程度の被害は想定の範囲内なのである。

 巨砲が吼える直前、大河は足元に忍び寄る気配に気づく。

 

「それは視えてた、ぞっと!」

 

 おそらくは体勢を崩すために足元で発動させたエスクード。しかしサイドエフェクトで感知していた大河はバランスを崩すことなく、これ幸いと壁が突き立つ勢いを利用した跳躍をし、眼下に狙いをつける。

 水平方向より下に向けて撃ったほうが破壊が少ない。それは市街地への配慮ではなく、巻き起こる粉塵と瓦礫が敵部隊の撤退を助けるのを考慮したもの。

 

「落ちても恨むなよ秀次ィ!」

「……!」

「メテオラ!」

 

 眼下の三輪隊二人にハイドラを放つとほぼ同時、歌川のものと思しき炸裂弾(メテオラ)が飛来して大河に着弾した。

 タイミングとしては間違ってはいないのだろうが、その程度ではダメージも、狙いのブレさえも与えることはできないだろう。

 炸裂弾を爪で打ち払った大河はしかし、煙幕のようにトリオン煙が漂うなかで敵の狙いを悟る。

 ――狙撃! 『バーニア』は……さっきの吹き散らし(ヽヽヽヽヽ)でチャージ分を使っている。爪での防御は、奈良坂の狙撃の腕前を考えると隙間を抜けてくる可能性が高い。ならば、シールドで。

 

「――おっ?」

 

 大河の思っていたとおりに狙撃の弾は飛んできたが、その挙動は彼の思惑ごとすり抜けた。

 がきん、と音がして胸部に鉛弾の錘が突きたつ。狙撃と鉛弾(レッドバレット)の合わせ技。B級ランク戦など観戦したこともない彼は初めて見るそれに目を丸くする。

 さすがに体勢がくずれて落下するところにまた何発かの狙撃が飛んできて、それは今度こそ爪で叩き落したものの、その結果足からの着地が困難となった。

 

「いただき」

 

 菊地原の小さな声が聞こえ、同時にカメレオンが解除されて姿が現れる。

 体勢はまだ崩れたまま。これは虎爪ではなくシールドによる防御が必要――。

 大河の『強化嗅覚』は事前に敵の接近を察知していた。己を挟んで反対側にいる風間の存在をも。

 しかしこの小さな呟きこそが罠だ。ミサキの『思考追跡(トレース)』は大河が先に意識したほうに釣られてしまう。技量としては警戒すべき風間よりも優先して菊地原の攻撃をガードさせてしまった。

 

「チッ、腕一本か」

「ちゃんと落としてくださいよ風間さん」

 

 口を尖らせて文句を言う菊地原。

 だが大河としては風間の技術に舌を巻いていた。

 

「やるじゃねーか、風間」

 

 あり得ないほどのトリオンが噴き出る右肩を気にもせずに称賛を口にする。

 強化戦闘体に内臓された骨格は高密度のトリオンで構成されている。ブレードトリガーでも斬りおとすのが困難なそれはしかし、関節部分にまでは及んでおらず、そこに寸分違わず刃を通せば四肢を落とすことも可能。

 けれども戦闘中にそんな僅かな隙間を狙うのは言うほど容易いことではない。自身の技量、敵の動きとタイミング、そして角度。すべてを計算に入れてようやくかなう神業だ。

 

「できれば首を落としておきたかったが」

「さすがに守るっつーの」

 

 これまでと変わり、風間はヒットアンドアウェイをやめて足を止めた。結局撃ちもらした三輪隊含め他のトリオン反応が離れていくことから、おそらくはこの二人が殿を務める腹らしい。

 至極愉快そうに唇を歪めた大河は、残った左腕をすっと上げて風間を指さした。

 

「そういえば風間、おまえさ――」

「? ……ッ!」

 

 向けた人差指の爪だけを爆発的な勢いで伸ばす。あまりにも卑怯な手法だが、もともと手段など選ばない大河にとっては挨拶代わりのようなものだ。

 

「うわ、陰湿」

「ぎゃはっ! 引っかかんねえか、さすがじゃねーの」

 

 菊地原の陰口も無視して大河は続ける。

 

「まあ冗談はおいといて、だ。おまえらの何人かは遠征の乗組員(クルー)になるかもしれねえわけだし……じっくり相手をしてくれるってんなら俺の全力を見せといてやろうと思ってよ」

「……嬉しくもない提案だな」

「くははっ、そういうなよ。けっこう自信作なんだぜ、主にミサキの」

 

 そう宣言するやいなや大河の右肩の傷口から何本もの爪が突きたち、次第に形を変えて失われた右腕の形状を表わし始める。

 アフトクラトル戦でも見せた疑似的な回復。だが、これだけではない。

 両肩のハイドラのすぐ横、肩峰骨の上から新たに光刃がメキメキと音を立てて現出していく。やがてそれらも腕――二本の巨腕となって地面を叩いた。

 

「……本当に人間やめすぎなんじゃないの?」

 

 あわせて『バーニア』の背びれをも発現させた大河は、菊地原がぼそりとこぼしたように完全なる異形となっていた。さらに体表も輝きはじめ、鱗のような細かなブレードが全身を覆う。

 『獣鱗爪甲(じゅうりんそうこう)・虎式』。

 この名はトリガーの名前ではなく、新たに考案された「戦闘法」である。

 これまでの戦闘データと『思考追跡』で得た大河の思考データ、それぞれを組み合わせて作り上げた『虎爪』による攻防一体の形状。

 

 正式名称『連装式攻殻獣爪』の名の通り、虎爪は複数のブレードを生成するトリガーであるが、別にそれは両手両足に五本ずつの二十本が限界ではない。また、手足からしか出せないわけでもない。そして数を増やせば増やすだけ大河にとっては――威力調整という意味では――調節が楽になる。いままでそうしなかったのは、単にできなかっただけだ。

 そこでミサキが行うトリガー調整による疑似的な四肢復元をもとに、大河の思考ルーチンを補助するAIを構築。それによる自動調整を行いながら虎爪を起動させたものがこれだ。

 全身をブレードで覆い防御力を上げる。特に頭部、関節部は重点的に重ねて甲殻状にしてあり、敵の攻撃に対してさらなる難度を押し付ける。

 無理な動作を行えば鱗状の(ブレード)群は己の身体をも傷つけるが、多少の傷など大河は問題にもしないし、むしろありあまるトリオンは放出させてしまったほうが邪魔とならずに済む。

 二本の巨腕は補助AIにより簡単な動きしかできないものの、ただ叩きつけるだけでも充分な威力を発揮し、必要になればミサキが自由に動かすこともできる。

 すなわち、兄妹二人で一つの戦闘体を動かすようなシステム。

 かつて茂森は強化戦闘体こそが技術の粋と言った。そしてこれが木場兄妹の考え出した答えであり、奥義である。

 

「失礼なことを言うもんじゃねーぞ菊地原。これは俺たちが積み上げてきた成果(ヽヽ)だ」

 

 そう。この戦闘法には木場兄妹が培い、吸収したすべてが乗っている。

 大河の莫大なトリオン量から構築される規格外の武装群。これまでの戦闘経験。そして兄を助けるべくミサキの編み出した『直接援護(ダイレクトオペレーション)』に始まり、トリガー起動を助ける思考補助AIはレプリカの存在と彼によるトリガー遠隔発動から、バーニアはアフトクラトルの敵兵からそれぞれ発想を得ている。

 さらに今期のアフトクラトル遠征に際しもっとも危険な黒トリガーである『卵の冠(アレクトール)』、『星の杖(オルガノン)』を防ぐために必要だった全周分割防御。嵩む重量はもともとの膂力とサイドエフェクトを活かすバーニアで補い、アクティナから奪った技術で触れれば即紫電が撒き散らされる。

 

 大河は己を最強とは思わない。だからこそ、使えるものはなんでも使う。

 より強く、より強固に。

 そして安全かつ、迅速に。

 どうしても危険を伴う己の目的を果たすために、すべてを利用する。

 その結果ならば菊地原が言ったように化け物に成り果てようとも、大河は気にしないだろう。

 

「じゃ――いくぜ」

 

 

 

 

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