黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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更新が止まった作品にありがちな、幕間物語。

大河の一人称視点です。


【幕間】木場大河の休日

 

 

 ……暇だな。

 長期遠征から帰ってきてしばらく。ボーダーは空閑の黒トリガー問題やら大規模侵攻やらでおおわらわだった。俺もそれに駆り出されたりしてそれなりに忙しい日々を送っていたが、今日はとくに用事もなく、また部屋に転がってると邪魔だとミサキに放り出されてしまって行く当てもなく本部基地をうろついている。

 開発室での基地トリオン充填作業も、新型トリガーの開発作業も今日はない。まあそのどちらも俺はじっと待つくらいしかしないから暇なことには変わりないんだが。

 そんでもってこういう日に限って秀次は防衛任務ときた。

 俺のボーダー歴は全体から見てもけっこう長いほうだが、知り合いってのは数えるくらいしかいねえんだよなあ。数少ないそれもだいたい隊員じゃなくてお偉いさんだし。楽しく会話、って感じでもねーしなー。

 

 つーことで、てきとうに気の向くままいい匂いのするまま、本部基地を歩き回っているという次第。

 うちの遠征艇ほどじゃないが、本部基地もなかなか落ち着く。そりゃ外壁から何から基地を構成しているトリオンのほとんどを自前で供給してたらそうなるわな。いわば自分の匂いが染みついた巣って感じだ。初めてここに来た日にゃよくわからん生き物の腹ん中にいるみたいで気味が悪かったが、いまはそういうものもない。

 しかしながら、慣れた匂いがするのに構造自体はぜんぜん把握してないから、いま自分がどこに向かっているのかも曖昧なのは妙な気分でもある。俺たちの部屋が上層に位置してるのもあって中層以下のつくりはさっぱりわからん。ま、別に予定もないしいいんだけど。

 

 そのまま散歩なのか迷子なのかもわからない足取りで、誰のものかも知らないトリオンの匂いに釣られて曲がり角をいくつか過ぎていく。

 すると大広間のような場所に出た。けっこう人もいる。それが防衛隊員ってのはわかっても、C級はともかく他はA級なのかB級なのかもさっぱりわからん。

 何人かは大規模侵攻のときに見かけたような気がしないでもない。結局知人ですらないからどうでもいいか。

 どうやらここは個人(ソロ)ランク戦ってやつをやってる場所らしい。

 せっかくだから見学でもしていくか。その戦いっぷりではなく、隊員たちのトリオン器官をだが。

 空いていた長椅子のひとつに陣取って腰を下ろす。座りは浅く、股を開き、両肘を背もたれに。

 自分でもでっけえ態度だなーとは思うが、こうしないと落ち着かないんだからしょうがない。

 

 これも戦闘体をいじりすぎた弊害ってやつだ。

 ぽんきちさんに言わせれば俺の出力のせいらしいんだけど、そんなことを俺に言われても困る。気を抜いたらいきなり指先から爪が飛び出たりとか、こっちだってびびるわ。

 遠征前の訓練時にはふつうに座ってたら足からブレードが伸び出て膝が顎に直撃したり、太ももの上に置いていた手から爪が出て足が千切れたりとかして、結局いまのスタイルでの座り方に落ち着いた。なんとか調律に慣れたいまでもこれは直せない。だって怖えし。

 あと生身と戦闘体との差異による弊害といえば、たまに呼吸するのを忘れちまうってのもあるな。人間、っつーか生物としてどうなんだとは思う。けど強化戦闘体の肺活量がはんぱなさすぎてサイドエフェクトを使いたいとき以外はほとんど呼吸してないんだよ。

 小さい頃から嗅覚関連には悩まされることも多かったから、これが楽だってのもあってついつい息を止めちゃうんだよなー。ミサキには「寝てる間に死ぬとか勘弁してよね」とか言われた。そんなん俺だって勘弁してほしいわ。

 

 まあ、それはさておき。

 正隊員になったやつらはボーダーの合格ラインを超えてきただけあって、そこらへんの街行く市民よりもトリオン量の平均値がだいぶ高い。それにここなら排気ガスとか動物の糞尿とかの雑臭も混じらないし、純粋にトリオンの匂いだけを楽しめる。

 これなら暇な日とかたまに来てもよかったぜ。知り合いいないからって出不精はよくないな。

 気を取り直し、すんすんと鼻を鳴らして物色する。見慣れない隊服を着た男がいるからか、ちょいちょい視線を感じるが全部無視。知り合いはいないけど作るつもりもない。

 

 うーん、あの128番の部屋に入ったやつはちょっとトリオン少ないな。20点。

 お、305番はまあまあ。40点。

 

 気分はあれだ、水族館。展示された魚を見て「あれうまそー」とか言ってる感じ。

 実際こいつらに手ェ出すわけにもいかないから例えとしてはいい線行ってるんじゃないか?

 

「……何してるんだ?」

「あ?」

 

 上機嫌で水族館ごっこを楽しんでいると、なんか黒スーツの男に話しかけられた。なんのコスプレだと思ったら、えーと……そう、大規模侵攻で作戦立ててくれたやつ。秀次も知り合いっつってたっけな。

 それはそうとこいつなかなかのトリオン量をもってるな。80点。他の木端がアジとかイワシだとすれば、このスーツはブリくらいには美味そうだ。

 横に立っていたブリ男の質問に答えないままじっと見ていると、何を思ったのか俺の隣に腰を下ろしてきた。正直まだ名前思い出せてないから困る。

 

「あんたを見かけるのは大規模侵攻以来だな。ふだんはどこかの支部にでもいるのか?」

「いや? 支部どころかほとんど本部基地の外には出ねえよ」

 

 だってやることないし。大学は休学中だしな。

 俺もミサキも基地から出ることはほとんどない。たまーにメシを食いに行ったり、必要なものがあるときに買いに行く程度だな。"こっちの世界"の繁華街っていろんな匂いが混じっててたまに気分悪くなったりするんだよ。ミサキはミサキでサイドエフェクトのせいで人混み嫌いだしよ。

 ブリ男はとくに疑問も納得も感じさせない表情で「そうか」とだけ言った。なんか用があるならはっきり言えよ。ていうか誰だよ。

 

「あー、俺になんか用か? つーかおまえの名前忘れたんだけど」

 

 こういうときはこっちがはっきり言うに限る。空気読めない? 知るか。挨拶もなしに隣に座るようなやつに読んでやる空気はねえ。吸う。

 

「……二宮隊の二宮だ」

 

 ブリ男もとい二宮は眉をひそめながらもきっちりと名を名乗った。二宮二宮、たしかに秀次がそう言ってた気がする。で、なんの用だ。

 視線で促すと、そいつは胸元から写真を一枚取り出して俺に差し出した。

 

「あんたが遠征に出てたってのは知ってる。単刀直入に聞くが、遠征先でこの女を見かけたことはなかったか?」

「あー?」

 

 女だあ?

 その写真には冴えない女が作り笑いを張り付けたような表情で写っていた。

 

「知らねえな」

「本当か? よく思い出してほしい」

 

 しつけえな。知らねえもんは知らねえよ。

 っていうか遠征の内容も話せないんだから、そいつを見たかどうかを答えていいのかも俺にはわからん。ぶっちゃけこの女がどっかの国の市街地にでもいたら知らずに吹っ飛ばしてるかもしれねえし。

 

「悪いがまったく記憶にねーよ。で、誰こいつ。おまえの女か?」

 

 二宮も近界民に知り合いが攫われたクチかと思ったが、即答で否定された。

 

「違う。……元部下だ。これは内密にしてもらいたい話だが、この女は重要規律違反の容疑者で、民間人にトリガーを横流しして"向こう側"に行ったとされている」

「で、連れ戻したいってか?」

「いや……俺は知りたい(ヽヽヽヽ)だけだ。この馬鹿を唆した黒幕を」

「ふーん……」

 

 密航、ねえ。大それたことを考えるやつがいたもんだ。

 こっそり行ったってんなら近界民のゲートにでも飛び込んだのかもしれないが、もしその先が遠征艇じゃなくて暗黒の海だったらどうするつもりなんだろうな。トリオン兵は遠征艇から直に飛び出してくるわけじゃねえんだし、そっちの可能性のほうがずっと高そうなもんだが。つーか実際そうなって夜の海の藻屑にでもなってんじゃねーの?

 さすがにそこまで言ってしまうほど俺は皮肉屋じゃないけど。

 

「ま、期待に応えられなくて悪かったな」

「いやいい。こちらこそ急に話しかけて悪かった」

「別に。何かしてたってわけでもねーし」

 

 よく考えなくても水族館ごっこしてたとか言えねーし。

 用が済んだ二宮はさっさと席を立つ――と思っていたがしかし、前を向いたまま動こうとはしなかった。

 

「……そういえば」

 

 ひとりごとのように言い出す二宮。話の切り出しかた下手か。

 

「秀次とはずいぶん仲がいいんだな」

「んん? ああ、まあな」

 

 仲がいいというか妙に懐かれてるというか。俺としては特別贔屓にしてるつもりもないんだけどな。訓練に付き合ったりとかも、割とギブアンドテイクな部分あるしよ。訓練相手が欲しいときにうちの部屋来たら、別に秀次じゃなくても受けるからな。太刀川は逃げたけど。

 しかしまあ、あれだけ懐かれればかわいいもんだと思ってしまうのも人情といえばそうだろう。別に俺は人間嫌いとかじゃねえし。むしろ人間好きだ。殺したいくらい。

 

「同じ司令直属隊員だし、秀次としかできない話とかもあるからまあ、それなりにな」

「そうか」

「それがどうかしたのか?」

「いや、あまり深い意味はない。俺は昔、秀次と同じ部隊にいたんでな……ただ気になっただけだ」

「あ、そ」

 

 会話広がらねーな、こいつ……。意味深に言っとけば突っ込んでもらえると思ってんじゃねえぞ。

 二宮の過去も秀次の過去も、俺にとっては同じくらいに興味のない話だ。

 そっけなく会話を切り上げると、二宮もこれ以上話すことなどないのかようやく腰をあげた。

 

「邪魔したな。失礼する――」

「あらぁ、二宮くんじゃない?」

 

 二宮の別れ際の挨拶を遮って、女の高い声が横から刺さる。

 

「加古……」

「珍しいわね、あなたが訓練場に来るなんて」

 

 立ち上がった二宮は無表情のままその女のほうを見ていたが、ぴりっとした空気をまとったのが俺の鼻をかすめた。なんだおまえ、この女が苦手なのか?

 加古っつったっけか、アフトクラトルの爺さんにトドメくれてやったやつ、――――!?

 なんだ、この女……!?

 

「別に、ただ世間話をしていただけだ」

「あはは、もっと珍しいじゃない。私にも聞かせてよ」

「おまえには関係ない」

 

 ばちばちと火花が飛びそうな視線のやり取り。

 それを無視して俺は二宮の後ろに立った。この加古って女、危険な匂いがする……。

 紫色の隊服を身にまとった金髪の女。その後ろには小学生みたいな成りをしたガキもいる。

 そっちはそっちでなぜかビビられていた。怯えと緊張が混ざった匂い。そんな怖がんなくても取って食いやしねーよ。ちょっと心臓抉りたいだけだ。

 

「あら、そちらは木場さんって言ったっけ? あなたをここで見るのは初めてね」

「……ああ」

 

 ずいっと一歩出てくるのに合わせて、こちらはすっと一歩下がる。

 一瞬不思議そうな顔をされたが、それ以上に後ろにいるガキが加古の腰あたりを掴んで動きを止めているのが不可解らしく、そいつに振り返った。

 

「双葉? どうしたの?」

「あ、いえ……」

 

 こいつは完全に俺を警戒してるな。近界民だったらその警戒心を褒めてやるところだが、あいにく人間には手を出すつもりはないから無意味だと言っておこう。

 いやそれより。そんなことよりも。

 双葉と呼ばれていた子どものほうもやばい匂いがするんだよ。くそ、こいつらいったい――

 

「おまえらさあ」

「……!」

 

 俺が口を開くと双葉とかいうガキがびくりと身をすくませる。なんなんだこいつ、俺の口からハイドラ(カノン)でも飛び出すとか思ってんじゃねーだろうな。出ねえよ。

 まあいいや。

 

「おまえら……昼飯何食った?」

「え?」

「は?」

「……?」

 

 なんか一様に不思議そうな顔をされた。二宮にまでも。

 

「昼食のお誘いかしら。残念だけれどもう済ませてしまったわ」

「木場さん、この女を誘おうとしているのならやめておけ、こいつは」

「違えよアホか」

 

 ……そういう勘違いか。

 んなわけねーだろ、なんで俺が顔しか知らないやつを飯に誘わなきゃなんねーんだよ。

 そんなことより、こいつらからする匂い。ヤバイ匂い。なんなんだこれは。聞くのもヤバそうだが聞かずにはいられない。

 

「何を食ったんだ、って聞いてんだ」

「鯖味噌羊羹チャーハンだけれど」

「…………」

 

 何言ってんだコイツ。

 

「鯖味噌羊羹チャーハンだけれど?」

 

 聞き取れなかったわけじゃねえよ!

 

「そ、そうか……それは、美味い、のか?」

 

 まさかそんなはずもないだろう。俺の鼻は常人とは違うといっても、明らかに危険な異臭くらいはそうと利き分けられる。

 こいつ、こいつらの口からそんな危険臭がしてんだよ! 人間兵器状態じゃねーか!

 

「うーん、今回はちょっとハズレだったかしらね」

「そうですか?」

「……………………」

 

 今回は? ちょっと?

 ―― そ う で す か ?

 ヤバイ。こいつらヤバイ。人間兵器どころじゃねえ。人間じゃなかったわ。殺していいのかな。

 サバミソヨウカンチャーハンとかいう死の呪文みたいな料理名には、二宮さえも眉間に指をやって反応に困っている。おまえの知り合いだろ、どうにかしろよ。その隙に俺は帰らせてもらう。

 

「あ、木場さんがお昼まだだったら作戦室(ウチ)くる? 新しいアイデアが」

「やめろ!!」

 

 俺は帰らせてもらう!! こんなところにいられるか!

 

「じゃあな!」

 

 三人の反応を待たずに踵を返した。引きとめられでもしたら俺は何をするかわからん。いまの俺は生命の危機すら感じているからな。

 こんな俺でもさすがに女に向かって真っ向から「口(くせ)え」とは言えない。傷つけてしまうからとかそういう斟酌ではなく、単に面倒事に発展するのが嫌なだけだが。ふだん空気を読まない俺であるが、いまは鼻が、あの臭気が混じった空気を読み取ることを拒絶した。

 加古マジ怖い。ボーダーはなんて人材を手に入れてしまったんだ。あんなのがいたんじゃあ近界も簡単に滅ぼせちゃうぜ。

 

「……、……ふう」

 

 ひとしきり走って後ろを振り向く。

 よし、追ってきてはないな。

 いやまさか本部基地で命の危険を感じるとは思ってもみなかったぜ。木場隊作戦室よりやばい兵器を開発してる部隊がいたってのも衝撃だな。今度城戸さんに報告書上げとこ。

 

 そんなことを考えながらエレベーターに乗って自分の部屋を目指した。

 ったく、たまに外に出てみたらこれだ。やっぱり自分ちが一番落ち着くな。

 気持ち早足になって木場隊作戦室まで歩いて、勢いのまま扉を開いて。

 

「あれ、もう戻ってきたの?」

 

 出迎えてくれたのは愛しの妹。その目には呆れがこれでもかと篭もっている。

 そら外出して数時間も経たずに帰ってきたらそうなるわな。

 でも仕方ない。あんな危険なものがボーダー本部を闊歩しているなんて俺も思ってもみなかったんだ。

 そう伝えてみても、ミサキの目から「何言ってんだコイツ」という色は消えなかった。いやマジなんだって。A級隊員で世界がヤバい。

 

「おまえならわかると思うけど、これは本当なんだよ。あのな、加古ってやつがな――」

 

 話半分に聞くミサキ。

 懇々とボーダーの危険性について説く俺。

 

 

 

 そんな、休日の一幕。 

 

 

 

 

 

 

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