「今日から君たちの担任になるゼップル=クライバーだ。よろしく頼むよ」
「「「「「よろしくおねがいしまーす!」」」」」
教室の壇上で、ゼップル先生が挨拶をすると、生徒が声を合わせて返事をする。
もちろん、私とヴェインも加わっている。
二人とも蚊の鳴くような声なのは目を瞑っていただきたい。
因みに、ヴェインの席は窓際の一番後ろで、私はその一つ前だ。
「色々大変だとは思うけど、困ったことがあったら相談に来てほしい。ボクが暇な時なら、いつでも相談に乗るからね」
ゼップル先生はにこやかにそう言った。
クラスの生徒も、暇な時だけかよ、なんて笑う。
まだ会って間もないはずなのに、ゼップル先生はみんなの心を掴んだようだ。
その社交性の高さは見習うべきなのかもしれない。
「みんな疲れているだろうし………今日は簡単な説明だけにしようかな」
そう言ってゼップル先生は、予め配られたプリントを使いながら説明を始めた。
立ち入り禁止区域のことや、校則、後は今後の予定など、特に重要なところだけを抜粋して説明していく。
時間にして30分くらいだろうか。
おおよその説明は終わり、残りは各自読んでおくようにと言って、ゼップル先生は説明を終えた。
「それじゃ、今日はこれで解散! 明日から早速授業があるから、遅刻しないように」
そう言い残してゼップル先生は教室から出て行った。
生徒たちは各々に立ち上がり、他のクラスメイトと話す者や教室を出ていく者など、様々である。
そんな生徒たちを見て私とヴェインはため息を吐いた。
「「はあ………」」
(どうした二人とも、暗い顔だな)
そんな私たちを見てサルファが声をかけてきた。
前から思ってたんだけど、サルファって猫なのに凄く渋い声なんだよね。
ああ、全く関係ない事を考えてしまう辺り、気分が下向きで逃避でもしているのかもしれない。
「うん………来たはいいけど、ちゃんとやっていけるのかなって思って……」
「私もです……」
ヴェインは人から迫害された経験が未だに心の底に根付いていて他人が苦手だし、私はそもそも他人と会った回数が片手で足りてしまう。
二人とも、どうしたらいいかさっぱりなのだ。
そんな二人を見て、今度はサルファがため息を吐いた。
(何もしない内からその様子じゃ、先が思いやられるな)
「そ、それは………」
「あうぅ………」
(そもそも、ここに来たのはお前たちの意思だろう? それを………)
あ、これはサルファの説教が始まる。
サルファの説教は長いのだ。
私はヴェインとアイコンタクトをすると、二人でサルファに謝った。
「悪かったよ。ちょっと弱気になってた」
「ごめんなさい、サルファ。私、頑張りますから………」
そうやってサルファに謝っていたら、突然後ろから大声をかけられた。
「ねーってばあああ!!」
「わあ!?」
「ひゃう!?」
二人して驚いて、慌てて振り向く。
さっきゼップル先生に後ろから声をかけられて驚いたのに、またしても同じようになるとは思っていなかった。
心臓がバクバクいってる。
「やっと気付いてくれた。もー! いくら呼んでも無視してるんだもん」
声をかけてきたのは、桃色の髪を腰まで伸ばした女子生徒だった。
そのまなじりは上がり、ぷんぷんという擬音が付くようであった。
しかし、後ろから声がするなーとは思っていたが、まさか私たちを呼んでいたとは。
「ご、ごめん……」
ヴェインが困ったときの癖で、後ろ髪を触りながら頭を下げ、私もそれに倣う。
「さっきから何の相談してたの?」
「相談? いや、相談というか……僕たちサルファに怒られてたんだけど………」
私たちの陰になって見えなかったのだろう。
サルファがヴェインと私の横に立ち、よろしくと一鳴きした。
「わー、かわいい!」
「彼はサルファ。ヴェインの……えっと………マナ? です」
「そうなんだ! 珍しいね、言葉をしゃべらないなんて」
「そうなの?」
ヴェインは首を傾げて私を見るが、私だって知らない。
だって、サルファ以外のマナなんて会ったことないし。
「わたしも、たくさんマナと会ったわけじゃないけど………ほら、これがうちの子」
そう言って彼女は自身のマナを呼び出す。
光が弾けるようにして現れたのは、体長40センチくらいの少女だった。
淡い黄緑色の髪に、ルビーのような紅い瞳、足は太股のあたりから純白の翼となっている。
「どしたのフィロ? 急に呼び出して」
マナは鈴を転がしたような声で彼女に尋ねる。
「この人たちに紹介しようと思って。ほら、ご挨拶して」
「あ、どうも。風のマナです、よろしくね」
「あ、うん。よろしく………」
「あの、よろしくお願いします……」
「じゃあもう帰っていいよ」
「え? あたしの出番これだけ? ちょっとー!」
風のマナはぶつくさを文句を言うが、彼女はそれを聞かずさっさと帰還させてしまった。
何というか、扱いが酷い。
「ね? 普通にしゃべってたでしょ」
そういえば、マナがしゃべるか否かの話題だった。
「うん…そうだったんだ……」
ヴェインは彼女の言うことを信じたようだ。
私も、彼女が正しいのだろうと思う。
でも、どうして私たちはサルファの言ってることが分かるのだろう?
そんな疑問が浮かぶ。
「あー、でも良かった。先生が話してる間もずーっと一人でぶつぶつ言ってるし、先生の話が終わったら今度は二人で暗い雰囲気でぶつぶつ言ってるんだもん。近くの席の子がアブナイ人だったらどうしようって、心配しちゃった」
「はあ……」
な、何とも返事しにくいことを笑顔で言う子なんだ。
ヴェインも困って後ろ髪をいじっている。
………取り敢えず、今後サルファは人目に付くところにいてもらおう。
そうしたら、アブナイ人から猫に話しかける人になるはずだ。
多分、そっちの方がまだマシだろう。
「わたし、フィロメール=アルトゥング。フィロって呼んでね。君たちは、双子?」
「僕はヴェイン。ヴェイン=アウレオルスだよ」
「私はディナチュラレラム=アウレオルス。双子じゃなくて年子……らしいです」
一応、私が姉………らしい。
サルファがいうには、私の方が一年くらい早く生まれたそうだ。
でも、並んで立つとヴェインの方が10センチくらい背が高いから、妹に見える。
「ヴェインくんに、でなちゅ……なんだっけ?」
「ディナチュラレラム。ディナでいいですよ」
「そっか、じゃあヴェインくんにディナちゃん、これからヒマ? せっかくだし、一緒に学校の中を探検してみない?」
「「え?」」
探検って、私たちと?
え、何で?
ヴェインと一緒に、驚き半分疑問半分な顔でフィロを見る。
「二人とも何か用事があった?」
フィロは少し悲しそうに言った。
その言葉をヴェインが否定する。
「ううん、何もないけど………」
その言葉を聞くとフィロは花が咲いたように笑顔になった。
「良かった! それじゃ早速しゅっぱーつ!」
「え? ひゃあ!」
フィロは私の手をとると、ぐいぐいと引っ張っていく。
返事もしてないのに、強引な子だ。
でも、その楽しそうな横顔を見ると、何も言えなくなってしまう。
教室の扉まで来たところで振り向くと、ヴェインはサルファと話をしているのか、ついてきていなかった。
それを見たフィロが待ちきれないとヴェインを呼んだ。
「ヴェインくーん! 早く早くー!」
少し早歩きでこちらに来るヴェインの口元に、わずかながら笑みが浮かんでいるのが見えた。
それは私に、ヴェインが変わっていく予感を抱かせた。