不転百足は転ばない   作:七十

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原作準拠。4巻下の直後、ある休日の話。
成実の服装など、現時点で不明なところは省いています。


20120811
5巻の内容に合わせて本文を一部修正しました。
pixivとマルチです




表通りの躊躇い者

 伊達・成実は逡巡していた。

 奥多摩にある青雷亭本舗(せいらいていほんぽ)。武蔵の総長兼生徒会長葵・トーリがバイトで店長をしている店だ。

「……長、長、長。そしてたしか武蔵の副王でもあったわね、あの、キヨナリのエロゲ仲間。肩書き多すぎにもほどがあるわ」

 彼女は青雷亭本舗の入り口から数メートル離れた通りに立ち、その扉を見つめ呟いた。

 ここは武蔵アリアダスト教導院からもほど近いため、辺りには生徒らしき若者の姿が多い。もっとも今日は休日でほとんどが私服だが、中には部活か何かなのか、制服で歩いている者もいた。

 いずれ自分もあの制服を着ることになるのだろうか……。そんなことを思いながら目の前を過ぎていく生徒を視線で追うと、こちらに気づいた彼らは驚いたように二度見したのち、足を速めた。

「……」

 小さくため息。無理もない。見知らぬ顔、そして四肢の全てが義肢。自分が異質なのはどうしようもないことだと分かっているが、慣れぬ土地ゆえ、余計に思い知らされて。

 ──やめよう。こういう「重さ」は全て預けると決めたのだから。今は眼の前をしっかり見据えて前に進むべき。

 成実は首を小さく振って、伏せかけた眼差しを上げた。

 進むべ──────

 

「うひょよおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ────────。

 

「ちょ、ホライゾン殿! それは危険! 危険で御座る!」

「どうしてでしょうか。ホライゾンはこれを握り潰しても命の危険はないと判断します。ええ、消毒みたいなものです。悪玉菌は滅ぶべきです」

「命の危険はなくても種の存続の危機ですよ! 生命礼賛に反します!」

「うふふ、愚弟がタマなしになったら愚妹ね。ステキ!」

「大丈夫ですかトーリ君!? 喜美もそんなこと言ってないで! だいたい竿──、──、────」

「智、やばい隠語言いかけて真顔で硬直するのやめていただきたいですわ!」

「浅間。お前の走狗が真っ赤なメーター消そうと必死になってるからそのぐらいにしてやれ」

「あの、浅間様。竿と言いますと極東の特産、物干し竿のことでしょうか? 極東のは長くてよくしなると評判ですが……それがウェットマン様の消毒と何か関係が?」

「長くて…………よくしなる…………竿…………次のネタはこれで行くわ。竿を操る浅間様と天然英国王女……!」

「ガッちゃん。ナイちゃんそのネタはまずいと思うなー。妖精女王が王賜剣二型(EXカリバーン)持って乗り込んでくるかも」

「あのー、盛り上がってるところすみません。総長の顔色、そろそろ本気でやばいと思うんですが」

「潰されてもカレーをかければ大丈夫ですネー」

「「「「「「「かけるなああああ!!!」」」」」」」

 

 伊達・成実は後悔していた。

 十分前ここに到着したときも、あんな感じに騒いでいて中に入るタイミングが掴めず、話が途切れるのを待つことにしたのだが、その後、踏み込もうとするたびに中で騒ぎが起こってことごとく機会を潰され、今にいたるまで入ることができないままでいるのだ。

 最初の機に何も考えず扉を開けてしまえばよかったが、今さら後悔してもどうしようもない。それに、なまじ武芸に秀でているからこそ、先機を潰されただけで先に進めなくなってしまう。

「それって結局、私が未熟だということね」

 息を抜きながら口の中で呟く。まだまだ武蔵に慣れないこともあって、何かにつけて躊躇いを持つ現状をなんとか打破したいものだが……。

 こうしている間にも、何人かの生徒が青雷亭本舗を出入りしている。成実を二度見した男たちもあの店に入って行った。毎日開いているわけではないようだが、場所柄学生たちには人気があるらしい。

 もういっそ、通神で連絡してしまおうかしら……さっさと終わらせて帰りたい。キヨナリより先に帰宅するだろうから、久しぶりに一人でスルメ齧ってカップ酒を啜って……

 そう思い、つ、と手を上げて表示枠を出そうとしたときだ。

「成、実……さん?」

 たどたどしい声が背後からかかった。

 その声と邪気のない気配。これが他の者ならたとえ敵意がないと分かっていても肩に力を入れ、僅かな警戒を示しただろうが、

「向井外交官……」

彼女、向井・鈴は別だ。

「こ、こんにちは。えと……おひさし、ぶり、です」

 嬉しそうに笑ってぺこりと頭を下げる。会えてうれしいという素直な気持ちが伝わってきて、たまらず成実も口元を綻ばせた。

「本当に久しぶりね。こっちに来てからちょっと忙しかったから」

「う、ん。元気そうで、よかっ、た。あ……私、もう、外交官じゃ、ない、です」

「Te……Jud. そうね。けれどなかなか呼び方変えられないの」

 応答も「Jud.」とすんなり言えるようにはなかなかならない。難しいわね、と呟くと、鈴は小さく声を上げて笑った。

「けど、す、ぐ、慣れる……よ? と、ところで……どうした、の? 何か、迷ってた……みた、い」

 鈴に対して隠しごとは何もできない。対物感知システムの「音鳴りさん」から伝わる情報と、本人が己の発達した聴覚などの感覚器官から得た情報と合わせ、総合的に的確に判断した結果そうなるのであるが、鈴本人はそれを「すごいこと」だとは自覚していない。

 どんな達人でも、これほどの情報を瞬時に得、瞬時に判断することは不可能だが、それをすごいと気付かないところが鈴のすごいところだ。

 いや、それは武蔵の他の面々にも言えることだ。卓越した才能を持ちながらそれを誇ることせず、謙遜もせず「あるがまま」として扱う。だから、自分も慣れたらきっと居心地がいいのだろう、と成実は思う。

 いつになるか分からないけどね──。彼女は内心のみで苦笑し、鈴に対しては、

「キヨナリから昼食は青雷亭で食べるから来いと言われてたんだけど、さっき教導院から「ちょっと書類に眼を通してほしいから来てくれ」って連絡あったのよね。だから、教導院に行く前に一言断り入れておこうと思って……」

『迷ってた』原因には触れずここに来た経緯のみを告げると、鈴は嬉しげに頬を紅潮させた。

「そ、か。成実さん、一緒の、クラス……なんだ、ね……」

 ……ああ、そんなにうれしそうに笑わないで。正宗にしていたようにかいぐり倒したくなってしまうわ。静まれ私の右手!

 わきわき動きだしそうになる右手で髪を撫でつけて誤魔化す。そんな成実の仕草を、鈴は、髪サラサラしてるから大変だね……と同情込めて見やってから、顔を青雷亭へ向けて、

「じゃ、あ、一緒に、行く? 私も、これから、ごはん食べに、行くから……」

成実がここで迷っていた理由には触れず、そう問うた。

「……ええ、お願いするわ」

 好意を素直に受け入れて頷くと、鈴の手がおずおずと差し出された。主庭で『拙速』な動きで彼女の手を取り怖がらせてしまった、と正宗から聞いていたので、成実は自分の鉄の手を鈴の掌に添わせるだけにとどめる。

「行きましょう」

「ん」

 鈴よりも少しだけ早く歩み出すべく足をあげると、あれほど出なかった一歩がすんなり出た。軽い。

 その軽さにわずかな罪悪感を感じてしまうのは、小次郎が自害したときのことがまだ胸にひっかかっているからだろうか。いくら考えても詮なきことだと頭では分かっているが。

 ──私は、この子に重みを預けてしまったのかしら。

 そう思考した瞬間、軽くなった足に枷がはまったような重さを感じた。躊躇いが体に出て、進路を転じたくなる気持ちが生まれかける

 が。

 鈴の指先に、小さな力が加わった。

 その力に導かれるように視線を鈴の顔に向けると、気負いのない笑みが返ってきた。

「いこ?」

 ……そうか。

「Jud.」

 今度はすんなりと応答できた。

 そうね。彼女にも預けていいのかも知れない。

 ウルキアガが言っていた「お互い様」という言葉の意味が、今初めて理解できた気がした。共に笑って肩をたたき合うのは男の子だけの特権だと思っていたが、女の子同士でもそれができるのかも知れない。

 これからずっと武蔵で暮らすのだから、いずれは自分も、青雷亭に集う仲間たちのように馬鹿笑いして…………いいえ、ごめんなさい。それはできそうもないわ。

 けれどここでなら、無理に慣れようとしなくても自分らしく在れるだろう。

「ドア、私が開けるわね」

「ん。おね、が、い……」

 成実は自ら望んでドアに手をかけ、開けた。まず、パンの焼ける香ばしい香りがして、ついで楽しげなざわめきが聞こえ、そして、

「あ、ベルさーん! それにウッキー嫁もよく来たなー!」

 かけられる声に従って視線を向ければ、部屋の隅に置かれた梅組の面々が座っている大きいテーブル、その端に、

「………………」

 テーブルに向って座り、片手で湯呑みを啜りつつ、空いた手で隣に立つ全裸エプロンの股間を鷲掴みにしているホライゾン・アリアダストと、

「………………」

金髪かつらと全裸エプロン姿の、エプロンごと股間を鷲掴みにされ、腰付き出して顔面蒼白プラス脂汗をだらだら流しながらも笑顔で手を振る葵・トーリがいた。

 ……やっぱり、できそうもないわ。

 目の前で起きている出来事を無表情で眺めたのち、伊達・成実は後悔しつつ小さなため息を漏らしたのだった。


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