偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/狭間 屍を越えて

 

 

 ジメジメとした苔むした地下牢から、クネクネと緩く蛇行している階段を登っていった。

 等間隔に設置された壁の灯台。うっすらと周囲が照らされることで、レンガやコンクリートとは違う、濃緑色のツルツルとした壁面であることがわかった。……触ってみると、硬いながらも弾力があった。

 そんな奇妙な大筒の中、たどり着いたのは、分厚いタイヤのような革扉。中央に一線、左右から押しつぶされてできた裂け目の中心には、錠前形にくくられた鍵穴が一つ。看守から奪った鍵束を取り出すと……カチリ、開けた。

 拘束から解き放たれるように、革扉がグググゥ……と左右に引っ張られ/縮んでいった、まるで瞼を開けるようにして。

 

 そうして開け放たれた先には―――別世界が広がっていた。

 

 絡まり合いながらも、伸び広がっている、太古の大蔦。大人3人は簡単に飲み込める緑の大蛇にも似ている。幾十本もあるそれらが、視界いっぱいにのたうち絡まり広がっていた。

 その先、上左右も見渡してみると、薄青色があった。うっすらと白い靄/雲のような濃い霧も、フワフワと漂い泳いでいた。さらに見下ろしてみれば、絡まり茂る蔦の群れの真下、人の街並みらしき景色もあった。……地下牢だと思っていたけど逆、天上牢だった。

 おもわず感嘆と、見とれてしまった。

 

 引き込まれるような、ムズ痒くなる超高度。落ちたらひとたまりもないのに、ずっと眺めていたくなる。他では中々味わえない、幻想的な景色……。

 つめたい風がピュウゥ……とひと吹き、肌を撫でると、ようやくわれに帰った。自分の現状を思い出し、パンパン……引き締め直した。

 伸び広がっている大蔦の道、あまり下を見ないよう/周囲を警戒しながら、進んでいった。

 

 

 

 恐る恐るも進んだ先、隠れるところのない通路/幸運にも巡邏兵らしき人影は見当たらず、茂った草むらで覆われた交差路にたどり着いた。

 そこにはまた、先の天牢と同じ革扉。ただし、錠前はかかっておらず締め付けられているのみ。

 どうしたらいいのかしら―――。立ち往生していると「ワンッ!」と、ついてきた犬が声をかけてきた。同時に鼻先を左右に動かし、何かしらを伝えようとした。

 残念ながら、くわしくは伝わらなかった……。けど、ニュアンスだけは何となしに。物は試しと、とりあえずそっと、手を触れると―――ブルリ、革扉が微震した。

 すると、先ほどと同じ現象。微震が全体へ/縁まで波及すると、革扉がグググゥ……と自動で開放されていった。

 

 驚きながらも開放された中。覗き見るとそこは、ただの交差路ではなく建物の内部だった。

 床は細かい網目状が重ねられただけ、大きな竹籠の中でしかないように見える。ただし……コツコツ、不思議にも硬い反発感があった、まるで石畳のような感触だ。……抜け落ちる心配はなさそうだった。

 

(……いちいち気にしていられないわね)

 

 奇妙すぎる造形にと惑わされるも、棚上げ。今重要なのは、ここはどこなのか、だ。

 息を殺しながらも、慎重に内部を探索し始めた。

 

 

 

 交差路の内部には幾つか、区切られた部屋があった。その全ての扉は、入口のような革扉ではなく蔦のすだれのようなカーテンのみ。

 その一つから、植物だらけのここにはふさわしくない、ヴぅンヴぅンとの機械の唸り音が響いてきた。

 気になり近づくと、そっと中にはいった。

 

 カーテンをくぐり抜けた先は、この交差路の主要な部屋だと思わしき広さ。

 そこに、透明で巨大なウツボカズラが幾本も、等間隔に立ち植え並んでいた。子供ならちょうど一人は、まるごと収めてしまいそうな巨大さ。機械の唸り音はそれらからだった。

 そこに詰まっていたのを見て、おもわず顔をしかめた。吐き気まで出てきそうになった。

 ウツボカズラの中、赤みを帯びた/血を水で薄めたような液体。その中心にプカプカと―――()()()()()が浮かんでいたから。

 

(なッ!? ……何なのよこれ?)

 

 あまりにもリアルな作り。まるで、まだ生きていると言わんばかりに、養殖しているかのように、プニプニとした肉感と不気味なほどツヤのあるピンク色……。自分の頭にもコレがあると、生理的な嫌悪感が沸く。

 生々しいのに清潔に保たれている環境、人の意思や情が一切関知していないような無機質な空間。異常が正常であるとする無言の暴力に満ちている……。何の施設なのか、何の目的でこんなことをしているのか? 分からないがコレだけで、おおよそわかる、自分とは相容れないモノだと。……こんなモノを作っている人間たちとは決して、分かり合えないだろうと。

 吐き出したい唾をぐっとこらえながら、先に進んだ。

 

 奥―――進んだ先は、手術室らしき場所だった。

 医療服らしき、白い割烹着のような着物をきた……猿人たち? 明らかに人間ではない姿かたちの亜人種たち。頭上からのライトを当てられた中央の台の上には、全身麻酔か眠らせたかした一人の人間が、全裸で横たわらせていた。……頭上に浮かんでいる逆三角錐のカーソルから、プレイヤーの一人だとわかった。

 囲む猿人たちの手には、メスやら注射器などの、外科手術用の道具。そんな彼らの円陣の外には一人、頭をターバンのようなモノで覆っているレッドプレイヤーの男が、酷薄そうな笑みを浮かべながら監督していた。その男の指示のもと、猿人たちは機械的に、寝かせたプレイヤーへと手を動かしていった。

 様々な器具の取り付け、注射で薬品を注入する。そのあとようやく、猿人の一人が頭部にメスを当てて円を引いていくと……カパリ、その頭蓋を開いた。そして、その中から―――()()()()()()()()()()()した。

 取り出したそれはすぐさま、そばに置いてあった専用の容器にちゃぷり……入れかえた。

 

 一瞬、何が行われたのか、わからなかった……。あまりにも事務的で異状で、頭が考えることを麻痺していた。

 猿人たちの話し声、安堵の吐息やら緊張の強張りが解けていったのが分かる、手術成功にホッとしているのだろうと。

 その様子から、先ほどの施設が何なのか、理解できた。―――捉えたプレイヤーたちから、脳みそを摘出しているのだ、と。

 

 おぞましさに、思わず吐きそうになった。悲鳴も上げそうになるもギリギリ、こらえた。

 手術を終えた猿人たちは、後始末に取り掛かっていた。脳みそを入れた容器を、先ほどの施設へ運ぼうとする。さらに、残された体にはもう一つ、別の手術を施そうとした。何かしらの結晶アイテムらしきモノを、開頭させられた場所に埋め込み、接合させていく―――……

 

(……だめ。もう無理―――)

 

 我慢の限界だった。……こんなもの、させるのも見るのも堪えられない。

 レイピアを抜きながら、隠れていた場所から飛び出した―――。おぞましい手術をしている猿人たちへ、一足飛びで詰め寄った。

 

 突然の襲撃者、驚愕で硬直している猿人たち、レッドすらも……。

 接敵するとすばやく、そのすべてを叩き伏せた。

 

 手術道具しか持たない猿たちを一気に制圧。その間、何とか武器を引き抜き反撃しようとしたレッド。けど、飛びかかった魔犬がその手に噛み付いた。

 痛みに呻いたレッドは、思わず武器を取りこぼしていた。

 猿たちの次、レッドに目を向けると、また一気に飛び込む/接敵した。武器を《取りこぼし》たレッドは、拾うか素手か、判断に迷いながらも構えようとするも―――遅い。

 何もさせず、噛まれた腕をスバン―――切り落とした。そして、ガンッ―――その勢いで蹴りつけ、壁に叩きつけた。

 軽い脳震盪の最中、さらに詰め寄ると喉元へ、鋒を突きつけた。

 

 

 

「―――元に戻しなさい!」

 

 有無を言わせぬ命令。できるだけ怒りを抑えた声。

 しかし……レッドはただ、ニヤニヤと嗤うのみ。

 

「驚いたねぇ……。どうやって牢屋から抜けてきたのさ?」

「3度目はない。元に戻しなさい」

 

 キン―――。鋒をあご先にもあてた。立場を再確認にさせる。

 しかし/それでも、レッドの余裕は崩れず。

 その顔を見て、内心で舌打ちした。気づかされる。……こんな脅しをしても殺せない、交渉しようとしているのが証拠、こいつの優位には立っていない。逆に、姿を現してしまったことで不利になっている。

 だけど……これ以上のことは、考えられない。何もできないなんて/何かしてあげられないなんて……認められない。

 そんな内心の焦りを読まれたのか、しかし/それでも、レッドは説明してきた。

 

「摘出手術よりもさ、再接合は難しいんだよね。ちょっとした手違いだけで、殺してしまいかねないぐらいにさ」

 

 それはもう、簡単にね……。楽しそうに告げられたその説明に、絶句してしまった。

 それでも、探った。奥の奥そこまで見通す勢いで、睨みつけた。

 しかし、嘘をついている様子は……見えない。なにか他の代案も……浮かばない。

 隠しきれず、奥歯をギリッ……と噛み締めた。怒りとやるせなさがこみ上げてくる。どうにか/何か/なんとしても、落とし前をつけたい。

 そんな激情のまま、断罪してやろうと力を込め直すと「クゥン……」、傍らからの鳴き声に止められた。

 

 冷静になれ、今必要なことは何? 何をしなければならないの? 

 頭の片隅に確保している、冷静な打算をするのためのリソース/激情から引きずり戻す冷却装置。攻略組として今日ここまで生き延びさせてくれた、もう一人の私。

 冷やされたことで回る歯車/繋がる糸。ここで/コイツから引き出せることは―――。

 握り締めた力を緩めた。

 

「―――何が目的? なんでこんな趣味の悪いことしてるの?」

「コイツのためさ。それと、プレイヤー全員の願いを叶えるため、でもあるね」

「望んでこんなことされているとは、到底思えないけど?」

「まあ、確かに……ちょいとだけ、無理強いしたかもしれない。頑張って少し上の迷宮区にチャレンジしているところを、仕掛けた罠で分断して、麻痺毒を浴びせて無抵抗になったところを、拉致ったり……とかさ。

 けど、後できっと感謝してくれるだろうさ。自分はラッキーだったと、受け入れてくれると思うよ」

 

 勝手なことを―――。そう罵倒してやろうとしたら、おもむろにレッドは、残った手で頭部のターバンを掴み、解き取った。そして、隠していた頭部を見せてきた。

 

 そこにあった光景に、思わず息を飲まされた。

 

 先ほどのプレイヤーと同じく、()()()()()()()()()()()()()()手術後の姿。その凹みの中にはキラリ、光る小さな結晶アイテムのようなモノが植えつけられているのが見えた。

 そのレッドもまた、同じ外科処置を受けたのだと、わかった。

 

「見た目はパッとしないけどさ、思ったほど不便はないし、ヅラでも付ければわからなくなる。何より、良いことをしてやってるんだしさ。……もうコレで、()()()()()()()()()()()()()んだから、さ」

 

 レッドはそう言うと……ニンマリ、不敵で不気味な笑みを見せつけてきた。

 

 ゾクリ―――肌が泡立った。首筋が逆立つ。

 言い知れぬ危険な気配に、射すくめられてしまうと……カチリ、何かが噛み合わされたかすかな音が、耳に伝わった。レッドが奥歯を噛み締めた音が、聞こえてきた。

 

 あ―――。止めるまもなく/察する間もなく/目だけは見開いたまま、間抜けな声が漏れ出た。何もできずに……

 

 

 

 次の瞬間―――爆発が起こった。

 

 

 

 強烈な閃光と爆音―――。耳と目を占領した、ホワイトアウト。

 続く瞬間、叩きつけてきた爆風と爆熱―――。肌が炙られ押し飛ばされた、ノックバック。

 レッドの体内に埋め込んでいた爆弾が、爆発したのだろう。目の前で一気に展開されたそれらに包まれ、吹き飛ばされていった。

 そして、避けきれずそのまま、室内の壁へと叩きつけられていた。

 

 

 

 キィーン……と、甲高い耳鳴りが耳を刺し、起こしてきた。

 ノイズのような/グワングワンと混ぜゆれる視界。平衡感覚を失った三半規管が、狂った上下左右を徐々に徐々に、正常へと整え直していく―――。

 

 目が覚めると、爆発は終わっていた。

 目の前に広がっていたのは、様変わりした光景だった。煙とガレキと残り火だらけになった、元手術室だ。……そこには、まだ息の根があったはずの猿人たちは、いなかった。

 

 すぐに無事の確認。直撃したとはいえ、範囲攻撃の自爆だった。ダメージは受けたものの損傷は軽微なはず。―――HPバーを確認すると、その通りだった。ギリギリ半減域でもない。

 まだ少しクラクラしながらも、立ち上がった。すぐに逃げなくては……。コレで、全員に警戒されてしまったはず。私の脱獄もすぐに、気づかれるだろう。

 ヨロヨロとも急いで、手術室から逃げ出した。

 

 

 

 アラームがが鳴り響く中、警邏の猿人兵が慌てている中、逃げ続けた。

 先に見たおぞましい光景、レッドの意味深な捨て台詞、決死とも思える躊躇いのない自爆。そしてまんまと、脱獄まで知られてしまった……。

 まだ何も、何もかも解決していないのに、逃げなければならない。生きなければならない。ただそれだけに集中しなければならない。憤慨している暇も嘆いている暇も後悔している暇すらも、ありはしない……。混乱しているのか集中しているのかわからない、ただただハイな状態。

 がむしゃらにも的確に、幸運なのか計算なのか、何とか猿人たちを躱しながらも突き進んでいく―――。

 しかし、そんな偶然もすぐに、終りを告げた。

 

「ッ!? いた―――」

 

 ぞォ―――。最後の大声が発せられる前に、レイピアで喉を刺し貫いた。

 曲がり角。抜けようとしたその先で、見つかりかけると、叫ばれる前に倒したからだ。……瞬時に踏み込み突進すると、喉を貫き声を塞いだ。

 

 何が起きたのかまんじり/口はあんぐりと、レイピアを見下ろしている猿人。

 そんな哀れな彼の後ろに回り込むと、抱きかかえながら、近くの部屋に押し入っていった。……これでなんとか、仲間に位置は悟られなかったはず。

 息を殺しながら警戒。そっと通路を覗き込み、確認した。―――ソレに気づかされ、絶句してしまう。

 通路の床には、抱えた猿人の鮮血が、ありありと残っていた。

 

 そして、たてつづけの最悪。すぐに見回りの猿人が二人やってくると、その鮮血に気づいたのか、近づいてきた。……もう隠れることはできない。

 鮮血を確認しようと立ち止まり、見下ろす猿人兵達―――。そのわずかな隙を見計らい、抱えていた猿人兵とともに抜け出した。

 

 突然の侵入者。飛び出し見えたのは、首の重傷から鮮血を流している虚ろ目の仲間。

 動転し目を丸くする。そんな混乱の中、それでも異常を/仲間を呼ぼうと口を開いた。―――その隙に、抱えていた猿人を押し投げた。

 投げ渡される仲間の体、思わず受け止めようと構えてしまう猿人兵。―――そんな彼らごと、タックルした。

 後からきた猿人達は、受け止めきれず仲間の死骸に、押し倒されていった。

 

 その背を踏みつけながら、すかさず、逃げ出した。通路を走り抜けていく。

 死骸を脇に避けると、すぐに追い立ててきた猿人兵たち。仲間への連絡もされてしまった。

 しかし/それでも、逃げ続けた。通路を走り回り続ける―――

 

 そして、さらなる不運が襲った。……袋小路にハマってしまった。

 逃げ場のない/壊せそうにもない壁、行き止まり。後ろからは、今にも追い立ててくる猿人たち。それでも頭を/目を動かすと、脇の部屋へ滑り込んだ。

 すぐに見渡す。小さな研究室だ……。少しばかり散らかってはいるものの、隠れてやり過ごせそうな場所は……見当たらない。

 焦燥感。乱れた鼓動のまま、グッと目を閉じると―――諦念。

 

(……もう、ここまでね)

 

 意を決すると、クルリ―――振り返った。そして、レイピアを構える。

 もはやここまで、追っ手は全部倒しながら進むしかない。……今の装備でそんな無茶は、通しきれないだろう。

 それでも、やるしかない―――。覚悟を決めると、まずは追ってくるだろう猿人兵達へ、先制攻撃を叩き込むために狙いを/力を込めた。

 

 そんな臨戦態勢の中、いきなりニュッ―――と、背後から口を抑えられた。

 

 恐慌状態―――。

 飛び上がりそうなほどの驚きの中、抑えられるとそのまま、部屋の隅まで引っ張りこまれた。

 混乱は一瞬、すぐに我を取り戻すと、むぐーむぐー……取り外そうと暴れた。

 女性用護身術が一つ。大きく前に引きあげた肘鉄に、全身の力を込める。そして、背後の不審者へ、その脇腹/腎臓だろう場所に―――ゴスッ、突き込んだ。

 

「うぐぅッ……!?」

 

 背後の人間が呻いた。……男の声、どこかで聞いたような声だ。

 しかし……離すことはせず。痛みも声もわずかにしか漏らさず。

 

 ならばもう一発―――。今度は片足を上げて、相手のつま先へと狙いを定め始めた。踵で踏み潰す。

 その寸前、バサリ―――背後の男は大きな風呂敷らしきものを翻すと、二人を覆った。

 

 突然の奇異な行動に、追撃の戸惑いが生まれると、背後の男から懇願された。

 

(し……しばし! しばしの間だけ辛抱してくだされ、アスナ殿)

 

 苦しそうにもそう囁き告げれると、たゆんでいた風呂敷がピンッ―――と、張り伸ばされた。目の前に、半透明な薄膜ができた。

 その直後、HPバー下、《隠蔽》状態を表すアイコンが現れたのが見えた。……何の目的かどんな人物なのか、それだけで察することができた。

 

 風呂敷のカーテンの中で息を殺していると、研究室に猿人兵達が追い詰めてきたのが見えた。息せき興奮状態で、辺りを警戒している。

 しかし……猿人兵達は、こちらを見失っている様子。訝しがりながら辺りを調べ始めるも、気づかず/見えていない。

 これは、大丈夫なのかも……。そう安堵しそうになるも/しかし、クンクン……鼻を引きつかせ始めた。臭跡をたどるつもりだ。

 胸の内で舌打ち。まさか、鼻も利くなんて……。残り香をたどりながらウロウロと、隠れているだろう場所へと徐々に迫ってきた。

 そしてついに/目前に、探り当ててきた。

 

 その寸前―――物陰に隠れるように命じていた魔犬/新しく使い魔にした犬が、飛び出した。研究室から外へと駆け抜けていった。

 突然の騒音/侵入者の影。猿人兵たちはそちらに振り返ると、逃げる犬を慌てて、追いかけ出ていった。

 

 

 

 危機がとりあえず去った後、背後の男の手から/覆っている布からも、解放された。

 

 振り返ると、そこには……知り合いの姿があった。正確には、キリト経由で知り合った仲。

 蜻蛉【クゼ】___。フロアボスで斥候や先遣隊を担当してもらっている、自他ともに認める忍者さん。ただし今は、いつもの忍者姿ではなく、猿人兵たちが身につけているとの同じ中華風の鎧/服装。黒いマスクだけは、いつも通りだ。

 

「蜻蛉さん、でしたよね。あなたも……捕まっていたの?」

「恥ずかしながら、敵のスパイの罠にかかってしまい……このザマでござる」

 

 肩をすくめながら、自嘲した。……マスク越しなのでか、はっきりとは読み取れきれなかった。

 

「混乱に乗じて、どうにか牢からは抜け出したのでござるが、装備と指輪が取られてしまいましてな、難儀しておったところでござる」

「私もよ。取り戻さないといけないけど、今は逃げるのが先決ね」

「ですな。……このまま暴れて、救出隊に知らせるのも一興でござるが、いささか無茶がすぎますな」

 

 過激なことを……。冗談に笑みを返すも、なかなかに捨てがたい選択肢に思えた。

 

「今持っているのは……それだけ?」

「何とか死守した隠しポーチに、回復薬と解毒剤・《兵糧丸》に《煙玉》が数個。この装備は、猿兵どもから奪ったものでござる。

 アスナ殿は、その装備と……先の魔犬でござるか?」

「魔犬て……あ!? そうだった!

 ど、どうしよう! あのままじゃあの子、死んでしまう―――」

 

 言われてようやく気づけた。背筋が寒くなる……。

 考える前に、足が動きそうになると、

 

「落ち着くでござる!

 敵の狙いは我々でござる。そばにいないとなれば、追い立てるのを辞めるかも知れぬ。最悪死んだとしても、あとで【心】を取り戻せば復活させられる」

 

 重要なのは、自分たちがここから生き延びること……。冷静な言葉、正しい判断だろう。

 理屈はわかる、いつもならそうするのに躊躇いはない。けど今は、そんな気分にはなれない、気持ちを抑えきれない。『アノ光景』をみた後では、どんな犠牲も無視できない。

 ダメ、自滅行動よ―――。そんな制止を冷静な私が訴えてくるも、もう決めた。

 

「―――蜻蛉さん、計画変更よ。逃げるのはやめる」

「ッ!? ……それは―――」

「できるだけ暴れて、ここをめちゃくちゃにしてやるの。囚われてる人たちも見つけて解放して、全員で」

 

 この不愉快極まりない場所を、木っ端微塵にしてやる―――。言い切ると、それだけでも清々しい気分になった。

 

「……レッドたちに見つかったら、ほぼまちがいなく殺されますぞ?」

「先に二人、レッドたちと遭遇したわ。けど、どちらも大した使い手じゃなかった」

 

 強がりではあるが、事実でもある。

 改めて振り返っても、拍子抜けするほど……とはいかないまでも、もっと厳重に警備してもよさそうなものだった。人員が少ないわけではないだろうに、中途半端感が否めない。

 ただし、これからも同じだとは、さすがに考えられない。もっと手練が/何のブレーキもないような冷酷なレッドが、襲いかかってくることは間違いない。そんな相手に、こんな場当たりな装備と携行品では……勝ち目はない。それ以上に、命もないだろう。

 けど―――もう決めた。

 考え直す必要はない、止めるなんてありえない。

 

「……了解でござる。

 実は拙者も、そうしたかったところでござる。ここはあまりにも……臭すぎるゆえ」

 

 そうこぼすと、ニヤリ―――マスク越しでもわかる、不敵な笑みを向けてくれた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 《擬似合技発生装置》の力にて、襲いかかるゾンビたちを切り伏せていった―――

 

 

 

 あらかじめ抜き放っておいた、二本の片手剣。一本は愛用している黒の魔剣で、もう一本は用意してもらった雪色の《擬似魔剣》。

 ベルトから流れ込む【車輪】の力が、両手の剣に伝導し、青白いライトエフェクトをまとわせ煌めかせる。

 十二分に力がのったと感じ取ると、【二刀流】のソードスキルを発動させた。片手を上段に、他方を下段の構えに。

 

 二刀流・範囲連続攻撃、【ブレイクブレイドサイクロン】___。

 

 直後、両剣を回転させながら―――舞った。

 光風をともなう竜巻が、あたり一面を微塵切りにしていった。

 

 周囲に描く斬線は、波打つよう柔らかく/軟らかく/ソフトに、ゆえに早くも/鋭くも/硬さも重みすら、感じさせなかった。

 しかし/だからこそ、切り裂いていた、まるで抵抗を感じずに。

 両剣が纏い引く光風が通り過ぎれば、瞬く間にゾンビたちはその体をスライスされていく。引かれた斜線にともない、上下左右が別れ滑り落ちていった。浴びるたびにどんどんめくれ飛び、地面に落ちる間もなく燐光となって消えていった。

 人の形をした暴威。踊るように死の斬風を撒き散らしていく最中、青白かったライトエフェクトも変わる。吹き上がる血しぶきを巻き込み、紅蓮の旋風へと変わっていった―――

 

 何十もの回転、高速状態による世界との隔絶感/擬似的な傍観者視点に漂わされていた。見える景色は光線の乱舞のみで、すぐに数えるのはやめた。

 心地よくも不快でもない、微睡み感。いつまでも続くかに感じるも、徐々にシステムアシストが抜けていくのがわかった。そして、思っていたよりも早く、ソレは訪れた。

 ソードスキルの終息―――。連続の回転斬りは、天を睨む大虎のような残心姿勢をもって、終わりを迎えた。両の腕は始まりと同じ、地面にギリギリつかない上下段の卍構え。止まるとすぐに、紅蓮の斬風も掻き消えていった。鮮血色が抜け落ち、青白さへと戻ると、空気に溶けていく……。

 残心している/硬直を課せられている中、改めて見わたすと、そこには―――上半身が消滅していたゾンビたちの群れがあった。接近していた者は腰部まで消滅し、両足だけになっていた。

 ゾンビたちの第一陣は、全て、斬り消し飛ばしていた。

 

 

 

(……我ながら、とんでもない威力だな)

 

 自分がやったことだが、それでも驚きを禁じえない。

 ただでさえ強力なユニークスキル【二刀流】、そこに、擬似的とはいえ【車輪】との【合技(アレイド)】により、大魔法じみた破壊兵器になった。おそらく、同レベルプレイヤーに対して使っても、即死級の攻撃力があるはず。……範囲連撃ですらコレなので、直接連撃ではあらゆる防御を無視できることだろう。

 まさに、ビーターの所業だ……。本来なら、【合技】として合わせられないだろう【二刀流】と【車輪】、リズムとスピードが違いすぎるので共鳴が上手くいかない。最高度の《絆値》のパーティーでようやく前提条件をクリアだろう。けど、共鳴はできても増幅には到れない、【二刀流】の速度の中ではただ追随で終わってしまうだろう。それを、アイテム化と装置を媒介することで減衰するものの、『装備』というカテゴリに収めることで無理やり成立させた。

 

(でも今は、コレが必要だ)

 

 生き延びること、ゲームクリアはどんなことよりも優先される―――。チートなど、デス・ゲームでない通常のゲームでの反則行為だ。ここではそんなものなど、無い。強さは、飽くなく際限なく躊躇うことなく、求めるべきだ。

 

 唖然としている、フィリアとトビ。オレ以上に、目の前の光景が信じられないのだろう。

 もうコレで、終わったも同然なんじゃ……。そんな余裕まで沸いてきそうになるも、すぐに訂正した、せざるを得なかった。

 下半身だけになったゾンビたちは、パタリとその場に倒れた。その仲間の屍を踏み越え、第二陣がやってきたからだ。

 

 再び、武器を構えた。……今度は、装置の力を借りずに。

 本当ならば、連発して消滅を繰り返したい。ゾンビの波を力尽くで押し返せるコレは、生き延びるには欠かせない。でも、回数は限られている。まだ試作品でもあるので、いつ壊れるかもしれない、最悪暴発するかもわからない……。現状の絶望を蹂躙できないほどには、チートじゃない。

 でも、まだ首の皮一枚は、つながっていた。

 先の力をみせたことで、二人の中にかすかな希望を灯すことができた。か細いながらも、生き延びれる道が存在している……。そう信じさせることができた

 各々、手持ちの武器を構え/握り締め、目前の絶望に相対してくれた。

 大猿閣下は、そんなオレ達の抵抗の意思に、眉根をひそめていた。 

 

 

 

 フィリアの鞭で打ち据えられ、押し砕かれる。

 その鞭の結界からこぼれたゾンビ達を、オレの【二刀流】が切り裂き、五体不満足にする。間合い外のゾンビは、トビの【投槍】と【投擲】により、暴風域へと叩き戻していった。

 誰が指示したわけでも無しに、即座に/自然とできた連携。互の武装と技を上手く発揮し、噛み合わせることができた。即席かつ友情も経験も無い3人には、できすぎなほどのコンビネーションだ。迫り押しつぶさんとするゾンビ達は、3人でつくった防波堤を越えられないでいた。

 しかし―――それも時間の問題だろう。

 

 頭部を失うか甚大なダメージを負ったゾンビ達は、しばらく停止状態になる。しかし、すぐにまた動き出した。何事もなかったかのように、襲いかかってくる。……傷つきちぎれた体をそのままに。

 いや……少しだけ違う。山のように切り伏せ続けてきたから、見落としてしまった。

 少々のダメージ、あるいは手足を失うまでの傷だったのならば、確かにそのまま。這ってでも近づこうとする。しかし、致命的なダメージを与えた場合/いわゆるHP0だろう状態だと、違った。一時的に停止し、安定を失えばその場に倒れてしまうことはある。しかし、しばらくするとすぐに、ムクリと立ち上がってくる、まるで糸人形のように引っ張り上げられるように。―――その時、叩きつけた重傷を修復させながら。立ち上がり向かってくる頃には、完全修復している。

 気づかされると、思わず舌打ちがこぼれた。

 崩れない大猿閣下の余裕の態度から、予想はしていた。が……実際に目の辺りにするとゾッとしてしまう。ただでさえ数の暴力、HP0にしたら修復させられるおまけまでつくとは……。勝ち目が見えない。

 

 ある程度傷を負わせるに留めるしかない。手足を切断して、身動き取れなくさせるのがベターだろう。《気絶》か《麻痺》させられる方法があったのならベストだった。……それでも、そのまま放置すれば死んでしまうので、時間稼ぎにしかならない。 

 フィリアと目配せして、切り替えようとの無言の合図。―――対応してくれた。

 頭ではなく、下半身を重点的に狙う。それで《転倒》させられきれなかったゾンビ達を、オレが切断で強制的に這い蹲らせた。トビの方も、投げてきた竹槍を手元で構え直し、脚部を叩き払って横転させていった。……『死に返り』に対しては、何とか対処できた。

 しかし―――再び舌打ちを漏らした。

 

 こかしたゾンビ達を使って、迫るゾンビ達の勢いを削ぐ。倒せば倒すほど増築/堅固になっていく、ゾンビの猪鹿垣。

 再び完全に封じられたゾンビの群れ。瀕死の仲間が邪魔をしてくる……。その仲間に対して、別のゾンビが急に―――攻撃してきた。トドメを刺してきた。

 今まで、仲間同士で攻撃したりはしなかった。助け合うことはしないものの、避けようとはしてきた。「そうあれ」とのアルゴリズムを元に動かされていると思っていた。それなのに……驚かされる。

 仲間に殺されたゾンビはやはり、しばらくしてすぐに、蘇った。―――そしてまた、戦線に復帰してくる。

 ゾンビの猪鹿垣作戦は早くも、瓦解してしまった。

 

「これじゃキリがないわ!」

 

 どうするの―――。抑えに抑えてきた弱音。どうにもできないとわかっていても、尋ねざるを得ない。

 オレは答えられず、ただそれまで通り/作業的に切り伏せ続けた。この死の津波の先にあるだろう、活路を見出そうとして。

 しかし……もはや詰んでいた。逃げ場もない。ゾンビたちに殺されるのは、時間の問題でしかないだろう。

 ゾンビの大波の後ろ、フィリア弟のゾンビに守られている大猿閣下は、高みの見物で笑っている。……オレたちがどれだけ踏ん張れるか、賭けでもしているのかもしれない。

 

 しかし―――そんなことは百も承知だった。

 これまでの無駄とも思える抵抗。ソレを続けてきたのは、大猿閣下への最初の接敵、そこからずっと頭にコベリついているある疑念を確かめるためだから。

 

「アイツを捕えましょう! 

 私がどうにか道を開くから、あとは任せるわ」

「いや、無駄だ! アレはホログラムみたいなものだろうさ。

 希望を持たせて賭けをうたせて、終いにする。質の悪い罠だよ」

「それはッ!?

 ……そうかもしれないけど。でも―――」

「やってみる価値は、あるかもな。ただ―――」

 

 言い切る前に、ひと呼吸おいた。出してしまえばもう、後戻りはできない。

 瞬時、自分に問いかけた。これまでの自分とこれからの自分、今の自分はその二つを繋げていけるのか? 抱えて生きると身軽なまま死ぬ、どちらが正しいのか……?

 後悔はあった。けど、覚悟はもう―――決まっていた。

 

「―――あんたの弟を、殺す事になる。それでもいいんだな?」

 

 返事はない。しかし、フィリアの息を呑む悲鳴が、聞こえてきた気がした。

 当然、大猿閣下を捉えようとすれば、フィリア弟がたちふさがる。ソレをどうにか振り払わねばならない。……殺すしかない。

 自分が提案したこと、しかしあえて考えてこなかったこと。こんな絶望の状態でもまだ、迷いは振り払えないでいた……。

 そんな彼女をみて、また、少しだけ後悔が増えた。

 あえて言葉にする必要は、なかったのかもしれない。決断できないことなど、わかっていることなのに、意地が悪かった。……ソレをやらねばならないのは、オレなのだから。

 

 答えを聞かず、目標へ意識をシフトした。

 ベルトから空になった結晶を排莢し、新しい結晶をセットした。……準備完了。

 

「少しの間、一人で踏ん張ってくれ―――」

「え……? あッ!?

 だ、だめッ! だめえぇぇぇーーー――― 」 

 

 追いすがるフィリアの絶叫。しかし/ゆえにか、突然で唐突な突撃に、背後からの鞭撃は……飛んでこなかった。

 今までのジリ貧の抵抗戦線が活きた。彼女を()()()()()ことができた。どうしても背中/隙を晒してしまうこの窮地を、乗り越えれた。

 

 弾丸のように飛び込む。ゾンビたちの壁を突き破り、一気に総督大猿の下へ。―――すると/当然、フィリア弟が立ちふさがってきた。

 突進してくるオレに、カウンターの一撃をぶつけようと、脇腹への肝臓打ちの拳を打ち込もうとした。

 しかし―――ソレは予測していた。

 今のオレの状態/ライトエフェクトを纏って突進してくる姿は、手持ちの武器のソードスキルから発生したものに見えるも、違う。発生装置からの付与だけだ。【二刀流】ならびに武器が放つ光と【車輪】のソレとでは、色合いが違っている、攻略組ならば一瞥で識別できるはず。しかし、ゾンビと化してしまっている/思考が停止しているだろうフィリア弟には、違いを判別できない。

 なので、切り替えられる。システム外スキル/【加速】も【急制動】も必要ない、もちろんキャンセルによる硬直も課せられない。即座にくるりと身をひねった。

 そして、難なくボディーブローを避けると―――その勢いのまま、逆カウンターの回し斬りを、その無防備な首筋に滑り走らせた。

 

 スパンッ―――。

 交差し通過すると同時に、剣を振り抜いた。

 その勢いをピタリと、残心して止めると……背後で/外したボディーブローの格好で、フィリア弟もまた止まったのを感じた。

 

 直後、目の前にオレがいないこと/カウンターを決められなかったことに気づいたのだろう。さらに追撃しようと振り返ると―――ズルリ、回れたのは首から下だけだった。

 上はそのまま、僅かに斜めになっている断面から滑り落ちて……ポトリと、地面に落下した。

 そして下の方も、しばらくグラグラとするも、バランスが取れずにそのまま倒れ……動かなくなった。

 背中越し、フィリア弟の最後を見送った。

 

 目の前でソレを見せつけられたフィリアは、ただ茫然と。目を見開きながら/息を呑みながら/絶句しながら、ただ、目に映すのみ……。

 そんな彼女に一瞥もかけることなく、すぐさま大猿閣下へと振り返った。……これでもなお、余裕の笑みを崩さないでいる元凶を。

 

「―――素晴らしい剣技だった。そなたがヒムトで無いことが悔やまれる。

 だが……わしには届かんだろうな」

「笑っていられるのも、今のうちだぞ。―――もうコレで、()()()()()()だ」

 

 そう言い切ると、構えまで解いてみせた。放ち続けていただろう殺気も、消えているはず。

 まだ気づいていない大猿閣下は、そんなオレを訝しんだ。……侮っているとでも、思ったのだろうか。

 

「……負け惜しみを。

 そんな肉人形が壊れたところで、わしは何の痛痒も感じ――― おぐぅッ!?」

 

 突然、威厳を保ち続けていた大猿閣下が、呻いた。内側からせり上がってくる何かに悶える。

 思わず笑みがこぼれた/安堵も込めて。……仕掛けられた『毒』が、ようやく発動した。

 

「な……何だコレは!? この衝動は……なぜ、こんな―――

 ウグゥッ!? ウウゥゥ、アアァアァアアァァーーーーッ!!」

 

 叫び悶え苦しむ大猿閣下、元凶を掻き毟りとらんと暴れるその姿が、歪み()()()。……予想通り、遠距離からのホログラム映像だった。

 まるで、己の体内が焼かれているかのよう、あるいは毒虫がのたうっているのか……。頭の方も、今にも爆発してしまいそうな恐怖からか、割砕かんばかりに歯噛み/握りつぶさんと掴んでいる。内側から生まれ出でようとする何かに、耐え切れずうずくまった。

 そして、ふたたび顔を上げると―――

 

「ヴッ、■■■■■■■■■■■■■■■ーーー―――」

 

 獣以上の怪物の雄叫び。聞き取ることができない異音を放つと―――プツン、映像は途切れた。

 その最後の映像。瞳は爛爛と赤く輝いており、口からは鋭利な牙が伸びていた。全身から血煙にも似た何かを吹き出し、別の何者かに変貌しようとしていた。……完全に理性を失い、獣性に支配された姿だった。

 

 映像が途切れた直後、ゾンビたちの動きもピタリと―――止まった。

 襲いかかろうとした手も、急に下ろした。そしてぼおっ……と、その場に立ちすくむ。牢屋に収まっていた時と、同じように。

 ゾンビの攻撃もまた、止んでしまった。

 

 

 

「―――な、何が、どう……なったの? どうしていきなり……?」

「使い魔の性、てやつかな。

 テイマーが死ぬと、残された使い魔は……ああなる」

 

 説明しながらも周囲を警戒、それでもまだ襲いかかってくる者がいないか、臨戦態勢のままに。

 

「指揮者が正気を失えば、止まるのものだと思ったが、正解だったな。……自動操縦じゃなくてよかったよ」

「総督になにをした?」

 

 睨みつけてくるトビ、答え次第では今にも斬りかかると言わんばかりに。

 ゾンビたちに動きはない。ここに他には、敵はいなくなった。

 

「……力を得ようと、彼の使い魔になった。その彼が死んだから、残された力は全て、奴に流れ込んだ」

 

 そして正気を失った……。さらに言えば、『怪物』にもなっているはず、考えるだけでも億劫になるほどのバケモノが……。

 

 かつて/前回の人狩りにて、ビーストテイマーの少女を襲った悲劇―――。

 実際の仕組みは、少しばかり違うだろうが、概ねは合っているはず。全て説明するとなると、この世界の成り立ちやら諸々も説明しなければならないので、端折った。……そもそもオレ自身も、証明されきっていない仮説の段階でしかない。

 剣を鞘に収めると、ようやく肩の強張りも解けた。

 

「オレが死ねば、お前もああなる。……望むも望まざるとも、な」

 

 最後に意味深に、嗤いかけた。

 トビはそんなオレに、舌打ちでもこぼす/犬歯でも突き出すかと思いきや……何もせず。ただ、眉間をキツくさせただけだった。滲みだしていた殺気も、徐々にだが鎮めていく……。

 ソレでいい。ソレがオレ達の関係だ……。仲良しなど期待しない。命令するオレと従うトビ、しかしながら全力で、トビが獲得しただろう自意識を無視し続ける。本来のテイマーと使い魔の関係に嵌め込みつづける。

 そうしなければ……危うい。飲み込まれてしまう。剣が鈍ってしまう。

 

 不安は棚上げ/前線で戦い続けるための心の切り替え、果断な取捨選択。……考えても解決できない問題は、考えても仕方がない。

 それに今は、敵こそ去ったものの、まだ危険地帯だ。反省やら後の不安よりも、目先の障害を打倒しなければならない。

 

「―――さて、一旦危機は去った。

 あとはここから、脱出するだけだな」

 

 内と外の不安を払拭するようニヤリと、現れてくれた活路に笑いかけた。

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

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