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煌びやかな水晶の洞窟を、奥へ奥へと進んでいく。カツカツこつこつと、足音が響かないよう恐る恐るそおっと、周囲の警戒は怠らず……。
夜であった時は、さながら宇宙空間にいるかのような真っ暗闇だった。だけど今は、【松明】も【カンテラ】も必要ないほど、光に満ち溢れている、どこにも影が現れないほどに。
代わりに、自分たちの鏡像がそこかしこにみえた。まるで万華鏡の中にいるかのようで、無限の鏡像がひしめている、目を向ける自分たちと見つめ合ってしまう。
(鏡の迷宮、か……)
あまりの透明度ゆえにか、自分と鏡像たちとの区別が難しい。一度離れたらどれが本物かわからなくなりそう。鏡の世界と現実の境界が曖昧になっている。
リズベットもそれに気づいたのか、オレと握る手を強くしてきた。
「……モンスター、出てこないわね」
「幸いなことにな。このまま静かにしてもらいたいよ」
おそらくそうはいかないだろうが、ここは【狭間】だ。通常フィールドとは勝手が違う、非戦闘エリアがこうも広いわけもなし。
ただ、そう呟きたくなるほどに現れてきてないのは、事実だ。上にいた【クリスタルゴーレム】らしいモンスターすら出てきていない。様子見しているにしても長すぎるきらいがある、焦らされる必然性も思い浮かばない。
不気味な静寂の中、警戒しながらしばらく洞窟を歩いていると、開けた場所にでた。巨大な空洞―――
「わぁ、すご……」
「これは……」
初雪でつくられたかのような純白の大空洞。ぱらぱらキラキラと微細な燐光物が舞い落ちている。まるでスノードームの中にいるかのよう。思わず感嘆の声をもらした。
氷と雪でできているように見えるが、全てが高純度の水晶で作られていた。人工物ではありえないが、天然の洞穴というにはあまりにも磨き抜かれている。人ではない人以上の何者かが作り上げた、魔法の空間。あまりの光景に声が出ない。
感動もヒト潮止むと、今度はゴクリ、息を飲んだ。―――大空洞の中には、どこにも道が見えない。
今までの水晶とは比べ物にならないほどの透明度、空気と全く区別がつかない。上のクレバスを渡している橋と同じだ。今自分たちがいる場所が、崖っぷちであるかのように見えてしまう。
でも、目を凝らすとうっすら……確かに何か、橋のようなものがぼやけて見えた。さらに【索敵】で強化することで、ようやく輪郭が浮き彫りになってきた。
裸眼だけでは全く見えない橋、リズベットは見えていないはず。オレが先導しなければならない。手を離してもしも足を踏み外したら……今度こそ終わりだ。
腹にグッと力を込めなおすと、メニューを展開。ストレージから目印になるアイテム/大量の【七色石】が入った布袋を取り出した。
「コレ、一つずつ落としながらついてきてくれ」
「……わかった」
受け取ると、片手でも取り出しやすいよう腰のベルトに取り付けた。
互いに準備が整うと、
「いくぞ」
「うん……」
意を決して、先に進んだ。
見えない橋へと踏み入っていく。リズベットもピタリと、オレの後ろから足跡をたどるようにしてついてくる―――
「……私、ここから生き延びれたら絶対、【索敵】鍛えるわ」
「いい心がけだ。メガネかゴーグル使うのもありだけど、戦闘になると視界が汚れるだけだからな。スキルだと邪魔にならないし、調整も簡単だ」
「でも、アイテムの性能を上回る精度って、かなり高レベルじゃないと無理よね?」
「用途を限定するなら、そこまでじゃないよ。この橋を【索敵】で見るだけなら【音波探索】だけでもいい。それにポイントを集中させれば、そう高いレベルまで上げる必要はないよ」
「どのくらいのレベル?」
「最短で300ぐらい」
「……結構かかるじゃん」
「そうでもないだろ。300ぐらいまでのスキルのレベル上げだったら、【圏内】でも、今なら安全な下の階層でもできることだし。難しくはないはず」
「地道に続けていくしかない、か……。
『スキル共有』とか『伝承』とかあったら、アンタのコピーさせてもらって、楽できたんだけどなぁ」
「だな。ソレがあったら、もうとっくにゲームクリアしてたかもしれないよ」
駄弁りながらも慎重に進んでいくと、目の前の光景に緊張が走った。リズベットが息を呑む音も聞こえる。
橋の先、ゴーレムが現れ、立ちふさがってきた―――
驚かされながらも、瞬時に臨戦態勢/剣を抜き放った。
こんな不安定な足場ではやりたくないが、前に行くには倒すしかない。それに、あの巨体ではあちらの方が不利なはず。誘導するか足払いをかけることができたら、簡単に落下させることができる。
互いに睨み合っているも、ゴーレムは襲いかかってこず。様子見だけで、それ以上近づいてもこない。
なのでこちらから/ジリリと、近づいていった。間合いを詰める。するとあちらも、同じだけ後ずさっていく……
「き、キリト!? 後ろにも」
「ああ、わかってる」
いつの間にかポップしたのか、退路を挟まれる形にもう一体現れていた。
最悪な展開だ……。【索敵】でいち早く気づいていたのでキョどらずにいられたが、嫌な汗がタラタラ流れるのは止められない。
ただしあちらも、迂闊には近づいてこなかった。一定の間合いを保つだけ、遠間から観察するのみ。挟み撃ちの利点を使ってこない。
なので思い切って、先手必勝。足に取り付けたポシェットからピックを取り出し、【投剣】した。手からシュッと、ゴーレムに向かって飛ばす―――
カン……。ピックは弾かれた。ゴーレムが両手を胸の前で交差し、防御された。HPの減少はほんの微小。
火蓋は切ったはず。攻撃されれば接近してくるのが、モンスター達の基本行動パターン。こんな不安定な足場でも同じはず、だからこそコチラに有利な展開にもなる。
しかし……何もしてこない。防御しただけで静観は崩さず。背後のゴーレムも同じ。こちらの攻撃の隙を伺うそぶりすら見せない。
訝しりながらも進んでいくと、前方のゴーレムが突然―――飛び降りた。
危なげなく下の見えない橋に着地すると、こちらを見上げた。……わざわざ自分から道を開けてきた?
意味不明な行動なれど、有利なことは間違いない。そのまま足早に橋を渡り、対岸へと渡りきった……。
まともな地面にホッと一息、胸をなでおろした。感触の確かさは変わらないが、裸眼で見えるのとそうでないのとでは安心感が違う。
振り返る確認すると、後方のゴーレムはやはり、それ以上は攻めて/近づいてはこず。ただこちらを観察するのみ
「……何なの、あいつら?」
「道案内……てわけじゃ、なさそうだよな」
不気味な静観だ。こちらを攻撃するつもりはないらしいが、意図が読めない。
対岸から今度は、空洞の外郭に沿って登って行くと―――また見えない橋。
注意しながら踏入り、進んだ。
するとやはり、前方後方に挟むようにしてゴーレムが現れた。一定の間合いをとり静観するのみまで同じ。
まるで、オレたちを観察しているかのような……。ゴーレムなりにぎこちなくも、こちらの動きを真似しているかのように動く。嫌な気分だ。おちょくっているのか?
対岸近くになると、やはり前方のゴーレムは下の橋に飛び降りた。こちらとの接触を避けるかのようにして。
不安は募るも、ドンドンどんどん登っていった。ゴーレムたちに挟まれながら、誘導されているかのような錯覚に苛まれながら、水晶の大空洞の上部へと登っていく―――
そして、最後の見えない橋を渡り切り対岸にたどり着くと、洞穴が空いていた。
他に道はなかった、一本道の先にあった場所。この大空洞に入ってきた際の洞穴と同じほどの大きさだ。
リズベットと顔を見合わせると、中に踏み入った。洞穴の中を進んでいく。
「……なんだか、落下しないように誘導してくれたみたい、だったよね?」
「だとしたら、随分と親切な誘導だよな。これまでとは比べ物にならないくらいに」
「さすがにあそこはそうしないとマズイ、とか考えたてくれたんじゃないかしら」
「茅場がか? そんな紳士なわけないだろう。
それにここ、かなり高確率で【狭間】だってこと、忘れてないか? なんで犯罪者には親切してくれるんだよ」
「……同族相憐れむ、みたいな感じ?」
だったら愉快なことこの上ない……。寂しがり屋のマッドサイエンティスト決定だ。本当にゲームクリアさせてくれるのかどうかも疑わしくなってくる。
「まぁ何にせよ、この先に進めば何かがわかるはずだ」
「嫌な想像しかできないけど……。そうでないことを祈るわ」
互いに軽口をこぼしながら、水晶の洞窟を進んでいくと……分かれ道。左右に道が分かれている。
岐路の前で立ち止まると、【索敵】で調べてみる―――
「……どっちが正解かわかった?」
「悪い。何かに阻害されてるのか……よくみえなかった」
風も音の反響でも、差別できず。ここからでは奥に何があるのかわからない。進んで確かめるしかない。
「こういう場合、右と左どっちがいいんだっけ?」
「どっちでも同じだろうけど、確か……右だったかな」
どこかで見た人間の心理傾向、同じ条件だったら左を選びやすい。
なので、右へ進んでいった。
万華鏡の中、しばらく歩いていくと、突き当たった。……【索敵】が阻害された理由がわかった。
「なるほど、エリアジャンプの壁だったか」
目の前にあったのは、不自然に揺蕩っている空気の壁。別のエリアへと転移させるための壁だ。
おそらくは、左右どちらも同じような作りだったのだろう。【索敵】では/どんな感覚であれ、転移先のエリアまで覗くことはできない。入ってみるまでわからない。
嫌な予感はさらに募るも、立ち往生しても仕方がない。先に進まんと手を伸ばした―――
「―――あれ? 弾かれる……」
触れた指先がバチンと、弾かれた。進むことを拒まれる。
転移の壁であることは確か。使用できない理由がわからない。なぜなのか悩んでいると……リズベットと手をつないでいたことに気づいた。
つまりは、一人ではいらざるを得ない。
「先にオレが行く。大丈夫そうだったら呼ぶよ」
「……そうじゃ、なかったら?」
「30分ほど待っててくれ。ダメそうだと思ったら、落ちてきた洞窟まで戻って、渡しておいた気球を飛ばしてくれ」
もしものために、リズベットに渡しておいた連絡用気球。まさか使ってもらう羽目になるとは……。
「道なりに【七色石】があるから、ソレを辿っていけば無事に―――」
「待ってるわ! アンタは大丈夫だから」
最後まで言い切る前に、断言された。
不安を取り除こうと、何事でもない風を装ったが……逆効果だったらしい。逆にこちらが励まされてしまった。
なので、ただニヤリと笑みを浮かべると、
「それじゃ……行ってくる」
ワープ壁に入っていった。
見えない壁の中に指が沈む、空間が歪む。どんどん入り込むと波紋が広がっていった。別の場所へ転移する感覚―――
いつも通りの感覚の後、抜けると先には、同じような水晶の洞窟。見た目は前と全く変わらない。
自分の身にも何も起こらず。……ただのワープ壁だった。
試しに、もう一度壁に触れてみると……弾かれない。問題なく抜けられそうだ。
そのままくぐり抜けた―――
一方通行かとのおそれもあったが、抜けた先にはちゃんとリズベットがいた。ほっと一息、胸をなでおろす。
「……大丈夫だった。心配しすぎたみたいだな」
「そう言ったでしょ」
全くだ……。疑心暗鬼になりすぎてるのか、このダンジョンの意図が読めない。
今度は二人とも、壁をくぐり抜けていった。
そして抜けた先、さらに先へ進むと―――また同じような分かれ道。左右に分かれた岐路。
「…………またか」
「どっちにする? さっきは右だったから、今度は左?」
他に案はなし。
おそらくは、何らかの規則性を見つけなければならないパズルなのだろうが……ヒントがない。今は進むしかない。
「よし、今度は左に行ってみよう」
目印として【七色石】を落とすと、左へ進んだ。
左に行くとやはり、右と同じようなワープ壁。……特に変わった様子もなし。
「今度は、私が先に行こうか?」
「いいよ。オレがいく」
ワープ壁を潜り、無事を確かめるとリズベットを呼んだ。
そしてまた、同じような洞穴。
進んでいくと……また、同じ分かれ道があった。
「また分かれ道……。何か法則でもあるのかしら?」
「だと思うけど、特に何も……見当たらないんだよな」
この手のギミックの場合、エリアの何処かに何らかのヒントが隠されているもの。暗号めいたなにかが。
しかし、右も左も、そもそも最初の分かれ道にも、そんなものは一切なかった。【索敵】で調べてみても変わった様子はない。隠し通路の有無なら【索敵】で明らかになるはず。
それ以外の条件かと疑るも……却下。情報がなさすぎる。
「……もしかしたら、あの大空洞で何か見落としたのかもしれないな。一旦戻るか」
「そうね。特にヒントらしいものは見当たらないし……そうする以外になさそうね」
今度は来た道を戻る。その前にまた、目印に【七色石】も落としていった。
ワープ壁を潜り元の左の道へ―――。
さらに分岐路へ戻ろうとしたとき……違和感に気づいた。
地面に置いておいた【七色石】がなくなっていた。
「…………確か、この辺にオレ、石を置いたはず……だったよな」
「ええ確かに、そうだった……はずだわ」
不吉な予感が増していく。通常【七色石】は、砕かれるか半日経過するかしなければ消えない。転移したからといって消えることはない。
だとすると……先とは別の場所に飛ばされたことになる。元々置いてなければあるわけもなし。しかしそうなると、一つ矛盾が……
「……とりあえず、戻ってみよう。次で入口に戻れるはずだ」
不安を抱えながらも、来た道を戻っていった……
しかし、今度は―――大空洞への入口そのものが、なくなっていた。
「……おいおい、無限ループかよ」
「こういう罠って、あったことある?」
初めての体験だ……。フロア開拓のための迷宮区は、基本的に一本道だ。壁に手を触れながら歩き回っていれば、いずれフロアボスのエリアへ到達できる。一度にボスと対決できる最大人数/48人が迷宮区の出入り口を潜りさえすれば、迷宮区は無限ループとはならない。
その他のダンジョンについて、全て知悉しているわけではないが、知っている限りにおいてはそのような罠はない。似たようなものがあったとしても、何らかのヒントがエリア内に提示されている。
「壁に隠し扉がある、てわけでもなし。ただの罠なら、転移で抜けられるものなんだけど……」
改造結晶はここでも働かず、【結晶無効化空間】のまま。残念なことに【帰還の秘薬】はわからないが、おそらくできないだろう。
行き詰まった……。意味がわから無さ過ぎる。嫌がらせなら大成功だが、あまりにも致命的過ぎる。かの【牢獄】よりも酷い。
「……とりあえず、もう一度だけ戻ってみましょうよ。それで、右か左どちらに出たかで、何かわかるかも知れない」
「そうだな……」
根気のいる作業だが、それでランダムを測ることができるはず。少なくともここが、起点であるはずだから。
大空洞への道に続くはずだった壁へ、抜けていった。
そして、同じような洞穴を進むと……
また、分かれ道につながった。同じような左右への道。
「…………こうきたか」
確かにあそこの壁は、起点だったらしい。ではあったが……あまり意味のない情報だった。ランダムを捉えるには使えそうにない。
「この通路だけは特別……てわけでも、ないみたいよね」
「鏡写し、だな」
大きくため息をつき、ぼやいた。ガックリ肩を落とし、項垂れた。どうすりゃいいんだ、コレ……。
何気なしに、水晶の壁を見た。相変わらず綺麗に磨かれている/鏡のようにオレ達の姿が映っている。反対側とも反射し合い、無限に広がっている……
ふと何か、違和感を感じた。
「―――なぁリズ、ちょっといいか?」
「なに?」
同じく意気消沈していたリズベットの顔をペタペタ、無造作に触って確認。
「へ、ちょッ!? なにす―――つぅッ!?」
両耳のピアスに触れて、握ってみると―――
どちらも取れなかった、チェーンはしっかり繋がったまま。
「い……きなり、何すんのよ!!」
「おっと、悪い悪い。悪夢みてるのかどうか確認したかったんでね」
「それなら自分の頬でやりなさいよ!」
ごもっとも……。しかし幸いにも、悪夢は晴らすことができた。
ただし、おかしいことはもう一つあった。本当にあり得るのか? こんなにも瓜二つで、全くもって違和感が無かった。まるで本物同然だ……。
しかし、物証は否と答えている。表面は真似られても内実は疎かになった。
どちらを信じらなければならないかは……明白だろう。
「とりあえず……これからどうする? 二手に分かれてみる?」
「いや、分かれるのはマズイな。一エリア以上離れたあと、合流できるかわからないし」
ただもうひとつ、確かめないといけない。プレイヤーメイド故に、システム障害で逆に補強されるなどもありえる。この異世界では、物証だからと言って信じきるわけにはいかない。
どこら辺ならダイジョウブか……。とりあえず当たりをつけて、ひっかけてみた。
「長丁場になりそうだ。
どうせなら、主街区のあのサンドイッチ買いだめしておけばよかったな」
「……そうね。そろそろスープ以外の固形物も、欲しいわ」
違和感を感じさせない滑らかな回答。
当たりだ―――。驚くべきことだった、信じがたい事実だ。
しかしこれで、ハッキリと確定した。瞳を暗く静かに、沈ませていく―――
「―――なぁ」
「なに?」
「お前誰だ?」
え―――。振り返るまもなく、瞬速の抜刀。
振り返ったリズベットの顔は、まだ疑問符を浮かべているまま。何が起きるのか理解していないその顔を―――斬った。
首筋に一閃、断頭―――。
剣を振り抜くと、リズベットの首が宙に舞った。
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