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ドラゴンの巣窟を抜けた先は、空の上だった。
体当たりの衝撃のまま、ドラゴンともども、投げ出されるがままに落下していった。パキリと愛剣も折れて、ドラゴンの背からも振り落とされていた。
全身を突風でもみくちゃにされている中、眼下の絶景に思わず息を飲んだ。
頭上に街並みがある不思議に一瞬、ここは何処だと戸惑った。足場もなく見える風景もガラリと様変わり、陽の光を受けてキラキラと煌めいている山嶺、まるで空を飛んでいるかのように錯覚する。
混乱したまま周囲を見渡して、ようやく悟った。
ここは、59階層の空か……。山の中/地下へと落ちたはずなのに、出てきたのは空の上だった、ドラゴンの巣窟の先にあったのは。
理解に至ると、腹の底から喜びがこみ上げてきた。
「イエェーーーッ―――!」
生きてること、この素晴らしい絶景に乾杯……。思わず叫んでいた。吹き付けてくる風が気持ちいい。パラシュートなしで落下してるなど念頭に浮かんでこず、ただただハッピーな気分だ。
横に目を向けると、リズベットは声なき悲鳴を上げている……と思いきや、違った。オレと同じように目を輝かせて、感嘆の声を上げていた。吹き付ける強風の影響で傍にいても聞こえないが、喜んでいるのは見てとれる。
かえってドラゴンは、飛翔しようと翼を広げ羽ばたくも……できなかった。
翼はちゃんと風を掴んでいるのだろう、その分厚い皮膜を膨らましてはいた。だが、あの巨体を持ち上げるだけの浮力を生み出せていない、ほんのわずかばかりしか落下スピードを減少させられないでいる。逆に、生まれてしまった浮力に体勢が狂わせられクルクルと、きりもみさせられていた。……巣窟の中ではちゃんと飛べたのに、ここでは用を成せない翼。
飛べないことに動転しているのか、手足をばたつかせてもがいた。しかし、無意味な足掻きだ。超重量ゆえにか、オレ達よりも落下速度が早い。さきに地面に激突するのはドラゴンの方だろう。
この高さなら、間違いなく消滅する……。九死に一生、一発逆転、オレ達の勝利だ。飛べないのならもう逃げ場はない。超超高度からの落下ダメージなら、どんなモンスターだろうとも即死は免れない。
ドラゴンもそう判断したのだろう。突然、足掻くのをやめた。
代わりにスゥー……と、大きく息を吸い始めた。
胸がせり出し膨らんだ。背筋まで反らせると、全身が淡く瞬き始めた。まるで、ソードスキルのライトエフェクトのように―――
瞬間、降ってきた直感に戦慄した。
ブレスだ―――。あの強烈な息吹の噴出力を利用して、落下を相殺するつもりだ。
ギリギリ間に合ってしまう……かもしれない。ドラゴンは助かる。そして、地上に難なく降り立ってしまうだろう。その後、どれだけ甚大な被害が起きるのか……わからない。
オレ達は逃げられる。空の上とはいえ、ここはもうただの59階層だ。なので、【転移結晶】が使えるはず。地面に落下する前にそうするつもりだった、というかソレ以外に助かる手段が思いつかない。しかし―――眼下にある麓の村はそうはいかない。ドラゴンのブレスをモロに食らってしまう。攻略組プレイヤーでも厳しいのに、通常の村人/NPCたちでは一環の終わりだろう。
理解と同時に、行動に移した。リズベットへと顔を向けた。
「悪いリズ、先に転移使ってくれ!」
大声で叫んだ直後、ドラゴンの背へと追い落ちていった。
大の字に広げていた体を垂直に/弾丸のように、空気の抵抗を限りなく0にして、落ちていく―――。戸惑いながらも制止してくれたかのような声が、聞こえたような気がしたが、無視して突貫した。
(間に合え、間に合え、間に合えーーッ―――)
祈りながら/人間ミサイルになりながらも、ギリギリ―――ドラゴンの背に着地できた。
背中の違和感が/オレの着地に気づけたのか、だけど構わずブレスを放とうとする―――
阻止するための武器は、もう持っていなかった。
愛剣はすでに、耐久値限界を超えて折れていた。着地した足元近くの背に、残った刃が刺さったままだ。手元になる折れた剣では、ブレス攻撃をキャンセルさせるだけの強攻撃を繰り出せない。代わりの武器を用意しても難しいだろう、殴るだけでももっと無理だ。
なので、刺さった刃の上に片足を乗せた。同時に、腰を落として身構えた、ソードスキルの初動モーション。
準備を整えると即座に―――踏み鳴らした。
次の瞬間、ドラゴンの全身に鳴動が走り抜けた。
ドラゴンは落雷を受けたかのように、体を弓ぞらせながら呻いた。たまらず、溜めていた力も漏らした。
帯びていたライトエフェクトは消失。ブレスをキャンセルさせることができた
【震脚】―――。【体術】の蹴り技が一つ。地面に衝撃を与えることで、接地している敵に範囲攻撃/【スタン】攻撃。
ただの踏み込みでは間に合わなかった。
ブレスをキャンセルさせるには、全身を芯から揺さぶる一撃でなくてはならない。【体術】にはその手の内蔵破壊技はあり、【震脚】でも応用すればできる。ただしソレは、人間大のサイズか格下のモンスターだったらの話だ。このドラゴン相手では、体表面をビリリと、静電気に痺れたかのような違和感ぐらいしかっただろう。衝撃を浸透させるには、パワーも技量も足りない。
なので、刺さっている刃を伝導体にした。すでに体内に侵襲しているそこからなら、分厚く硬いだろう鱗に防がれることはない/防御力無視の攻撃ができる。
(―――よし! これで終わりだな)
いきなりの雷撃に目を回しているドラゴン。後はそのまま落とすだけだ、こっちは緊急退避すればいい。……ただし、リズベットに改造結晶は渡してしまっていた。
なので急いで、メニューを展開して【転移結晶】を取り出した。青い六角柱の結晶を片手に握る。
(あとはコレで、脱出すれば―――)
そのまま呪文を唱え、転移しようとした―――矢先、ドラゴンがきりもみした。風にあおられた。
その回転に巻き込まれ、空に払い落とされた。
そして、その突然の衝撃で手から結晶を……落としてしまった。青い結晶が手から離れていく―――……
(―――あ、こりゃ……死んだな)
結晶が手の届かぬところへ流れ/離れていくのを見送りながら、なぜか冷静に現状を悟った。……もう、何もかも間に合わない。
地面までもう僅かだ、結晶山の逆さまの山頂部が真横に見える。
期待していた走馬灯は流れなかった。感情まで諦観に支配されたのか、ただ呆然と空を、届かぬ結晶に手を伸ばしながら落ちていく。他に何も考えられない……
いるはずのないリズベットの姿が、見えるなんて―――
「キリト! 掴まれェーーッ―――!!」
オレと同じように、人間ミサイルになって墜落してきたリズベット。何かを叫びながら/風に負けじと必死に、手を伸ばしてきた。
先に転移してくれたと思ったのに、まだいた。こんな危険な瀬戸際まで……。本当に、どうしようもない奴だ。
伸ばされた彼女の手へ、こちらも必死に伸ばした。指先/爪先にまで神経を集中する。
距離は徐々に近づいてく、僅か拳大程にまで。だけど……あまりにも遠い。先に地面に到着するのが早い。
なので―――残っていたワイヤーを、射出した。僅かに残っていたワイヤーが、仕込んでいた袖口から飛び出ていく。
届いたワイヤーを掴むと、同時に
「―――転移、【リンダース】!!」
呪文を叫んだ。二人の体が淡い光に包まれる、周囲の光景が白明に溶けていく―――
目と鼻の先、地面が間近に見えるギリギリで、転移が発動した。空から脱出する。
消えた直後/転移のロード空間の中か、地面を揺さぶる轟音が聞こえてきた。
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いつもに比べ短かったですが、ご視聴ありがとうございました。
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