偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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64階層/マーテン 疑惑

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「本当に、ごめんなさい」

 

 【睡眠】に落とされた護衛二人に向かって、謝っていた。

 

 

 

 

 

「―――よろしかったら、どうぞ」

 

 休憩を兼ねて……。内心バクバクさせながら、差し出した紅茶。ちょうどこだわって色々な種類を集めていたこともあって、唐突感は少ないはずだ。

 私が淹れた紅茶を、護衛たちは快く受け取ってくれた。……グリムロックから渡された薬を混ぜた紅茶を。

 

 効果が出るまでの数分間、バレたらどうしようか冷や汗を流しっぱなしだった。

 そして唐突に、失敗したと気づかされた。慌ててしまう。

 効果が出るのが別々だったら、どうやって誤魔化せばいいんだろうか? ……【免疫力】の値を把握し忘れた。敵の襲来など無いのだから、間違いなく私の紅茶が原因だったと悟られてしまう。

 

(どうしようどうしよう!? 何か、上手な言い訳を考えないと―――)

 

 刻一刻と過ぎる時間、本当なら早く来て欲しいゴールが、時限爆弾のスイッチになってしまった。泣きそうになりながらも、必死に頭を回転させ続ける―――

 しかし……何の知恵も湧かず、ただ焦っただけだった。

 何事も起きないよう祈りながら、その瞬間を迎えた。

 

 ―――ドタリ……。

 

 二人はほぼ同時にウツラウツラし始め、床に倒れた。寝息もたて始める。

 

 杞憂だったことにホッと、安堵の吐息をこぼした。そして恐る恐る、確認する。

 本当に【睡眠】になっているのかどうか……。そぉっと近づいて覗く/HPバーを見る。

 

 狸寝入りでもなく、浅い眠りでもなかった。

 だらりと指先まで弛緩してしまった手、ぶつけた拍子にひっくり返したままのカップ、決定的なのは頭上に表示されている「zzz…」のアイコンだ。

 まだ傭兵になってくれる前の名残。プレイヤーとは違い、NPCにかかっているバフや状態異常のアイコンは、HPバーだけでなく頭上にもわかりやすく表示される。クエストの最中共に戦ってくれることはあるが、ちゃんとパーティーを組んでくれることは稀、ある程度【鑑定】を鍛えてるか看破アイテムを装備していないとわからない。なのでか/救済処置としてか、頭上に表示される。

 

 緊張が一気に解けた。強張っていた肩の力が緩む……

 すると突然、着信通知がきた。

 

「ひゃッ!?」

 

 心臓が跳ね上がった、思わず悲鳴を上げてしまった。すぐに口を手で押さえる。

 そぉっと確認すると……護衛たちは熟睡しているのか、起きる様子はない。

 

 また安堵を/音が出ないようゆっくり長くこぼすと、不意打ちの通知を確認した。

 通知者は……【カインズ】からだ。おそらくはグリムロックさんからだろう。

 何でこのタイミングで通信してくるのよぉ……。不満を押さえながらも、通話ボタンをクリックした。

 すると、挨拶する前に相手側から喋ってきた。

 

『―――護衛を眠らせることはできたか、ヨルコ?』

 

 確認の電話!? ……驚いた。

 

「……はい」

『そうか。よくやった』

「どうして今だと、わかったんですか?」

『君のアイテムストレージと身体情報を見させてもらっているからね。時間的にちょうどいいのではないかと思ってだ』

「……えぇ!? 

 な、なんでそんなことでき―――」

『君とカインズの【親密度】なら、そのぐらいはできて当然だろ?』

 

 一瞬ポカーンとなるも、すぐに気づかされた。顔を赤らめる。

 

(な、なッ!? 何でそこまで知られてるのよぉ!)

 

 カインズのバカ! いくらグリムロックさん相手とは言え、私に一言断ってからでしょうが……。ソレができない状況ではあるが、ソレとコレとは別の大問題だ。今後の二人の関係に大きく関わってくる。

 無言で非難を訴えるも、伝わらず、代わりに別の指示が飛んできた。

 

『それでは、すぐに移動してくれ。このフロアの座標まで―――』

 

 説明される最中、別の着信音が遮ってきた。視覚野だけでなく、鼓膜まで震わされる。

 この感覚は……《緊急メッセージ》だ。誰かが急ぎの用件を叩き込んできた。

 グリムロックにもソレが伝わったのか、指示を中断した、通信越しながらも緊迫感が伝わってくる。

 このタイミングで、いったい誰が……。二度目なので衝撃は少なかったが、嫌な予感に冷や汗を感じた。誰からなのか確かめる―――

 確認するとゴクリ、息を飲んだ。あの人たちからだ……。

 

(……ま、まさかバレたの!?)

 

 差出人の名前/【キリト】。私たちをここまで追い詰めている張本人から……。もう気づかれてしまったの?

 メールの中身まで見れず、ただブルブルと、恐慌を抑えるのが精一杯だった。

 

『その様子だと……彼らからか?』

「…………はい」

『何と書かれていた?』

 

 通信越しながらも冷静な声音に、こちらも少しばかり落ち着きを取り戻せた。

 おそるおそるも……読んでみた。

 

 (夜分遅くにすまない。

 至急、尋ねたいことがあるので、【マーテン】の教会まで来てくれ)

 

「……至急、聞きたいことがある。だそうです」

 

 バレたんだ―――。もうダメだ、絶望に染まる。

 しかし、グリムロックは冷静だった。

 

『ふむ……。わざわざメッセージを送ってきた、ということならば……まだバレてはいないな。護衛の状況も伝わっていない』

「……そう、なんですか?」

『もしもバレていたのなら、メッセージなど送らず直接会いに来るはずだからね』

 

 脅しなど無意味なことはしない。護衛たちに何かあったと伝わっていたとしても、共犯者だったとは繋げられない。犯人に攫われたか、護衛が守りきれなかったと考えるはず……。確信に満ちた言葉遣いに、まだ安全なんだと安堵できた。

 こちらが落ち着きを取り戻したのを見計らい、今度は対応策を伝えてくれた。

 

『返事は、簡潔に『わかりました』とだけ送ればいい。後はそのまま、コチラと合流してくれ』

「いいんですか? ココの状況を見たら、バレてしまうんじゃ……」

『問題ない。証拠など何処にもないから、捕まらなければ共犯者だと断定することはできない。君が扉の鍵を閉めれば、中に入って確かめることもできない』

 

 他人のホームの《鍵開け》はできないことはないが、かなり難しいはず。プロの錠前師ならやれてしまう。だけど、時間をかけたり/人に目撃されたり/警報に引っかかってしまったりでもしたら、プレイヤーカーソルは犯罪者色になってしまう。リスクが高すぎるので、ほぼ誰もやらない/引き受けない。

 残念ながら裏の世界のことは、一般人に毛が生えた程度の知識しかない。それでもやってみせる錠前師や別の方法があるのかもしれない。だけどもしそうなら、もはやどうにもならない、正直に玉砕するしかない。

 

「……わかりました。すぐにそちらに向かいます」

『万が一、鉢合わせるとマズイので、【転移門】は使わず結晶で飛んでくれ。

 あと念のため、護衛たちの鼻先か胸元あたりに、残った睡眠薬をこぼしておいてくれ。効果時間が延びる。……叩かれでもしなければ、丸一日は熟睡状態だ』

 

 頷くと、通信を切った。

 すぐさま、指示された通りに処置した。睡眠薬の残りをたらす。

 

 処置を終えると、ホームから出ていった。

 そして、振り返り扉を閉める間際、

 

「―――本当に、ごめんなさい」

 

 小さく、眠らせてしまった護衛に詫びるとガチャリ、扉の鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 【はじまりの街】から【マーテン】に戻ってきた。それぞれに抱えている疑惑を解消するために……

 

 ヨルコさんのホームへと突撃する、のもありだった。

 もはやただの被害者とも言い切れなくなった。共犯者とは言い切れないが被疑者ではある、呼び出しでは前者だった場合、後手に回ってしまう。……そして何より、こんな夜更けに女性宅へ押しかけることを、アスナが渋ったからだ。

 何を悠長なことを、と思わなくはないが、押し切るには少々色々ありすぎた。ここらで一息つきたかった。オレはもう少し大丈夫そうだが、シュミットはガス抜きしないと危ない。……死線に遭遇した反動は、すぐに露わになることがない。ジワジワと気づけない奥底で蝕み続け、何かの拍子で一気に噴出する。必ず、とてつもないミスをやらかしてしまう。

 かと言って、当然のことながら反対派のシュミット。前線で戦っているプレイヤーは大概、強がって/ヤセ我慢をして/弱音を吐かない。……わかっていたことだが顔をしかめてしまう、まるで自分の歪んだ鏡像を見せられているかのようで。

 説明すればますます頑なに突っ走りそうだったので、『恩人』の強権で決定。事件の発端たる教会にて、洗いざらい話してもらうことにした。

 しかし―――

 

「―――遅い! もう時間は過ぎてるぞ」

 

 何やってるんだアイツは……。待ち合わせ時間が過ぎて、イライラを募らせていた。鉄巨人めいた巨体でカチャカチャ、夜の教会を歩き回る。……他に信者か修道女か神父NPCがいたら、さぞ礼拝の迷惑になっていたことだろう。

 大半の建物や店が閉じられている中、数少ない開いている場所だ。誰でも/いつでも/無料で泊まれる宿泊場として、扉が閉められることがない。いちおう、表の礼拝堂へ直結する大門は閉められているが、脇にある裏門は空いたまま。……ヨルコさんに伝え忘れてしまったが、今日まで生き延びてきたプレイヤーだ、教会の在り方は心得ているだろう。

 

「この時間帯だから……。もう少し待ちましょう」

 

 アスナが宥めるも、シュミットの焦る気持ちは収められなかった。文句こそ言わないが、イライラを撒き散らすことをやめない。

 小さく溜息をついた。判断を間違えたかもしれない。……ガス抜きさせるよりも、突撃訪問した方が良かったのかも。

 今さら言っても仕方がないことに悩まされていると、アスナがそっと近づき、尋ねてきた。

 

「……どう思う、キリト君?」

「もう少し落ち着いた方がいいと思う。戦いでは、動じないことが彼の仕事だろうし」

「シュミットさんじゃなくて、ヨルコさんよ。……やっぱり共犯者だったのかな?」

 

 疑いたくないけど、疑わざるを得ない……。

 驚いた。彼女ですらそう考えていたのか……。

 

「護衛たちに話は聞ける?」

「彼らの実力なら安心だと思って、通信用の無線機渡してなかったの。ヨルコさん経由で知らせればいいとも思って……」

「それじゃ、コチラからは連絡できない?」

「……ごめんなさい。

 私が彼らのホストだったら、方法はあったんだけど―――」

「おいおい!? それじゃアンタら、アイツが今何してるのか把握してないのか?」

 

 耳ざとく聞こえていたのか、シュミットが非難とともに割り込んできた。……無遠慮な声音にアスナ共々顔をしかめた。

 なので、無視しながら続けた。

 

「そうだな……。オレも《トレーサー》付けるの忘れてたし、お互い爪が甘かったな」

「まさかこんなことになるなんてね……。認めるわ、油断してた」

 

 あなたの過剰反応、間違いじゃなかった……。ソレは上々だ。彼女が認めてくれれば、今後すごく楽になる。……ほんの少しであろうとも。

 互いに反省し終わると、次へと切り替えた。

 

「アスナ、今度は君から《緊急メッセージ》を送ってくれないか? ソレで返事が変なものだったら、送信元まで行こう」

「アドレス調べられるの?」

「暗号か欺瞞処置が施されてなかったらな。……彼女のホームにはソレらしいアイテムか設備はなかったし、一流の偽造師じゃないはずだ」

「……わかった」

 

 了承すると、すぐにメニューを展開しメッセージを打ち始めた。

 その間/ようやく、おいてけぼりにしていたシュミットへと振り返った。

 

「もしもヨルコさんが共犯者だった、としてだ。その動機がオレには、何となくわかりそうなんだが……お前はどうだ?」

 

 もちろん、わかっているよな……。突然問われて呆然とするも、すぐに察して、顔をしかめた。睨み付けてもくる。

 マナー違反になるプライベート領域、他人が土足で踏み入れば怪我をする。しかしそんな常識はもう破られていた、シュミットはもうオレ達を他人だと突っぱねられない。……残念ながら、オレ達もそうなっている。

 なので、さらに踏み込んだ/明らかにえぐっていく。

 

「お前の半年間あまりのツケに、オレ達は付き合わされる形になる。場合によっては、お前を弁護しなければならなくなる。……覚悟はできてるんだよな?」

 

 曖昧にはできない、その場限りの言い訳ではやり過ごせない。何らかのハッキリした答えにならなきゃならない……。死線がえぐり出した恥と罪悪感を、もう一度露わにさせた。

 シュミットの罪/ヨルコさんの動機、ギルドの崩壊/グリゼルダさんの死。半年間も逃げ続けた裏切りへの報復は、まだ完遂されていない。……部外者でしかないオレは、冷徹に接するべきだろう。

 ギリィと、奥歯を噛み締める音を滲ませると、腹の底から搾り出すように答えた。

 

「……何か寄越せ、てことか?」

「そうじゃない、ソレはもう決まっている。

 オレが言いたいのは、ちゃんと決着させることができるのか、てことだよ。この事についてオレ達は、脇役ですらない裏方だ、主役はお前なんだから」

 

 ちゃんと終わらせられるかどうかは、お前の手腕にかかってる……。おそらくその責任は、長く続くことになるだろうが、意義ある重荷だ。逃げ続けた今までよりも、ずっと良いはず、何よりスッキリするはずだ。

 今のうちに自分の気持ちと向き合って、固めてろ、できれば言葉も用意して。イラついている暇があるのならな……。続けてそう諌言やろうかとしたら、さすがに察したのか。決まりの悪そうな顔を浮かべると、そっぽを向いた。

 

「そんなのは……言われなくてもわかってるさ!」

 

 なら、いいんだ……。ハッキリ宣言した以上、最悪な結末は起きないだろう。それ以上は何も言わず、任せることにした。

 レッド達が絡んできた以上、グダグダと流されるのが一番まずい。最悪、関係者全員を破滅させてくる。被害を最小限に抑えられるのは、シュミットの勇気だけだ。……とりあえず/今のところは、問題ないだろう。

 

 話を終えると、ちょうどアスナから、

 

「―――返信きたわ」

 

 その答えは少し想定外だったが、眉をしかめている様子から察せられた。見させてもらうと……さらに納得できた。

 アスナが書いたであろう文章が、そのまま返信されていた。

 《緊急メッセージ》の特徴その2。一定時間経過後までに返信されないと、返信されなかった事実が伝えられる/自動返信メールが送られる。そこには、既読か未読かの情報も載せられる。緊急時に使うモノのため、文書を打ち込めない状況が想定されている。……今回、アスナに帰ってきたメールは既読状態。

 考えられるのは一つだ。……誘拐されたり監禁されていたら、既読すらできない。

 

「……決まりだな。

 メールが送信された場所まで行こう」

 

 おそらくは、彼女のホームじゃない。何処かへ移動中だろう……。十中八九、カインズさんとの合流だな。あるいはグリムロックか、その両方かもしれない。

 護衛達がどうなったのか/どうやって振り切ったのか? 気になるところだが、まずは行き先を把握しなければならない。二手に別れれば各個撃破の怖れがあるので、どちらか一つしか選べない。……人手が足りない。

 

「……ヨルコのホームは、知り合いの『徴税官』に確認させる。奴らなら、閉めきられた他人のホームであっても、中の覗き見ぐらいはできるからな」

 

 シュミットの提案にオレは頷いた。こういう時、大組織/【軍】は頼りになるな……。

 しかしアスナは、顔をしかめていた。

 

「それって、かなりセクハラじゃない。それも女性のホームよ? 【ハラスメントコード】には引っかかないの?」

「下層域の主だった街には、【軍】が大量の『寄付』をしてる。プレイヤーを優遇してもらうためにな。だから、通常よりも格安で建物を購入することができる。その特典としてだ」

 

 悪びれることなく説明されると、アスナともどもアポーんとしてしまった。まさか、そんなことまでしてたなんて……。【軍】は想像以上に支配圏を広げていた。

 街の中心を掴めば、そこに住んでる人々や建物全てに影響力を及ぼせる。ホームのセキュリティさえも無視できる……。【索敵】の《音波探索》か《聞き耳》だとばかり思っていたが、違った。ただの公権力……。レッド達とは違う恐ろしさだ。

 

「……それなら、任せていいか?」

 

 もちろんだと、シュミットは頷いた。同時に尋ねたアスナも、不承不承ながらも頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

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