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「本当に、ごめんなさい」
【睡眠】に落とされた護衛二人に向かって、謝っていた。
「―――よろしかったら、どうぞ」
休憩を兼ねて……。内心バクバクさせながら、差し出した紅茶。ちょうどこだわって色々な種類を集めていたこともあって、唐突感は少ないはずだ。
私が淹れた紅茶を、護衛たちは快く受け取ってくれた。……グリムロックから渡された薬を混ぜた紅茶を。
効果が出るまでの数分間、バレたらどうしようか冷や汗を流しっぱなしだった。
そして唐突に、失敗したと気づかされた。慌ててしまう。
効果が出るのが別々だったら、どうやって誤魔化せばいいんだろうか? ……【免疫力】の値を把握し忘れた。敵の襲来など無いのだから、間違いなく私の紅茶が原因だったと悟られてしまう。
(どうしようどうしよう!? 何か、上手な言い訳を考えないと―――)
刻一刻と過ぎる時間、本当なら早く来て欲しいゴールが、時限爆弾のスイッチになってしまった。泣きそうになりながらも、必死に頭を回転させ続ける―――
しかし……何の知恵も湧かず、ただ焦っただけだった。
何事も起きないよう祈りながら、その瞬間を迎えた。
―――ドタリ……。
二人はほぼ同時にウツラウツラし始め、床に倒れた。寝息もたて始める。
杞憂だったことにホッと、安堵の吐息をこぼした。そして恐る恐る、確認する。
本当に【睡眠】になっているのかどうか……。そぉっと近づいて覗く/HPバーを見る。
狸寝入りでもなく、浅い眠りでもなかった。
だらりと指先まで弛緩してしまった手、ぶつけた拍子にひっくり返したままのカップ、決定的なのは頭上に表示されている「zzz…」のアイコンだ。
まだ傭兵になってくれる前の名残。プレイヤーとは違い、NPCにかかっているバフや状態異常のアイコンは、HPバーだけでなく頭上にもわかりやすく表示される。クエストの最中共に戦ってくれることはあるが、ちゃんとパーティーを組んでくれることは稀、ある程度【鑑定】を鍛えてるか看破アイテムを装備していないとわからない。なのでか/救済処置としてか、頭上に表示される。
緊張が一気に解けた。強張っていた肩の力が緩む……
すると突然、着信通知がきた。
「ひゃッ!?」
心臓が跳ね上がった、思わず悲鳴を上げてしまった。すぐに口を手で押さえる。
そぉっと確認すると……護衛たちは熟睡しているのか、起きる様子はない。
また安堵を/音が出ないようゆっくり長くこぼすと、不意打ちの通知を確認した。
通知者は……【カインズ】からだ。おそらくはグリムロックさんからだろう。
何でこのタイミングで通信してくるのよぉ……。不満を押さえながらも、通話ボタンをクリックした。
すると、挨拶する前に相手側から喋ってきた。
『―――護衛を眠らせることはできたか、ヨルコ?』
確認の電話!? ……驚いた。
「……はい」
『そうか。よくやった』
「どうして今だと、わかったんですか?」
『君のアイテムストレージと身体情報を見させてもらっているからね。時間的にちょうどいいのではないかと思ってだ』
「……えぇ!?
な、なんでそんなことでき―――」
『君とカインズの【親密度】なら、そのぐらいはできて当然だろ?』
一瞬ポカーンとなるも、すぐに気づかされた。顔を赤らめる。
(な、なッ!? 何でそこまで知られてるのよぉ!)
カインズのバカ! いくらグリムロックさん相手とは言え、私に一言断ってからでしょうが……。ソレができない状況ではあるが、ソレとコレとは別の大問題だ。今後の二人の関係に大きく関わってくる。
無言で非難を訴えるも、伝わらず、代わりに別の指示が飛んできた。
『それでは、すぐに移動してくれ。このフロアの座標まで―――』
説明される最中、別の着信音が遮ってきた。視覚野だけでなく、鼓膜まで震わされる。
この感覚は……《緊急メッセージ》だ。誰かが急ぎの用件を叩き込んできた。
グリムロックにもソレが伝わったのか、指示を中断した、通信越しながらも緊迫感が伝わってくる。
このタイミングで、いったい誰が……。二度目なので衝撃は少なかったが、嫌な予感に冷や汗を感じた。誰からなのか確かめる―――
確認するとゴクリ、息を飲んだ。あの人たちからだ……。
(……ま、まさかバレたの!?)
差出人の名前/【キリト】。私たちをここまで追い詰めている張本人から……。もう気づかれてしまったの?
メールの中身まで見れず、ただブルブルと、恐慌を抑えるのが精一杯だった。
『その様子だと……彼らからか?』
「…………はい」
『何と書かれていた?』
通信越しながらも冷静な声音に、こちらも少しばかり落ち着きを取り戻せた。
おそるおそるも……読んでみた。
(夜分遅くにすまない。
至急、尋ねたいことがあるので、【マーテン】の教会まで来てくれ)
「……至急、聞きたいことがある。だそうです」
バレたんだ―――。もうダメだ、絶望に染まる。
しかし、グリムロックは冷静だった。
『ふむ……。わざわざメッセージを送ってきた、ということならば……まだバレてはいないな。護衛の状況も伝わっていない』
「……そう、なんですか?」
『もしもバレていたのなら、メッセージなど送らず直接会いに来るはずだからね』
脅しなど無意味なことはしない。護衛たちに何かあったと伝わっていたとしても、共犯者だったとは繋げられない。犯人に攫われたか、護衛が守りきれなかったと考えるはず……。確信に満ちた言葉遣いに、まだ安全なんだと安堵できた。
こちらが落ち着きを取り戻したのを見計らい、今度は対応策を伝えてくれた。
『返事は、簡潔に『わかりました』とだけ送ればいい。後はそのまま、コチラと合流してくれ』
「いいんですか? ココの状況を見たら、バレてしまうんじゃ……」
『問題ない。証拠など何処にもないから、捕まらなければ共犯者だと断定することはできない。君が扉の鍵を閉めれば、中に入って確かめることもできない』
他人のホームの《鍵開け》はできないことはないが、かなり難しいはず。プロの錠前師ならやれてしまう。だけど、時間をかけたり/人に目撃されたり/警報に引っかかってしまったりでもしたら、プレイヤーカーソルは犯罪者色になってしまう。リスクが高すぎるので、ほぼ誰もやらない/引き受けない。
残念ながら裏の世界のことは、一般人に毛が生えた程度の知識しかない。それでもやってみせる錠前師や別の方法があるのかもしれない。だけどもしそうなら、もはやどうにもならない、正直に玉砕するしかない。
「……わかりました。すぐにそちらに向かいます」
『万が一、鉢合わせるとマズイので、【転移門】は使わず結晶で飛んでくれ。
あと念のため、護衛たちの鼻先か胸元あたりに、残った睡眠薬をこぼしておいてくれ。効果時間が延びる。……叩かれでもしなければ、丸一日は熟睡状態だ』
頷くと、通信を切った。
すぐさま、指示された通りに処置した。睡眠薬の残りをたらす。
処置を終えると、ホームから出ていった。
そして、振り返り扉を閉める間際、
「―――本当に、ごめんなさい」
小さく、眠らせてしまった護衛に詫びるとガチャリ、扉の鍵を閉めた。
◆ ◆ ◆
【はじまりの街】から【マーテン】に戻ってきた。それぞれに抱えている疑惑を解消するために……
ヨルコさんのホームへと突撃する、のもありだった。
もはやただの被害者とも言い切れなくなった。共犯者とは言い切れないが被疑者ではある、呼び出しでは前者だった場合、後手に回ってしまう。……そして何より、こんな夜更けに女性宅へ押しかけることを、アスナが渋ったからだ。
何を悠長なことを、と思わなくはないが、押し切るには少々色々ありすぎた。ここらで一息つきたかった。オレはもう少し大丈夫そうだが、シュミットはガス抜きしないと危ない。……死線に遭遇した反動は、すぐに露わになることがない。ジワジワと気づけない奥底で蝕み続け、何かの拍子で一気に噴出する。必ず、とてつもないミスをやらかしてしまう。
かと言って、当然のことながら反対派のシュミット。前線で戦っているプレイヤーは大概、強がって/ヤセ我慢をして/弱音を吐かない。……わかっていたことだが顔をしかめてしまう、まるで自分の歪んだ鏡像を見せられているかのようで。
説明すればますます頑なに突っ走りそうだったので、『恩人』の強権で決定。事件の発端たる教会にて、洗いざらい話してもらうことにした。
しかし―――
「―――遅い! もう時間は過ぎてるぞ」
何やってるんだアイツは……。待ち合わせ時間が過ぎて、イライラを募らせていた。鉄巨人めいた巨体でカチャカチャ、夜の教会を歩き回る。……他に信者か修道女か神父NPCがいたら、さぞ礼拝の迷惑になっていたことだろう。
大半の建物や店が閉じられている中、数少ない開いている場所だ。誰でも/いつでも/無料で泊まれる宿泊場として、扉が閉められることがない。いちおう、表の礼拝堂へ直結する大門は閉められているが、脇にある裏門は空いたまま。……ヨルコさんに伝え忘れてしまったが、今日まで生き延びてきたプレイヤーだ、教会の在り方は心得ているだろう。
「この時間帯だから……。もう少し待ちましょう」
アスナが宥めるも、シュミットの焦る気持ちは収められなかった。文句こそ言わないが、イライラを撒き散らすことをやめない。
小さく溜息をついた。判断を間違えたかもしれない。……ガス抜きさせるよりも、突撃訪問した方が良かったのかも。
今さら言っても仕方がないことに悩まされていると、アスナがそっと近づき、尋ねてきた。
「……どう思う、キリト君?」
「もう少し落ち着いた方がいいと思う。戦いでは、動じないことが彼の仕事だろうし」
「シュミットさんじゃなくて、ヨルコさんよ。……やっぱり共犯者だったのかな?」
疑いたくないけど、疑わざるを得ない……。
驚いた。彼女ですらそう考えていたのか……。
「護衛たちに話は聞ける?」
「彼らの実力なら安心だと思って、通信用の無線機渡してなかったの。ヨルコさん経由で知らせればいいとも思って……」
「それじゃ、コチラからは連絡できない?」
「……ごめんなさい。
私が彼らのホストだったら、方法はあったんだけど―――」
「おいおい!? それじゃアンタら、アイツが今何してるのか把握してないのか?」
耳ざとく聞こえていたのか、シュミットが非難とともに割り込んできた。……無遠慮な声音にアスナ共々顔をしかめた。
なので、無視しながら続けた。
「そうだな……。オレも《トレーサー》付けるの忘れてたし、お互い爪が甘かったな」
「まさかこんなことになるなんてね……。認めるわ、油断してた」
あなたの過剰反応、間違いじゃなかった……。ソレは上々だ。彼女が認めてくれれば、今後すごく楽になる。……ほんの少しであろうとも。
互いに反省し終わると、次へと切り替えた。
「アスナ、今度は君から《緊急メッセージ》を送ってくれないか? ソレで返事が変なものだったら、送信元まで行こう」
「アドレス調べられるの?」
「暗号か欺瞞処置が施されてなかったらな。……彼女のホームにはソレらしいアイテムか設備はなかったし、一流の偽造師じゃないはずだ」
「……わかった」
了承すると、すぐにメニューを展開しメッセージを打ち始めた。
その間/ようやく、おいてけぼりにしていたシュミットへと振り返った。
「もしもヨルコさんが共犯者だった、としてだ。その動機がオレには、何となくわかりそうなんだが……お前はどうだ?」
もちろん、わかっているよな……。突然問われて呆然とするも、すぐに察して、顔をしかめた。睨み付けてもくる。
マナー違反になるプライベート領域、他人が土足で踏み入れば怪我をする。しかしそんな常識はもう破られていた、シュミットはもうオレ達を他人だと突っぱねられない。……残念ながら、オレ達もそうなっている。
なので、さらに踏み込んだ/明らかにえぐっていく。
「お前の半年間あまりのツケに、オレ達は付き合わされる形になる。場合によっては、お前を弁護しなければならなくなる。……覚悟はできてるんだよな?」
曖昧にはできない、その場限りの言い訳ではやり過ごせない。何らかのハッキリした答えにならなきゃならない……。死線がえぐり出した恥と罪悪感を、もう一度露わにさせた。
シュミットの罪/ヨルコさんの動機、ギルドの崩壊/グリゼルダさんの死。半年間も逃げ続けた裏切りへの報復は、まだ完遂されていない。……部外者でしかないオレは、冷徹に接するべきだろう。
ギリィと、奥歯を噛み締める音を滲ませると、腹の底から搾り出すように答えた。
「……何か寄越せ、てことか?」
「そうじゃない、ソレはもう決まっている。
オレが言いたいのは、ちゃんと決着させることができるのか、てことだよ。この事についてオレ達は、脇役ですらない裏方だ、主役はお前なんだから」
ちゃんと終わらせられるかどうかは、お前の手腕にかかってる……。おそらくその責任は、長く続くことになるだろうが、意義ある重荷だ。逃げ続けた今までよりも、ずっと良いはず、何よりスッキリするはずだ。
今のうちに自分の気持ちと向き合って、固めてろ、できれば言葉も用意して。イラついている暇があるのならな……。続けてそう諌言やろうかとしたら、さすがに察したのか。決まりの悪そうな顔を浮かべると、そっぽを向いた。
「そんなのは……言われなくてもわかってるさ!」
なら、いいんだ……。ハッキリ宣言した以上、最悪な結末は起きないだろう。それ以上は何も言わず、任せることにした。
レッド達が絡んできた以上、グダグダと流されるのが一番まずい。最悪、関係者全員を破滅させてくる。被害を最小限に抑えられるのは、シュミットの勇気だけだ。……とりあえず/今のところは、問題ないだろう。
話を終えると、ちょうどアスナから、
「―――返信きたわ」
その答えは少し想定外だったが、眉をしかめている様子から察せられた。見させてもらうと……さらに納得できた。
アスナが書いたであろう文章が、そのまま返信されていた。
《緊急メッセージ》の特徴その2。一定時間経過後までに返信されないと、返信されなかった事実が伝えられる/自動返信メールが送られる。そこには、既読か未読かの情報も載せられる。緊急時に使うモノのため、文書を打ち込めない状況が想定されている。……今回、アスナに帰ってきたメールは既読状態。
考えられるのは一つだ。……誘拐されたり監禁されていたら、既読すらできない。
「……決まりだな。
メールが送信された場所まで行こう」
おそらくは、彼女のホームじゃない。何処かへ移動中だろう……。十中八九、カインズさんとの合流だな。あるいはグリムロックか、その両方かもしれない。
護衛達がどうなったのか/どうやって振り切ったのか? 気になるところだが、まずは行き先を把握しなければならない。二手に別れれば各個撃破の怖れがあるので、どちらか一つしか選べない。……人手が足りない。
「……ヨルコのホームは、知り合いの『徴税官』に確認させる。奴らなら、閉めきられた他人のホームであっても、中の覗き見ぐらいはできるからな」
シュミットの提案にオレは頷いた。こういう時、大組織/【軍】は頼りになるな……。
しかしアスナは、顔をしかめていた。
「それって、かなりセクハラじゃない。それも女性のホームよ? 【ハラスメントコード】には引っかかないの?」
「下層域の主だった街には、【軍】が大量の『寄付』をしてる。プレイヤーを優遇してもらうためにな。だから、通常よりも格安で建物を購入することができる。その特典としてだ」
悪びれることなく説明されると、アスナともどもアポーんとしてしまった。まさか、そんなことまでしてたなんて……。【軍】は想像以上に支配圏を広げていた。
街の中心を掴めば、そこに住んでる人々や建物全てに影響力を及ぼせる。ホームのセキュリティさえも無視できる……。【索敵】の《音波探索》か《聞き耳》だとばかり思っていたが、違った。ただの公権力……。レッド達とは違う恐ろしさだ。
「……それなら、任せていいか?」
もちろんだと、シュミットは頷いた。同時に尋ねたアスナも、不承不承ながらも頷いてくれた。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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