偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/屠龍の塔 狩りの号砲

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 監獄の前で、ザザと対峙している。

 本物か……。思わず目をこすりそうになった。疑うも……確かに奴だった。壁越しでも伝わって来る、この独特な臭気は間違いない。

 

「……なんやワレ、ちゃんと口ついとったんやな」

 

 嘲りを含ませながら凄むキバオウは無視し、オレだけを見つめてくる。現実世界のヤクザ並の凶悪さだが、まるで意に介していない。

 やはりそうなのか……。確信させられた。疑いようもない。

 しかしそうなると、別の疑問が沸いてくる。

 

「……なんでコイツが、ここにいるんだ?」

「自首してきたんですよ。今回の『狩り』についての情報と交換で」

「情報? そいつはつまり……【ジョニー】を売る、てことか? 弟を?」

 

 普通に考えたら、ゲスすぎることだ。人としての最低限の情もなくしてしまったのかとも。しかしレッドなら、特にコイツならありえてしまうと、納得できてしまう。

 

「にわかには信じ難いことですし、そもそも、そこの彼が『本物』であるとも限らない。何らかの罠ではないかと」

 

 本物……。確かに、それもあり得るだろう。警戒しなければならないことだ。

 目の前の人物が、ザザ本人にしか思えない雰囲気をまとっているとしても、ソレの完璧な模倣を可能にしている技術がある。この目で見た、NPCを自分色に上書きしてしまう技術を。……今思い返しても、信じられないことだが。

 

「それでも、『情報は魅力的だった』てところか……。

 ところで、この処置は誰の指示だ? 【連合】としての総意、て捉えていいのか?」

「そう捉えてくれ構いません。

 別に、情報を独占つもりだったわけではありません。皆にも、次の会議で知らせるつもりで―――」

「ああ、そこのところは大丈夫だよ。その手のことでは、お前らのことを信頼しているつもりだ。

 オレが言いたいのは、なんでコイツが()()()()()()()()てことだよ」

 

 冷静に事も無げなに告げた指摘に、一瞬キョトンとされるも、すぐに察すると顔をしかめた。つづいて、そんな感情を恥てか、口元に力が入ったのが見えた。

 

「罠だろうが計画だろうが関係ない。ソレを聞き逃したことで被害が増えるとか、ラフコフを一網打尽にできるかも、とかもだ。そんなものは、コイツが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に比べれば、大した戦果にならない」

 

 大事なのはソレ。ザザを見逃してしまう危険を抱えるよりも、スッパリ『解決』した方がいい。……何を一番重要視しなければならないのか、ズレている。

 舐められてはならない。もしもコイツが、そんな甘い見込みで投降してきたのなら……思い知らせられる。わざわざ処刑されに来たのだと。犯罪や悪意が元凶ではなく、ソレを生み出している奴こそ絶たねばならない。……奴が更生できるなど、おとぎ話でしかない。

 オレのレッドに対する基本スタンス。アスナと仲違いしてしまう、意見の隔絶。現実世界では彼女が正しいのかもしれないけど、ここでは違う。……やはりオレは、現実世界でも同じ判断を下すのだと思う。

 

「―――さすが、キリトはんやな」

 

 ワイもほぼ同意見や―――。アリスが何か言い募ろうとする前、キバオウが割り込んで賛意してきた。

 接ぎ穂を失って顔をしかめられていると、続けざまに、

 

「『人殺し』を躊躇ってるんなら、お門違いだぜ。コイツは、人の皮をかぶって人の言葉を話すが、中身はモンスターだ。フロアボスと同じぐらいの、厄介な『敵』なんだよ」

 

 諭すように、問いかけた。それでもまだ、コイツを生かし続けている意義はどこにあるのか? お前たちは/【連合】は、何を考えているんだ?

 

 言葉に詰まり/言いよどみ、沈黙が流れそうになると……唐突に、嗤い声があがった。

 

『―――ふっふ、フハッハッハっは!

 いいぞ、その通りだ! それが、正解だ』

 

 やはりお前は、見込み通りだ―――。その特徴的な赤目を爛々とさせながら、ザザからの手放しの賞賛。……この世で最もされたくない、賞賛の一つだ。

 なので、隠すことなくあからさまに顔をしかめて睨むも、やはり意に介さず。

 

『……殺し合いが、できないのは、残念だ。が……まぁ、いいだろう。

 お前が、手を下すのなら、俺も、確実に、【魔人化】できる、からな』

 

 いつでもいいぞ―――。むしろ誘うように、煽ってきた。

 

 その態度に、どう反応すればいいのか一瞬迷った。常識が否定してくる。

 しかしレッドに、特に奴に対して常識など、厳禁だ。常に斜め下をみなければ、足元をすくわれてしまう。

 ジッと観察して確かめてみると―――

 

「…………ハッタリじゃ、なさそうだな。

 その【魔人化】とやらが、お前たちがためらう理由なのか?」

 

 代わりにアリスへ、尋ね返した。

 

「……『彼女』の例を、知ってるでしょ? 

 彼らが、精神支配か何らかの方法で使役しているNPCたちは、使い魔のようなものです。それも、自分と感覚を共有できるほどの」

 

 そんな奴を殺してしまったら、一体どうなるか……。考えるまでもない、答えは一つだ。

 彼女と/シリカと同じ事が起きる。

 

「ここで殺したりしたら、より厄介なことになるかもしれんのや。コイツのほざく【魔人化】とやらに、や」

 

 はた迷惑なことにな……。本当にその通りだ。呆れて反吐しか出ない。

 

「ただ、コイツがココにきた目的は『ソレ』じゃないよな。……本当に、『狩り』の情報をリークするためか?」

『だから、そう言った』

 

 独り言のような問いかけに、はっきりと/躊躇いもなく、言い切ってきた。……言い切りやがった。

 おそらく狙われた通り胡乱げに、顔を向けざるを得ない。牢屋に縛り上げた男に翻弄されている。

 癪に障るが飲み込むと、もう既に慣れていただろうキバオウが、改めて尋ねた。

 

「そいじゃそろそろ、話してくれへんか?」

「待ってください! 先に聞かなければならないことがあります。

 そもそも、なんでアナタは、今回の『狩りの対象』について知っていたんですか?」

 

 どこからの情報ですか―――。あまりにも早すぎる。ボス部屋をくぐってからまだ数時間も立っていない。限られた人数だけで、情報統制もしっかりしていた、アルゴや有名な情報屋たちには口止め料が払われている。……内通者がいるのか?

 最もな質問だ。できれば答えが欲しい/スッキリしたい。しかし―――

 

「……アリス、ソレはコイツに訊いても無駄や。

 きっと喋らへんし、確かめようもない、みなを疑心暗鬼にさせるだけや。それにわいらも、()()()()()()()()でここまで来たはずや」

「それはッ―――わかっています。わかっていますが……」

 

 簡単には納得できない。仲間にそんな、裏切り者がいるなんて……。歯噛みしながら、沸きでてくる不満を抑制していた。

 ソロのオレには、わからない悩みだ。パーティーメンバーとの信頼関係なんて、ソレを維持し続けるなんて……。おそらくこれからも、わかることはないかもしれない。

 なので、慰めにならないよう、取りなした。

 

「少なくとも、ここにいる3人は裏切り者じゃない。お前らが選んだコイツの監視人達もな」

「……だといいとは、思うんやがな」

 

 看守を買収するか成り代わるのは、脱獄のセオリーやからな……。腕組みながらも平然とつぶやかれた。

 驚かされた。キバオウは、仲間に対して結構ドライな考えを持っているのか……。もう少し、情に寄った考え方をする奴だと思っていた。

 

 再び、沈鬱な空気が流れそうになると、話題の中心人物が重々しくも口を開いた。

 

 

 

『―――教えて、やれるのは、あと10分ほどで、始まる、だけだ』

 

 

 

 意味深ながらも明確な数字。続きが気になる答えだ。

 何らかの誘導だとわかってはいる。ものの、乗らざるを得ない。

 

「何が、始まるんや?」

『戦争だ。お前たちと、弟との、な』

 

 物騒な単語と断言にピンッ―――と、つながった。予想のはるか斜め上をいく最悪が。……本当に、そこまでやるのか?

 

 思わず詰め寄っていた。傍にいたのなら襟首をつかみあげる勢いで、詰問した。

 

「―――どこだ? 誰に何をするつもりだ?」

 

 抑えようにも、語気は荒くなってしまった。……相変わらず、こちらの神経を逆なでにすることに対しては、天才的な奴らだ。

 そんなオレの動揺を見てか、ニンマリと、悪意たっぷりの嗤い顔を浮かべてきた。

 

『戦争は、いつも、無垢なる者の、犠牲をもって、始まる』

 

 そして、無垢なる者の命をくべることで、贖われる―――。また意味深ながらも、不吉さは叩きつけられてくる答え。

 やはりオレの直感は、間違ってはいなかったか……。できれば外れて欲しかったのに。

 さらに詳しい内実を聞き出さそうとすると、

 

『黒の剣士。それに、【連合】の騎士ども。

 此度、試されるのは、お前達だけでは、ない』

「……なに?」

 

 続けざまの情報に、翻弄されてしまった。

 対象はオレ達だけじゃない? 無垢なる者の犠牲で始まる、戦争……。曖昧な情報が導き出す答え。目まぐるしく頭を回転させていると、

 

「わけわからんこと、偉そうにほざきおって……。

 結局、何も教えてくれへんのか?」

 

 呆れながら/苛立たしげにも、キバオウが突っ込んできた。まるで尋問官さながらの無関心/冷徹さで、お前の病気に付き合っている暇は無いと、さっさと吐けと、さもなければ……。

 危険な暴力の空気を嗅ぎ取って、ではないだろう。

 

『……すぐに、わかることだ。

 お前達が、お前達の務めに、潰されぬことを、祈ってる』

 

 そう答えを返すと再び、沈黙の中へと閉じこもっていった……。それ以上は必要ないだろうと、全くもって不明瞭な情報しか喋っていないのにも、かかわらず。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――先に戻りや。わいは、コイツを縛り上げてから行くさかい

 ―――わかりました。くれぐれも、気をつけてください。

 

 

 

 監獄から地上へ、アリスに連れられ元きた道を戻っていった。互いに無言ながらも、先ほどのリーク情報を反芻しながら……

 

 そして、転移ポータルの前へとたどり着いた。

 

 まだ半ば推理の中、流れのままくぐろうとした―――寸前、止められた。

 

「ところで、そろそろ返してくれませんか?」

 

 急な返却要請。いつも通り事務的な顔色だが、若干ながら呆れられているようにも感じる。

 

「…………何のことだ?」

「ここの牢屋にぶち込まれたいんですか?」

 

 さっさと返しなさい……。手まで差し出されての問い詰め。心ここにあらずだったので戸惑わされるも―――返す/ここで/片手で持てる何かを/彼女に、オレが盗んだもの……!?

 つながった。ようやく、思い出した。

 

 肩をすくめると/観念して、ガメていた特殊スプレーを渡した。

 

「どうせ、そいつの製法は公開してくれるんだろ、近いうちにさ? だったら、今くれてもいいんじゃない?」

「……まだ試作段階です。それに、公開するかどうかは、私たちが決めることです」

「きっとそうしてくれるんだろ? みんなが喜ぶことだし」

 

 【次元蝶の鱗粉】を使わずに/染みこませた何かの液体を噴霧させることで、閉じていた転移ポータルを再展開できるアイテム。【鱗粉】ならば一回限りで消費してしまうところ、何回か使用できる、充填させた液体が尽きるまで。……実に魅力的なアイテムだ。【連合】産としては、久方ぶりのヒット製品なんじゃないかと思う。

 なので、最大公約数的な感情論でオネダリするも、

 

「あなたのような図々しい人がいなければ、喜んでそうするでしょうね」

「おいおい、オレほど謙虚な奴はいないと思うけど?」

 

 混ぜっかえすと、鼻で笑われた。……残念ながら、魔法のスプレーはお預けだ。

 

「先に戻ってください。私は、先ほどのことを隊長達に知らせてから、戻ります」

「……わかった」

 

 これみよがしにため息混じり/肩を落としてみせるも、気を取り直して、

 

「それじゃ、また会議で」

 

 互いにスッパリ、ザザとの面会でまとい付いた淀みを払い落とした。

 

 そして/しかし、オレがポータルをくぐり抜けようとした―――寸前、アラートがが鳴りたてきた。思わず眉をひそめる。

 メニューで設定した最も緊急性の高い警告、【緊急メッセージ】の通知だ。

 目の端では、アリスも眉をひそめていた。オレとほぼ同時に、何かを受け取ったらしい。

 

「……誰からだよ、いきなり……て―――ッ!?」

 

 確認するも、その内容に目を奪われた。

 信じられない。まさか、まさかこんな―――

 

 

 

「―――あ、アスナさんが……攫われた!?」

 

 

 

 アリスの口から同じ、信じがたい内容が、こぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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