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監獄の前で、ザザと対峙している。
本物か……。思わず目をこすりそうになった。疑うも……確かに奴だった。壁越しでも伝わって来る、この独特な臭気は間違いない。
「……なんやワレ、ちゃんと口ついとったんやな」
嘲りを含ませながら凄むキバオウは無視し、オレだけを見つめてくる。現実世界のヤクザ並の凶悪さだが、まるで意に介していない。
やはりそうなのか……。確信させられた。疑いようもない。
しかしそうなると、別の疑問が沸いてくる。
「……なんでコイツが、ここにいるんだ?」
「自首してきたんですよ。今回の『狩り』についての情報と交換で」
「情報? そいつはつまり……【ジョニー】を売る、てことか? 弟を?」
普通に考えたら、ゲスすぎることだ。人としての最低限の情もなくしてしまったのかとも。しかしレッドなら、特にコイツならありえてしまうと、納得できてしまう。
「にわかには信じ難いことですし、そもそも、そこの彼が『本物』であるとも限らない。何らかの罠ではないかと」
本物……。確かに、それもあり得るだろう。警戒しなければならないことだ。
目の前の人物が、ザザ本人にしか思えない雰囲気をまとっているとしても、ソレの完璧な模倣を可能にしている技術がある。この目で見た、NPCを自分色に上書きしてしまう技術を。……今思い返しても、信じられないことだが。
「それでも、『情報は魅力的だった』てところか……。
ところで、この処置は誰の指示だ? 【連合】としての総意、て捉えていいのか?」
「そう捉えてくれ構いません。
別に、情報を独占つもりだったわけではありません。皆にも、次の会議で知らせるつもりで―――」
「ああ、そこのところは大丈夫だよ。その手のことでは、お前らのことを信頼しているつもりだ。
オレが言いたいのは、なんでコイツが
冷静に事も無げなに告げた指摘に、一瞬キョトンとされるも、すぐに察すると顔をしかめた。つづいて、そんな感情を恥てか、口元に力が入ったのが見えた。
「罠だろうが計画だろうが関係ない。ソレを聞き逃したことで被害が増えるとか、ラフコフを一網打尽にできるかも、とかもだ。そんなものは、コイツが
大事なのはソレ。ザザを見逃してしまう危険を抱えるよりも、スッパリ『解決』した方がいい。……何を一番重要視しなければならないのか、ズレている。
舐められてはならない。もしもコイツが、そんな甘い見込みで投降してきたのなら……思い知らせられる。わざわざ処刑されに来たのだと。犯罪や悪意が元凶ではなく、ソレを生み出している奴こそ絶たねばならない。……奴が更生できるなど、おとぎ話でしかない。
オレのレッドに対する基本スタンス。アスナと仲違いしてしまう、意見の隔絶。現実世界では彼女が正しいのかもしれないけど、ここでは違う。……やはりオレは、現実世界でも同じ判断を下すのだと思う。
「―――さすが、キリトはんやな」
ワイもほぼ同意見や―――。アリスが何か言い募ろうとする前、キバオウが割り込んで賛意してきた。
接ぎ穂を失って顔をしかめられていると、続けざまに、
「『人殺し』を躊躇ってるんなら、お門違いだぜ。コイツは、人の皮をかぶって人の言葉を話すが、中身はモンスターだ。フロアボスと同じぐらいの、厄介な『敵』なんだよ」
諭すように、問いかけた。それでもまだ、コイツを生かし続けている意義はどこにあるのか? お前たちは/【連合】は、何を考えているんだ?
言葉に詰まり/言いよどみ、沈黙が流れそうになると……唐突に、嗤い声があがった。
『―――ふっふ、フハッハッハっは!
いいぞ、その通りだ! それが、正解だ』
やはりお前は、見込み通りだ―――。その特徴的な赤目を爛々とさせながら、ザザからの手放しの賞賛。……この世で最もされたくない、賞賛の一つだ。
なので、隠すことなくあからさまに顔をしかめて睨むも、やはり意に介さず。
『……殺し合いが、できないのは、残念だ。が……まぁ、いいだろう。
お前が、手を下すのなら、俺も、確実に、【魔人化】できる、からな』
いつでもいいぞ―――。むしろ誘うように、煽ってきた。
その態度に、どう反応すればいいのか一瞬迷った。常識が否定してくる。
しかしレッドに、特に奴に対して常識など、厳禁だ。常に斜め下をみなければ、足元をすくわれてしまう。
ジッと観察して確かめてみると―――
「…………ハッタリじゃ、なさそうだな。
その【魔人化】とやらが、お前たちがためらう理由なのか?」
代わりにアリスへ、尋ね返した。
「……『彼女』の例を、知ってるでしょ?
彼らが、精神支配か何らかの方法で使役しているNPCたちは、使い魔のようなものです。それも、自分と感覚を共有できるほどの」
そんな奴を殺してしまったら、一体どうなるか……。考えるまでもない、答えは一つだ。
彼女と/シリカと同じ事が起きる。
「ここで殺したりしたら、より厄介なことになるかもしれんのや。コイツのほざく【魔人化】とやらに、や」
はた迷惑なことにな……。本当にその通りだ。呆れて反吐しか出ない。
「ただ、コイツがココにきた目的は『ソレ』じゃないよな。……本当に、『狩り』の情報をリークするためか?」
『だから、そう言った』
独り言のような問いかけに、はっきりと/躊躇いもなく、言い切ってきた。……言い切りやがった。
おそらく狙われた通り胡乱げに、顔を向けざるを得ない。牢屋に縛り上げた男に翻弄されている。
癪に障るが飲み込むと、もう既に慣れていただろうキバオウが、改めて尋ねた。
「そいじゃそろそろ、話してくれへんか?」
「待ってください! 先に聞かなければならないことがあります。
そもそも、なんでアナタは、今回の『狩りの対象』について知っていたんですか?」
どこからの情報ですか―――。あまりにも早すぎる。ボス部屋をくぐってからまだ数時間も立っていない。限られた人数だけで、情報統制もしっかりしていた、アルゴや有名な情報屋たちには口止め料が払われている。……内通者がいるのか?
最もな質問だ。できれば答えが欲しい/スッキリしたい。しかし―――
「……アリス、ソレはコイツに訊いても無駄や。
きっと喋らへんし、確かめようもない、みなを疑心暗鬼にさせるだけや。それにわいらも、
「それはッ―――わかっています。わかっていますが……」
簡単には納得できない。仲間にそんな、裏切り者がいるなんて……。歯噛みしながら、沸きでてくる不満を抑制していた。
ソロのオレには、わからない悩みだ。パーティーメンバーとの信頼関係なんて、ソレを維持し続けるなんて……。おそらくこれからも、わかることはないかもしれない。
なので、慰めにならないよう、取りなした。
「少なくとも、ここにいる3人は裏切り者じゃない。お前らが選んだコイツの監視人達もな」
「……だといいとは、思うんやがな」
看守を買収するか成り代わるのは、脱獄のセオリーやからな……。腕組みながらも平然とつぶやかれた。
驚かされた。キバオウは、仲間に対して結構ドライな考えを持っているのか……。もう少し、情に寄った考え方をする奴だと思っていた。
再び、沈鬱な空気が流れそうになると、話題の中心人物が重々しくも口を開いた。
『―――教えて、やれるのは、あと10分ほどで、始まる、だけだ』
意味深ながらも明確な数字。続きが気になる答えだ。
何らかの誘導だとわかってはいる。ものの、乗らざるを得ない。
「何が、始まるんや?」
『戦争だ。お前たちと、弟との、な』
物騒な単語と断言にピンッ―――と、つながった。予想のはるか斜め上をいく最悪が。……本当に、そこまでやるのか?
思わず詰め寄っていた。傍にいたのなら襟首をつかみあげる勢いで、詰問した。
「―――どこだ? 誰に何をするつもりだ?」
抑えようにも、語気は荒くなってしまった。……相変わらず、こちらの神経を逆なでにすることに対しては、天才的な奴らだ。
そんなオレの動揺を見てか、ニンマリと、悪意たっぷりの嗤い顔を浮かべてきた。
『戦争は、いつも、無垢なる者の、犠牲をもって、始まる』
そして、無垢なる者の命をくべることで、贖われる―――。また意味深ながらも、不吉さは叩きつけられてくる答え。
やはりオレの直感は、間違ってはいなかったか……。できれば外れて欲しかったのに。
さらに詳しい内実を聞き出さそうとすると、
『黒の剣士。それに、【連合】の騎士ども。
此度、試されるのは、お前達だけでは、ない』
「……なに?」
続けざまの情報に、翻弄されてしまった。
対象はオレ達だけじゃない? 無垢なる者の犠牲で始まる、戦争……。曖昧な情報が導き出す答え。目まぐるしく頭を回転させていると、
「わけわからんこと、偉そうにほざきおって……。
結局、何も教えてくれへんのか?」
呆れながら/苛立たしげにも、キバオウが突っ込んできた。まるで尋問官さながらの無関心/冷徹さで、お前の病気に付き合っている暇は無いと、さっさと吐けと、さもなければ……。
危険な暴力の空気を嗅ぎ取って、ではないだろう。
『……すぐに、わかることだ。
お前達が、お前達の務めに、潰されぬことを、祈ってる』
そう答えを返すと再び、沈黙の中へと閉じこもっていった……。それ以上は必要ないだろうと、全くもって不明瞭な情報しか喋っていないのにも、かかわらず。
◆ ◆ ◆
―――先に戻りや。わいは、コイツを縛り上げてから行くさかい
―――わかりました。くれぐれも、気をつけてください。
監獄から地上へ、アリスに連れられ元きた道を戻っていった。互いに無言ながらも、先ほどのリーク情報を反芻しながら……
そして、転移ポータルの前へとたどり着いた。
まだ半ば推理の中、流れのままくぐろうとした―――寸前、止められた。
「ところで、そろそろ返してくれませんか?」
急な返却要請。いつも通り事務的な顔色だが、若干ながら呆れられているようにも感じる。
「…………何のことだ?」
「ここの牢屋にぶち込まれたいんですか?」
さっさと返しなさい……。手まで差し出されての問い詰め。心ここにあらずだったので戸惑わされるも―――返す/ここで/片手で持てる何かを/彼女に、オレが盗んだもの……!?
つながった。ようやく、思い出した。
肩をすくめると/観念して、ガメていた特殊スプレーを渡した。
「どうせ、そいつの製法は公開してくれるんだろ、近いうちにさ? だったら、今くれてもいいんじゃない?」
「……まだ試作段階です。それに、公開するかどうかは、私たちが決めることです」
「きっとそうしてくれるんだろ? みんなが喜ぶことだし」
【次元蝶の鱗粉】を使わずに/染みこませた何かの液体を噴霧させることで、閉じていた転移ポータルを再展開できるアイテム。【鱗粉】ならば一回限りで消費してしまうところ、何回か使用できる、充填させた液体が尽きるまで。……実に魅力的なアイテムだ。【連合】産としては、久方ぶりのヒット製品なんじゃないかと思う。
なので、最大公約数的な感情論でオネダリするも、
「あなたのような図々しい人がいなければ、喜んでそうするでしょうね」
「おいおい、オレほど謙虚な奴はいないと思うけど?」
混ぜっかえすと、鼻で笑われた。……残念ながら、魔法のスプレーはお預けだ。
「先に戻ってください。私は、先ほどのことを隊長達に知らせてから、戻ります」
「……わかった」
これみよがしにため息混じり/肩を落としてみせるも、気を取り直して、
「それじゃ、また会議で」
互いにスッパリ、ザザとの面会でまとい付いた淀みを払い落とした。
そして/しかし、オレがポータルをくぐり抜けようとした―――寸前、アラートがが鳴りたてきた。思わず眉をひそめる。
メニューで設定した最も緊急性の高い警告、【緊急メッセージ】の通知だ。
目の端では、アリスも眉をひそめていた。オレとほぼ同時に、何かを受け取ったらしい。
「……誰からだよ、いきなり……て―――ッ!?」
確認するも、その内容に目を奪われた。
信じられない。まさか、まさかこんな―――
「―――あ、アスナさんが……攫われた!?」
アリスの口から同じ、信じがたい内容が、こぼれた。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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