偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/ウルムチ 旅の仲間・恋人

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 エイジたちと別れ、使い魔にした猿兵に案内させた先……驚かされた。 

 

 【ウルムチ】の街を抜けた小高い丘、そこから見えたのは……かつて見た光景とは違う。地平線まで枯れ果てた、一面黄土色の砂礫の荒野ではなかった。

 緑豊か花とりどり、澄んだ小川が縦横に流れせせらぎを奏でている。見える家々も各々、一本の大樹を囲いながらも成育を損なわない様な不思議な設計。森と街とが見事に融合している、奇跡の街並みだった。

 

 樹楽街【サイパン】___。メニューに表示された名前すら、違っていた。

 かつてココは、圏外フィールドの一つでしかなかった。モンスターや野盗たちが跋扈する、渇ききった見放された荒野。とても、目の前のような、自然豊かな光景とは重ならない。まして、街並みまで整えられているような場所ではなかった。

 加えて、転移門がある主街区【ウルムチ】よりも、繁栄していた。一方ウルムチは、人気も薄れて、かつてより寂れたような印象があった。主街区が一番の街ではないのは、無いことはないが数は少ない、そもそもこのフロアでは一番の街だった。……今は、こちらが一番だと言わざるを得ない。

 

 どうして、こんな異常事態が起きてるのか……。説明不能な現実に、言葉を失う。茫然と、ありえない光景に目を奪われてしまった。

 もしもコレが、こんな緊急事態でなければ、次に沸き起こってくるワクワクに従って探索に励むだけだろう。一人だから尚のこと止まらない。……しかし今は、そうは言ってられない。

 冒険心をグッと堪えると、新しい使い魔に尋ねた。

 

「……ここに、オレたちの仲間がいるんだな?」

 

 再度確認すると、猿兵は、こくこくと頷いた。

 

 猿兵は、使い魔にした途端、喋れなくなってしまった。

 口から出てくるのは猿の鳴き声だけ。人間らしい振る舞いもなくなり、自分が着ている鎧や服すら不思議がり、邪魔そうにしている、持っていた武器は捨ててしまう始末。まさにモンスターの有様、原型だろう【シーフズエイプ】そのものだった。まるで突然、自分の本来の姿を思い出したかのように。

 どうしてこうなった? ……理由は色々と考察できるも、今は必要ない。会話はできなくなったが、こちらの意図の大筋は伝わっているらしい、それで十分だ。

 

 もう一度街を一望する。鍛えた感覚と【索敵】【鑑定】を最大限に拡張し、集められるだけの情報を集める。

 同時にストレージから、かつてのここの地図を取り出し、現在と見比べた。

 外観はかなり変わったものの、地形の骨格部分や面積などは変わっていないはず。攻めやすいルートも似ているはず。ゆえに、有効な攻略もみえてくる/最短ルートを導き出せる。

 だけど―――

 

(―――ダメだな、こりゃ。わからん)

 

 全くアテにならなかった……。

 当然といえば当然だ。かつてと今が違いすぎれば、未踏区と同じ。むしろ、先入観を持たず、対応することに全フリしたほうが事故は少なくなるはず。

 

(かと言って、正面突破はなぁ……。一人じゃ厳しすぎる)

 

 仕掛け人がジョニーなら、ソレも一つの手だが……驚かすだけでおわるだろう。地形やら物量やらで攻められ包囲されたら、逃げることすらできず終わる。……コレがソロプレイの限界、正攻法では勝ち目がない。

 なので順当に/救出作戦らしく、スニーキングミッションになるが……どう攻めればいいか悩む。

 感知した範囲には、要塞めいた厳重警備があるわけではない。が、巡回している警備兵らしき存在と、何より賑やかな住民達の目が警戒網となっている。おそらくは、この猿兵と同じ容姿の住民だろう、オレでは目立ち過ぎる。……残念ながら今は、変装のためのアイテムを持ち合わせていない。

 加えて何より、手探りする時間もない。アスナたちの無事を思えば、ここで立ち往生しているわけにもいかない。強引に突き進むしかない。……八方塞がりだ。

 

 どうしたものかな……。

 考えあぐねていると、呼び出し音。目の前にウインドウが立ち上がた。

 他プレイヤーからの通信___。番号は非通知。メニューを通した通常の通信ならば、相手の名前は表示される、そもそもフレンドとしか通信できない。通話用の特殊アイテムを使ったのだろう。

 

 誰からか警戒する。オレに通話/このタイミングで―――疑問はすぐに、解消した。

 コマンドを押すと、耳にイヤフォンをつけられたような圧迫感、通話開始。……小指と親指を立てて口と耳に当てれば、小声でも集音してくれて秘匿性は高まるが、ここにいるのは使い魔だけ。そこまで気を使う必要なはないだろう。

 相手からの挨拶も抜きにして、

 

「―――連絡くると思ってたよ、【コウイチ】」

 

 いきなり通信相手の名前を呼んだ。

 今オレに、この見計らったかのようなタイミングで通話をしてくる相手は、奴以外にはいないだろう。

 

『私もだよ、キリト。……連絡できるのは、もう少し後だと思っていた』

 

 通信相手/コウイチもまた、驚くことなくつなげてきた。……やっぱり奴だったか。

 

「ちょっとトラぶってね。予想していたより早く別れられた」

『蜻蛉君が、攫われたようだね』

 

 暗にカマをかけてみると、やっぱりだった。……こちらの状況はもう、把握しているらしい。

 いや……違うか。オレの性格/二人で作り出した『ビーター』の行動原理から、推察したのかもしれない。……どちらにしろ、現状説明は省ける。

 

「できれば、アンタと合流したいんだが……。今どこにいる?」

 

 もう到着して、喉元まで迫っているはず……。オレも奴の性格から推察して/期待も込めて、合流ポイントの相談をしようとした。

 しかし……帰ってきたのは、沈黙だった。

 その返答に驚く/虚をつかれた。……まさか、外した?

 自問すると、浮かんでくる答えに眉をひそめた。

 

「……おいおい、嘘だろ? 

 実の妹が危険なんだぞ。契約だの筋だのなんだのなんて、全部うっちゃらかせよ」

 

 アスナが攫われたのに/知っているはずなのに……。奴は、助け出そうと動いてない。

 それでも沈黙。……ソレが、答えのようなものかもしれない。

 しかし、信じたくないので、沸いてくるモノは抑えながら続けた。

 

「今回の『狩り』で、奴らは力を失う。ラフコフは大打撃を受ける。

 もう縛りは無いはずだろ? 『孤児院』に手を出してる余裕なんてないはず。ここで一気に殲滅すべきだ」

『だからこそ、私は動けない。……まだ首魁の『彼』が残っている』

 

 『彼』が何をするのかわからない……。それは、確かにそうだ。指摘されてはじめて、その危険に思い至れた。

 しかし/だからと言ってだ、納得しきれない。実の妹の危険を前に、大局を優先するのは認め難い。人として、あってはならないことだと思う。

 でも……オレは、そうしなければならない。

 自分勝手でありながら、最大効率で突っ走る/合理を貫く。ソレが『ビーター』だから、理屈で感情を抑え込む。……オレ以上にそうしているだろうコウイチが、オレの心の平衡をギリギリ保たせてくれる。

 

「それじゃ……今のアンタにできるのは何だ?」

『情報提供だ。10時の方向を見ろ―――』

 

 言われてすぐに見てみると、おかしなことにも気づき苦笑した。……そこまで、筒抜けになってるなんて。

 いったいどうやって情報を抜き取ってるのか、ぜひとも知りたいが……今は目の前のことに集中。指摘された方向に、目を凝らす。

 

『そこにある竹林の山道を抜けた先に、入口がある。そこの住民たちは知らない、秘密の地下の監獄へのね。アスナ達はそこで囚われているはずだ』

「……どうやって、そこまで知ったんだ? どうしてそこまで知りながら―――」

 

 アンタ自身で、助け出そうとしない―――。最後まで言わず、喉元でとめた。

 今は情報が先、非難は全てが終わってからだ。だと言うのに、我が事ながら苦笑してしまう。……どうにも、奴の前では愚痴がこぼれやすい。

 

『レッド達の動きを監視してくれてる人達からの情報だよ。あと、協力者からもね』

「!? ……潜入させてた、てことか?」

 

 あるいは、取り込んだのか……。呆れてしまう。相変わらず、なんて手腕だ。

 オレにもいちおう、使っているスパイはいるが、そこまで深くは探らせられていない。オレ一人で監視できる範囲、奴ら自身の安全保障を考えると、探れる内容は限られてくる。……ジョニーの懐までには、潜らせられなかった。

 

「……どうやって、奴らの懐まで潜入させたんだ?」

『ラフフとて一枚岩じゃない。真に殺しと盗みが好きな者はわずかだよ。足抜けしたい人間だっているのさ』

「こっちには、攻略組にはそんな話、されたことなかったぞ」

『止むにやまれぬ事情があって、奴らの一員になった。あるいは、いつの間にかそうなってしまった……では、君らは納得しないだろ? 罪滅しとして、前線で使い潰されるのも怖かったんだろう』

 

 ……確かに、十中八九そうなるだろう。

 事情はどうあれ、レッドの一員になった。ソレだけで『弱さ』だと断罪するのが、攻略組なのだから。償いは滅私奉公だけ。最前線のさらに前は、自滅必須の特攻以外にない。……体裁がいいだけ、処刑と同じだ。

 

「その協力者の名前と顔、教えてくれるか? 間違って切りたくない」

『今送った―――』

 

 言われてすぐ、メールの受信通知がきた。

 

 開いて確認してみると―――わかった。

 少し驚かされるも、すぐに納得できた。彼女なら、これまでの全てにつじつまが合う。……嫌な事実だけど。

 

「……孤児院の有力援助者の一人、てのは聞いていたが、まさかそういうわけだったのか?」

『協力者になったのは、その後のことだったよ。何度目か、院に立ち寄った際に、【マリエ】さんに自白した』

 

 そこから徐々に、協力者になった……。最後はぼかされたが、聞きたいことは聞けた。

 善人の面を保つため……と言ってしまえば、あまりにも穿ちすぎる。協力者になったということは、己のしてきたこととの釣り合いを取りたかったから、だろう。攻略組の厳しい空気、何より罪悪感とのせめぎあいの中で生き続けるには、息が続かなかった。……できれば、断罪などしたくない、立会いたくも。

 

『……警戒は、十分にしてくれ』

「わかってるよ」

『もう、君も実感しているように、ソコはかつてのそのフロアとは別物だ。似ているようで違う。油断すれば、足元をすくわれる』

「おいおい、誰に向かって言ってるんだ? 

 こちとら、ほぼ毎日最前線で戦ってるんだぞ。油断なんてするわけないし。そもそもココは、前線より格下なんだか……ら――― ッ!?」

 

 緊張で一気にこわばる。……言ったそばから、警戒網に何かが引っかかった。

 場所は背後の草むら、身を潜めてこちらを見ている。体格は……オレと同じぐらいだろうか。武装もおなじほどの身軽さ。

 

 気づいたことを悟らせないよう、強張りを解いていった。……背後から見ている以上、通話してる内容まではわからないはずだ。

 

「…………悪い、もう切るぞ」

『ああ、君の無事を祈ってる』

 

 コウイチも察してくれたのか、返答短く。

 アスナのこと、頼んだよ―――。最後にそう、聞こえたような気がした。……たぶん、オレの勝手な妄想だろう。

 

 

 

 

 

 コウイチとの通信を切り、メニューを閉じると……ひと呼吸。

 全身の力を抜くと、自然と片手をレッグポーチに重ね、中の投擲用ピックを一つ、指に引っ掛けた。

 

 そして、振り帰りざま、一気に―――投擲した。

 狙いは、隠れている草むら。ピックは一直線に飛んでいき―――入った。

 

「ウキッ!?」

「―――ひゃぁッ!?」

 

 突然の行動に驚いた使い魔に続き、小さな悲鳴が聞こえてきた。……男にしては少し高い声音。

 同時に、【隠蔽】も剥がされたのだろう。目視でも姿がはっきりと見える、腰を抜かして慌ててる様子が。……残念ながら、ピックは命中しなかったみたいだ。

 

 視認と同時に、踏み込む/跳んだ。跳びながら背中の愛剣を抜き出す。

 そして、草むらに入る寸前に、振り下ろした。

 追跡者の脳天を斬り下ろす、寸前―――ガキンッ、止まった/止められた。

 

 直後、遅れた剣風が草むらを吹き飛ばした。隠れ蓑が消え、追跡者の姿が露わになる。

 

 そこにいたのは、恐怖と驚きを戦意で押し殺した、女性の姿。救出隊に参加した/レッド達の誘拐から唯一助かったKobのメンバーの一人、オドオドと弱気で目立たなそうにしていた少女だった。

 そんな彼女が/恐慌からすぐに覚め、オレの奇襲の一閃をギリギリ、目と鼻の先で止めていた。腰元から抜いたであろう、特殊な形の短刀で、その峰の部分の鋸歯に絡めさせながらしっかりと固定していた。

 

 ソードブレイカー___。

 武器を絡めとり、あわよくば破壊するための武器、攻撃力よりも頑丈さに重きを置いた、盾としての武器でもある。

 彼女が今使っているのも、その一種だ。形状はまだ短刀を保っているので、武器破壊は難しい、つばぜり合いからの切り返しを防ぐだけだだろう。

 ゆえに、次の一手の推測。彼女が行うだろう反撃が、読み取れた。

 

 なんとか受けきったオレの振り下ろし、唯一のその武器は絡め取った。

 ゆえに―――捻った。受け止めながら横に回転。ぶつけた愛剣を通して、オレの体勢を崩そうとした。

 しかし寸前、オレは愛剣から手を離していた。捻らるがままに、愛剣はその場で回転させられる。―――驚愕と目を丸くしたのが見えた。

 

 同時に、オレ自身もその場で回転、ただし片足を軸に。彼女の捻りを利用しての半回転。

 その遠心力を、最大円周の片手に乗せて―――ぶつけた。

 呆然としていた彼女の頬に、裏拳を叩き込んだ。

 

 ガくんと、意識が体から外れるのを感じた―――その瞬間、地面に叩き飛ばされていた自分に追いついた。

 しばらく地面に擦られた彼女はそのまま、止まった後……昏倒した。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「―――何のようだ? なぜオレをつけた?」

 

 両手を拘束/縛り上げ、刃も喉元に突きつけたまま、静かに詰問した。

 

 目覚めたばかりの彼女は、現状についてこれてない様にアワアワと、答えられずに固まったままでいた。……この期に及んで。

 

「エイジたちの指示か? 『裏切り者』のオレを、消しに来たとでも?」

 

 凄味に殺気を混じらせると……ビクンっ、彼女は弾かれたようにブンブン、顔をふった。

 

「ち、違います!? 違いますッ!

 隊長達は関係ないです。これは私の独断で、キリトさんを追いかけてきただけなんです!?」

「そいつは、ここで潜伏してた理由にはならないな」

「そ、それは、その……。

 ……どう、声をかければいいのか、わからなくて。キリトさんも、誰かとお話してたみたいですので、そのぉ……」

 

 話しかけるタイミングを見計らってた……。肩透かしさせる、もっともな誤解だ。今の彼女のおどつきを加えれば、完璧だ。

 しかし、警戒は緩めず。さらに刃を首筋に近づけながら、酷薄そうな笑みを浮かべると―――

 

「―――【フィリア】。アンタのことはもう、調べがついている。

 嫉妬ていうは、自分じゃどうしようもないよな。相手があのアスナなら、尚更だ」

 

 ギクリ―――。彼女の/フィリアの顔が強ばった。

 それでもギリギリ、表面に出てくるまでは押さえ込んで見せたが、その目は隠しきれなかった。先の攻防でみせた、鋭くも冷たい殺意が露わに、オレに向けられている。……予想通り、最悪だった。

 

「…………何を、言ってるんですか?」

「なぁに、くだらない事さ―――」

 

 一言、そう吐き捨てると―――ブンッ、一閃した。

 振り抜いた剣は、彼女の肩を浅く切り裂いた。そして……パラり、手甲と服が斬り落ち、肌が露わになる。

 装甲の継ぎ目だけを狙って損傷を与える、手の込んだ準ハラスメント行為。だが、もちろん別の目的。その白い肌に刻まれているモノを、白日に晒すため―――

 

 ―――棺桶の上で笑う骸骨/【ラフィンコフィン】のギルドマークを、露にするためだ。

 

 

 

 ソレが理由だ―――。

 暗に告げるとフィリアは、すぐにソレを手で覆い隠した。そして、殺意から一転、怯えたようにオレから顔を逸らし……俯いた。

 まるでソレを、恥じ入っているかのように。強く、引きちぎらんばかりに握り締めながら、腹の奥底の何かに耐え続けていた。

 

 胸の内で、大きくため息をついた。……何で最悪なことは、すぐに実現してしまうんだろう。そんなに悪いことしたのかな?

 どこかで眺めてるだろう神様に悪態をつきながら、受け入れる。仕方がない/もう慣れた、すべきことをするまでだ。

 ゆえに今度は……フッと、小さく嘲笑を向けた。

 

「仲間の前じゃ、哀れな被害者ぶっていたがな、そいつが証拠だよ。

 アンタは悪魔に魂を売った。たった一人の男のため、下らない嫉妬のため、信頼してくれていた仲間を売った―――」

「ち、違う!? そんなつもりじゃなかったのッ! こんなことになるなんて―――」

「それじゃ、どうなると思ってたんだ?」

 

 弁明を切り捨て、断罪した。……オレにそんな権利はないだろうが、ここにはオレしかいない。あまりにも、間が悪いことに。

 フィリアはまた、何かを言い募ろうとしたが……言えず/飲み込んだ。奥歯をギリリと噛み締めている、自制の効いた強い女性。ただ、ワナワナと震え青ざめながら、今にも泣き出しそうにもなっていた、偽装通りのか弱い少女。

 二つの相反する顔、どちらが本当の彼女なのか……。どちらも、彼女/フィリアなのだろう。

 

 そんな彼女の様子に、同情しそうになったが……息を整えた。引き締め直すと、

 

「―――もう一度だけ聞くぞ。なぜ、オレの後をつけてきた?」

 

 今一度、鋒を差し向けた。今度は間違いなく、その心臓を刺す覚悟で、冷たく静かに……。コレが、今のオレとお前との関係だ、と。

 ゴクリと、息が飲まれた。

 十二分に伝わってくれたのだろう。目を泳がせながら/逡巡しながらも、絞り出した。

 

「…………あなたに、ついて行ったほうが、助けられる可能性が高いと思ったから。あの人を」

 

 迷いながら/囁きにも似た小ささながらも、強く/確かに、オレを見返しながら答えた。

 他の仲間はどうでもいいのかよ……。彼女の身勝手ぶりを非難しようとしたが、やめた。それはオレの知ったことではないし、おそらく、帰ってくるだろう答え/本心にウンザリするだけだろう。……オレは、カウンセラーでも神父でもない。

 ただ、だからこそ信じられた。……彼女には、オレについてくるだけの理由があった、頭ではなく心に響く理由。

 しかし/だからこそ、言わなければならない。……オレは、正義の味方でも青色の騎士でもない。

 

「……もう殺されてると思うぞ。奴らなら、ジョニーならそうするだろうな、()()()()()()()さ」

 

 皮肉など込めず淡々と、告げた。……たぶん、最も酷い言い方。

 証拠はないがおそらく、高い確率で起こる事実/未来だ。オレが奴ならきっと、そうしてあげることだろう、彼女と交わした契約を遵守するために。

 

 絶句―――。

 ソレは彼女もまた、恐れ続けてきたことゆえ、だったのだろう。血の気が一気に失せていた。

 そしてガクリ……と、その場にヘタリ混んでしまった。ワナワナと、地面に俯く。その瞳からハラハラと、涙がこぼれ出てきていた。

 

 絶望しきってしまったその様子に、剣は下ろした。……もう必要ないだろう。

 何度か見かけたことがある、心折れたプレイヤーの有様だ。彼女はもはや、味方でも敵でもない。ただ、そこにいるだけだ、悲しげな音色を響かせるオルゴールと同じ。

 

 

 

 背を向け、そのまま立ち去ろうとした。

 もう彼女には用がない。ここまで心折った以上、追いかけてくることもないだろう。事が終わるまでただ、ここで嘆いていればいいだけだ。他に誰もいないココなら、誰の迷惑にもならない。そもそも、オレの邪魔にならなければソレでいい―――

 余分は切り捨て、目的に切り替えた。今必要なのはソレだけ、コレが正しい行い……だが、大きくため息をついていた。

 

(……我ながら、まだまだ甘いな)

 

 いつになっても煮えきれない。ここまで来てしまった/追い払ったのに、まだ求めてる。

 

 胸の内で苦笑すると、もう一度振り返った。

 

「―――まだ、そうと決まったわけじゃない。オレがそう考えているだけだ。

 それでもいいなら、自分の目で確認するといいさ」

 

 付いてきたいなら、止めはしない……。慰めにはならないが、選択肢が/行動できるだけましだろう。

 声をかけたことで、顔を上げてくれたフィリアに、続けて、

 

「ジョニーの奴も、ギリギリまで待つのかもしれない。アンタの目の前で()()()()()()()楽しみが、残っているからな」

 

 彼を過去形にしてしまうのは、まだ、いつでもできることだから……。嘘にはならないギリギリの推察。今の彼女に必要な『希望』だろう。

 その予想通りパッと、顔を上げた。瞳にも光が灯る。

 乱暴に涙を拭い取ると、

 

「……はい。それでも……お願いします」

 

 その返事を、無表情に受け止めると……一閃、手の拘束を切り捨てた。

 拘束していた手縄が、外れた。

 

 そして、手放してしまっていた彼女の武器/短刀型ソードブレイカーをボトリ、足元に落とした。

 解放するだけでなく、武器まで渡す。その行為に目を丸くされるも、オレの意図は伝わったのだろう。

 ソレを拾い上げようとした―――寸前、ぼそりと、

 

「―――きっとアンタは、今日どこぞかの場所で、野垂れ死ぬだろうな。ここが、そうならないための最後の分かれ道だと思う」

 

 ささやいた死の宣告に、武器に触れたその手がぴくり……怯んだ。

 最悪な未来予測、おそらくは決定事項。彼女が彼女である限り、ここから先は奈落の底だ。……人によっては、天国に見えるかもしれないが。

 わざとタイミングを合わせて吹き込んだのは、結局同じだったから。オレは攻略組の権化で、彼女に指し示せれるのは一つだけしかない。―――体裁は良いだけの、死刑だけだったから。

 

 言わず含ませもせず、無機質に冷たく。

 しかし―――しかと、そんなオレを見返してくると、

 

「……今の私は、どちらでもないわ。生きてるわけでも、死んでるわけでもない、目をつぶり続けてきただけの愚か者。そんなもの……NPC達と、なにも変わらないから」

 

 そう言い返すとすぐに、「……いいえ、モンスターだったわね」と自嘲をもらした。

 その返事に/後ろ向きながらもの覚悟には、オレの方が言葉を失った。……なんとも、重たいものを背負わせてくる。

 

 だからオレは、一人が良かったんだ―――。

 すぐに背を向けると、舌打ちをひとつ、ツカツカと先をいった。……吐き捨てようとした何かに、追いつかれないように。

 そんなオレの後を彼女は、静かに従っていく。

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

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