ソードアート・オンライン Escape from Real   作:日昇 光

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どうも、日昇です!今回はサブタイトルのパターンを変化球気味にしてみました。なぜなら!

今回は丸っきり、あの人sideだからです!少し短めですが、万を辞して彼女が登場します。

それでは、どうぞ。



第9話 彼女の物語の、少し遅れたプロローグ。

私がこの異常な世界に閉じ込められてから、四ヶ月ほど経過した。生まれてこの方ビデオゲームなどというものに興じた事はほとんど無かったが、よりによって珍しく手をつけたこのゲームが私の命を左右するとは思いもしなかった。

 

きっかけは些細な事だった。生徒会選挙の依頼が解決して少ししたある日、学校から帰宅すると、大きめの宅配物が一つ。姉からだった。また何か下らないものでも送ってきたのかと呆れながら箱を開けると、そこには世間で話題になっているゲームソフト及びゲームハード、そしてそれらを稼働させる環境を整えられるだけの機械がびっしりと入っていた。悪ふざけにしてはかなりの出費だと思い、いつに無く姉の行動が読めなかったが、添えられていた手紙がそのヒントを記していた。確かこんな感じだったか──

 

 

 

 

 

 

拝啓 雪乃ちゃん

 

やっほー、お姉ちゃんですよ~。突然こんなの送られてきてびっくりしたでしょ!手に入れるの苦労したんだよ~。さすがの雪乃ちゃんも聞いたことあると思うけど、なんと!この「ナーヴギア」を使えば仮想世界に入り込むことが出来るの!現代の技術ってすごいよねぇ。

 

それで、今絶賛現実逃避中の雪乃ちゃんにピッタリかな?って思って、お姉ちゃんから早めのクリスマスプレゼントです!やり過ぎだけは注意だよ?

 

愛しのお姉ちゃんより♡

 

 

 

 

 

 

 

初めてこれを見た時の感想は、「"敬具"がない」だった。我ながら何を考えていたのか、今でもよく分からない。しかしその後に一応文面に目を通すと、随分と知ったような口ぶりでこう書かれていた。

 

「絶賛現実逃避中」と。

 

誰が、と腹立たしく思い、そのまま手紙を破り捨てた。当然このまま姉の言いなりになって仮想世界に飛び込もうとなど考えもしなかった。

 

翌日も何事もなく学校が終わり、放課後にいつもの教室へと向かう。その足取りは、数ヶ月前に比べて重かった。いつからだっただろうか。あの部屋に行く事が一日のうちで一番の楽しみになったのは。そしていつからだっただろうか。あの部屋に向かうのに、あれほどにも気持ちが乗らなくなったのは。

 

視線をやや下に向けて歩いていると、いつの間にか奉仕部の部室に辿り着いていた。私の通っていた高校の特別棟の隅にあった空き教室。私の居場所。

 

そこには既に彼女が、由比ヶ浜さんがいた。私の、たった一人の友人。いつものように謎めいた挨拶をしてきたので、私もいつものように軽く返した。たぶん、その当時もこんな面倒な事を考えながら口を開いていただろう。周りがいつものように振る舞うならば、それに合わせよう。彼女が、そして彼が、それで満足するなら、と。全く、私らしくない。

 

取って付けたような会話が不自然になされ、ただ時間が過ぎていった。あの頃はもう、彼は初めに少し顔を出す程度で、紅茶を飲んだらすぐに帰宅していた。いや、帰宅ではなかったか。それを知ったのはこの世界に囚われるほんの数日前だった。一色さんが持ち込んできた厄介事に、彼は一人で手を貸していたのだ。おおかた、彼女を無理矢理に生徒会長にしてしまった事に引け目を感じていたからなのだろうが、それでもなぜ、彼は奉仕部としてはあの依頼を断ったのだろうか。私たちに嘘をついてまで、彼はあの依頼を一人で受けた。その事実に、私は確かな寂しさを覚えていたと、そう思う。

 

思い返せば、かなりの間、私たちは大きな亀裂を作っていた。修学旅行で起きたあの出来事から、この世界に来るまでずっと。

 

私は彼に言った。あなたのやり方は嫌いだ、と。彼が自ら嫌われるような手段をとる事がどうしても気に入らなかったのだ。もっと言えば、自分が傷つく事が自分一人の問題だと信じて疑わないでいたであろう事が、という方が適切かもしれない。いつも独りだ、などと言っていたが、もうそうではなくなってしまった事に、なぜ気づかないのか。それとも、彼の中に私たちはいないのだろうか。どちらにしろ、私に彼の気持ちは分からない。分かるはずがないのだ。私たちの気持ちを彼が分からないのと同じで。

 

そういえば、いつからか私は毎晩眠る前に無意識に涙が出るようになった。最初は目が乾燥しているのかと思ったが、どうやら違った。また私らしくないと思うが、おそらく、悲しかったのだ。寂しかったのだ。手に入れたものが離れていくのが。正論を正論として受け入れる事ができる強い女の子と、私と同じで馴れ合いを嫌う男の子。この人なら気を許してもいいと、そう思える人に出会えたのはとても久しぶりで、いつの間にか二人を自分の心の中の特別な場所に居座らせていた事に嬉しさを感じた事もあった。それが失われてしまう事がひどく怖くて、私はついに仮面に手を出した。もうおしまい、そう心のどこかで思っていても、まだ繋ぎとめる事ができるなら。いつの間にか弱くなってそう願った私は、自分の信念を、彼との唯一の共通観念を捨てた。同時に、私に憧れを抱いた彼女を、裏切った。

 

今思えば、なぜ私は「向き合う」という選択肢を選ばなかったのだろうか。いや、そんな選択肢など、初めから自分で用意していなかったのだ。一歩間違えれば絶望しか残らないかもしれない道は、無意識に除去していた。

 

これが、現実から逃げる、という事か。

 

そう気づいてしまった時、私はただ悔しかった。また姉の言う通りだ。また私は何も分かっていなかった。泣きたかった。大声を出して、みっともなく泣きたかった。そうすれば、自分の中に溜まっている色々なものを全部吐き出して、楽になれると思った。しかし誰が許さなかったのか、私は涙を流すのがやっとで、その日は夕食も食べずに寝てしまった。

 

そして翌日、私は携帯電話の着信音で目が覚めた。姉からのメールで、その日が例のゲームのサービス開始日だというご丁寧な通知だった。

 

このままでは、近いうちに私が彼らに何を口走るか分からない。理不尽で身勝手な私の我が儘を押し付けてしまうかもしれない。ならせめて、偽物に全部受け止めてもらおう。無力な私自身への怒りを、思いっきりぶつてしまおう。これは姉に負けたのではなく自分の意思だと、誰が聞いたわけでもないのに理由をこじつけ、私は《ナーヴギア》を手にした。

 

 

 

 

 

 

 

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デスゲーム開始当時の私の精神が既にボロボロだったのは言うまでもない。帰れない。もう話をすることもできない。もう、死んでしまおうか。ここで死んでも、誰も私を咎める者はいない。そう考える事は容易かった。しかし、身体が動かなかった。すがる物はもう何も無いが、それでも死にたくないと、静かに本能が泣き叫んでいるようだった。死ぬ事すらできない私は、本当に無力だった。

 

あれから四ヶ月。私は当てもなくこの世界をさまよっている。《はじまりの街》から出たのは、既に勇敢なのか無謀なのか、クリアを目指そうと奮闘する人々が第六層を突破したかしてないかくらいの時だった。既に攻略済みの層に出向いては適当に狩りをし、適当に稼いで適当に過ごす。いつまでも無力さを嘆いていてはいけないと思う事が幸運にもできたためこんな事をしているが、それでも最前線まで行こうという気にはなれなかった。本気でこの世界から出ようと努力している人々を、見たくなかったから。見てしまうと、自分が逃げるのをやめたフリをしている事に改めて気づかされてしまうと思ったから。

 

今私がいるのは第八層。突破済みの層で攻略組の真似事をするプレイヤーたちはどうやら《準攻略組》と呼ばれているらしく、ここはそういったプレイヤーが多くいる。私もそのくくりにされてしまっているのだろう。 だが、私は彼らと共に行動したことは一度もない。いや、一度だけあったが、その際にどれだけ能天気なのか初めてパーティーを組んだ男に求婚された。昔の私なら相手が泣くまであらん限りの文句を言ったところだが、残念ながらそんな気力は残っておらず、その場は適当にかわし、二度とパーティーを組まないようになった。たまにいる女性プレイヤーとは顔を合わせたら話をしたりもするが、できるだけ人目につきたくないため、メインの行動時刻も夜中にした。

 

今は昼だ。これが今の私の起床時間。規則的といえば規則的だが、完全に昼夜逆転の生活だ。食事の用意をしようとすると、不意に部屋のドアがノックされた。今まで宿屋のNPCですら私の部屋に近づく事は無かったのに、誰だろうか。男だったら即座に閉めよう、と思い、私は静かに部屋のドアを開ける。

 

そこにいたのは、私の知らない小柄な女性だった。私が顔を出すと、微かに驚いたような表情を見せる。

 

「…あの、どちら様でしょうか」

 

「ああ、突然すまないネ。オレっちは情報屋のアルゴ。とある依頼で人を探してるんだケド、協力して貰えないかナ?」

 

聞き覚えのある名前だ。確か、情報屋の中でもかなり評判の良い人物だと聞く。

 

「それは構いませんが…私は他のプレイヤーとの交流がほとんどないので、お力になれるかどうかは…」

 

「目撃証言とか、ちょっとの事でもいいんダ。少々急ぎの依頼でネ。少しでも多くの情報が欲しいんダ」

 

「はあ」

 

「…というカ、お姉さん次第ではオレっちの仕事も片付きそうなんだけどナ」

 

私次第?どういう意味だろうか。

 

「おっと、そうダ。質問の前に、お姉さんの名前を教えてくれないカ?」

 

「…ユキノ…です」

 

危うく「雪ノ下雪乃」と言いそうになった。苗字と名前がほぼ変わらない事が役立ったのは初めてかもしれない。以前知り合った鍛冶屋の少女に名を名乗った時に、「リアルネームは厳禁」と聞いておけたのはとても助かった。

 

「…ビンゴ。思ったより早く見つかったナ」

 

「え?」

 

「オレっちが探していた人ってのは、お姉さんの事なんだヨ、ユキちゃん」

 

「私を?…というか、何ですかユキちゃんって」

 

「イイじゃないカ。そんな事より、オレっちの話を聞いてくレ」

 

「……どうぞ」

 

呼び名に関しては納得がいかないが、それよりもこの人の目的の方が気になる。ひとまず私は彼女を部屋に入れ、宿の売店で購入した紅茶を用意する。

 

「それで、誰なんですか私を探すことを依頼してきた人は。男性なら、内容次第では即刻お帰り願いたいのですが」

 

「ん、確かに男性だヨ。プレイヤー名は"オクト"。攻略組の片手剣使いダ。」

 

「…随分と詳らかに喋りますね。そういうのって、こちらから情報料を支払って聞くものでは?」

 

「普通はナ。でも今回は、ここまでユキちゃんに伝える事も依頼に含まれていてネ」

 

"オクト"という名前に聞き覚えはない。それもそうだろう。私が積極的に避けている攻略組の一員だ。知るはずがない。

 

「その人の目的は?」

 

「ユキちゃんと話がしたいそうダ」

 

「丁重にお断りしますと伝えてください」

 

冗談じゃない。見た事も無い男性からいきなり「話しがしたい」などと言われて、はいそうですかと受諾するとでも思ったのか。攻略組にも随分とふざけた人間がいるものだ。

 

「まあ待てっテ。そんな事言われたらあの腐れ目が完全に失明するゾ」

 

「そんなの…」

 

そんなの知った事じゃない、と言おうとしたが、遅れて彼女の言葉に反応する。腐れ目…?"オクト"──確か、ギリシャ語で「八」を表す言葉──

 

「……ッ!」

 

俯いたまま目を見開いた。まさか…彼が…?

 

「…その人、猫背ですか…?」

 

「そうだナ、歳の割に曲がった背中だったヨ。あと他に外見的な特徴って言ったラ、見事なアホ毛が生えてることくらいかナ」

 

一致した。私の知っている、いや、私の記憶にある彼と、"オクト"という人物は、共通点が多すぎる。これは──

 

 

──同一人物と考えるのが、妥当だろう。

 

 

「…どうすル?」

 

「……」

 

どうすればいいのだろう。私の中に、様々な感情が沸き起こってきた。失ったものを取り戻すチャンスが残っているかもしれない事への喜び。彼までこの世界に来てしまったという悲しみ。そして、彼はこの世界でも自分より先にいるという事への、悔しさと絶望とが入り混じったような気持ち。

 

「…もし断ったら、どうするんですか…?」

 

「居場所とか行き先とかを調べて教えろ、と言われたナ」

 

つまり、逃げても無駄、という事か。私に言えた義理ではないが、この世界に来る前、彼もまた逃げていたのだと思う。それでも、彼はもう逃げないつもりのようだ。ここへ来て何があったのかは知らないが、彼をそこまでさせる出来事が起こったのだろう。一度本気で動き出した彼は、たぶん簡単には止められない。そのくらいなら知っている。

 

ならば──

 

 

 

「…いいでしょう。会います。会って話しをします」

 

「…そうカ。それは良かっタ」

 

そう言ってアルゴさんはニヤっと笑った。

 

おそらく彼の本気さを知らなければ逃げていただろう。そして、また自己嫌悪の渦に巻き込まれていっただろう。だが、逃げる事をやめて本気で立ち向かってくる相手に、背を向けるのは失礼だ。ここで逃げてはいけない。何より、彼は結果的に私にチャンスを与えてくれたのだ。勝負する場を作ってくれたのだ。そうでもして貰えないと動けないほど自分が無力なのは、もう充分理解している。ならせめて、まずは与えられたコースでも何でも、全力で走ろう。

 

 

これは、無力な私が本物の力を取り戻すための、長い道のりを進む第一歩だ。

 

 

そう思うと、少しだけ自分を許せる。許せなくても好きになれると、そう感じた。

 

 




いかがだったでしょうか?

前々回の荒れ八幡もそうでしたが、ちょっと気弱くしすぎちゃったかな…?

ボス戦終わる前にいきなりこの話を挟んでしまいましたが、次回はちゃんとそっちを書きます。

ではでは。
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