THE LORD OF ELEMENTAL 偏見の男 作:幽霊少女
あれからゼゼーナンは、モニカ・グラニア・ビルセイアと名乗った少女に質問を続け、この世界についての様々な情報を手に入れていた。
その中にあった、国や地名以外の情報。魔法・精霊・錬金学・邪神・等々、化学とは正反対にある技術や学問の存在。
そして、先ほど彼女を襲っていた岩石人形が、死霊傀儡の外法という術を用いて唯の土に死霊や怨霊の類を宿らせ、人の形を作り上げたデモンゴーレムと呼ばれる存在であると知り。
聞いた話を纏め上げた処、やはり異世界でしかないと考えたのだが、どうもそうではないようなのである。
ラ・ギアス。確かに此処は彼の知らない異世界。だが同時に、よく知る世界――星であることも分かってきた。
その大きな理由は彼女の話の中に地上と地下なる単語が飛び出した際、どういう意味なのかと問い質した所、地球という言葉が出てきたからである。
つまりこのラ・ギアスは地球の中に存在するもう一つの世界であり、地球であって地球ではないという複雑怪奇な世界であるらしいのだ。
(しかし、なぜ私が地球の中に存在する異世界などに転移したのだ?)
此処が地球であるという事が分かった彼は、次に自分が転移した理由を求めたが、自身が考えた旅人という設定のせいで質問できないのがもどかしかった。
まさか、地上処か地球の外からここまで旅をしてきたなどと言うわけにも行かず、何故か転移してしまった。そして偶然にもラ・ギアスに辿り着いたで納得するしかないという始末。
無論、そのお陰でこうして生きているのだから、この不可解な事象それ自体に何ら不満はなかったが。
最も、彼が地上から迷い込んだ人間であるというのは直ぐさまばれてしまった上に、迷い込む人間は他にも居るという話から怪しまれずに済んだのは幸いであった……。
「すっごォ~い何このロボット!」
天から降ってわいたような幸運を噛み締めていたゼゼーナンは、耳に入った元気な声に一度思考を打ち切り、先ほどから目の前で忙しなく動き回っている少女に目を移した。
視界に入るのは襟足で切り揃えられた青みがかった短い髪。髪と同じ蒼く澄んだ瞳には好奇心の色が浮かんでいて、物珍しそうに操縦席内を見渡している。
赤い宝石が埋め込まれたサークレットとイヤリング。青を基調としたドレス。この服装から見るにいいとこのお嬢様を連想させるのだが、その落ち着きのない態度と口調からとてもそうは見えない。
「こんなにおっきい癖に結構スピード出るじゃない!」
この少女こそ、彼が地上から――正確には火星から、ラ・ギアスに迷い込んだと看破した人物なのである。
好奇心旺盛な子供その物でありながらも、優れた洞察力と分析力を持つこの少女を、見掛けで判断するのはマズイかも知れない。
少女は立ったまま操縦席内を観察しつつ、見物客さながらの図々しさを発揮し、バラン=シュナイルの計器類を触りまくっていた。
本来なら起動中のコックピットで立っているのは危ないのだが、このバラン=シュナイルの場合はその巨体故に揺れも少なく安全だ。
まあ、元より1人乗り用であるから座ろうと思っても座席がないのだが。どうも先ほどからの様子を見るに、この少女は機械が大好きなメカフェチのようで、初めて目にしたバラン=シュナイルに興味津々のようだ。
その姿はゾヴォーク本星にも居た一部の科学者を思い起こさせた。
「失礼でしてよセニア!」
そんな大はしゃぎのセニアと呼ばれた少女を叱責するのは、ゼゼーナンの膝の上にちょこんと座っている少女である。
こちらも年の頃は10歳前後で、ショートカットのセニアとは反対に膝裏まで届く栗色の長い髪を、腰の辺りから一房の大きな三つ編みにして纏めていた。
彼女の方は緑色の宝石が埋め込まれたサークレットとイヤリング。緑を基調としたドレスにクリーム色の手袋とソックス。
セニアと同じく高級素材を使用しているであろうその服装は、やはりお嬢様と言えるであろう物だ。
因みにこの膝の上に座っている長い髪の少女が、彼が助けた少女モニカである。
どうしてこの二人の少女達までバラン=シュナイルに乗っているのかというと、それは青髪ショートカットの少女セニアが乗りたいと言い出したのが切っ掛けであった。
実は、あのゴーレムと戦闘した広場の近くにはモニカと一緒に遊びに来ていたセニアも居たのだ。
騒ぎを聞きつけ、何があったのかと駆け寄ってきた彼女に、デモンゴーレムに襲われていたモニカを助けたと事情を説明した処、彼女はこのロボットに興味を持ったらしく、どうしても乗りたいと駄々をこね出したのである。
無論、下等種族を乗せてやる義理など無いわけで断ろうとしたのだが、子供のパワーには勝てず、結局押し切られてしまった――というわけだ。
普通なら得体の知れないロボットに乗る中年の男など、警戒されて然るべきなのだが、此方もモニカ同様、警戒心の『け』の字も持たずに馴れ馴れしく接してきたので少々面食らってしまった。
まあ、セニアの口振りから、この豊かな自然に覆われた地平線のない世界にもメカやロボットが存在すると分かったのは大きな収穫であったが。
渋々乗せてやる事になったゼゼーナンに「ラッキー」と喜ぶセニア。だが、今度はそんなセニアを見ていたモニカまでもが「私も……乗せて下さいまし」と彼のズボンを引っ張り、我が儘を言い始めたではないか。
モニカに関しては色々とこの世界の事を教えてくれ、下等種族とは言え多少認めていた所もあったので乗せてやらんでもなかったが、2人も乗せて操縦席の前に立たれたらモニターが見辛くて仕方ない。
そこで1人は自分の膝の上に座らせて大人しくさせていようと考え、計器類を見たいというセニアには立っていてもらい、モニカを膝の上に乗せたのであった。
無論、膝の上に乗せたままシートベルトもしていないままでは危ないから、右手で操縦しながら左手で彼女の身体を抱き寄せて、動かれないようにした上で。
この時、期せずしてゼゼーナンに後ろから抱き締められる格好となった事で、恥ずかしそうに頬を赤らめたモニカの様子に気付いたセニアは、引きつった様なにが笑いを浮かべて
『そういえば、あんたって昔から白馬の王子様を信じてるような夢見る少女だったわね。けどこれじゃあ王子様っていうより、“おうぢ様”じゃない・・・・・・。まったく、どういう感性してんだか』
などと意味深な発言をしていたが、当の彼は何のことか知る由もないので聞き流していた。
◇
「これはテイニクェット様のお乗り物ですのよ! それをテイニクェット様の許可無く勝手に――」
「別にいいじゃない減るモンじゃないし ね、いいでしょティおじさん?」
「ティ、ティおじさんだと?」
また考え事をしていた処、ティおじさん――そんなふざけた呼び名をされてしまった彼は我に返り、自分をそう呼んだセニアと目を合わせた。
「それは私の事なのか……?」
「そ! だって、テイニクェットなんて名前呼びにくいし」
テイニクェットの頭文字を取って『ティ』。
呼びにくいからという、たったそれだけの理由でおかしな渾名を付けてくる下等種族の少女。
「まあッ 失礼極まりないですわッ!」
いきなり決められてしまったせいか、咄嗟に反論できないで居た彼に変わって、膝の上に座る少女が抗議していた。
「モニカには関係ないでしょ」
しかし、モニカには関係ないと突っぱねている。
結局セニアは自分の事を『ティおじさん』と呼ぶと決めたらしく、後から止めてくれと言った処で聞く耳を持とうとしなかった。
一方で『御身のお力になれず真に申し訳御座いません』などと必要のない謝罪をしたモニカは『テイニクェット様』で通すようで、文法こそ間違っている物の丁寧な言葉遣いをしている為か、若干こそばゆく感じてしまう。
(同じ顔をしていてこうも性格が違うとは……下等種族は分からん……)
そう、この二人の少女は同じ顔なのだ。外見上の唯一の違いは髪の色と長さだけ。
モニカがばっさり髪を切って青に染めるか、セニアがモニカくらい長い栗色の髪のウィッグを被るかすれば見分けが付かなくなる程に瓜二つだ。
所謂、双子というやつである。
ただ、モニカが物静かで文法がおかしいながらも丁寧な言葉遣いと所作なのに対し、セニアは好奇心旺盛で明るく大らかな性格という、口を開けば別人であると直ぐに分かってしまうほど正反対の性格をしていた。
まあ、見分けが付きやすくて良いと言えば良いのであるが……。
「じゃあちょっと調べさせて貰うわね」
「よろしいのですかテイニクェット様?」
「あ、ああ構わんが、呉々もレバーやボタンだけには触れないようにしてくれ」
「りょ~か~い!」
許可を貰えばこっちの物と触るなと注意した以外の場所を調べ始めたセニア。
下等種族の、それも子供に解析など出来る物ではないというのにと心の何処かで見下しながらも止めない辺り、彼は割と子供には甘い中年なのだ。
ある程度の高度に達すると自動操縦に切り替えた。
操縦桿を握っていた右手が空き、手持ち無沙汰なせいか何かを触ろうとして、自然に手を置いたのは自分の膝の上に座っているモニカの頭。
10歳ほどの子供の身体は小さいので丁度手が置きやすい位置に頭があったのだ。
「あ…」
置いた手でなんとなしにモニカの頭や髪の毛を撫でる。
手の平や指の間に入る髪の毛の感触はさらりとしていて艶があり、子供ながら手入れがしっかりされているであろう事が窺えた。
「ん……」
頭と髪を撫でられるのが気持ち良いのかモニカの身体から力が抜けて、自分からもたれるように背中を預けてくる。
「気持ちいいかね?」
「はい……テイニクェット様のお手が温かく……」
「そうか」
暫し流れる穏やかな一時。
何年振りであろうか? このように静かで平穏な心で居られるのは。
権力闘争に明け暮れ、下等種族どもと闘い続けていたせいか心の余裕を失っていた事に今更ながら気付かされたゼゼーナンは、モニターに映る地平線のない緑豊かな大地を眺めながら、物思いに耽るのであった。
終わりです。