THE LORD OF ELEMENTAL 偏見の男   作:幽霊少女

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4話です。ただ甘いだけの話です。





偏見の男4

 

 

 

「おっはよ~!」

 

明くる朝、本当に久方振りとなる快眠を貪っていたところを無駄にテンションの高い、元気な声にたたき起こされた。

バラン=シュナイル、正確には機械の類に異常な興味を示している双子王女の姉の方である短い蒼髪の少女セニアだ。

 

「どう? ゆっくり休めた?」

「まあそうだな……。久しく安心して眠ることが出来ないでいたのだが、おかげでゆっくりと身体を休めることが出来た」

 

政争や戦場とは無縁の場所で余計な事を考える必要もないからか、モニカを寝かしつけた後すぐ眠気に襲われ意識が落ちていた。

死の淵寸前にまで追い詰められて破滅した後だから緊張の糸が切れていたのかも知れない。

 

「それでモニカはどうしたの? 昨日はニックに付き添っていたと思うんだけど」

「ああ付き添ってくれていたよ」

 

仮病滲みた誤魔化しで気分が悪いと言っただけだから付き添いなど必要なかったがな。

それに――。

 

「これを付き添っていると言えるのならばな」

 

寝ていたベッドのシーツを剥ぎ取り、隣で眠る長い栗色髪のお姫様の姿を見せてやる。

 

「すぅ…、すぅ…、」

「よく眠ってるわね~。けれどこれじゃあ何の為の付き添いなのか分かんないわね」

 

病人の看病で付き添うのならば普通起きていなければならないが、パジャマ姿で丸まって眠る双子姫の妹モニカは未だ夢の中。

別に起きていて貰っても仕方が無いのだが、昨日今日の付き合いしかない私の傍で警戒心も抱かずに良くもまあ無防備に眠れる物だ。

これが世に言う“天然”というやつか?

 

「私は子供らしくていいとは思うがな。それに、誰かと一緒に眠るなど幼少期以来となるからか妙な安心感があったわ」

 

一人で眠るのが怖いわけではない。人生五十年以上も生きていて誰かが傍に居てくれなければ眠ることが出来ないなど恥ずかしいにも程がある。

無論、そういった輩が居ることは知っているが、そういうのは大抵何らかの心因性に連なる遠因があり、なりたくてなった訳ではないだろう。

 

「ふ~ん、安心感…ね。………ニックってさあ……ロリコン?」

「誰がロリコンだッ!」

 

地球人であることさえ除けば、モニカは確かに容姿が優れている。

所謂“美少女”の範疇に入るだろう。いや、この娘が美少女でなければ世の美少女の半数はそうでなくなると言って良い程に整っていた。

双子である以上は同じ容姿であるセニアも同様にだが、凡そ平凡からはかけ離れた美麗さを誇っている。

このまま順調に歳を重ねていけば二人共さぞや美しい淑女へと成長を遂げる事であろう。

だが、今はまだ幼さが抜けきらない10かそこらの子供でしかない。

 

「モニカやお前のような年端もいかぬ子供を“女”として見るような輩も居るには居るが、生憎と私にはそういった趣味はない」

 

17,8ともなれば話は別だが、10くらいの幼女に欲情する訳がないだろう。

 

「なぁ~んだつまんない。そういった面白い展開を期待していたのにな」

「なにが面白い展開だなにが。大体お前はモニカの姉だろうに、率先して妙な方向に話を進めてどうする?」

「もう、硬い硬いニック硬すぎ。父さんくらい柔らかくなくちゃその内頭禿げるわよ」

「お前の頭が柔らかすぎるだけだッ!」

 

テイニクェット――とも、ゼゼーナン――とも呼ばずに、“ティ”や“ニック”なる渾名で呼び始めるわ、私が妹に妙な考えを抱く事を期待するわ。

オマケに私の頭が禿げるだと? 今でこそ肉体が四十代の頃に若返って髪も黒々としているが、つい一昨日まで真っ白だったうえ抜け毛も多かったんだぞ!?

人が気にしていることをずけずけと指摘しおってからに…!

 

「うう…ん、」

 

そら見ろ。セニアが私を怒鳴らせるような事をするからモニカが目を覚ましてしまったではないか。

 

「ああ、うるさくしてすまない」

「モニカおはよう」

「……」

 

モニカは目を擦りながらゆっくりと起き上がると、私の顔をじっと見つめてきた。

なんだ、私の顔になにか付いているのか? それとも寝癖で頭が爆発状態にでもなっているのだろうか?

心なしか頬が赤くなっているようだがまさか熱でも……。

そう思った矢先だ。いきなりモニカが三つ指ついて私へと深く頭を下げてきたのは。

 

「テイニクェット様」

「ど、どうした、」

「私は不束者であり、テイニクェット様に置かれましては至らぬ処が多々お見受けられますと存じ上げますが、どうかこれより末永くモニカを宜しくお願い致し上げます」

「……」

「わお、モニカ大胆ね」

 

相変わらずの妙な文法は置いておくとして、何を言っているんだこの娘は?

これではまるで結婚したばかりの嫁が夫に対して行う最初の挨拶のようではないか。

 

「それにしてもニック。貴方やっぱりモニカに手を出してたんじゃない」

「出しておらんわッ! モニカも妙な挨拶をするんじゃないッ!」

 

そこを注意してやるとモニカは伏せ目がちになり、そっと頬に手を添えて呟くように理由を口にした。

 

「ですが…。私と、テイニクェット様は、その……。一夜を共になさり…、枕を一つにして眠られましたので……もう夫婦なのではと……、」

 

同じ布団で寝たら夫婦だというならば、娘と眠る父親は皆近親相姦が成立してしまうぞ……。

何をどう解釈すればそんな突拍子もない結論に達するのだこの娘は。

 

「誰がそんな事を言ったんだ?」

「あ、はい…、その……セニアが……、」

「やはりお前かッ!」

「あはははは~、まあ完全に間違っているわけでもないんだしそう目くじら立てなくてもいいでしょ~。それにモニカは将来有望だと思うし私としてはいいんじゃないかと思わないでもないんだけどね。モニカってこんな感じだし変なのに入れ込んだりしたら大変なのよ。仮にもラングランの王位継承者候補の一人なんだから。私もだけど」

「将来がどうという話をすれば赤子でも将来は大人だろうがッ! それに間違いではないが正解でもないぞそれは! 序でに昨日会ったばかりの私とくっつけようという考えが既におかしいわッ!」

 

夫婦が同じ布団で眠るのはごく自然で当たり前な行為だが、逆が成立したからといって=夫婦という訳ではない。

一緒の布団で寝たら夫婦ではなく、夫婦だから“基本的に”床を共にするが正解だ。

 

それよりもセニアの奴は姉としてどうなんだまったく。

昨日今日で出逢ったばかりの私とモニカがそういう関係になっても良いとか常識的に考えておかしいとは思わないのか? ましてや王族という立場であるというのならばそれこそ軽はずみにも程がある。

素性の分からない者が女王の夫となるやも知れんのだからな。

 

いや、それ以前の話として、若返ったとはいえ四十代の私と10歳前後のモニカでは歳が離れすぎだ。将来がどうにしてもモニカが17,8になる頃には私は五十代だぞ。

そう、丁度私が火星で破滅した頃にこの娘達は17,8になる。尤も破滅へ至る道になどレールごと消えてしまったがな。

モニカもモニカだ。何故こんな少し考えれば分かりそうな事が分から――。

いや、これがモニカ・グラニア・ビルセイアという天然少女が持つ個性だというのか?

であるとするのならば、天然とは斯くも恐ろしき物よ……。

 

「今時歳の差でダメなんて流行らないし、モニカを助けてくれた人だし」

「ほう? では私が大悪党であったならどうするね? 私の素性を知らないのだからそういう可能性も考えられるのだぞ?」

「う~ん、それはそうなんだけど……」

 

セニアと問答をしていても埒があかない。

『モニカが一目で』『白馬のおじ様らしいから』そんな意味不明な単語をブツブツと呟いている。

白馬の王子なら分かるが、白馬のおじ様とは一体何だ?

 

「テイニクェット様」

 

私達の会話にしずしずと割って入ってきたのは栗色髪の王女。

 

「なんだね?」

「テイニクェット様は……、私の事がお嫌いなのでしょうか……?」

 

何故そうなるこの天然娘は。

私は相手が地球人であろうが好意的に接してくる者を邪険にするような猿の如き下等種族ではない。

それにモニカを地球人とは別枠に置いたのは、少なからず好意的に見ているからだ。

 

「…………嫌いなどではない」

 

無論のこと嫌ってなどいない。間違いなく“好き”な方に入る。

但しそれは今ここで騒いでいるような男女の仲や夫婦の話ではなく、モニカという一個の人間を好意的に見ているのであってだな。

 

「っ…、」

 

しかし、不安が顔に滲み出ているような表情のモニカに対して上手く説明できそうにもない。

その代りと言っては何だが、不安を煽らないようにとまずはその小さな身体を抱き締めてやった。

不安な子供の気持ちを落ち着かせるにはこうして抱き締めてやるのが最も効果的だと聞いた事があるからな。

 

「あ…」

 

小さな声を上げた彼女の頭を何度か撫でて“嫌い”ではなく“好き”だということを伝える。

 

「昨日出逢ったばかりで妙な話だが、どちらかと言えばモニカの事は好きだ」

 

バラン=シュナイルを目にしても物怖じせず、天然ではあるようだが歳の割に他者への接し方がしっかりしている。そして何よりも礼儀正しい。そんな人間を嫌ったりはしない。文法だけはどうにかして欲しいところだが恐らく矯正出来んだろう。

まあ、ずっと話している内に慣れてきたから構いはせんが……。

 

「本当……ですの…?」

「ああ、本当だとも。だからそんな泣きそうな顔をするな」

 

背中をぽんぽんと叩いて不安をぬぐい去ってやる。

しかし、地球人相手にここまでする気になろうとは思いもしなかったぞ。

一昨日までの私であれば絶対に無かったと断言できる程、この下等種族共には嫌悪感しかなかったからな。

これも全てを失ったが故の心境の変化やもしれん……。

このような状況に於いては嫌悪ばかり抱いていては生きていく事すらままならなくなる故な。

昨晩モニカを寝かしつけてから眠るまでの間にじっくりと考えて出した結論は、当面地球で生きていくしかないという物であった。帰る場所が無いのだから詮無き事だが辛い物だ。

本当に、命を拾って……それ以外の全てを失ったのだなと痛感させられる。

 

「テイニクェット様……。モニカは、モニカは嬉しゅう思われます……」

 

モニカは精一杯手を伸ばしてベッドの上で上半身だけを起こしていた私の身体にぎゅっと抱き着いてきた。

私が抱き締めてやっているのと同じ様にだ。

先についての不安ばかりが頭を過ぎる私が、この娘の不安を拭う。

全てに於いて自らを優先してきた私が、些細な事であるとはいえ自分よりも他人を優先している。なんとも滑稽ではないか……。

 

しかし――悪くはない。

 

「……」

 

それに温かい、な。

人の身体とはこんなにも温かい物であったか……。

 

「ん…」

「む?」

 

抱き締めてやっていると、不意にモニカは私の頬に自らの頬を接触させ触れ合わせたまま擦り付けてきた。

この娘くらいの年頃ならばまだ大人に甘えていたい物なのだろう。よもや私が誰かに甘えられる立場になろうとは夢にも思わなかったが。

 

「……」

 

頬ずりなど子供の頃に親からされて以来何十年ぶりとなるが、意外と心地良い物だな。

擦られる頬が熱を帯び、モニカの髪や身体の匂いまでもが染み込まされているように感じる。

良い匂いに誘われて、此方からも少し強めに抱き締めながら香り豊かな髪の匂いを楽しんでいると、意外にも思い起こされたのは幼き日に母より抱かれていた時の記憶だった。

 

ふっ、そういえば私にもあったな。母親に甘えるだけであった時代が……。

 

今では中年の親父となってしまったが、何も知らないあの頃が一番幸せであったのやもしれん。

全宇宙の支配者になろうとも、共和連合での地位を不動の物にしようとも、地球圏の支配を確立しようとも考えていなかった小さな自分。

大いなる野望を抱き、地球圏と大戦争を引き起こした果てに破滅する道へ至るとは想像だにしていなかったあの頃が懐かしい。

 

唯……。そう、ただ母の腕の中で温もりに包まれていたあの頃が……。

 

「やっぱりロリコ――」

「違うと言っているだろうッ!」

 

ふぅ、まったくどうかしているな。

こんな娘に抱き着かれたくらいで母の匂いと温もりを思い出し、セニアに突っ込まれてもまだ抱き締めたままなのだから。

それ程に得難い温もりであるとでもいうのだろうかこの娘が持つ温もりは。

 

「兎も角そういうわけだモニカ。私は君のことを嫌ってなど居ないし、寧ろ好きだから安心したまえ」

「……はい」

 

真意を伝えてやると納得したようで身体が離されたが、私の傍らからは離れようとしない。

本当に懐かれたなと思う。だが私自身、母の温もりを思い出した所為か今は近くにいて欲しかった。

 

「それでは、改めまして」

 

その傍らにいるモニカは依然頬を赤らめたまま、先程と同じ様に再びベッドの上に三つ指をついて頭を下げてくる。

 

「不束者ですが、どうか宜しくお願い致します」

「……」

 

ここで注意してはまた先の繰り返しになるような気がする。

 

「テイニクェット様?」

 

悪意も二心もない、純粋さを湛えた髪と似た色の虹彩を持つ瞳で此方を覗き込んでくるモニカ。

 

「……」

 

もういい。

先程の流れから私が言った“好き”の意味も理解して居るであろうし、深く考えるだけ時間の無駄か。

 

「こちらこそ、宜しく頼む」

「っ…! はいっ、」

 

曇り無い笑顔が眩しい。

 

「あ! テイニクェット様」

「ん?」

「少し、失礼の程を――」

 

そう言って再度抱き着いてきたモニカが頬に顔を寄せ――「んっ」私の頬に唇を落としてきた。

濡れた唇の感触が皮膚から脳へと伝達されていく。

 

「――っ!!?」

 

唐突であったから驚いたが、お互いに挨拶を交わしたところでの頬へのキスで思い当たる事があった。それは親愛の情を伝えようとする行為。

こういう挨拶はゾヴォークにも文化として存在していたが地球でも似たような物があったとはな。

すっと離れたモニカは恥ずかしいのか目を伏せていたが、親愛の情を示された以上は此方も返礼と行かねばなるまい。

 

「では此方からもお返しだ」

 

少し恥ずかしいかも知れんが我慢して貰おうかと、紅く染まったモニカの左頬に口付けてやった。

 

「っ…!」

 

本当に、子供の頬というのは柔らかい物だ。

頬に唇を落としたのはほんの数秒だが、肌や髪から漂うシトラスの香りに鼻腔を擽られた。

 

「この世界の事は良く分からないからこれからも色々と面倒を掛けることがあるやも知れんが、その時は頼むぞ?」

「は、はい…、私に出来る事が御座いましたら何なりとお申し付けくださいまし……、」

 

真っ赤な顔で微笑むこの娘を見ていると此方まで笑みを浮かべそうになるな。

いや、もう浮かんでいるか?

 

 

 

「ロリコ――」

「しつこいぞッッ!」

 

 




終わりです。

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