森は暖かく、静かだった。
鳥とせせらぎと、そよ風と。この
『いい加減起きろ、起きなさい』
がぁがぁと、一羽のカラスが音楽をかき乱した。
『起きるべきだ。ミリア、いつまで寝ぼけやがってる』
翼でミリアの顔をバシバシ叩いて、やっと反応が返ってきた。
「ぅ~ん。あともうちょっとだけ……」
『アホんだらが』
鋭い爪で頬をつねった。
「痛い、痛い!……いたくない?」
『カァ~バ!手加減してやってんだネボスケ娘』
「かば……?あなた、もしかして――!」
『おうよ』
「カラスさんッ!?」
老いて死んだはずの、初めてのおともだち。
『捻りのねぇネーミングは、何とかならんかったのか?』
「だって……カッコいい名前つけても、すぐ忘れるんだもん……」
『長ったらし過ぎんだよあの名前は……』
カラスは言いかけた文句を止めた。じっと真剣な顔で、ミリアがこちらを見ている。
「カラスさん」
『あ?』
「なんで死んじゃったの?ばか」
『カバだつってんだろ。あといい加減受け入れろ。一体何年経ったと思ってんだ』
「あなたに会えたら一番に言おうって思ってたこと。わたしだってせいちょーしたのよ。あなたからどれだけの数、看取ってきたと思うの?」
『……すまん、早く逝って。――ところであんまし時間かけんのも不味い』
「ごまかした」
『ここはいつもの森か?』
「うん」
『状況把握は出来てるな?』
「ぜんぜん」
『カバ。ミリア、お前は森を出ろ。いいか、絶対、絶対小川だけは渡んな――何うずうずしてやがんだ』
「し、してない!うん、森を出ればいいんだね」
出口なら目をつぶってでも行ける。何故ならここは、物心つく前から通った遊び場だから。
「カラスさん……一緒に来てくれ、る?」
『出来ない。すまねぇな』
やっぱり。
「もう一度、お別れだね」
『別れじゃねえよ。俺はいつもお前を守ってやってんだ』
「いつでも、会える……?」
『――だがな、わざとここに来るなんて事があれば、目玉抉り取ってやるからな』
「たいへん。じゃあ、自然に会える時まで、またね」
『ああ』
光指す方へ進むと、森が、小川が、カラスが、消えていく。
「この選択肢は、あなたが選ばせてくれたの?」
『いいや。ミリアが選んだんだ』
「あなたを思い出したから、迷わなかった」
『なら俺の手柄だな』
この世界に、羽音が響いて、消えた。
――――――――――
柔らかい光と、石細工の天井。数か月前にも同じ光景を見た。数か月前と違うのは、ざわざわと話し声や人の気配でいっぱいなこと。
「ミリアぁぁー!」
「フわぁ!?」
死角から一閃。枕元にいた誰かが顔に覆いかぶさった。
「れ、レナ!?」
「何がおなか痛いよぉ!死んじゃったかと思った~~~!!!」
いつもクールなレナが、滂沱の滝を流している。
「こらこらミス・アンダーウッド。患者から離れなさい!この子は危篤だったんだから!こらミス・ウィーズリー!あなたも起きちゃ駄目っ!」
「あたしのせいなの!ミリア、ごめんね、ごめんね!」
ジニーだ。本物の。
「無事、だったの!?」
「ハリーが助けてくれたの!あとロン!」
彼女はそれだけ言って、自分のベッドまで連行されていった。ジニーを連れて行ったおじさん――彼女の父親だろう――がこちらに来ようとしたのを、マダム・ポンフリーが立ち塞がる。
「ミス・セルウィンは文字が書かれた廊下で倒れていたんです。事情を聴きたいのは分かりますが、この子が元気になってから!」
「そうだったんですか……。お大事になさってください」
おじさんはミリアに目礼し、真似してこくんと頭を下げた。
「お薬です。これを飲んで眠ってください」
「はい」
ふしぎな甘さの薬だった。喉に流れた途端、辺りが闇で包まれた。
ミリアは校長室にいる。
次に目が覚めると丸一日が過ぎており、遅い昼食をとった後、退院を言い渡された。そして、校長先生が話を聞きたがっていることも。
「お入り」
「失礼します」
これも、いつかと同じ。そういえば前も、医務室から校長室へ入ったのだった。
「体の調子はいかがかの?」
「元気です」
校長先生はにっこりと笑った。すぐに真面目な顔に戻ったが。
「何があったか話してくれるか?」
「……」
「事件は全て解決した。『スリザリンの継承者』も、きみが調べておった『ニワトリ襲撃事件』も――おお、ハグリッドが話してくれた。彼もホグワーツへ戻ったぞ」
「良かった……」
なら、何も隠す必要はない。
ミリアは話す。めんどりの証言からジニーが犯人ではないかと気づいたこと。ジニーは何故かニワトリを絞めた記憶だけなかったこと。魔法薬の授業の前ジニーがいなくなって、とんでもないことに巻き込まれているのではないかと勘付いたこと――
「人気のない廊下に、ジニーはいました。でもジニーじゃない――汚い魂?がジニーを動かしてました」
先生のメガネが、きらりと光った。
「汚い魂?もう少し詳しく聞かせてくれんかの」
「えーと……雰囲気だけなんですけど、黒ずんでたんです。……血が、こびりついているように。それと、ただの魂じゃなくって、……なんというか、割れたかけら?みたいな?……すみません。目で見えてるんじゃないから、うまく表現できなくて」
「いや、十分じゃ。どうぞ続けて」
「その魂は、トムと名乗りました。トムは純血かと聞いて、半純血と答えると、バジリスクという蛇に殺せと命令しました」
「蛇を見たのか?」
「いいえ。直接見たら死ぬって咄嗟に分かって、目をつむりました」
「見事。正しい判断じゃ」
「その後、『秘密の部屋』に来ないかと誘われて、断りました。それで彼を怒らせてしまって……杖で死ぬか、蛇に殺されるか選べと言われました」
先生を見ると、目だけで続きを促された。
「その時、杖の声が聞こえたんです。――あの、前から時々聞こえて、でもうまくお話しできなくて……。杖は、殺されるか、ジニーを助けて死ぬか、わたしだけが生き残るかの、どれかを選べると言いました」
――『ただ、時を受け入れ楽になるか』
『英雄として死ぬか』
『生きるか』
「わたしは、生き残ることを選びました。どうやったら生き残れるか考えて――思い出したんです。ともだちのカラスが虫を取ろうとして、その虫が樹から転がり落ちたのを。まだ生きてて、死んだふりしたんです。それしかないって思って、死んだみたいになる呪文を、自分にかけました」
「仮死呪文じゃな。上級生でも習わない魔法じゃが、呪文を知っておったのか?」
「いいえ。そうなるように願って――違う。そうなるって確信して、杖を自分に向けました。わたしがかけたんじゃなくて、杖がそうしてくれたんです」
「間違いなく、きみがかけたのじゃよ。魔法を使う上で最も大切なのは『確信』じゃ。今まではきみの素晴らしい感性が、確信を少々邪魔していたのじゃろう。究極の場面を真摯に向き合ったからこそ、杖が答えたのじゃ。――ここからはわしが話そうかの」
発見された時、仮死呪文が効きすぎて心臓が止まる寸前だったこと。もう少し遅れていたら恐らく死んでいたこと。ジニーに取り憑いていた魂はヴォルデモート卿の物だったということ。彼に操られて『スリザリンの継承者』として動いていたこと。ハリー・ポッターがその企みを打ち破り、ジニーを救ったこと。
「昨日の夜大祝宴会が開かれたのじゃが――惜しかったのう。その代わりというのもなんじゃが、期末テストはナシじゃぞ」
「……レナが喜ぶと思います」
「そうかそうか、きみは一部の教科では首席じゃった。初めてのテストふいにして、メンゴメンゴ」
先生は両手を合わせながら、ミリアの手の中に何かを握らせた。手を開くと、黄色い包みのキャンディーが転がった。
「きみへのご褒美は、そのレモンキャンディーと……死を前にしても絶望に屈しない、その多大な勇気と判断力を称し、スリザリンに五十点!」
「……」
ミリアの表情が少し曇った。
「まだ足りんかの?ええい持ってけ!二ひゃ――」
「点数じゃないんです!」
先生の口が止まった。
「まだ何か気にしていることがあるんじゃな。吐き出してしまえい」
「わたし、勇気なんか全然ないんです」
ミリアは迷わず生き残る道を選んだ。
「杖に願えば、たぶんジニーを助けることも出来たんだと思います。でもやりませんでした。自分のことしか考えませんでした」
ジニーの魂ではなく自分の命を、天秤にかける間もなく選び取った。
「わたし、ジニーを……友達を見捨てたんです。自分の身を守っただけで、ほめられるようなこと、なにもしてません!」
先生は透き通るような青い目で、ミリアの目を捉えた。
そして、優しく柔らかい声で、尋ねた。
「ミリア。ただの平凡な一年生が同じ場面に遭遇したなら、残念じゃが選ぶ間もなく殺されていただろう。じゃからわしは逆に問おう。きみは何故、そこまでして生きたいと思えた?」
ごくりと、唾をのんだ。
死を目の前にして思考を過ぎったのは、カラスの遺体だった。
「わたしの初めてのおともだちは、カラスだったんです。そのカラスさんが老衰で死ぬとき、看取らせてくれました」
悲しまなくていい、幸せだった――何度言い聞かされても、納得できる訳無かった。
一生話せない、一生遊べない、一生触れてくれない、一生抱きしめてくれない、一生の――お別れ。
これが悲しくない人がいるのなら、その人はきっと心が無いんだろう。
「死んだらもう――会えないんです。悲しくて、胸が潰れそうで、何日も、何十日も泣きました。悲しくなるだけなら、今もです。もう会えないんだっていう思いが、胸の中で固まって、それが思い出したように心を震わせるんです。――死ぬっていうのは、こういうことなんです――わたしにとって」
だから、生きたい。
「ああ――分かった。ミリア、涙をお拭き」
「……先生も」
「老人は涙もろくて叶わんのう……」
先生は水玉模様のハンカチで、涙をぬぐった。ミリアもローブの袖でごしごしした。
「愛じゃよ」
「愛?」
「きみのカラスへの……すべての生き物への愛が、きみを生かしたのじゃ……」
先生は、ミリアの手を握った。
「何も恥じることは無い。恥じるなら、きみに助けを出せなかったわしらの方じゃ。――ジニーはハリーが救った。きみに出来なかったことを、代わりに成し遂げてくれた。きみはきみを、我々が助けられなかった一人の人間の命を救ってくれたのじゃ。確かにわしは愚かじゃった……きみの行いは、点数などつけられんほどの、立派な快挙なのだから」
先生の手は、とても暖かい。
「このことは、鼻高々に自慢するのじゃ。寮生でも“おともだち”でも――おお、誰よりもお母上、そしてお父上に」
「お母さんと……お父さん!」
お母さんにこのことを話したら、どんなに喜んでくれるだろう。お父さんは――きっと会ってくれる。この一年たくさん勉強して、たくさんの“魔法”を覚えたのだから!
「わしからはもう一つ。『守護霊の呪文』を調べてごらん。きみの心の穴を、少しだけ癒す魔法じゃ」
「ありがとうございます、先生!」
暖かい気持ちを抱えて、校長先生に背を向けた。
―――――
学期が終わって、キングズクロス駅まで帰ってきた。
ミリアを待っていたのは母――そして父。
「ミリアお帰り~!」
「ただいま。お母さん、……お父さん」
そう言った瞬間、父――レスターに抱きしめられた。
「ミリア、すまなかった!おれは――おれはとんでもないチキンで、バカで、心を読めるってだけで――」
「おこってないよ」
レスターはぐちゃぐちゃな顔を上げた。
「あと、バカじゃなくてカバだよ」
「お――お父さんは、カバだ!」
母、ロミーが腹を抱えて笑った。
「もぉー可笑しいじゃない!お父さんに変なこと吹き込まないで!ほら、男前が台無しだぞ」
「あ、ありがとう、ロミー」
「照れるじゃないもお!普段そんなこといわないくせにぃ」
「お母さんお父さん」
ミリアは二人の間に割って、輝く笑顔を見せた。
「話したいこと、たくさんあるんだ」
1章『秘密の部屋』編終了。
まず、若輩者の分際で死ぬ死ぬ詐欺なんてやってしまい申し訳ありません。死んだふり攻撃でした。
バジリスクに殺されたように見せかけるため、天井を向いてから目を開いたミリアは、芸達者です。いざという時に頭が光速回転するのは、乏しい主人公補正です。幸運や事件・手掛かり引き寄せ力、恋愛力、カリスマなどなどにステ振りしなかった分、生き残るのに必要なこれに全振りしています。
土壇場で魔法を使えたのは、その瞬間迷いが無く、失敗の二文字が無かったからです。逆に今まで使えなかったのは、自身の無さや杖への恐れが、テレパシー能力でバッチリ伝わっていたからです。杖さんが面白いと感じても、信じて身を委ねてくれなければやる気が起きません。
そしてお知らせ。ストックが尽きてしまいました。2章ほとんど書けていません。毎日更新していましたが、しばらく休みます。
例えお気に入りが0人になっても――俺は戻る!つもりです。楽しみにして下さっている方(がいれば)、本当にごめんなさい。