【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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五年生・『謎のプリンス』編。たった1話!です


4 幕間

 

 いつかとは違い、冷え冷えとした夏。

 ついに活動開始した『死喰い人』たちは、一年ぶりに年若い“仲間”の訪問を見た。

 

「闇の帝王!」

 

「やっと来たか」

 

 ミリアの目は真っ赤で、髪は振り乱され、衣服も泥だらけだ。

 

「なぜ、私の家族を――!」

 

「ただの忠告だ。おまえは俺様が課した責務を果たさなかった」

 

「でも」

 

「俺様は知る術もなかった。バジリスクが既に死んでいる事実を。秘密の部屋を出入りするお前は、どうだ?」

 

「私は、知っているとばかり――」

 

「つまり、俺様の無知を嘲笑いに来たという事か。『クルーシオ(苦しめ)』」

 

 空間中に悲鳴が暴れる。闇の帝王は薄笑いを浮かべて、転げ回る少女を見下ろした。杖を下ろしても、悲鳴はしばらく止まなかった。

 

「俺様は寛容だ。おまえへの罰は、たったこれだけだ。恥となるべきマグルの母親と『血を裏切る者』の父親の始末は、真っ先に名乗り出たことへの褒美」

 

 あえぐ息は弱弱しく、泣き腫らした目は虚ろだ。

 

「本来ならばおまえ自身がやるべきだった。少なくとも俺様はそうだった。汚らわしいマグルの父親を、この手で殺めた。俺様に忠義を尽くすならば、自分の親を喜んで捧げられよう。そうだな、ミリア・セルウィン」

 

 力なく地面に置かれた左腕を取り、杖を向けた。

 

「おまえはおまえの望みを、来るべき時に果たせ。ホグワーツ内部にて、スリザリンの威光を知らしめるのだな?」

 

「来るべき、時……?」

 

 闇の帝王は笑った。そして、今刻まれたばかりの『闇の印』を、満足そうに撫でた。

 

――――――――――

 

 今年もこの季節がやってきた。

 

(進路指導か……面倒だ)

 

 スネイプは無表情で頭を掻いた。

 学生にとっては一生に一度の重要な分岐。だがスネイプにとっては、毎年何十回も繰り返し生徒の悩みにつき合わされる、厄介な行事。

 去年からアルバス・ダンブルドアと『闇の帝王』の間を行き来する重責を背負い込んでおり、精神疲労回復薬が欠かせない毎日だ。自分よりもよほどこの手の指導に長けた、ホラス・スラグホーンに委譲(丸投げ)出来ないか校長に申し込んだが、当たり前のように否。秘密組織の任務と公式の職務を一緒にするなと、ありがたい(クソくらえな)訓令を賜った。

 

(仕方がない……手早く終わらせるぞ)

 

 スネイプは成績表をバラバラめくった。

 

 

 

 ◎レナ・アンダーウッドの場合

 

 成績は全体的に中の上。苦手科目は魔法史だが、努力を怠らねばOWL(ふくろう)を合格できるだろう。

 際立って優秀な科目は無く、希望次第でどこへでも行ける。――つまり、就職先を決めにくい、教師にとって厄介な成績。

 

「希望は?」

 

「魔法省です」

 

「部署」

 

「それが……分かりません」

 

 来たか――と、スネイプは内心頭を抱えた。

 

「では何故魔法省を希望する」

 

「私、……あのぅ」

 

「さっさと言え」

 

「偉くなりたいんです」

 

「希望は魔法大臣か」

 

「そんな非現実的なこと言わないでください!」

 

「進路を見定め準備を始めてしかるべき時期に漫然と“偉くなりたい”などとのたまう君こそが非現実的だ」

 

「す、すみません!魔法事故巻き戻し局以外のどこかとは考えてます!」

 

「決まっていないも同然だ。――出世を考えるならば、一年で習う科目全て、E(期待以上)より上を目指すことだ。そして上手く上司に取り入る話術と美容術を考えることですな、魔法大臣殿」

 

「ぅぅ~~~!失礼しました!」

 

 レナは顔を赤くして職員室を出た。彼女の書類には、流石に『魔法大臣希望』とは書かないでおいた。

 

 

 

 ◎キース・イングロッドの場合

 

 スリザリン男子首席、苦手科目の薬草学もA(まあまあ)。どこに入るにも苦労しない、いいご身分だ。

 スラグホーンの『スラグクラブ』にも出入りするから、きっと出世できる才能を持っている。つくづくいいご身分だ。

 

「希望は」

 

「……」

 

「質問をしている」

 

「魔法省、魔法法執行部、アズカバン勤務でした」

 

「……」

 

 今度はスネイプが黙った。冤罪やら脱獄やらが相次ぎ、勤務先として安定しているとは言い難い状態だからだ。

 

「去年までは、間違いなくそこを目指して努力していました。ですが、正常でないアズカバンなんて、牢獄としても就職先としても意義を見出せません」

 

 スネイプはキースからあるにおいをかぎ取った。十代中ごろによくある、中途半端に発達した精神と万能感が引き起こす、一種の病。

 

「だったらある程度似ていて人手不足も考えられる『魔法警察部隊』を希望先にするべきなのでしょうか。それでも僕には先が見えません。吸魂鬼がうろつき巨人が暴れついに『再来した闇の時代』と呼ばれるまでになった今、魔法省すら安定した職場とは考えにくいですから。そもそも学校やOWLの成績が通用する世の中とは――」

 

「はぁ……」

 

 毎年数人は――特にスリザリンに多い――必ず出る患者。ただ今年だけは、生徒が不安を口にするのも無理はない。スネイプ自身も、確約された明日を信じられずにいるのだから。

 

「申し訳ありません。つい喋りすぎました。――希望は『魔法警察部隊』としておいてもらえませんか?ただ今後の魔法界の情勢によって、柔軟に希望を変えられるよう余地を持っておいてほしいのですが」

 

「こちら側に余地など期待するな。情勢不安がいつまで続くか、二年後三年後のことなど我輩にも校長にも分からん。しかし君の就職希望は『魔法警察部隊』としておく。入ってから情勢を見極め、異動か退職か決めればいい」

 

 魔法省の分厚い冊子をめくり、該当のページを見つけ出す。

 

「闇の魔術に対する防衛術、変身術、魔法薬学、呪文学で、今のままの成績を出せれば十分だ。O(大いによろしい)ならば更に上の『闇祓い』も視野に入れられるが――」

 

「『闇祓い』は遠慮します。訓練と死亡率の高さがネックなので」

 

「分かった。次の者を呼んで来い」

 

 これ以上、このにおいに耐えられない。スネイプが大切な人(彼女)に目を背けられたのは、きっとこの病が原因だから。

 

 

 

 ◎ミリア・セルウィンの場合

 

 天文学以外ほぼO、学年女子首席、『スラグクラブ』会員。取っていない教科や天文学が関係しなければ、何にでも就けるだろう。

 しかしスネイプは、彼女の面接が一番気が重かった。

 

(夏休みに一度、また接触があった)

 

 そればかりではなく、彼女の家が丸々消失した。

 新学期に登校したミリアは、満月前のリーマス・ルーピンのような有様だった。引き返しようのないほど、深みに入ってしまったのだろう。

 さりげなく『闇の帝王』に尋ねてみると

 

「泳がせておけ」

 

 ミリア・セルウィンを、覚えているようだった。

 ちなみにダンブルドアは、また悪い癖を出した。

 

「自由にさせてやれい。ところで綿あめ羽ペ――」

 

 それはまだ泳がせておくという意味か、信じるに値するという意味か、ついぞ話さなかった。

 

(……。『憂いの篩』、よし)

 

 面倒臭いので、全部知らないふりをすることにした。

 

「失礼します」

 

「ここに座れ」

 

「はい」

 

 一年の時の、おどおどした感じは消え去った。代わりに醸し出すのは、水面に映る月のような、遠い虚無感。

 

「希望は」

 

「ありません」

 

「分かっていると思うが職業についてだ」

 

「無いです」

 

(だろうな)

 

 教師としては、これで済ませられない。手元の書類の欄を、埋めなければならない。

 

「そのことは、何も言わないでください」

 

 帰るべき家を失い、今後どうしたいかを尋ねようとした。あっさり読まれて、遮られてしまった。

 

「ならば、なぜここへ来て授業を受ける。斯様なことがあったにもかかわらず、成績は維持されている」

 

「ここに――ホグワーツに来たら、忘れられるかなって……そうだ」

 

 いいことを思いついたと言いたげな、少々弾んだ声。

 

「ホグワーツに残りたいです」

 

「教職を希望するのか?」

 

 ただの、やっと進みたい道を見つけた女子生徒ではない。『闇の一派』の一員とほぼ確定された生徒だ。

 ダンブルドアから聞いたことがある。『闇の帝王』は教師の職を求めていたと。

 

「先生でも、校医でも管理人でも、森番でも……いいえ、森番は出来ません。なんでもいいので、学校に残りたいのです」

 

 目を見て真意を確かめようとしたが、やめた。去年の時点で、彼女の開心術は己の閉心術を上回っていた。

 

「……。教師の場合、少なくとも担当科目はOを取らねばならない。君の場合天文学以外の全てに適性があるが」

 

「得意なのは……魔法薬学と変身術です」

 

「教師の採用は校長が決める。就職時の校長に気に入られるよう、引き続き優秀な成績を修める事だ。魔法薬学を希望するなら、天文学を努力せねばならない。星の運行や月の満ち欠けで、調合の具合が変化する物もある。最低合格点の知識は持て。変身術に関してはマクゴナガル教諭に尋ねるがいい。以上だ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 ほんのりと笑顔を浮かべた。

 ぺこりと頭を下げて、帰って行った。

 

(……読まれてはいないか?)

 

 終始目を合わせないことには成功した。だがそれだけで『読心』を回避できたとは思えない。

 恐れていたことは、これだったか?完全な敵か消極的な味方か曖昧な状態で、どれだけの情報を盗られたのかも未知数。得体の知れない能力と相対するのは、本当に難しい。

 敵に回してはならないと肝に銘じたはずだった。寮監としてそこそこ気をつけて目を配っていたはずだ。どこから道を踏み違えたのだろう――スネイプにはさっぱり見当がつかなかった。

 

(せめて、ダンブルドア(タヌキジジイ)が真意を明かせば……)

 

 今夜、もう一度聞きに行こう。彼に残された時は、もう長くない。

 

――――――――――

 

 レナにとってダンブルドア校長とは、食前に二言三言冗談を飛ばすおじいさんだった。

 気安そうだったが、個人的に話したことはない。廊下でばったり会って挨拶したこともない。他校の制服を着ていれば、その学校の生徒だと思われるだろう。

 

「あれ……おかしいな」

 

「レナ、泣いてる?」

 

「あんたじゃあるまいし」

 

 そうは言うものの、ミリアは泣いていない。

 彼女の実家が、恐らく『死喰い人』に襲撃されたのは、夏にニュースで知った。涙はその時に枯らしてしまったのだろうか。

 

「恥ずかしがることないよ。泣いてる人、結構多いもん」

 

 確かに、すすり泣きの声は一人二人ではない。日ごろ校長の文句ばかり言っていた斜め後ろのスリザリン生も、鼻筋を赤くしていた。

 

「まあ、私も……いなくなったら寂しいかな。こんな突然、死んじゃうなんて……これっぽっちも思ってなかった」

 

 ダンブルドアは殺された。やったのは寮監『だった』スネイプだと聞く。

 ダンブルドアが死に、ホグワーツも安全ではないと考える親は多かった。それくらいの信用はあったのだろう。

 レナはそこまでダンブルドアを信用していない――というより、気にしていなかった。

 

「そこにいて、当たり前だったから」

 

 きっとそれは、安心感。彼の存在は、ホグワーツをふんわり包んで守っていた。

 

「学校からいなくなったこともあったけど、こんなに違うなんて……」

 

 悔しい。一度も話したことのない老人のために、何故このレナ・アンダーウッド()が涙を流さねばならない。

 

「スネイプ先生が殺したのは、『例のあの人』の手下だったから?」

 

 彼はホグワーツから消えた。どこから流れてきた噂なのかは知らないが、校内ではそういうことになっていた。

 

「そうかもしれないね」

 

 事を起こしたスネイプに対しては、憎しみよりもどうしてという戸惑いの方が強い。

 

「ミリアはスネイプ先生が憎い?」

 

「分からない」

 

「だよね。はっきり言って校長よりお世話になってたもんね」

 

「お世話になったかどうかじゃなくて」

 

 不思議と強い声に、レナは顔をミリアに向けた。

 

「もう見られないっていうのが寂しい。それだけ大きい人だった」

 

 その言葉は、すとんと胸に落ちた。

 

「確かに。のっぽな人だったなぁ」

 

 笑いと共に、次から次と涙が落ちる。差し出された新しいハンカチを受け取り、目頭を押さえた。

 

(来年からどうなるんだろう)

 

 試験は延期。いつ行われるかという話は全く無い。さんざん将来が変わると言われてきたOWLなのに。

 ホグワーツはどうなるのだろう。マクゴナガル先生が暫定的に校長という地位に立つが、学校の再開を迷っているという噂を聞いた。

 そんなことより魔法界は。アルバス・ダンブルドアという『例のあの人』が恐れた最大の人間がいなくなった。彼が生きた『前回の闇の時代』よりも、ひょっとしたらひどいことになるかもしれない。

 たった一人の老人がこの世を去っただけで、どうしてこれほどまでに未来の予感が形を成さなくなるのか。

 

(大きい人、か……)

 

 レナは母親を見返したいとしか、将来を考えたことが無かった。

 

(もし将来出世できたら……ううん、出世できなくても、こんな大きい人になりたいな)

 

 目を閉じて、涙と共に思いを秘めた。

 

 

 




ミリア、危ない火遊びで家を全焼させてしまう、の巻

人気でろでろ効果が表れたのか、評価が赤バーに変わりました。ぽちっとしてくださった六人の方、感謝してもしきれません。ありがとうございました。
いつも読んでくださる方も、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします(お辞儀)

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