いつかとは違い、冷え冷えとした夏。
ついに活動開始した『死喰い人』たちは、一年ぶりに年若い“仲間”の訪問を見た。
「闇の帝王!」
「やっと来たか」
ミリアの目は真っ赤で、髪は振り乱され、衣服も泥だらけだ。
「なぜ、私の家族を――!」
「ただの忠告だ。おまえは俺様が課した責務を果たさなかった」
「でも」
「俺様は知る術もなかった。バジリスクが既に死んでいる事実を。秘密の部屋を出入りするお前は、どうだ?」
「私は、知っているとばかり――」
「つまり、俺様の無知を嘲笑いに来たという事か。『
空間中に悲鳴が暴れる。闇の帝王は薄笑いを浮かべて、転げ回る少女を見下ろした。杖を下ろしても、悲鳴はしばらく止まなかった。
「俺様は寛容だ。おまえへの罰は、たったこれだけだ。恥となるべきマグルの母親と『血を裏切る者』の父親の始末は、真っ先に名乗り出たことへの褒美」
あえぐ息は弱弱しく、泣き腫らした目は虚ろだ。
「本来ならばおまえ自身がやるべきだった。少なくとも俺様はそうだった。汚らわしいマグルの父親を、この手で殺めた。俺様に忠義を尽くすならば、自分の親を喜んで捧げられよう。そうだな、ミリア・セルウィン」
力なく地面に置かれた左腕を取り、杖を向けた。
「おまえはおまえの望みを、来るべき時に果たせ。ホグワーツ内部にて、スリザリンの威光を知らしめるのだな?」
「来るべき、時……?」
闇の帝王は笑った。そして、今刻まれたばかりの『闇の印』を、満足そうに撫でた。
――――――――――
今年もこの季節がやってきた。
(進路指導か……面倒だ)
スネイプは無表情で頭を掻いた。
学生にとっては一生に一度の重要な分岐。だがスネイプにとっては、毎年何十回も繰り返し生徒の悩みにつき合わされる、厄介な行事。
去年からアルバス・ダンブルドアと『闇の帝王』の間を行き来する重責を背負い込んでおり、精神疲労回復薬が欠かせない毎日だ。自分よりもよほどこの手の指導に長けた、ホラス・スラグホーンに
(仕方がない……手早く終わらせるぞ)
スネイプは成績表をバラバラめくった。
◎レナ・アンダーウッドの場合
成績は全体的に中の上。苦手科目は魔法史だが、努力を怠らねば
際立って優秀な科目は無く、希望次第でどこへでも行ける。――つまり、就職先を決めにくい、教師にとって厄介な成績。
「希望は?」
「魔法省です」
「部署」
「それが……分かりません」
来たか――と、スネイプは内心頭を抱えた。
「では何故魔法省を希望する」
「私、……あのぅ」
「さっさと言え」
「偉くなりたいんです」
「希望は魔法大臣か」
「そんな非現実的なこと言わないでください!」
「進路を見定め準備を始めてしかるべき時期に漫然と“偉くなりたい”などとのたまう君こそが非現実的だ」
「す、すみません!魔法事故巻き戻し局以外のどこかとは考えてます!」
「決まっていないも同然だ。――出世を考えるならば、一年で習う科目全て、
「ぅぅ~~~!失礼しました!」
レナは顔を赤くして職員室を出た。彼女の書類には、流石に『魔法大臣希望』とは書かないでおいた。
◎キース・イングロッドの場合
スリザリン男子首席、苦手科目の薬草学も
スラグホーンの『スラグクラブ』にも出入りするから、きっと出世できる才能を持っている。つくづくいいご身分だ。
「希望は」
「……」
「質問をしている」
「魔法省、魔法法執行部、アズカバン勤務でした」
「……」
今度はスネイプが黙った。冤罪やら脱獄やらが相次ぎ、勤務先として安定しているとは言い難い状態だからだ。
「去年までは、間違いなくそこを目指して努力していました。ですが、正常でないアズカバンなんて、牢獄としても就職先としても意義を見出せません」
スネイプはキースからあるにおいをかぎ取った。十代中ごろによくある、中途半端に発達した精神と万能感が引き起こす、一種の病。
「だったらある程度似ていて人手不足も考えられる『魔法警察部隊』を希望先にするべきなのでしょうか。それでも僕には先が見えません。吸魂鬼がうろつき巨人が暴れついに『再来した闇の時代』と呼ばれるまでになった今、魔法省すら安定した職場とは考えにくいですから。そもそも学校やOWLの成績が通用する世の中とは――」
「はぁ……」
毎年数人は――特にスリザリンに多い――必ず出る患者。ただ今年だけは、生徒が不安を口にするのも無理はない。スネイプ自身も、確約された明日を信じられずにいるのだから。
「申し訳ありません。つい喋りすぎました。――希望は『魔法警察部隊』としておいてもらえませんか?ただ今後の魔法界の情勢によって、柔軟に希望を変えられるよう余地を持っておいてほしいのですが」
「こちら側に余地など期待するな。情勢不安がいつまで続くか、二年後三年後のことなど我輩にも校長にも分からん。しかし君の就職希望は『魔法警察部隊』としておく。入ってから情勢を見極め、異動か退職か決めればいい」
魔法省の分厚い冊子をめくり、該当のページを見つけ出す。
「闇の魔術に対する防衛術、変身術、魔法薬学、呪文学で、今のままの成績を出せれば十分だ。
「『闇祓い』は遠慮します。訓練と死亡率の高さがネックなので」
「分かった。次の者を呼んで来い」
これ以上、このにおいに耐えられない。スネイプが
◎ミリア・セルウィンの場合
天文学以外ほぼO、学年女子首席、『スラグクラブ』会員。取っていない教科や天文学が関係しなければ、何にでも就けるだろう。
しかしスネイプは、彼女の面接が一番気が重かった。
(夏休みに一度、また接触があった)
そればかりではなく、彼女の家が丸々消失した。
新学期に登校したミリアは、満月前のリーマス・ルーピンのような有様だった。引き返しようのないほど、深みに入ってしまったのだろう。
さりげなく『闇の帝王』に尋ねてみると
「泳がせておけ」
ミリア・セルウィンを、覚えているようだった。
ちなみにダンブルドアは、また悪い癖を出した。
「自由にさせてやれい。ところで綿あめ羽ペ――」
それはまだ泳がせておくという意味か、信じるに値するという意味か、ついぞ話さなかった。
(……。『憂いの篩』、よし)
面倒臭いので、全部知らないふりをすることにした。
「失礼します」
「ここに座れ」
「はい」
一年の時の、おどおどした感じは消え去った。代わりに醸し出すのは、水面に映る月のような、遠い虚無感。
「希望は」
「ありません」
「分かっていると思うが職業についてだ」
「無いです」
(だろうな)
教師としては、これで済ませられない。手元の書類の欄を、埋めなければならない。
「そのことは、何も言わないでください」
帰るべき家を失い、今後どうしたいかを尋ねようとした。あっさり読まれて、遮られてしまった。
「ならば、なぜここへ来て授業を受ける。斯様なことがあったにもかかわらず、成績は維持されている」
「ここに――ホグワーツに来たら、忘れられるかなって……そうだ」
いいことを思いついたと言いたげな、少々弾んだ声。
「ホグワーツに残りたいです」
「教職を希望するのか?」
ただの、やっと進みたい道を見つけた女子生徒ではない。『闇の一派』の一員とほぼ確定された生徒だ。
ダンブルドアから聞いたことがある。『闇の帝王』は教師の職を求めていたと。
「先生でも、校医でも管理人でも、森番でも……いいえ、森番は出来ません。なんでもいいので、学校に残りたいのです」
目を見て真意を確かめようとしたが、やめた。去年の時点で、彼女の開心術は己の閉心術を上回っていた。
「……。教師の場合、少なくとも担当科目はOを取らねばならない。君の場合天文学以外の全てに適性があるが」
「得意なのは……魔法薬学と変身術です」
「教師の採用は校長が決める。就職時の校長に気に入られるよう、引き続き優秀な成績を修める事だ。魔法薬学を希望するなら、天文学を努力せねばならない。星の運行や月の満ち欠けで、調合の具合が変化する物もある。最低合格点の知識は持て。変身術に関してはマクゴナガル教諭に尋ねるがいい。以上だ」
「分かりました。ありがとうございます」
ほんのりと笑顔を浮かべた。
ぺこりと頭を下げて、帰って行った。
(……読まれてはいないか?)
終始目を合わせないことには成功した。だがそれだけで『読心』を回避できたとは思えない。
恐れていたことは、これだったか?完全な敵か消極的な味方か曖昧な状態で、どれだけの情報を盗られたのかも未知数。得体の知れない能力と相対するのは、本当に難しい。
敵に回してはならないと肝に銘じたはずだった。寮監としてそこそこ気をつけて目を配っていたはずだ。どこから道を踏み違えたのだろう――スネイプにはさっぱり見当がつかなかった。
(せめて、
今夜、もう一度聞きに行こう。彼に残された時は、もう長くない。
――――――――――
レナにとってダンブルドア校長とは、食前に二言三言冗談を飛ばすおじいさんだった。
気安そうだったが、個人的に話したことはない。廊下でばったり会って挨拶したこともない。他校の制服を着ていれば、その学校の生徒だと思われるだろう。
「あれ……おかしいな」
「レナ、泣いてる?」
「あんたじゃあるまいし」
そうは言うものの、ミリアは泣いていない。
彼女の実家が、恐らく『死喰い人』に襲撃されたのは、夏にニュースで知った。涙はその時に枯らしてしまったのだろうか。
「恥ずかしがることないよ。泣いてる人、結構多いもん」
確かに、すすり泣きの声は一人二人ではない。日ごろ校長の文句ばかり言っていた斜め後ろのスリザリン生も、鼻筋を赤くしていた。
「まあ、私も……いなくなったら寂しいかな。こんな突然、死んじゃうなんて……これっぽっちも思ってなかった」
ダンブルドアは殺された。やったのは寮監『だった』スネイプだと聞く。
ダンブルドアが死に、ホグワーツも安全ではないと考える親は多かった。それくらいの信用はあったのだろう。
レナはそこまでダンブルドアを信用していない――というより、気にしていなかった。
「そこにいて、当たり前だったから」
きっとそれは、安心感。彼の存在は、ホグワーツをふんわり包んで守っていた。
「学校からいなくなったこともあったけど、こんなに違うなんて……」
悔しい。一度も話したことのない老人のために、何故この
「スネイプ先生が殺したのは、『例のあの人』の手下だったから?」
彼はホグワーツから消えた。どこから流れてきた噂なのかは知らないが、校内ではそういうことになっていた。
「そうかもしれないね」
事を起こしたスネイプに対しては、憎しみよりもどうしてという戸惑いの方が強い。
「ミリアはスネイプ先生が憎い?」
「分からない」
「だよね。はっきり言って校長よりお世話になってたもんね」
「お世話になったかどうかじゃなくて」
不思議と強い声に、レナは顔をミリアに向けた。
「もう見られないっていうのが寂しい。それだけ大きい人だった」
その言葉は、すとんと胸に落ちた。
「確かに。のっぽな人だったなぁ」
笑いと共に、次から次と涙が落ちる。差し出された新しいハンカチを受け取り、目頭を押さえた。
(来年からどうなるんだろう)
試験は延期。いつ行われるかという話は全く無い。さんざん将来が変わると言われてきたOWLなのに。
ホグワーツはどうなるのだろう。マクゴナガル先生が暫定的に校長という地位に立つが、学校の再開を迷っているという噂を聞いた。
そんなことより魔法界は。アルバス・ダンブルドアという『例のあの人』が恐れた最大の人間がいなくなった。彼が生きた『前回の闇の時代』よりも、ひょっとしたらひどいことになるかもしれない。
たった一人の老人がこの世を去っただけで、どうしてこれほどまでに未来の予感が形を成さなくなるのか。
(大きい人、か……)
レナは母親を見返したいとしか、将来を考えたことが無かった。
(もし将来出世できたら……ううん、出世できなくても、こんな大きい人になりたいな)
目を閉じて、涙と共に思いを秘めた。
ミリア、危ない火遊びで家を全焼させてしまう、の巻
人気でろでろ効果が表れたのか、評価が赤バーに変わりました。ぽちっとしてくださった六人の方、感謝してもしきれません。ありがとうございました。
いつも読んでくださる方も、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします(お辞儀)