【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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6 通りすがりのヒーローは

 

 

 寮の寝室で、レナはミリアに詰め寄っている。

 

「あんた、一体どういうつもりなの?」

 

「どういう、って?」

 

「『防衛術』の授業のあれよ。本気?というか正気?」

 

「ああ……」

 

 昼間は話しかけられなかった。ミリアが笑顔を崩さず生徒に『磔の呪文』を放った事件が、一瞬で学校中に知れ渡ったからだ。同類と思われるなどごめんだ。

 

「あんたの評判は、悪くなかった。優等生だし、どこの寮だろうが分け隔てなく親切だし、親衛隊の時だって公平だった。嫌われ者集団に入っていても、あんただけは特別視されてたんだよ。むしろいい子ちゃん過ぎって、スリザリンの中の方が影口あったくらいで……ああもう、何言いたいか分かんなくなったじゃない!」

 

「そう。私と友達でいるの、大変だった?」

 

「そんな言い方しないで!御利益の方が多いわよ!宿題とかグリフィンドールの攻撃とか……割り切って付き合うとあいつほどいい奴はいないって言っとけば寮ん中でもいい顔――って、そんなん言いたいんじゃない!」

 

 今は二人きりだから、聞きたいことも言いたいことも自由だ。他のルームメイトは、理由をつけて別の部屋に移った。

 レナはミリアの両肩を掴んだ。

 

「ミリア。『磔の呪文』、本気で楽しんでた?」

 

 ミリアの瞳を覗いた。こんな暗い――闇の深い目ではなかったはずだ。

 

「レナはしたくないの?拷問」

 

「馬鹿ッ!やれと言われても嫌よ!」

 

「カバだよ」

 

「知るかっ!」

 

 なぜ平気な顔で冗談を言えるのか……こんなにも遠い存在とは、思いもしなかった。

 

「ずっと隠してきたの?」

 

「そうなるね」

 

 怖気が走った。

 

「今までのいい子ちゃんは?」

 

「そういうこと、大っぴらにしちゃ駄目な時代だったから。レナ、分かってるでしょ?魔法界は変わったって」

 

 唇をかんだ。世の中にはやってはいけないことがある。あの『防衛術』の授業がそうだ。見せしめにしても度が過ぎている。――あんな悲鳴を上げなくてはならないほどの悪いことを、彼はしていない。

 それをほかならぬ生徒にさせて、嬉々として煽る先生もおかしい。秘めるばかりか、あれを実際にやるミリアだって危険だ。

 ならば。

 

「変わったのは確かね。でも間違ってるのは間違ってる。ええ言ってやりますとも。新しい魔法界は――『例のあの人』は、間違ってる!」

 

 あーあ、言っちまった。レナは内心呆れた。何年かに一度あるかないかの、口の暴走だ。

 

「今あなたのお好きな拷問をする?それとも次の見せしめに連れて行く!?はんっ、いいわよやりなさい!それが今の魔法界のしきたりならッ!」

 

 こうなったらもうやけくそだ。

 少なくとも、前の魔法界は『間違っている』と叫んでも『磔の呪文』が飛んでくることはなかった。今はそうじゃないとしたら……前の方がよかった。

 

「レナはいい子だね。私なんかよりも、ずっと。こんなに勇気のある人だなんて、思わなかった」

 

 優しい微笑みは、変わらない。でも彼女は、いつも杖を入れているポケットに手を入れた。

 このまま黙って『磔の呪文』の餌食になってたまるかと、ビュッと杖を向けた。

 

「『エクスペリ――」

 

 バチン、と閃光が走り、杖が空を飛んだ。――レナの杖が。ミリアの杖はもう抜かれており、反対の手でレナの杖を握っている。

 

「今まで仲良くしてくれてありがとう……ばいばい。『クルーシオ』」

 

 そこからの意識は混濁して、ほとんど憶えていない。

 

 

 

 暖炉は煌々と、円形の部屋を優しく照らす。しかしグリフィンドールの談話室は、隙間風が迷い込むかのようにうすら寒い。

 宿題をやる生徒、友達と賭けの真似事に興じる生徒、他愛のない噂話を囁き合う生徒、いたずらグッズの販売でにぎわう生徒――誰もいない。

 この“寒さ”のせいで気分が落ち込み、皆部屋にこもってしまっているのだ。それだけではなく、生徒の絶対数も減っている。――マグル生まれの生徒が追放されて。

 無人の談話室の隅で、隠れるように人影が二つ。ネビルはジニーから、結婚式の騒動の後どうなったかを聞いていた。

 

「じゃあ、ハリーたちは無事なんだね」

 

「ええ。……次いつ会えるのか、さっぱりだけど」

 

「ジニー……」

 

 いなくなったハリーとジニーが恋仲なのは、グリフィンドール全員が知っている。別れたとかふられたとか、出所不明の与太話を、ラベンダーとパーパディの会話から盗み聞いた。が、少なくともジニーはハリーを想っているのは一目瞭然だ。

 

「ハリーはいつか、このホグワーツに帰ってくる。それまでは僕たちがしっかりしなくちゃ」

 

「そうよ。私たちがホグワーツを守らなきゃ。――スネイプから」

 

「スネイプもそうだけど、カロー兄妹も『死喰い人』、でいいよね」

 

「魔法省は乗っ取られたもの。スネイプなんかを校長にするくらい、腐ってベトベトだわ」

 

 ジニーは嫌そうな顔をして鼻をつまんだ。

 

「あいつらの授業、絶対まともじゃない。なにせ、マーロンを――ジニー?」

 

「うん、ちょっとね……。あの噂、信じられなくって」

 

 今ホットな噂話は一つ。

 

「カロー兄の授業で、スリザリンが『磔の呪文』をかけたっていう?スリザリンならやりかねないと思うけどな」

 

「知らない仲じゃないのよ、セルウィンとは。ほら、二年前アンブリッジに捕まった時、こっそり逃げるきっかけ作ってくれた子」

 

「そういえば、言ってたっけ。その子が、噂の女子生徒か」

 

「セルウィンのことは、ルーナの方が詳しいわ。あの子は初めての友達だって、常々言ってたから。――なんで離れちゃったかは、話してくれないけど」

 

「その頃とは、もう変わっちゃったのかもしれない。信じたい気持ちも分かるけど、それならそれで一層注意しなくちゃ」

 

「……分かってる。そんなことより、ほーんと寒いわ。嫌になっちゃう。『エクスペクト・パトローナム』!」

 

 銀色の馬が談話室の入り口へ走って行った。部屋の寒さは急激に去った。

 

「談話室の一歩外には吸魂鬼か。……スネイプめ」

 

 談話室が閑散としているのは、ほぼ吸魂鬼のせいだ。

 

「外のあいつだけでも何とかできないかしら。こうも張り付かれちゃあ、おちおち反乱の相談もできないじゃない」

 

「それが狙いなんだよ、きっと。当面は元DAのメンバーが、交代で『守護霊の呪文』をかけてくしかない」

 

「根本的な解決にはならないけど」

 

 二人は銀色の馬を見つめた。

 守護霊の呪文は術自体も難しいが、必要とされる時に『幸福のイメージ』を思い浮かべることこそが、呪文難度を引き上げている。すなわち『幸福感を吸い取る吸魂鬼の前で幸福なイメージを抱けるか』。DAメンバーの何人かがNEWTレベルのこの呪文を成功させたのは、吸魂鬼を前にしない練習だったからだ。今ジニーが馬を出せているのも、比較的距離があって絶望感の影響も少ないから。

 

「それに、――!不安定なのよね、この子」

 

 馬がパッと消えた。

 

「一度追い払えたとしても、スネイプならまたここに配置するよ」

 

「そしたらまた追い払って、また連れてこられて――イタチごっこ。こっちの精神が持たないわ。一年生だっているのに」

 

「吸魂鬼除けの結界みたいな呪文、無いのかなぁ。せめて『守護霊の呪文』より、楽で簡単な方法……」

 

 ジニーとネビルは、真夜中まで吸魂鬼対策を話し合った。

 

 

 

 ふくろう小屋で、ルーナは素っ頓狂な声を出した。

 

「ミリア?あの子はいい子だよ。だってしわしわ角のスノーカックのこと一緒に探すって、約束してくれたもン」

 

「……いつ約束した?」

 

「一年の時」

 

「それ、実行してくれたの?」

 

「ううん」

 

「忘れてるんじゃないか?」

 

「それか口約束か」

 

 ルーナの話は面白いが、ジニーもネビルも信じてはいない。

 

「それに動物好きに悪い人はいないっていうよ」

 

「ハグリッドとか?」

 

「ハグリッドとか」

 

「ハグリッドとかだね」

 

 彼はいい人だ。いい人に違いない。ペットが多少凶悪だとしても。

 

「少なくともあなたのお友達だったのは、よく分かったわ。でも気をつけて。五年前とは変わったのかもしれない」

 

「……あの子とは、友達でいたいな」

 

 ルーナは呟いた。五年前はジニーに対しての言葉だったことを、憶えていた。

 

「――そんなことよりも!グリフィンドールの寮の入り口に、吸魂鬼が張り付いてるんだ。レイブンクローは大丈夫なのかい?」

 

「吸魂鬼?たいへんだねぇ」

 

「なんて他人事。レイブンクローの寮にはいないの?」

 

「うん。あれだったら隠れてたって分かるよ」

 

 ネビルは吸魂鬼の寒気を思い出した。部屋で布団をかぶっていても、どことなく空気が冷える。

 

「君にとっては他人事かもしれないけど、僕らこのままじゃ全員凍っちゃうよ。知恵を貸してくれないかな」

 

「他人事なんかじゃないよ。あんたたちとは友達だから」

 

「ありがとう、ルーナ。――レイブンクローにいないっていう事は、ハッフルパフもかな。スリザリンは言うまでもないとして」

 

「そうだよ、今朝アーニーに聞いた。やっぱりスリザリンは知らないけど」

 

「絶対いないわ。この露骨なグリフィンドール差別――スネイプ臭がする」

 

「ペガルニュンペーのこん棒の先についてるラックスパートの体液みたいな?」

 

「例えは分からないけど、きっとそんな感じ」

 

 さぞ臭いに違いない。

 

「いっそのこと倒して、数を減らせればなぁって――昨日はここで終わったんだ」

 

「頼みの『守護霊の呪文』も、追い払うまで。ただのパンチやキックも、避けられて全然手応えないし」

 

「じ、ジニー。君吸魂鬼に、……殴りかかったのかい?」

 

「うん、今朝あんまりにもムカついて」

 

「勇猛果敢なグリフィンドール♪」

 

「ふふん。とにかく図書館行きましょう。吸魂鬼の弱点を探しに!」

 

「ダンブルドア軍団、ふぁいっおー」

 

「「オー!」」

 

 三つのこぶしが、高く上げられた。

 

 

 

 図書館には、本がたくさんある。

 

「あるね……」

 

 まさに、ホグワーツが千年の歴史を汲む、知恵の泉。

 

「溺れる……」

 

 例え稀代の天才ロウェナ・レイブンクローだとしても、人の一生で読み切れる数ではない。

 

「人間五十年、下天のうちに比ぶれば~♪」

 

「神聖なる図書館では静かになさーいッ!」

 

 マダム・ピンスの怒声。

 三人まとめて追い出されてしまった。

 

「アイタタタタ……」

 

「もう、あなたが一番うるさいじゃない」

 

「苦しゅうない~……」

 

 三人はローブに付いた砂を払った。

 

「で、収穫はあったかい?守護霊の呪文が有効以外に」

 

「吸魂鬼って、キスされた人間がなる物なのね……ドン引きよ。収穫とは言えないけど、死んだ吸魂鬼は他の吸魂鬼がどこかに連れて行くらしいわ。とりあえず生物ってのは判明。――ん、ルーナ何笑ってるの?」

 

「ふふふ……分かっちゃったもンね~」

 

「吸魂鬼攻略法を!?」

 

「さっすがレイブンクロー!」

 

 口々に称えて、背中を叩く。すたんっとローブから一冊の本が落ちた。

 

「この本――って……」

 

 ウィーズリー家にも一冊ある。

 

「『ゆうしゃゴドリックのぼうけん』……」

 

 ネビルもばあちゃんに昔読み聞かせてもらった。

 

「よりにもよって絵本……。そもそもこれに、吸魂鬼なんて」

 

「いるよ。――ほら」

 

『ひとびとをこわがらせる ふーどおばけも 「破ァ!!」』

 

 この絵本は、基本的にこう進む。誰かが困っている、悩みの根源たる怪物を主人公が倒していく。

 

「うーん……この逸話が本当だとしても、普通に守護霊の呪文で追い払ったんじゃないかい?」

 

「違うもン!証拠に――これ!掲げてるのは剣で、杖を持ってない!」

 

「でも挿絵……」

 

「ゴドリック・グリフィンドールの逸話には、今現在の魔法を駆使しても足先一つ分も再現できない偉業が数多くあるの。今は失われた太古の魔法か、グリフィンドール一代限りの才能かは不明だけど、確かに失われた技術がある。指先ひとつ使わず気合いで多くの怪物を倒したのもそう。“失われた魔法”の探求はパパもやっていて、レイブンクローの『失われた髪飾り』の――」

 

「分かった分かった!ゴドリックの『破ァ!!』も実在したって言いたいんだね!」

 

 ごどりっくごっこは、子供たちが必ず一度はやる遊びだ。

 

「でも、現代にゴドリック・グリフィンドールはいないわ。吸魂鬼を気迫で追い払うなんて――ハリーもいないのに」

 

「何でハリーならできるって思ったの?」

 

「彼は数々の不可能を可能にしてきた『生き残った男の子』、『選ばれし者』よ。ゴドリックのような偉業だって成し遂げたわ。『真のグリフィンドール生』だけが取り出せるグリフィンドールの剣を組み分け帽子から抜いて、たった一人で大蛇に――」

 

「分かった!ルーナはこう言いたいんだ!」

 

 ネビルは興奮して顔色がピンク色になった。

 

「グリフィンドールはいない。でも彼が遺した品はある!」

 

 

 

 

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