校長たちは、話し合う。
「ハグリッドが一緒なら、罰則も通常の域を越えまいでしょうな」
「カローらの反応は?」
「あれ以上口を出しては来ません。罰則の内容を聞くためセルウィンを寄こしたくらいです」
「今回の一件で奴らの信用を損なうことはなさそうだ」
それは常に、ホグワーツのために。
「おまえの信用なんかどうでもいい。生徒が苦しんでいる!吸魂鬼めをどうにかできんのか!?」
「寮前に吸魂鬼を配置するのはカロー兄妹の提案で、『闇の帝王』にまで伝わっています。我輩一人の権限では、取り下げられない。グリフィンドールだけに絞るのが精々だった」
「グリフィンドールはつくづく粗暴な寮だ。吸魂鬼を置かれて大人しくなるどころか、ますます荒れ狂うばかり」
「まあまあ、それだけ追い詰められているという事ですよ。同じことをされれば、スリザリンでさえ黙ってはいないでしょう」
「あの部屋さえ使えれば……」
「いかん。『闇の帝王』はあの部屋の存在を知っておる。最悪セブルスの背信が勘付かれる」
「す、すまん……私には不憫な生い立ちの才気あふれる若者としか見えなかったのだ。大体あの者が闇の中の闇となることを予見していたのは、ダンブルドアの他におったか?」
先々代校長の言葉が火種となり、議論は温度を増していった。熱くなっても議論という域を出ないのは、その身をホグワーツに捧げた校長のなせる業か、はたまた杖を持てない肖像画の身たるせいか。
いい加減うんざりしてきたスネイプは、静かに議論を見守っていたダンブルドアの肖像画に語り掛けた。
「そろそろ話してくれないだろうか。セルウィンは今や闇の印を刻まれ、カローらと生徒の懲罰に杖を振る立場になりました。守るべき生徒として無理にでも止めるか、敵として見据えるのか」
「残念じゃがな……。あの子は二年前、自分からホグワーツの庇護から抜け出た。ホグワーツは助けを求める者には必ずそれが与えられる。あの子はそれを求めておらん」
「やはり放っておけと?」
「そうじゃ。それに迂闊な接触は、我々にとって命取りとなるじゃろう――その可能性は低いとは思うのじゃがな」
スネイプはヴォルデモートからホグワーツを守る、最後の砦だ。どの陣営に属しているのかを暴かれる危険は、どんなことがあっても避けねばならない。
「大勢の生徒を『磔の呪文』にかけている『死喰い人』でも、ホグワーツに在籍しているから放置するべきなのですか?」
「セブルス、きみには言い訳にしか聞こえんかもしれんがの……。三年前、わしはあの子に対して、取り返しのつかない間違いを犯してしまった。道を踏み外してしまったのは、紛れもなくわしに責がある。あの子が『あやつ』に接触した時点で、時は止まりようもなく動き出したのじゃ。――どの道カロー兄妹を追い出せない以上、生徒を無傷のまま預かるのは、きみ一人では不可能じゃ。せめて死者が出ないよう……頼む、セブルス」
ダンブルドアの最期がフラッシュバックし、スネイプはぎくりとなった。計画された“呪いに侵された老人を楽にする処置”でも、あの魔法は胸に応える。
「来るべき時――『死喰い人』をホグワーツから追い出す状況になれば、彼女も同様にしてよい――そう解釈してよろしいですな?」
「ああ、その通りじゃ」
つまり、ただの『死喰い人』のように。
ダンブルドアは常に最善を見据えている。だからこそ非情だ。
他の校長たちは、まだ議論に夢中になっている。
ザックザック。罰則を食らったネビル、ジニー、ルーナの三人は、夕方の森を足音高く散策していた。
「セルウィン部屋と思ったら、ハグリッドと一緒に森でお散歩、とはねぇ……」
「セルウィン部屋っちゅーのはなんだ?最近とんと生徒が来てくれんで、生徒の噂にゃあうといんだ」
「悪さをすると、カローにミリアのいる部屋まで連れてかれるから、セルウィン部屋だよ」
「それだ、それ。本当なのか?あの優しいミリアが、今じゃ笑って『磔の呪文』を誰にも彼にもかけるってえのは」
「ええ。寮関係なくお構いなしに。噂じゃスリザリンで一番仲良かった友達まで拷問したそうよ。だから学校全体戦々恐々、下手に目をつけられないように、みんな大人しくしてるわ」
「おめえさんたちを除いてな!吸魂鬼相手に剣で戦うってか!」
ハグリッドはガハハと笑った。やはり無謀だろうか。
「でも実際、どうにかしなきゃいけないよ。学校が静かなのは、グリフィンドールが元気ないせいでもあるんだよ」
ネビルがハグリッドの前に立って、大きな動作で主張する。
「ハグリッドはアズカバンに入ったことあるんだよね。守護霊の呪文以外に何か知らない?看守たちが特別な魔法を使ってたとか」
「いんや。人間の看守も守護霊の呪文で自分の身を守っとった。他には……シリウス・ブラックが動物に変身して吸魂鬼の影響から逃れたってぇ話くらいだな」
「『
「そうなったら楽しそう。あたしはしわしわ角のスノーカックがいい!」
「なら俺ぁ尻尾爆発スクリュートだ!ああ、どうしてみんな逝っちまったんだ……」
「あ、あれ……やめてよ……もう一生見たくない……」
何を食べるのかから始まった
そんな他愛のない会話や情報交換をしながら、森を当てもなく進む。スネイプは森で何をするか具体的なことは一切言わなかったから、堂々とおしゃべり会に興じられる。
「さて、そろそろ帰るか――ん?」
「どうしたの?ハグリッド」
「クモが……」
ハグリッドの視線の先に、黒い影が素早く横切って行った。その“一匹”ではない。もっと、たくさん……
「くもって雲じゃなくって蜘蛛……?」
「おかしいな。いつもなら、俺の姿を見たら真っ先に来るんだがな……」
「ハグリッド、クモにも好かれてるの?」
「いんや、襲いに」
「それダメじゃん!」
ジニーはハグリッドを叩いた。
「けんどなぁ……森の動物としても、あそこまで群がったりしねえんだ」
「だったら人間かもね」
「そうかもな、ルーナ。ちょっくら見てくるわ。おめえさんらは先に帰れ」
「本当に人間だったら生徒ってことよね。私も行くわ」
「ぼ、僕だって」
「アクロマンチュラかなぁ……」
「来るんなら離れるなよ。あいつらの毒はちょいと沁みるからな」
四人は大グモの向かう先へ急いだ。あるクモはハサミをガチャガチャ鳴らして、あるクモは木の上を枝伝いに――クモたちは四人に目もくれず、どこかへ急いでいる。
「――!――!」
「誰か叫んでる!」
「呪文だね」
「急ごう!」
「おーい!今助けてやるかんな!」
やはり、誰かがクモに襲われているようだ。
木の陰から、硬質的なトルコ色が見えた。
「『
男子生徒の声だ。ジニーとルーナは聞き覚えがあった。声は青いおかしな形の箱――マグルの『クルマ』の中から発せられている。
「な、なんでクルマが!?」
「知らん!」
「あの中にいるみたいだよ」
「あれ、私知ってる!」
ジニーは信じられない思いだった。
あれはフォードアングリア――かつてウィーズリー家にあった、父が改造したマグルの道具。確かハリーとロンが学校に行くために飛ばして……そこから行方不明となっていた。
車の中の誰かに倣って爆発呪文でクモを蹴散らしながら、車のドアを開けた。
「う、ウィーズリー!?」
「あんた、スリザリンの――」
「キース・イングロッドだ」
スリザリンと合同授業を受けていれば、自然に声ぐらい覚えられる。あまりグリフィンドールにちょっかいをかけない、賢そうな生徒だった。
「これが『武器』なのか?」
「武器って何のことよ!ここで何してんの!?」
「そうか。じゃあ逃げるぞ!『プロテゴ』!」
彼――キースが盾の呪文で安全地帯をつくると、さっさと車から出た。
「『
二人でハグリッドたちと合流し、あまり乱暴しないでくれと泣く彼を押しながら、クモの大群から逃げる。
盾の呪文を張っては進み、追いつかれて妨害し、爆発で吹き飛ばしてハグリッドを慰め、また盾の呪文を張って進んだ。
五人はひと塊だった。誰かにクモが足をかければ、別の誰かが払い、誰かが根元に躓けば、ほかの誰かが支えた。一丸となって、クモから逃げ続けた。
やっと外の明かりが見えた頃には、全員ヘロヘロだった。ハグリッドも泣き疲れて息を荒げている。
「俺一人じゃ危なかった。恐らく帰れなかった。ありがとう」
「困った時は、お互い様」
もうクモは追ってこないと再三確認してから、目つき悪く森をうかがうキースに向き直った。
「あんた、あんなところで何やってたの?」
「お前らは……今のホグワーツをどう思う?」
「質問してるのはこっちよ。でも――そうね、アンブリッジ以下の最低ホグワーツだと思うわ。あんたはどうか知らないけど」
「俺もだ」
ジニーとネビルは驚いて、胸の紋章を見直した。間違いなく緑色だ。ハグリッドは森を見て再びおいおい泣き出し、ルーナは慰めている。
「ホグワーツじゃなくて魔法界がだな。どうせ全部『例のあの人』が仕切ってるんだろうが。マグルとかかわったってだけでアズカバン送りなんて冗談じゃない。ホグワーツもそうさ。ちょっと文句が耳に入ったからって『磔の呪文』だとか美意識の欠片もない。最近の授業内容は思ったよりまともだけどさ……」
ここから始まり、ぺらぺらぺらぺらよく言葉が出てくる。内容は全部魔法界とホグワーツの現状の不満。
「分かった、分かった!それで君はあそこで何をしてたんだ?」
「お前ら、二年前言ってただろ――森で魔法省に対抗する『武器』を作ってたって。それが本当なら、今こそ使うべき時なんじゃないかって。森に入って『武器』を探していたら、それらしい『あれ』を見つけた。全く動かないから修理に動き回ってたら、クモの縄張りに入ったようだった」
ネビルとジニーは揃って首を傾げた。
「尋問官なんちゃら隊に捕まった時、ハーマイオニーが言ってた嘘のことじゃない?」
「「ああー」」
思いだした。シリウス・ブラックを助けに魔法省へ乗り込む直前、アンブリッジを罠にかけるためについた嘘が『武器』がどうとかだった。そんな口から出まかせ、ルーナはよく憶えていたものだ。
「残念だけど、武器なんてないわ」
「別に笑っても構わないぞ。たった一人真に受けた馬鹿がいたって」
キースが鼻で笑った。心の底から自嘲しているようだった。
だが、ネビルは真剣な表情で、まっすぐ見つめた。
「笑うなんてしないよ。君は勇敢だ。なんてったってたった一人で、ホグワーツを良くしようと頑張ってたんだ」
ネビルはキースの肩に手を置く。
「僕たち、仲間を探してるんだ。ホグワーツを良くするための仲間を――」
「ね、ネビル!?」
何を言わんとしているか察し、ジニーは慌てて間に入った。
「さすがにまずいわよ!こいつの言ってること信じられるの!?」
「信じていいと思うな」
ルーナが口を挟む。
「禁じられた森の出入りは今も規則違反だよ。今のホグワーツでいいって思ってるなら、規則破りは絶対にしないと思う」
「そう、そうだ。ありがとうルーナ!話せばみんなも分かってくれると――」
「俺は遠慮しておく」
キースは大きめの声で宣言した。
「以前のあなたたちの集まりがどうなったのか、記憶していますから」
二年前は、密告者が出てハリーが捕まり、ダンブルドアが学校から去った。
「前と同じ道を行かないためだよ」
ネビルのまなざしは、あくまでも強い。
「今、僕たちの目の前には、共通の巨大な敵がいる。組分け帽子はなんて言った?『外の大きな敵に立ち向かうために内側で団結しろ』――そう、今は寮がどこだとかどの寮が嫌だとか、言ってる場合じゃないんだ」
誰も真に受けなかった、組分け帽子の警告。今年も変わらず、スネイプや『死喰い人』の前で歌っていた。
「スリザリンだからって相手から目を背けるなんて、マグルだからって殺す『例のあの人』たちとおんなじと思うんだ。僕は『例のあの人』と戦うよ。だからこそ、同じ立場に成り下がりたくないんだ」
ネビルの中の何がそこまで強くあるのか、キースには測れなかった。
「今の僕たちには
はかり切れない波に、呑まれてやってもいいか――そう思った。どの道一人で出来ることなどたかが知れている。『武器』など無いと判明した今は、特に。
「……名前は?」
「ネビル・ロングボトム」
「ロングボトムさん。あなたたちが窮地に陥っても、俺はヒーローになれない。自分の身を一番大事にして、こそこそ逃げ回る。それでもいいですか?」
「自分が一番大切なのはみんな一緒なのに、そういうやり方は出来ないんだ。逃げる時は、君の手が届く範囲だけでいい――仲間も逃がしてほしいんだ」
スリザリンの徳目の一つは、そんな小器用さ。DAが持っていなかったもの。
「一人の手しか引けないかもしれない」
「一人余分に助かるってこと?」
「分かりました」
ネビルの丸顔が、ぱっと晴れた。
「危ない橋は絶対に渡らない。その代わりあなたたちを裏切らない。安全圏から全力で助ける」
それを聞いたネビルとジニーは、ぷっとふき出した。スリザリンらしく、卑怯だ。
「そういうのも一人いていっか。了解、私もみんなを説得する。」
気が付くと、ルーナやハグリッドもこちらを向いていた。
「生徒が仲良くすんのはいいこっちゃ」
「スリザリンだって、友達になれるもんね……」
ルーナは、どこか切なそうだった。