初冬のある日、マグル学の授業で。
「マグルによる魔法使い拷問史はここまで。これは魔法使いだけではなくマグルの資料も参考にした、れっきとした事実だ。それを踏まえた上でなぜマグルが一致団結してここまでやったのかの考察を、羊皮紙二巻き分でレポートを出すように。
今日はこれから楽しい特別授業だ。指導要綱からは外れているが、宿題の参考にはなるだろうから、しっかり聞くように。
先祖の時代の魔法使いは、父を、母を、あるいは祖父母を師とし、父祖伝来の魔法を家族内だけで学んだ。他家には当家の魔法の神髄を秘匿し、また秘匿こそが力だった。家族のつながりとは、秘匿が蓄えた力そのものだった。
例外的に他家の力を取り入れ、当家の秘密の一部を与えるのが、婚姻だ。そこには現在とは比較にならない、両家のパワーバランスの測り合いがあった。婚姻は力をどこまで取り込めるか、或いはどこまで守れるのか――その駆け引きが全てであり、当人同士の相性や恋愛感情の有無など考慮外だった。
しかし、恋愛は人の行動を一変させる力を持っている。それは千年前も変わらなかった。魔法使いの家同士は、秘匿の関係もあって離れている。よって恋愛対象は身近なマグルが多かった。何の力も持たない人間を引き入れることに、駆け引きが全ての親は許すはずもない。故にマグルを『穢れた血』と蔑み、マグルと契りを交わす魔法使いを『血を裏切る者』と家から排除した。家のための婚姻を円滑にするために、これを幼少期から吹き込んだ。マグル蔑視や純血主義の始まりはこんなところだろう。
時代はおよそ千年前、そんな秘匿に満ちた家庭観が一変される、革新的な試みが行われた。それが何か分かる奴は?」
「ホグワーツ?」
「その通り。グリフィンドールに五点。
ここからは、最近発見された資料に基づく。
当時最高の魔法使い――四人の創始者たちの試みは、時には絵空事として笑われ、時には過激な妨害にあった。秘密を旨とする当時の魔法使いが、知識を共有し合い、分け隔てなく次代へと継承させることに、どれだけの拒否反応を起こしたのか計り知れない。その中で学校を完成させられたのは、紛れもなくある理念の存在がある。
『マグルから魔法使いを守る』。
マグルによる魔法使い狩りが本格化する前だが、常に魔法使いは迫害に晒されていた。
マグルは確かに魔法を使えない。しかし数に勝り、魔法という一つの脅威を前にした団結力にも勝った。魔法力が安定しない幼少の者は無論、大人でも杖を取り上げ、マグルは多くの魔法使いの家族を滅ぼした。
学校という概念もそうだが、魔法使いたちを一所に集めるというのも革新的だった。これによって保守的な家も説き伏せ、多くの生徒を集めるに至った。
それぞれの理念を持つ家々が団結したのは、マグルという共通の敵があったからだ。
だがホグワーツは、マグル生まれの入学を許した。
マグル生まれはホグワーツで、逆に迫害された。身近な親類をマグルに殺された者も多く、マグル差別が現代よりもはるかに一般的だったからだ。ホグワーツからマグルを追い出すという考えは、学校全体ではむしろ多数派だった。
その旗頭とされたのが、サラザール・スリザリン。
マグル排除の声は膨れ上がり――しかし為されなかった。現在に伝わる通り、ゴドリック・グリフィンドールに決闘で敗れ、ホグワーツを去ったからだ。
後は知っての通りのホグワーツ。
以上だ。何か質問は?――ロングボトム」
「だから純血主義は正当化されるって言いたいんですよね?でも千年前ですよ?馬鹿じゃないですか?」
「よろしい。議論のため今日の夕食後教授室に来い。じっくり相手してやる。来なかったら罰則だ」
その日の夜。グリフィンドール寮
「お帰り!大丈夫!?」
「あ、ジニー。待っててくれたんだ。それがさあ、カロー妹のやつ来なかったんだ。だから帰ってきてやったんだ」
「ラッキーじゃない!とうとうネビルもセルウィン部屋かと思った!」
「うん、僕も覚悟した」
ネビルは頭を掻いて、にやりと笑った。
「シェーマスから聞いたわ。アレクトに面と向かってバカって言ったんでしょ?そんなの罰則に決まってるじゃない。どうしてそんなこと言ったの?」
「うーん、と」
腕を組み、難しい顔で考え込んだ。
「なんとなくで言ってたら、この先五体満足じゃいられなくなるわよ」
「実は、そのなんとなくかもしれない」
ジニーは大きく目を見開いた。
「いつもビンズみたいに淡々と教科書を読むだろう?でも今日は……ちょっと熱がこもってたんだ。それも妙に引き込まれてさ、思わず納得しかけた。だから何か言い返したくて……思ったことをそのまま言ってみたんだ」
「へえ。私もその授業受けて立ってみたいわ」
「僕の二の舞になるなよ」
「なるかも」
「おいおい」
「ところで……」
ジニーは暖炉前のソファに座った。ネビルも隣に腰かける。
「思ったよりもぬるくない?『例のあの人』の支配下のホグワーツって、もっと阿鼻叫喚の地獄絵図だと思ってたのに」
「ああ……僕も、ちょっと思ってた。吸魂鬼が一番それらしいけど、寮の中までは入ってこない。だから通る時以外はちょっと寒いくらいで済んでる。他はセルウィン部屋だけど……」
「終わったら律儀に医務室まで連れてくわ。寝たきりになる生徒もいない。ネビルみたいに、そもそも来ないことだってある。面と向かってバカとか言ったり、授業中花火を爆発させたりボイコットしたりしなければ、罰則もないときた」
「そのせいでっていうかおかげで、新しいDAメンバーも見つからない……これっていい事なのかな?」
二人は揃って首を傾げた。『例のあの人』に抗う決心を持って学校に戻ったが、肩透かしもいいところだ。
「でも、とにかく吸魂鬼はどうにかしなくちゃいけないよね。次の会合はいつにしよう」
「土曜の午後は?」
「いいね。どうなるかと思ったけど、キースもだいぶ打ち解けてきたし、楽しみだなぁ……」
「ええ」
ハリーと一緒に、秘密の魔法特訓や吸魂鬼対策会議を開きたかったな――どこで何をしているかも分からない恋人を、想った。
議論は一向に進まない。同じところをぐるぐると堂々巡りし続けていた。
「やっぱり守護霊の呪文しかない」
「でも吸魂鬼の前でかけられるヤツは少ないぞ」
「グリフィンドール生全員に教えれば……」
「やってみたけど全然上手くいかないんだ」
「だったら我慢するしか――」
「授業参加拒否を訴える人が多くなってきてる。吸魂鬼のせいだ」
ネビルは今日もいい案が出ないか、と守護霊の呪文の練習に移るため笛を取った。
「ダンブルドアはどうやったんだろう」
聞き覚えの無い意見が聞こえ、笛を口から外した。
「ルーナ、どういう意味?」
「あたし、憶えてるよ。吸魂鬼がクィディッチを邪魔して、ダンブルドアが怒ったの。あれから校内には一歩も入ってこなくなったよ」
それは確か、ネビルが三年生の時。ハリーが試合中に吸魂鬼に襲われた後だ。あれからホグズミードでしか吸魂鬼を見なくなった。
「あれは……うーんと、吸魂鬼と話をつけたんじゃないかな。シリウス・ブラックを捕まえるために、魔法省から派遣されてたんだし」
新鮮なやり取りに、他の人も耳を傾ける。パドマ・パチルが手を上げた。
「じゃあ去年はどう?去年は魔法省の制御を完全に離れてたけど、ホグワーツには入ってこなかったわ」
「それってダンブルドアが学校の守りを百倍にしたからって言ってなかったっけ?」
パーバティが首を振る。ラベンダー・ブラウンが指摘を重ねる。
「それはそれでおかしいわ。去年誰か、守護霊の呪文を見た?」
彼女が全員を見回す。誰も見たと手を上げる者はいない。
「守護霊の呪文以外に吸魂鬼に有効な魔法があるってことじゃないか!?ネビル!」
シェーマス・フィネガンが息巻いた。
「うん。えーと……『広範囲の吸魂鬼に影響を及ぼせる魔法のことが載る本が必要だ』」
ネビルの声に応えて、本棚に本が一冊増える。が、何度も読んだ守護霊の呪文の専門書。
「そうじゃないわ。高めたのは学校の守りよ。『学校の守りに関する本が必要』なんだわ」
ジニーの声で、また一冊。
「これは――『ホグワーツの歴史』?」
分厚い、軽い読書に適さない本を、みんなの輪の中に置いた。
「誰か読んだ人は?」
「読破したのなんてハーマイオニーだけだろ」
「私、心当たりあるわ。ちょっと貸して」
ハンナ・アボットが本を引き寄せ、猛然とページをめくり始めた。
「二年の時、ジャスティンを救う方法が無いかって、必死になって読んだのよ」
バジリスクが暴れてマグル生まれを襲っていた時の話だろう。あの時だけ、ホグワーツの歴史は借り切られた。
「あった、これよこれ……って、これだけかも。ごめんなさい」
『――闇の魔法除去結界、姿現し防止結界などの管理は校長の役目である。これらの結界は『制御室』からまとめて張られている』
「結界類の『制御室』……吸魂鬼追い払い結界もあるのかも。『ホグワーツの『制御室』に関する本が必要だ』」
本は増えない。ルーナが咳払いをした。
「こんなのはどうかな。『『制御室』が必要だ』」
見回しても変化はない。
「外れだね」
「結界の制御は校長の役目よ。ダンブルドアが知らなかった『必要の部屋』は関係ないわ」
ジニーの容赦ない言葉で、ルーナは心なしかしょんぼりした。
「分かった。校長室だ。それも校長でなくてもたぶんいじれる」
今日はずっと黙っていたキースが、突然発言した。
「……安直すぎないか?」
「根拠はあるし、少なくとも無駄足にはならない」
胡散臭そうなシェーマスを見返す。
「校長の肖像画があるから、そいつらに『制御室』のことを聞けばいい。吸魂鬼の排除自体は協力的だったんだろ?」
「でも僕らは一度校長室に盗みに入った。防犯の類がきつくなってるかもしれない。そのためだけにもう一度侵入するのは、なるべく避けたいんだ」
「根拠は話せば長くなる。いいか?」
「長くていい」
キースは腕を組んで息を吐いた。
「二年前、ダンブルドアが校長室を閉鎖した時。モンタギューって上級生が消えたんだ。モンタギューは変な魔法道具から出られなくなって、習いかけの姿くらましで脱出した。みんな信じなかったのは、学校内で姿くらましが出来ないからだ――後、出て来たのがトイレの便器ってので、笑い話になってしまったからだな。でも同じ時期、俺は姿くらましの音を聞いた。それはちょうど閉鎖された校長室に侵入者があった時、校長室の近くでだった。侵入者は結局出てこずじまいだった」
「えーと、こういう事かい?モンタギューを助けるため、姿くらまし防止結界を誰かがいじった。いじるために校長室に侵入した」
テリー・ブートが額をこつこつ叩きながらまとめた。
「ああ。そいつは校長室から姿くらましで脱出したんだ。俺が聞いた音の方から、人一倍モンタギュー捜索に熱心だった奴が出てきたからな……問題は」
なぜか、とても嫌そうなしかめっ面を見せた。
「それがミリア・セルウィンだってこと。闇の何某も『制御室』を知っているってことだ」
一瞬空気が冷えかけるが、やってみる価値は十分だとネビルは思った。ここで止まる訳にはいかない。
「なら『制御室』に誰も入れないよう、呪いをかけよう。『立ち入り拒否の呪詛が詳しい本が必要だ』」
新しい作戦の準備は、着々と進む。