二度目の校長室侵入の実行メンバーは、揉めに揉めた。リーダーが一番危険な場所へ行くべきだと主張するネビルと、二度目も捕まったら何をされるか分からないと主張するアーニーが争った。最終的にアーニーが折れて、ネビル、シェーマス、アーニーの三人が侵入することに決まった。ジニーとルーナは校門でスネイプを見送り、金貨で伝える役どころだ。
一度目の侵入の際、なぜあれほど早く校外にいるはずのスネイプに捕まったのか――それは何人かの目撃者のお陰で明らかになった。
スネイプは飛んできたのだ。箒も使わず、文字通り。スネイプ見張り班は校門だけに注目していて、はるか上空を移動する彼に気づかなかったようだ。
他に準備したことと言えば、侵入者避け対策だ。一度侵入した後だから、一度目になかった侵入者避け呪文の一つや二つ増えているだろう。必要の部屋に湧いてきた本を勉強し、何とか基本的な術までは破れるようになった。
「僕らなろうと思えば泥棒になれるんだな」
「ま、グリンゴッツ級は無理だろうけどさ」
他、スネイプたちが知らないだろう古い侵入者避け呪文をいくつか習得した。これで準備は整った。
冬休み直前の日曜日の午後五時、作戦開始だ。校長室近くの空き教室で、三人は固唾を飲んで合図を待った。
「熱い、来た」
「よし、行こう」
「緊張してきたぁ」
合言葉は変わらず『ダンブルドア』。やはりスネイプは合言葉の変え方が分からないのだろう。
魔法可視化術を使ってみたが、何もない。二度目はないと油断しきっているのか。数々の準備が必要なくなり、拍子抜けした。
「また貴様か!今度は何を盗みに来た!」
陰気な校長が出迎えてくれた。
校長室の様子は、グリフィンドールの剣が無いこと以外変わりない。
「今度は盗みに来たんじゃありません。『制御室』について何か知っていませんか?」
校長室が、がやがやと騒がしくなった。それは拍手の音だったりよく調べたとのねぎらいだったり、とにかくよい方向にだ。
「椅子に座り、こう唱えよ。『
儂じゃ、儂じゃとダンブルドアの隣の校長が手を上げた。
ダンブルドアの指示に従って、椅子に座り
「『ディセンディウム』!」
と、唱えると――
「下がった!」
「お、降りる――」
「ってか落ちそう!」
「どうじゃ、凄いじゃろう!」
椅子の周りの床が、沈んでいった。地下には新たな空間が広がっていた。
壁一面にルーン文字がびっしり書き綴られている(三人の中の誰一人『古代ルーン文字』を取っていないから、内容はさっぱりだ)。いくつかのベルベットに覆われた台座には、それぞれ頭くらいの水晶が安置されている。
「吸魂鬼を追い払いたいのじゃな」
「はい!」
「一番奥の空の水盆じゃ」
ディペット校長が絵画の中から指さした。
それは模様のように美しい、流れるようなルーン文字を施された、ピカピカに磨かれた石の入れ物だった。水晶でないから、この部屋の中では異彩を放っている。
「これは学校中に特定魔法を張り巡らせる働きがある。これに守護霊を置けば、吸魂鬼は校内に入れなくなる。ダンブルドアはどうやってか知らんが、校門まで行き渡らせておったが……」
「守護霊の呪文ですね。――練習しててよかった」
ネビルが進み出て、杖を構えた。
「『エクスペクト・パトローナム』!」
銀色のヒキガエルが、ピョンっと水盆に着地した。
空を重点的に見張っていたルーナが、ジニーの肩を叩いた。
「あれ……」
「黒いローブが学校から……吸魂鬼?ってことは!」
作戦成功。
「やったー!」
「わーい」
ジニーはルーナに抱き着いた。ルーナは照れくさそうに抱きしめ返してくれた。
五分経ってもスネイプは帰ってこない。持ち場を離れる合図を出してから、ネビルたちを称えながら城への道のりを歩いた。
城の入り口まで帰ると、横から話しかけられた。
「楽しそうだね」
その弾んだ声を聞いて、ジニーの背筋は凍った。
「ミリア……」
「ルーナ、久しぶり。私もまぜてくれない?」
「悪いけど、あんたのお楽しみにはちっとも興味ないから。さようなら」
後ろ髪をひかれている様子のルーナの手を引っ張った。
「あなたたち、グリフィンドール前の吸魂鬼が追い出されたの、知ってる?」
冷汗が一筋垂れた。
「ルーナ、逃げるわよ!」
「わ、分かった!」
「え?」
呆けた顔を見せるセルウィンを尻目に、城の中へと駆ける。入ってすぐの小部屋に身を滑らせた。
「何かやましいことでも、あるのかな――?」
「『
開け様に失神呪文を放ち、すれ違うように抜け出た。
「びっくりしたぁ……」
なぜか効いていない。
「どこへ逃げるの?話聞くだけだから」
いつの間にか抜いた杖を見て、彼我の間に
「『プロテゴ』!」
盾の呪文を置いて、距離と時間を稼ぐ。
「こっち!」
「どこ向かってんの!」
「いいの!」
ルーナが導くまま、どこかへと疾走する。後ろをちらりと流し見ると、盾の呪文が消えておりセルウィンが追ってきている。
数週間前のクモとの追走劇のように、二人交互に盾の呪文を背後にかけた。
「廊下で魔法を使っちゃいけないんだよ」
盾の呪文をやすやすと解いて、後を追うセルウィン。セルウィン部屋に連行される口実を、本人の目の前で作ってしまった。
距離はつまらず、離れない。追いかけっこは、誰もいない夕暮れの校庭に場所を移した。
「まさか、ハグリッドの小屋!?」
「ううん、もうすぐ!」
背後に魔法を撃ちながら走るのは、かなり疲れる。足が重くなってきて、徐々にセルウィンの声が近くなってきた。
「森へ!」
ルーナが茂みに隠れ、ジニーも木の陰に身を寄せた。
軽い足音は、止んだ。
「うーん……かえろ」
セルウィンは突然、踵を返した。興味を無くしてしまったかのように。
「どうして!?」
まだ近くにいるから小声で、ルーナに尋ねる。
「ミリアは……森に入れないんだ」
ルーナはかさっと、落ち葉が散る地面に座り込んだ。
「ケンタウルスに嫌われて……」
「よく覚えてたわね、ありがとう。必要の部屋に逃げ込むとしたら、追いつかれてたかもだし――ルーナ?」
膝を抱え込んだまま、顔を上げない。
「あたしね、ずっと信じてたんだ。ミリアが『服従の呪文』にかけられてるって。あの子、本当に優しかったもん。遊んでくれなくなった後も、会ったら優しくしてくれた。無くした靴を探してくれたこともあった……なのに」
ルーナは泣いていた。いつも飄々とした、あんなに強い子なのに――
「ジニーはどう思う?ケンタウルスに嫌われてるってだけで、カローたちはあたしたちの追跡をやめさせると思う?思わないよね。あの子はミリアなんだ。ミリアは自分からあたしたちを追いかけて、自分で森に入らなかったんだ」
ジニーは、黙って聞いていた。かける言葉が見つからないからだ。言葉の代わりに、腕ですっぽりと包んだ。
「変わったんだね。変わっちゃったんだぁ……」
森の端で、ずっと泣き続けた。夕日が落ちて、夜が来ても。
明日から冬休み。ホグズミード駅で、ジニーとネビルはルーナを見送っていた。
ネビルはDA仮リーダー心に火がついて、ジニーは家が見張られているから、それぞれ帰らないことに決めた。
「パパが心配だもン」
彼女の父親は雑誌に、ハリー・ポッターを擁護する記事ばかりを書いている。(ルーナには悪いが)今まで出鱈目記事ばかりを載せていたから、見逃されていたようなものだ。
「そうだよね。君も気をつけて」
「何に?」
「えーと……人さらいとか?」
「うん、気をつけるね」
ルーナがにっこりと笑った。
「ルーナ、私たちは待ってるからね」
「うん、あんたたちがいる。だから、あたしも大丈夫」
やはりルーナは強い。もう明るさを振り撒けるようになっている。無理しているのかは、ジニーには判別できないが。
「じゃあ、お父さんによろしく」
「パパとしわしわ角のスノーカックの角に挨拶しとくよ」
「そ、そんなのがあるんだ」
「去年パパがアフリカから密輸してきたんだ。あ、内緒だよ」
「うんうん言わない言わない」
それが本物だとしても偽物だとしても、密輸には変わりあるまい。
「じゃあね、楽しい冬休みを」
「「楽しい冬休みを」」
ルーナは軽やかにターンして、列車の中に消えて行った。
彼女は、冬休みが明けても、帰ってこなかった。