【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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4 心の話

 

 

 ミリアはホグワーツ二年目を、『秘密の部屋』に捧げた。

 サラザール・スリザリンの遺稿は、少し勉強熱心な二年生には高度すぎた。『闇の魔法研究書』は無論、寮監日誌でさえ難解だ。図書館から借りた辞書を何冊も並べ、うんうん唸りながら頭を掻きむしる日々。

 少しでも自由時間を見つければ『秘密の部屋』に直行したので、周りからは不審にみられるようになった。そんなよく知りもしない勝手な目線は別に良かったが、問題はルーナ。

 ルーナはミリアやハグリッドといる時を除くと、いつも寂しそうだった。

 彼女は一人でいることを望んでいない。しかしミリアは一人で千年前の思想に挑みたかった。一人でこの試練に打ち勝ち、強さを得るため――それは言い訳に過ぎない。ようやく見つけた『現状維持以外の道』を示してくれた彼に対する独占欲だと、薄々分かっていた。

 新しく気付いた自らの汚さを、処理しきれない。だというのに、冬休み直前のある日、ルーナに声をかけられた。

 

「こんにちは、ミリア」

 

「あ、ルーナ……久しぶり」

 

 どう言い訳すればいいのだろうか。

 

「あんた最近どうしてる?あたしは何も。退屈だな」

 

「わたしは……図書館で勉強したり、いろいろ。忙しいんだ、ごめんね」

 

 気まずさから目を逸らしつつ、ルーナに言える本当のことを口に乗せた。

 他の言い訳を考えているうちに。

 

「忙しいなら仕方ないね――じゃあね、また」

 

 言ってほしかったことを、言ってくれた。返事が勝手に口から飛び出した。

 

「うん、またね」

 

 なんて、醜いのだろうか。閉心術で涙を隠したのは、ルーナに心配かけたくないから――そう信じたい。

 

(あの子……ハグリッドのヒッポグリフさんが処刑されそうだって……)

 

 彼女の用向きは、それだった。“忙しい”ミリアを気遣って、口をつぐんだ。

 それが何日も頭に引っかかり、読書がはかどらない。そんなに悩んでいるくらいなら、力になればいいと一念発起し、冬休みにハグリッドの小屋を訪ねた。

 

 小屋に入ると、すかさずファングが飛び込んできた。

 

「おお、ミリア。ずいぶん顔見てなかったなぁ。ファングも寂しがってたぞ」

 

『ミリア、ミリアだ!』

 

「こんにちは、ハグリッド。久しぶり、ファング」

 

 こうして動物と触れ合うのも、いつ以来だろう。寝室で大イカと会話するのも、最近はめっきり減っていた。

 

「最近どうしちょる、ん?ルーナが寂しがっとるぞ」

 

「ちょっと、ね。忙しいの。勉強とかが」

 

 ルーナと同じく、当たり障りのない返事で誤魔化した。

 

「ところで、何か最近困ってること、無い?」

 

 鷲の頭と馬の胴体を併せ持つ動物を、ハグリッドは思い浮かべた。名はバックビークというらしい。黒いもやもやが、彼の首に斧を振り下ろすところも。だが、それを止めようと三人の生徒が頑張っている。一人は見たことがある。ハリー・ポッターだ。

 

「いんや」

 

 また、自分に対する気遣いだ。

 

「そう。――じゃ、帰る。ばいばい」

 

「バイバイだ。たまにはルーナと遊んでやれよ」

 

 そこに、ミリアの入る幕は無かった。

 小屋の扉を閉めて、何度か行ったり来たりしてから裏庭に回った。そこでは鎖でバックビークが繋がれていた。

 

『何用だ、ミリア・セルウィン』

 

「用は……ありません」

 

 彼は気が立っている。――いや、誇りがそれで済ませていた。

 自らの処刑が進んでいることを、知っているのだろう。だが決して取り乱さない。その態度は、沈んだミリアの心に、深く突き刺さった。

 

(かっこいい……)

 

 彼の前に出て、かしこまって座った。

 

「良ければ、話をしてもいいですか?」

 

『手短に済ませろ』

 

「あなたは、どうしてそんなに落ち着いていられるのですか?処刑のことも、……全部知っているのに」

 

『それが俺だからだ。敵には足を折らない、それが死であっても。それだけだ』

 

 豪快に、翼をはためかせた。砂埃が目に入るが、無理に目を開け続ける。決して目を逸らせない迫力があった。

 

「わたしは何もできないけど……きっと大丈夫です。ハグリッドたちが一生懸命、がんばってます」

 

『知っている。用が済んだのなら去れ』

 

「はい」

 

 一礼してから、背中を向けた。無言でずっと見送ってくれたのが、今のミリアにはたまらなく嬉しかった。

 

   *****

 

 大量殺人犯、シリウス・ブラックが近辺をうろついているとかで、クリスマスの学校は去年よりも静まり返っていた。晩餐会で居残り組と食事したのだが、スリザリンはミリアの他五年生の人が一人、レイブンクローの一年生が一人、ハリー・ポッター含むグリフィンドールの三年生が三人残っているだけだった。スリザリンの彼はこんな事件の中家へ帰れなく、とても不機嫌そうだ。

 晩餐会後、珍しく眠気が襲ってこなかった。寮を使うもう一人が自室に戻っているのを確認してから、暖炉前の大きなふっかふかソファにぼふっと飛び込んだ。ミリアの様なはぐれ者には、暖炉前どころか談話室にも居場所が無い。

 

「『エクスペクト・パトローナム』」

 

 いつになくおおらかな気分のまま、守護霊のカラスを呼んだ。

 

『どうかしたか?』

 

「あのね……」

 

 ミリアは日記をつけるように、自身の分身たるカラスに最近の出来事を話した。

『秘密の部屋』のこと。バジリスクの“彼女”のこと。スリザリンの遺稿のこと。ルーナのこと。ハグリッドとバックビークのこと。

 気がついた自分の醜さのこと。それでも強くなりたいこと。だがルーナを見捨てたい訳でもないこと。――どうしたらいいのか、分からなくなっていると、気づいた。

 

「わたしは、『スリザリンの継承者』になりたい。そのせいで……ジニーを傷つけて、ルーナに寂しい思いをさせてるの。やっぱり、間違ってるのかな……」

 

『ジニーは仕方がない。時が解決してくれるのを待て。だがルーナはどうだ?ルーナに『秘密の部屋』でそうこうしてると伝えれば、自然に離れるか手を貸すのか、向こうが勝手に決めるだろう』

 

「ルーナに全部言っちゃうの?――そんなの、出来ない」

 

『なんでだ?』

 

「なぜって……」

 

 深く自分に問う。ぼんやりと形が生まれた。

 

『恐れているからだ。理解されないことを。だからお前は“他人の心を読める力”をルーナに話さないんだ。同じように、お前が感銘を受けたスリザリンを否定されたくない。だから校長にあの本だけは見せなかった』

 

 カラスが、形を言葉にしてくれた。

 

「うん……わたしは怖い。ケンタウルスさんみたいに誰かから拒まれたら……」

 

『だから積極的に友達を作らない。俺が誘うまで、森に決して近づかなかった時から、全く変わっていない』

 

 ごくごく幼い頃、ミリアは自分から家の近所の森に入ることが出来なかった。森の生き物にとって、人間でありながら自分たちと心を交わすミリアは、不気味極まりない存在だった。だから拒絶し、ミリアも“恐れ”を真正面から受け止めた。

 孤独を友としていたミリアを、カラスが変えてくれた。飛べなくなったカラスがミリアを呼び、保護と介抱させた。動物にとって動けなくなるほどの怪我は死を意味する。どの動物より強い人間を利用することだけが、生への道だった。

 すっかり治してもらったカラスは気まぐれに、助けてもらったことを森中に広めた。そこから動物たちが餌や治療目当てで訪れ、ついにはミリアを迎え入れた。沢山の“ともだち”に恵まれたのは、カラスの小狡さと気まぐれのお陰だ。

 ともだちに恵まれたから、孤独が怖い。孤独よりも更に、拒絶が恐ろしい。どちらかを選ばねばならないなら……孤独を取ろう。

 

「決めた。はらくくる」

 

 一人になる決断に、カラスは呆れたように言った。

 

『お前スリザリンの本に影響され過ぎだ。もっと自分を持て』

 

「……?どういうこと?」

 

『言葉の通りだ。スリザリンだけじゃない。バジリスクやらバックビークやら、いちいち十まで共感して影響されて、目指すんじゃねえ。お前はたった一人なんだ』

 

「ええっと……振り回され過ぎ、っていうこと?」

 

 そうかもしれない。あっちにふらふら、こっちにふらふら……ミリアの心は、その時々で全く違う他人に合わせ揺れ動いている。

 

『ああ。取り返しがつかなくなる前に、自覚しろ』

 

「――あ、消えた」

 

 とてもカラスらしい去り方に、ミリアは頬を膨らませた。

 

 ミリアは気づいていない。銀色のカラスが、限りなく生前の彼に近い事実を。

 ミリアは本人すら自覚しない心の奥底――無意識の領域まで読んでいる。それをミリア自身の無意識が記録し、それが本人として記憶に残している。守護霊の術は人間の意識と無意識の境界に踏み込む術で、ミリアの無意識に刻まれたカラスの記憶を、そのままに近い形で表出させている。だから他の守護霊と違いペラペラ喋りアドバイスまでする。

 

 同様に、全く気がついていない。ミリアの無意識の中で、感銘や共感を餌に、限りなくサラザール・スリザリンに近い何かが育っていることを。

 

 

 

 誰かと会話をすると言えば、専らスリザリンの同級生のみ。ほとんどが事務的なやり取りで、親しいと言えるのはレナの宿題に手を貸す時だけ。

 だが、孤独とは思わなかった。常にある人の心を感じているから。

 イースター休暇でも、それは変わらない。レナが三年生で新しく取る選択授業の紙と睨めっこしている横で、ミリアは流し読んでペンを走らせる。

 

「ねーミリア、魔法省に入るのに有利なのは、どれか知ってる?」

 

 ひょんなことから話してくれた。レナは高圧的で頭の固い母親から独立したいと。だから文句の届かない場所まで出世をしたいそうだ。

 

「知らない」

 

 父親がそこに勤めているわけでもない。レナの方がよっぽど詳しいはずだ。

 

「ミリアが選んだのは何かな?どれどれ」

 

 横からレナの頭が割り込む。ミリアの用紙には『古代ルーン文字』にだけチェックを入れていた。

 

「それと『魔法生物飼育学』?あんた動物好きだもんね」

 

「ううん、これだけ。別に一科目でもいいんでしょ?」

 

「うーん、確かに。どこにも『二科目取れ』なんて命令書いてないからね。でも意外ね」

 

「なるべく自由時間が欲しくて」

 

 ルーン文字を取ったのも、それで書かれた遺稿を解読するためだ。

 レナが頭を抱えているのを放っておいて、さっさと提出した。

 

(明日も早起き)

 

 動物の水浴びの様に手早くシャワーを浴び、髪も乾かさず明日のローブを引っ張り出してベッドに潜る。目を閉じて眠りの世界に身を投じようとすると。

 

『ちょっといイカ~?』

 

 声をかけられた。この間延びした感じは、大イカさんだ。

 

「なんですか?」

 

『最近水魔(グリンデロー)たちが、キミはまだ続きを話してくれないのか~っとうるさくて叶わんのだなぁー』

 

「水魔さんたちが?」

 

『ミィさんの陸の話はとても珍しいと、老いにも若きにも人気なんだぞー』

 

『秘密の部屋』に入り浸るようになってから、彼ら湖の“おともだち”との会話はほとんど無くなっていた。

 

「ごめんね、忙しいの」

 

『そうじゃろ~。キミ外でも遊んでないみたいだからなぁ』

 

 ミリアは目をぱちぱちさせた。

 

「分かるの?――あ、顔色悪いから?」

 

『ワシに色は分からんぞぉ。ただ、キミからちっともお日様のにおいがしないんだなー』

 

「わたしの、におい……?」

 

 窓越しから判別できるくらい覚えられているのか。ミリアは少しだけ恥ずかしくなった。

 

「今のわたし、どんなにおいがしてる?」

 

『これは湖の底のにおい。たぶんなー。それにカビとか~?』

 

 思わず自分のにおいをかいでしまった。シャワーを浴びたばかりなので、城の水のにおいがする。

 少しの水浴びでは取れないほど、『秘密の部屋』のにおいが染みついているのか?

 

「確かに、不健康かも……」

 

 ダンブルドア校長は言ってなかったか?学生としての本分は見失うなと。健康でいることも、学校に通う上で必要だ。

 

『ま~な~。時々お日様浴びんと、ワシも気が滅入ってくるのだー』

 

 日光浴する大イカは、ホグワーツ名物だ。

 

『ミィさんだけじゃなく、人間みんなあくせくし過ぎと思うんだな。ひなたぼっこほどいいものは無いとゆーのにぃ』

 

「……それもそうかも」

 

 一刻も早く遺稿を読み解きたい気持ちはある。だが急ぎ過ぎて体を壊してしまえば、それこそ時間の無駄だ。ミリアはまだ二年生。卒業後もホグワーツに残る道だってある。

 思えば、心はどんどん内向きに閉じていっていた。どこか病んでいる気配もあったのかもしれない。以前のカラスの忠告は、これのことも言っていたのだろう。

 

「最近ほったらかしにしてて、ごめんね。明日いつもの岸に行くよ」

 

 窓の陰に向かって、言葉を送る。そこからいくつかの小さな気配が、素早く逃げ去って行った。

 

「別に逃げなくてもいいのに」

 

『あくせくするのは、人間だけじゃないみたいだなぁ~』

 

 大イカと、ひっそり笑いあった。

 

 

 

 

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