【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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5 ムーディ先生の秘密

 

 

 今年の学校は、浮足立っている。

 

「『三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)』っていうのが、開かれるんだよ」

 

『なんだそれー』

 

『うまいのか?』

 

 ミリアはお日様の下で、水魔の子供たちに最近の学校の様子を話していた。

 

「あのね、外国の二つの学校から、たくさんのお客さんが来るの。三つの学校から一人ずつ代表を決めて、その人たちが競い合うの」

 

『なにをだー?』

 

『だれがうまいかだー!』

 

 ダンブルドア校長は件の大会について、断片的にしか語ってくれない。だからミリアもそれくらいしか教えられない。

 

「大食い競争とか、かなぁ……」

 

『だろー!』

 

『おれだって負けないぞ!』

 

 自分たちに分かる領域の話となったので、場は沸き返る。適当極まりない推測だが、本当にそんな気がしてきた。

 

(食べ過ぎたら命だって危ないもんね)

 

 どうやら三つも課題があるのだ。三つのうちの一つが、大食い勝負でも不思議はない。

 

(どんな食べ物を出すのかなぁ……いっぱい食べなきゃだから……大イカさん?やだ!だったらどうしよう!?)

 

『ミー、どしたんだよう』

 

『人間、今日こそ湖に引きずり込んでほしいのか!?』

 

「え、やだ、やだよ!わたし泳げないもん!」

 

 水魔の手が伸びてきて、岸辺の岩にしがみついた。水魔はつまらなさそうに、手を引っ込めてくれた。

 どこかから、くすくすくすと笑い声が聞こえた。水魔たちは一斉に逃げて行った。

 

「くすくす……あんた蛇だけじゃなくって水魔とも話せるんだ」

 

「――マートル?」

 

『秘密の部屋』の入り口を陣取るゴースト、『嘆きのマートル』だ。彼女とは『部屋』を出入りする中で、すっかり顔なじみとなった。

 

「なんでこんなところに?」

 

 ここは彼女が住むトイレから遠く離れた、湖の岸辺。マートルは上機嫌に、不機嫌そうな声色を作った。

 

「どこかの誰かさんが、わたしを虐めるの。おおマートル、お前はどうしてマートルだ!とか言って、気を取られているうちにわたしのトイレを流しちゃうの。暗い暗い配管を通って、わたしはそのまま湖に流されたのだわ。誰かさんが怖くて仕方ないから、誰もいない湖の岸辺で死について考えようとしたのに、なんであんたがいるのよ!」

 

 ほとんど、というか全部嘘だ。時々の散歩に、配管を通って湖の旅に出るそうだ。

 

「わたしは、水魔さんに最近の学校のことを教えてるの。あの子たちにとってちょうどいい暇つぶしなんだって」

 

「暇つぶし、ねえ……。あんた体よく利用されてるわよ。さっきだって湖にお持ち帰りされかかってたじゃない」

 

「そうかも」

 

 傲慢そうに心配してくれたマートルに、柔らかい笑みを返す。

 

「わたしたちは、そういう関係だから。あの子たちはわたしのペットじゃないし、水魔さんもわたしを食べない約束をしてくれた。水魔さんたちは学校の様子を聞いて、わたしは楽しくおしゃべりをする。それだけなの」

 

「はぁ?」

 

 いまいち、納得できない風だ。

 

「同じ湖に住む仲間、かなあ……ほら、スリザリンの寮から湖が見えるから」

 

「はぁ……」

 

 とりあえず、納得した風を見せた。

 

「……。それより、こんな場所で油売ってていいの?今日は平日よね」

 

「そうだね――ありがと、またねっ!」

 

 もうすぐ昼休みの終わりだ。ローブに付いた砂を払って、学校へ駆けて行った。

 次の授業は、『闇の魔術に対する防衛術』。

 

   *****

 

 ミリアは新教師、ムーディ先生のことが苦手だった。まだ一度しか授業を受けていないが、この先ずっと苦手に思い続けるのだろう。

 理由は簡単。その一度目の授業で、彼はトカゲを拷問した挙句殺したのだ。

 人間ではないトカゲに、過剰に思いやりを持って感情移入するのは、ミリアだけなのは分かっている。だが、あのトカゲは痛い目に遭いたくなかったし、死にたくもなかった。それを考えると、どうしてもムーディ先生に敵対心を覚えてしまう。

 他にも魔法に覆われたどこか人形の様な気配、ロックハート先生以上の真っ黒な秘密、ガチガチの閉心術――何年か前なら、恐ろしくてたまらなかっただろう。

 生徒に最も危険な魔法を見せるためだった、その理屈も分かる。だからミリアの心の内を明かさない。自分の中だけで少し怖い、苦手と位置付けるだけだ。

 

(誰も怖い目にあわない授業ならいいんだけどなぁ……)

 

 憂鬱となるミリアに反し、レナや他のスリザリン生はどきどきわくわく興奮気味だ。今まで受けたことのない、“本格的で刺激的な”授業を期待している。

 教室に入るとまず、教卓に何の生き物の姿が無いことに安堵した。

 

「来たかコワッパども。誰にもつけられていないか?誰も欠けてはいないか?隣の奴は本当にお前の友人か!?」

 

「大丈夫、全員無事です!油断大敵ですよね!」

 

 調子のいい男子生徒が、半分冗談で敬礼した。

 

「そこ、ヘラヘラするな!敵はいついかなる場所にでもやって来る!」

 

 隣のレナが

 

(やーい、怒られてやんの)

 

 と囃す。先生は少しの“油断”も許さないので、口には絶対に出さないが。

 

「荷物を机に置け。ゆっくり、ゆっくりとだ!杖だけを持って教室の真ん中に固まれ!儂には全て見えている!余計な行動をすればどうなるか分かっているだろうな!?そこ、笑うな!呪詛の詠唱ではなかろうな!?」

 

 思考を戦場の真ん中に置き去りにしてきたような人だ。そんな彼が皆には滑稽で仕方ないらしい。ミリアには、閉心術の影響で本気か冗談か区別できない。みんなと同じように笑っていいのか判断できず、やはり苦手だ。

 ムーディ先生は杖の一振りで、荷物が置かれた机を教室の隅に積み上げた。出席を取って、授業開始だ。

 

「よし、全員そろっているな!この後お前たちそっくりの何者かが現れても、そいつが偽物と見做す!油断大敵ッ!」

 

「「「「「油断大敵!」」」」」

 

 面白い先生と位置付けられているので、みんな素直だ(嘲笑の割合が大きいが)。

 

「さて、今日の授業は『服従の呪文』だ!今から儂が、一人ずつに服従の呪文をかける。それに抵抗しろ!」

 

 教室が笑い以外の感情に満ちる。前の授業で『許されざる呪文』は人に対して使えば、アズカバン送りと言っていたはずだ。誰かがそれを指摘すると。

 

「嫌なら出ていくがいい。次お前に術をかけるのが誰かは知らんがな!」

 

 そう言って教室の扉を指さした。ごそごそ相談し合うが、出て行く生徒は皆無だった。

 そうして、授業は始まった。

 

「『インペリオ(服従せよ)』!」

 

 レナは、猫の鳴きまねをしながら顔を洗った。同級生一の優等生、キースは変な顔をしながら社交ダンスを踊った。ミリアは術に操られている人の内面を見てみた。

 

(幸せそう……)

 

 意識を最高の眠りに落とし、確固たる支配者の無い脳内に術者が侵入し、命令する……そんな感じだ。

 打ち破るには、幸せの誘惑に勝つ必要があるらしい。生半可な意志では抵抗できないらしく、かけられた全員が奇行に走って行く。

 

「どうした!たった一学年上の生徒は抵抗し打ち破ってみせたぞ!次!」

 

 分析しているうちに、ミリアの番になった。咄嗟に強く心を閉じた。

 

「『インペリオ』!」

 

『許されざる呪文』の特徴は、呪文自体の強さ。つまり反対呪文が無く、かけられれば防ぎ様の無い点にある。十三歳の子供の閉心術ごとき、何の障害にもならない。

 

(――ん、むぅ……)

 

 ミリアは、繋がっている。ぼんやり、ふわふわと暖かい線が伸びている。その線から、意思が流れ込んでくる。

 偽装、闇の帝王、子供だまし、闇の帝王、ハリー・ポッター、闇の帝王、同じ名の父親、闇の帝王、アルバス・ダンブルドアを騙し通せ、闇の帝王の為に!

 ミリアの上位意識は眠らされ、『読心』の力は歯止めを失った。ミリアの意識は線を介して術者の意識と直接繋がっている。そこから無尽蔵に記憶を吸いだして行く。

 

――タップダンスを踊れ、見事な足さばきで!

 

 ひと際強い声が聞こえた。ミリアにそれを伝えたいのだろう。声なき声を聞き流し、素直に従った。

 一筋の爽やかな汗が流れるくらいで、線は断たれた。

 

「少しは抵抗を見せる者はいないのか!次!」

 

 線が途切れて、感じていた記憶が急激に遠のいた。術にかけられていた時間の記憶も薄らいでいくが、強い印象で残った言葉がある。

 

(闇の帝王……それってリドル、ヴォルデモート卿のことだよね?)

 

 その言葉に対し、ムーディ先生は暗い思いを抱いていないようだった。

 

   *****

 

 あの授業から一週間、ミリアは主無き記憶に悩まされた。

 

(闇の帝王、闇の帝王……違う。閃光の種類から呪文の種類を推察し、すぐさま反対呪文を――そういうことも、闇の帝王は出来るのかな……って、また気が逸れてる!)

 

 少し油断すれば、闇の帝王だ。レナによれば最近になって寝言も酷いらしい。ほとんど憶えていないが、見知らぬ男がよく出てくる気がする。

 

(開心術の心得があれば、有効……あの方は最高の開心術士だから――あの方ってどの方?)

 

 せっかく寮監日誌が授業内容の考案なのに、ちょっと気が散れば闇の帝王一色に染まる。闇の帝王を考えないように集中すれば、それがいつの間にか闇の帝王にすり替わる。

 

(こんなんじゃ読書だってできない!)

 

 マダム・ポンフリーではなく、諸悪の根源ムーディ先生に直訴しに行くのがいいだろう。昔は凄腕の闇祓いだったらしい。きっと何か、服従の呪文の影響から抜け出られない場合の対処法を、知っているだろう。そもそも他の教師に、『許されざる呪文』をかけられたと訴えれば、ムーディ先生は牢屋送りだ。

 授業の後、前回の服従の呪文の影響が続いていると伝えると、

 

「夕方、教授室に来い」

 

 非常に面倒臭そうだったが、どうにかしてくれるようだ。

 間違えて『闇の帝王』と返事しないように気をつけながら、夕方を待った。

 

「入れ、セルウィン」

 

 扉を叩こうとすると、先に声をかけられた。魔法の目でお見通しのようだ。

 

「失礼します」

 

 ムーディ先生の部屋は、おかしな機器でいっぱいだった。そのほとんどが周囲の何らかの変化を読み取る、探知機系の道具だ。

 

「して、服従の呪文の効果が切れない、そうだな」

 

「はい」

 

 その道具が発する魔法の気配が、そこら中に飛び交っている。それが、今まで“彼”の存在を隠していた。

 

「お前に下した命令は――セルウィン、そのトランクが気になるか?」

 

 視線がトランクを向いているのが、見破られてしまった。

 

「……そんなことは無いです」

 

 トランクから発せられている“彼”の気配は、悲鳴を上げている。表層部分は『服従の呪文』で抑えられているが、強い深層部分の意思が、喉から血を流さんばかりに叫んでいる。

 

「先生の顔見たら、なんだか収まって来たみたいです。……もう、いいです」

 

 この人の秘密は、トランクの“彼”だ。目の前の男から“彼”を救い出さねば。

 

「あの、時間取らせてしまって、すみません。じゃあ、帰りま――」

 

「待て」

 

 コツッ、コツッといつになく重く義足を鳴らして、近づいてきた。ミリアから見えない位置で杖をふり、施錠したのが分かった。

 ムーディ先生の両眼が、ミリアの目を捉える。

 

「ちぃ、閉心術か。小娘、何故トランクを見て態度を豹変させた?服従の呪文の件は、ハッタリか?」

 

「ち、違います!」

 

「何をそんなに怯える。儂は教師だぞ。――どういう症状に悩んでいるのだ?」

 

 素直に答えるのは、地雷臭しかしない。ほぼ間違いなく『今世紀最大の闇の魔法使い』の関係者だ。

 

「えっと……タップダンスのリズムを、思い出したように踏んでしまって――」

 

「嘘をつくなッ!」

 

「ひっ」

 

 閉心術は完璧だ。重圧に耐えかねて目を逸らしてしまい、嘘がばれてしまった。

 もう一人では切り抜けられない。ポケットの杖に手を伸ばす。

 

(武装解除来る!)

 

 ムーディが神速で杖を振り、閃光がミリアを襲う。着弾地点を読み、回避する。避けは出来たが、躓いて転んでしまった。

 

(『ソノーラス(響け)』!)

 

 一つ曲がった廊下を、人がまばらに通っている。ただ叫んでも届かない。

 

「たす――」

 

 声が消えた。何かの呪文(黙らせ呪文)が当たったからだ。

 頼みの作戦はほぼ潰えた。ムーディが杖を取り上げるのを、抵抗もせず呆然と見守った。

 

「危ない危ない、小賢しい小娘が。――もう防音は施した。俺の質問に、好きなだけ答えろ」

 

「――!はぁ、はぁ……」

 

 喉が役割を思い出した。もう、遅いが。

 

「さて。なぜ俺が怪しいと勘付いた?いつトランクの“奴”の存在に気がついた?」

 

「い――今です。わたし、分かるんです。人の心が。壁越しにでも」

 

 助けの声は、断片的に伝わったかもしれない。後は時間稼ぎ、それだけだ。

 

「開心術か?興味深い……」

 

「服従の呪文であなたの心と繋がって、それから闇の帝王という言葉が頭から離れなくなりました。あなたは『例のあの人』の手下さん、なのですか?」

 

 ムーディは顔を邪悪にゆがめた。

 

「その通り。俺はあのお方の忠実なるしもべ、最も勇敢なる右腕だ!」

 

 彼がどれだけ不味い位置になるか予想できても、ヴォルデモート卿を崇拝している可能性に気づいた時点で、他の人に相談しておくべきだった。学校の中――それも校長先生が呼んだ先生だと、すっかり油断しきっていた。油断大敵と口を酸っぱくして言っていたのは、この人なのに。

 

「トランクの中の人、助けを求めてます。とっても弱ってます、死んじゃうかもしれません。出してあげられませんか?」

 

「無理な相談だな。……口封じは容易いが、後始末が多大に面倒だ。小娘、ダンブルドアに感謝するんだな」

 

 ムーディが杖を向け、ミリアはきゅっと目を閉じた。

 

「やめ――」

 

「『オブリビエイト(忘れよ)』」

 

 記憶が優しく強奪される。時間は夕方、ムーディの部屋に入る直前から。

 

「『インペリオ』」

 

 意思が優しく沈められる。命令は二つ。ムーディに関する違和感は誰にも話さないこと、普通に学校生活を送ること。

 

(この時間何をしていたか問われれば、服従の呪文からの脱出方法の補習を受けていたと答えろ)

 

(……)

 

 強い意志と、膨大な意思に、ミリアの意識は為す術も無く塗りつぶされていった。

 

(闇の帝王――)

 

 偉大なる魔法使いを慕う心に、従うしかなかった。

 

   *****

 

 ミリアの毎日は、変わらない。授業を受けて、宿題に取り掛かり、『秘密の部屋』で遺稿を読み、そこに出て来た呪文を試してみる。

 ただ……

 

(この闇の魔法を、あの方はどう思われるだろう。これを使えれば、お喜びになるかな――)

 

 目的は完全にすり替わっていた。

 周りの者は、ミリアの様子に違和感を覚えない。いつものように勉強しているかどこかに消えているか、それだけだ。何より

 

(今はまだ、雌伏の時。闇の帝王の存在を悟られてはだめ)

 

 ミリアがそのようにふるまっていた。学校が『三大魔法学校対抗試合』やダンスパーティーでお祭り騒ぎとなっても、ミリアだけは日常を過ごした。

 

 そんな自分が、ふとおかしく感じたのは、夏。『第三の試練』が終了し、セドリック・ディゴリーの死に騒然となっている最中。

 

(わたし……どうして闇の帝王のために呪文を練習してるんだろう)

 

 アラスター・ムーディに化けていたバーテミウス・クラウチ・ジュニアに、吸魂鬼がキスを執行した瞬間だった。

 

 

 

 

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