【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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6 拝啓闇の帝王へ

 

(わたしは一年間、何をしていたの?)

 

 ロンドンへと進むホグワーツ特急の中で、ミリアは物思いにふける。

 もう夏休み。勉強の日々から解放され、束の間の非日常を迎える生徒たちの顔は明るくも、どこか陰りが見え隠れする。

 

(『例のあの人』の、復活……)

 

 ダンブルドア校長は学期末の宴で、そう宣言した。ホグワーツの代表選手の一人、セドリック・ディゴリーはそのために殺められたと。

 そして、ある噂。

 

(ムーディ先生が……)

 

『例のあの人』復活を、ホグワーツ内部から手引きしていたのが彼――いいや、彼に化けていた死喰い人だった。

 一年間、彼には違和感を覚えていた。自分を見る時の刺す様な視線が発端だが、巨大な秘密や膨大な嘘、不自然なほど強く覆う魔法の気配など……事前にそれを推測できる材料は揃っていた。なのに、友達にも先生にも相談せず、本人に問い詰めることさえしなかった。

 

(わたしのせい、なのかな……)

 

 周りの生徒達(特に同じスリザリンのみんな)は、校長先生の話をほぼ信じていない。信じたくない気持ちも分かる。しかし本当のことだ。先生は嘘をついていなかった。

 自分が何か行動を起こしていれば、止められたのだろうか。

 

(一年間、わたしは『闇の帝王』のことばかり考えてた)

 

 それは、復活の予兆をどこかで感じ取っていたから、ではないか?

 

(……もう、やめよう。何もしないのは)

 

 こうやって後悔しないために。スリザリンの遺稿を読み漁るのは、部外者として物事を外から見物するためではない。

 魔法の腕前も知識も格段に上がり、そこらの生徒とは比較できないほどになった。再編しつつある闇の陣営の内部で、普通の学生にしか見えないミリアにしかできないことは、きっとたくさんある。

 それに、彼には聞きたいこともある。

 

   *****

 

 家に帰って、引き止めようとする両親を半ば振り払い、外に出る。

 

「フーさん、フーさん。ちょっと来て」

 

『おや、お帰りミリア』

 

 屋根の縁でまどろんでいた、セルウィン家の老フクロウを肩にとめ、森へと走る。父も母も追ってきていないことを再三確かめ、フーさんに切り出した。

 

「闇の帝王――『例のあの人』に会いに行きたいの。どこにいるか、調べられる?」

 

『おう、出来るともさ』

 

 彼の様子が余りにも軽く、少々仰天したミリア。

 

「どうやってか、聞いてもいい?」

 

『英国鳥連合に問い合わせるのだよ。所在不明の人物に手紙を届ける時は、英国鳥連合の情報ネットワークを駆使し、居場所を突き止めるのさ』

 

「へー、そんな組織あったんだ」

 

『ちなみにミリアは人間唯一の鳥連合会員だ。役職は中級裁判官』

 

「さ、裁判官?そんなの知らないよ!」

 

『喧嘩の仲裁を、何度か頼んだだろう?あれさ』

 

「あ~。そうだったんだ……」

 

 学校に入学する前、何度も見知らぬ鳥たちの怒りを静めてきた。まさかあれが裁判だったとは。

 

「うん、じゃあ闇の帝王のこと、頼むね。鳥連合さんによろしくお願いします、って伝えておいて」

 

『任せなさい』

 

 フーさんがほー、と一声上げると、若いコマドリが飛び立って行った。

 

『さて、もうひと眠りするかね』

 

「フーさんが行くんじゃないんだ……」

 

『鳥連合は年功序列なのだよ』

 

 そう言って、とろとろ眠りに落ちていった。

 

 

 

 丸一日後、鳥連合から返事が来た。闇の帝王はウェアーズザットという場所で息をひそめているそうだ。

 

(いきなり行っても、会ってくれないよね)

 

 ミリアの様などこの馬の骨とも知れない半純血が行っても、追い返されるだけならいい方だろう。そう思って、手紙を書いた。

 

『拝啓 闇の帝王へ

 暑さが日ごとに増してきましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 急なお手紙申し訳ありません。御復活、おめでとうございます。

 私はホグワーツスリザリン寮に在籍する、ミリア・セルウィンと申します。

 お忙しいところ恐縮ですが、どうしてもお会いしてお訊ねしたいことがあります。

 このたび、私は『秘密の部屋』に入ることに、成功いたしました。五十年前、あなたが開いた、あの部屋です。

 そこで、あなたの痕跡を発見し、疑問にぶつかりました。この疑問点を解消したいがために、私はそちらへお伺いいたします。

 その時は、どうぞよろしくお願いいたします。

 かしこ 7月1日 ミリア・セルウィン』

 

 森の動物たちとうんうん唸って、なるべく簡潔かつ丁寧に書いたつもりだ。なんだか無礼な気もするが、きっと気のせいだ。

 相手は近代最悪の闇の魔法使いであり、半純血というだけでバジリスクをけしかけた、あのリドルだ。まずは下手に出て、相手に従うふりをするのが正解だろう。

 手紙は明日には届く。明日中に出発できるように、準備をした。

 両親にはレナの家に行くと嘘をつき、両親がレナの家へ充てた手紙は途中で捕まえ、処分する。

 英国鳥連合を介して、ホグワーツのセストラルに一頭来てもらい、事情を話す。

 

『確かに私ならば、君をウェアーズザットまで送ることが出来る。だが間違っても勧められない』

 

「どうしても、会わなきゃいけないんです。お願いします!」

 

『そこまで頼まれれば、運ぶしかないが……忠告はしたよ、とても危険だと』

 

「ありがとうございます!」

 

 結末から見れば、この時点のミリアは楽観視しすぎていた。

 一年間ずっと、闇の帝王に最も忠実だった死喰い人の思念に触れ続けた経緯を思えば、これも仕方が無いのかもしれない。それ以前にも『生き残った男の子』ほどではないが、因縁も存在した。

 だが、行動に出た直接的な起因は別にある。天性の能力とスリザリンの遺稿を通して習得した数々の魔法によって、ミリアは知らぬうちに天狗となっていた。一度死を乗り越えた経験から、二度目も大丈夫だと思い込んでいる。『二度目の危機』の記憶を消されていなければ、こうはならなかったかもしれない。

 ミリアも病に侵されていた。それは、十代中ごろ特有の万能感が引き起こす、誰もが経験し得る通過儀礼だ。

 

   *****

 

 セストラルに乗って、ミリアはイギリスの空を渡った。初夏の日差しと上空の気流が上手く重なり、ちょうどいい気温を作っているのだが、少しも気持ちいいとは思わなかった。

 

(高い!速い!揺れるーっ!)

 

 ホグワーツのセストラルの乗り心地は、空飛ぶ魔法動物の中でも上位に位置する。高級箒とは比べられないが、ほとんど揺れない快適な空の旅を保証してくれる。しかし、クィディッチ選手でもないインドア派のミリアには、少々刺激が強すぎた。

 休憩をとるために地面に降り立った時には、もうヘロヘロだった。

 

『セルウィン君、旅路はもう半分だ』

 

「は、はひ~……」

 

 せっかく持ってきたお弁当も、なかなか喉を通らない。

 もう少し、もう少し休憩と駄々を捏ねるミリアをなだめすかし、セストラルは再び飛んだ。

 

「な、なんでこんなに高く飛ぶの~!」

 

『マグルの目を避ける為だ』

 

「じゃっじゃあ、もうちょっとゆっくり!」

 

『出来ない相談だ。我慢しろ』

 

 一段とスピードを上げたのは、きっとミリアの邪推だ。

 そんなこんなで、旅は丸半日をかけて終えた。

 

   *****

 

 夕暮れの小さな森に、闇色の天馬は音も無く降り立った。

 

『ウェアーズザットに到着した。最近何者かが拠点にしているという屋敷は、あの丘の上だ』

 

「ありがとう、ございます」

 

 答えるミリアは、息も切れ切れ。素人に少し厳し過ぎたか、と反省はせず思うセストラル。ミリアは地面に座り込んで、ぬるい水で喉を湿らせる。深呼吸をして、息を整えた。

 

「お名前、聞いてなかったですよね」

 

『アーベント』

 

「アーベントさん。帰る時と、もしも、何かがあったら、大声であなたを呼びます。逃げてもいいですけど……できれば、逃がしてくれませんか?」

 

『自宅に送り届けるまで、私は君の翼だ。必ず行くとも』

 

「本当に危なかったら、わたしのことは構わずホグワーツに帰ってください。全部わたしのわがままなんですから。……でも、心強いです」

 

 アーベントの首筋に、手を当てた。

 

「じゃあ、いってきます」

 

『無事を祈っている』

 

 頼もしいアーベントの目に見送られて、ミリアは丘を目指した。

 

(どうしても、会いに行かなくちゃダメなんだ。怖くても、前に進め)

 

 震える心を、鼓舞させる。怯えを閉心術という仮面に隠し、足音強く丘を登った。頂上の大きな屋敷の前に立ち、銀のノッカーで扉を鳴らした。

 

「誰だ」

 

 少年が無理に声を落としたような、高いのか低いのか分からない声が出迎えた。

 

「昨日お手紙を送らせてもらった、ミリア・セルウィンです」

 

「入れ」

 

 扉が音を鳴らしながらゆっくりと開いた。奥にいたのは、小柄でネズミを思わせる、純銀の動く右手を持った男だった。

 

「ご主人様がお待ちだ」

 

 ということは、あの手紙は無事に読まれたのか。死喰い人達に敵とは見做されていないらしい。小男は、ミリアがご主人様の機嫌を損ねないことだけを願っている。

 まずは小部屋で待たされて、しばらくしてから小男が迎えに来た。

 

「帝王はこの奥におわす。失礼の無いように」

 

 高圧的に言いたいのだろう、キーキーと耳障りな声だ。だが、やはりネズミを連想させる。小男はそれだけを言って、どこかに消えて行った。

 気配は二つ――いや、三つか?同じような“出来損ない”が二つと、片方に付着されている一つ。ジニーに取りついていた『汚い魂』と、同一だった。

 

(おんなじ魂が、三つ?……分霊箱だ)

 

 闇の魔術研究書に、魂を分割して疑似的な不死を得る、という術のことが書いてあった。それは、無意味な殺人という行為、その良心の呵責を心で受け止めず魂に向けて、一つの魂を二つに割るという。

 

(闇の帝王は、本当に人を人と思ってないんだ)

 

 人を殺しても、心では何も感じていない。それが出来ないと、分霊箱は作れない。

 自分が答えを望むのは、そんな人物だ。また表出しかけた恐れを、心に仮面をかぶせて完全に封じる。繊細な模様の扉を、手の震えが治まっているのを見てから叩いた。

 

「ようやく来たか。入るがいい」

 

 甲高い、声だった。先ほどの小男とは違う、刺し貫かれるような痛みと冷たさが内在する、刃物のような声。

 

「失礼します」

 

 校長室に入った時の様に、その時より数倍緊張し、警戒して。

 円卓の、暖炉の前の席に座る男は、魂と同じく異形だった。

 骸骨と同じような白くやせ細った顔、切れ込みのような鼻、血のような眼。視線と興味が、じっとミリアに注がれている。

 もう一つの気配は足元でとぐろを巻く蛇。

 

『来た、来たな。スリザリンの継承者気取りが』

 

 そう言わせているのは、蛇ではない。蛇本来の魂は、完全に呑み込まれてしまっている。

 闇の帝王はミリアを上から下まで舐めるように眺めて、口を開いた。

 

「我が配下のセルウィンは、おまえを知らないと言ったが」

 

「ただの同姓です。『聖28一族』とは関係ありません」

 

 いつかのスリザリンの先輩との会話を思い出す。あれから父に確認を取って、そんな大層な名家とは一切関係ないと分かった。

 

「生まれは何だ?純血か、半純血か、それとも……」

 

「半純血です」

 

「穢れた血か」

 

 吐き捨てるようにつぶやいて、大きな椅子に腰かけた。半純血だからといって、心象は変わっていない。初めから一貫して『自分以外の取るに足らない人間』だ。

 何かを考えているようだが、上手く読めない。習慣的に閉心術を使っているのだろう。やがて、急に問うた。

 

「『秘密の部屋』を?」

 

「ええ。開きました」

 

 矢のように速く、次の問い。

 

「おまえのような卑しい半純血が?」

 

「ええ。スリザリンですから」

 

 彼は警戒を一切解いていない。少しでも間違った答えなら、すぐに殺そうとするだろう。間髪入れず、次の問い。

 

「何が望みだ」

 

「あなたの炎の理由を、聞くために。あの部屋に何があったのか――」

 

 血のような赤い瞳が、興味深そうに見開かれた。

 

「あの部屋、とは?」

 

「『秘密の部屋』の中に隠された、小部屋です。あなたが『悪霊の火』を放った」

 

 秘密の中の秘密を解き明かせるのは、自分だけだと思っていたらしい。部屋を発見したことに対し、いささか以上に驚いている。

 

「何故、俺様の魔法だと考えた?」

 

 数秒間悩み、正直に答えることにした。

 

「校長――ダンブルドアが、そう言ったからです」

 

「『秘密の部屋』に奴を招いたのか?」

 

「私が入り口を開くと同時に入ってきました。招いたのではありません」

 

 これも本当のこと。

 

「奴め……どうやって嗅ぎ付けた……?」

 

 敵愾心を露にしている。ここでは校長先生が味方だとは言わない方がいい。

 闇の帝王はふと顔を上げ、シューシューという音を出した。

 

「『まさか、おまえはダンブルドアのスパイではなかろうな』」

 

「いいえ。ダンブルドアは私がここにいることを、一切知りません」

 

「『蛇語で返せないのか?』」

 

「直接は話せません。ですが、言葉の理解も出来ますし、意思を伝えることも出来ます」

 

「『ナギニ、それは真か?』」

 

『そのようだ』

 

 蛇の答えを聞いて、闇の帝王は口の端を持ち上げた。笑っているのか?

 

「面白い」

 

 そうして、ミリアを向かいの席に勧めた。気に入られることに成功した。これで命の危険はぐんと減る。

 

「『悪霊の火』を放った理由、だったな。それはその部屋が役割を終えたからだ」

 

「役割……?」

 

「あの部屋には、スリザリンが望む『継承者』を記した、直筆の書が隠されていた。真に『スリザリンの継承者』に相応しい者を迎えたのだから、書も部屋も必要あるまい」

 

 あの本のことだ。

 

「その書には……どんなことが書かれていたのですか?」

 

 ミリアの予想が正しければ――

 

「『ホグワーツから穢れた血を排除せよ』、『この私の様に』――その様なことが、多くのマグルを駆逐した自らの半生と共に記されていた」

 

 やはり……この男は認められなかったのだ。後世に伝わるスリザリン像を信奉して、真逆を伝える書を否定した。

 闇の帝王は嘘をついていない。記憶から本当のことを消しているのだ。

 

「これが全てだ。――さて、おまえはこのヴォルデモート卿に忠誠を誓えるか?ミリア・セルウィン」

 

「私は――」

 

 この男はスリザリンが学校を去る起因を作った“彼ら”の継承者だ。スリザリンはまさに彼のような者を止めてほしいと、継承者に願った。

 ならば、今のミリアに出来ることは?

 

「誓います。闇の帝王」

 

 椅子から降りて、片膝をついた。

 今闇の帝王に戦いを挑むのは、愚策だ。魂を損傷していても、魔法力は一人分。そんな最悪の闇の魔法使いに抵抗し逃げ切れるとまでは、楽観視できない。まずは内部に入り込み、弱点である『分霊箱』を把握する(三つで完全な形になるとは思えないほど、ボロボロだ)。

 

「ダンブルドアには、まだ信を置かれているのか?」

 

「恐らく。スリザリンに従って学生を排除する、その思想は一切見せていません」

 

「ならば……ダンブルドアの隙を突き、スリザリンの怪物――バジリスクを解き放て」

 

 闇の帝王は三年前の事件を知らないのか?分霊箱が暗躍し、ハリー・ポッターに敗れた、あの事件を。どう答えるのが正解か悩んでいると。

 

「出来ないのか?」

 

「いいえ、やります」

 

 必要なのは今この場の体裁。ミリアの目の前で機嫌を損ねないことだ。

 

「よろしい。そしてもう一つ。スリザリンに属するならば、おまえ自身が何らかの野望を抱いているはずだ。それは何だ?」

 

 どんな夢を持っているか――そんな普通の教師のようなことを訊ねた。

 

「……何も分かっていない人に、スリザリンの姿を知らせることです」

 

 真実を、秘密でラッピングした答え。

 

「おまえがスリザリンの継承者になりたいと?」

 

「いいえ。帝王がいらっしゃるのに、そのようなこと考えられません」

 

 そこに、嘘をトッピングした。

 納得したのか、闇の帝王は獰猛に笑った。

 

「俺様の新しい家族を、食事に招こう。光栄に思え」

 

「はい」

 

 第一の関門は無事に乗り越えられた。命を取られることなく、きっと家に帰れるだろう。

 

 

 

 

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