【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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7 後悔

 

 

 去年から、どうしてか地に足がつかない、ふわふわとした気分だ。

 今年の理由は分かる。誰にも秘密で闇の帝王のスパイをしているからだ。そんなレナに言っても笑われるような非現実的な隠し事に、浮足立っているのだ。

 寮監のスネイプ先生は、なぜか知っているようだった。どこか怪しげな風采と噂されていたが、死喰い人とは思いもしなかった。要注意人物として、心に留めておかねば。

 

 今年の『闇の魔術に対する防衛術』の先生は、魔法省からやって来た。その背景なら、推察は容易だ。

 日刊預言者新聞が毎日ダンブルドアやハリー・ポッターを中傷する記事を出し続けていることから、闇の帝王の復活を否定する方針なのだろう。復活の噂をホグワーツだけに封じ込めておくために、最終的には真実を叫ぶ彼らを表の世界から追放するために、干渉に乗り出したのだろう。

 残念ながら闇の帝王復活は真実、魔法省転覆を狙っているのはダンブルドアたちではない。魔法省がそれに気づいて対策を講じる時は、そう遠くはない。悠長にホグワーツなどに干渉している場合ではなくなる。

 

(そう言っても、聞いてくれるわけないよね)

 

 だから、誰にも言わない。

 ダンブルドア校長や、マクゴナガル先生たちは、どうやら闇の帝王に抵抗する心づもりのようだった。彼らから秘密の連帯感が見えたし、ホグワーツ、英国鳥連合はその噂で持ち切りだ。

 闇の帝王と接触し、スパイする身なら、彼らに情報を持ち込むべきなのだろう。だが、まだ名乗り出るつもりはない。

 

(子供だからって、保護とかされるんだろうな……)

 

 実際ミリアのやっていることは危険極まりない。いつ命を落としても不思議でない。

 

(それは分かってるけど……)

 

 それを承知の上でやっている。今さらやめろと言われて手を引くなど、出来ない。

 一方で、スリザリンの遺稿もほぼ全て読破した。上級生が習う『姿現し』も、無言魔法も、試してはいないが危険な闇の魔法も習得した。闇の魔法の基礎を完全に理解したことで、反対呪文も自由自在だ。自分の身を護る事なら、大人にだって負けない。

 闇の帝王がやろうとしていることは、魔法界からマグルを追放すること。そのためなら喜んで殺人を犯す。殺人は悪だ。なぜなら殺される人だって生きたいから。止め難いなら、子供の手だろうが利用するべきでないのか?

 今のところ上手くいっているのだ。これからも決して油断しない。深入りもし過ぎない。だから、大丈夫。

 

 イースター休暇直前、ダンブルドア校長が失踪して、学校は混乱と混沌に包まれた。それを鎮める『尋問官親衛隊』とやらに選ばれたが、ほぼレナのあこがれの人を護衛しただけだった。ただ、上級生が消えた事件には本気になって取り組んだが。

 その中で、少し信じ難い事実を発見した。アンブリッジの部屋に侵入者が入ったとかで、大勢の尋問官親衛隊が部屋を包囲した時だった。

 

(闇の帝王の気配!)

 

 ジニーやナギニよりはるかに希薄だが、確かに感じた。それを発しているのは。

 

(ハリー・ポッター……)

 

 何度か顔を見る機会があったのに、なぜ今やっと気づいたのか。それは余りに小さな欠片だからか、前よりも大きくなったからか。

 とりあえず、誰か人助けをしたいようなので(見えた映像はシリウス・ブラックの手配書に似ていた)、彼らの仲間を逃がした。適当な出まかせで逃がした咎をなあなあにして、森へ行くふりして考える。

 

(ポッターさんが何度も生き残っているのは、闇の帝王の分霊箱だから……?)

 

 赤ん坊の時と、去年の三大魔法学校対抗試合決勝の時。それから噂ではミリアが入学する一年前も戦ったらしいし、一時的に分霊箱にされたジニーもバジリスクを倒した上で救っている。数他の奇跡が、もしも闇の帝王の手のひらの上の出来事なら……?

 

(ポッターさんは、ダンブルドア校長に次ぐ反闇の帝王の象徴……彼を殺さないと闇の帝王を殺せないなんて……誰も思わない)

 

 闇の帝王は思い込みが激しい。説得で止まる時期など、昔にも無かったかもしれない。

 彼を止めるには、殺すしかない。

 

(私……そんな戦いの中に、いるんだ)

 

 遊びのつもりなど、毛頭ない。だが、関わることに初めて足がすくんだ。

 

(看取るんじゃなくて、殺す――そんな覚悟が、私にはあったの?)

 

 殺される覚悟だけでなく、殺す覚悟。死を受け入れた者への介錯ではなく、生に執着する者への殺人。

 魔法薬の授業で、初めて生きた動物を使って、生き胆を取り出した作業を思い出す。

 

(いっぱい悩んで……魔法で眠らせてからナイフを入れたっけ)

 

 その後も、何度も死んでいない生物を扱った。ミリアが授業参加を拒否しても、他の生徒達が殺す。ミリアにせめて出来ることは、たくさん予習して失敗しないこと。……痛みを感じる暇がないくらいに、即死させること。そうして動物を殺すことに慣れていった。

 

(そんな風に、人は殺人に慣れる)

 

 闇の帝王の様に。その配下の者たちの様に。

 

(その人たちを、野放しにしないために……覚悟を決めろ)

 

 覚悟を新たに、前を向く。次に調べることは、ハリー・ポッターが生きたまま闇の帝王の魂を取り除く方法だ。

 

 図書館の禁書の棚にも、スリザリンの遺稿の中にも、生物から分霊箱を取り除く方法は書いていなかった。そもそも分霊箱の記述が希少だ。更に生物を分霊箱とすること、分霊箱を複数作ることさえ未知の領域だった。

 入れ物を破壊せず中の魂を壊すなど、望み過ぎなのだろうか。

 

   *****

 

 ミリアの予想通り、魔法界は荒れた。ついに闇の帝王復活を、魔法省が認めざるを得なくなった。

 吸魂鬼が空を飛びまわり、巨人が暴れまわり、マグルが殺されていった。

 

(うちは大丈夫かな……)

 

 特に、マグルである母は。去年別れ際に、闇の帝王が復活したと伝えた上で、気をつけて、何かあれば家を出るようにと忠告しておいたが。

 嫌な予感は、どうやら的中した。

 

(いない……)

 

 手紙も無く、迎えに来ない訳が無い。家はロンドンから遠く離れた田舎中の田舎にぽつんと建っている。姿現しをしてくれる父か、車の免許を持つ母が来てくれるはずだった。

 足踏みをしながら、煙突飛行の行列に並ぶ。やっと順番が来て、家の名前を叫んで、見えたものは――

 

「ぁ――」

 

 廃墟。

 

「……」

 

 辛うじて暖炉が残っていたお陰で、煙突飛行ネットワークが繋がっていたらしい。

 

「わたしの――せいだ」

 

 屋根は無い。壁は黒焦げ、半分崩れて外がよく見える。それが何だったか判別できないガラクタで足の踏み場もない。灰を踏んで、ここが愛しい我が家の面影を残す場所だと、確認を重ねて行った。

 

「お母さん!お父さんッ!」

 

 呼び声で、一つの気配がミリアのそばに寄り添った。

 

『ミリア――お帰り』

 

「フーさん!何があったの!?」

 

 一年で、ぐんと年を取ったように見えた。フーさんは人間のように、目を伏せて悲しみを表現する。

 

『すまん――ミリア。ワシにはよく分らんのだ。昨夜、突然何者かが訪ねて来て、火を放った。声を上げると撃たれそうになり、森に逃げて――すまん』

 

 闇の勢力が大々的に活動を始めて、こんなに早くここが狙われるとは……。

 

「――わたしのせいだ」

 

『闇の帝王に接触を図ったから?』

 

 動物は、思ったことをそのまま出す。

 

「うん、会いに行かないと。また、鳥連合さんに連絡お願い。――闇の帝王の居場所を」

 

 じっと様子をうかがっていたたくさんの森の生き物の中から、ツバメが飛び立った。

 

『ワシに長旅は辛いのだ。すまない――ミリア』

 

「フーさんは、何も悪くない。悪いのは――」

 

 続きは、嗚咽にさえぎられて言えなかった。代わりにフーさんを窒息しない程度にきつく抱いた。いつもなら嫌がるのに、今日は黙っていてくれた。

 

『ただいま、昨晩から変わっていない。手紙を出すかい?』

 

「ううん、直接行く」

 

『じゃあ、セストラルだね』

 

『やはり――行くのか?』

 

「アーベント……」

 

 鳥連合にこの家が襲われたと聞いて、自分からホグワーツの群れを離れたらしい。

 

『ダンブルドアに保護を求めろ。それが一番賢い選択だ』

 

 その通りだろう。ミリアは間違った選択をして、家がこんなことになった。

 しかし。

 

「行かない。私は闇の帝王の所へ行く。間違ってたのなら――尚更後に引けない」

 

 進むことでしか、この気持ちを、後悔と罪悪感を、抑えることが出来ない。

 

『今度こそ生きて帰れないかもしれない。それは、森の皆も望まない』

 

 アーベントはなおも説得する。普段決して森から出ない動物も、ミリアの元にたくさん集まる。

 

「みんな――ごめんね、さようなら」

 

 みんなを振り払って、アーベントにまたがった。

 

「私を連れて行って。闇の帝王の元へ!」

 

『――分かった』

 

 アーベントはいななき、上昇した。森のみんなの雄たけびを、帰って来いという思いを、風で振り切った。

 涙はとめどなく溢れてくる。体から水が無くなってしまうのではないかというほど流した。全ての涙を、強い風がきつくぬぐい、雲へ運んで行った。

 

   *****

 

 アーベントは最高速度で目的地へ急ぐも、今回は文句の一つ聞こえなかった。

 途中で雨に遭ったが、それでも速度を緩めなかった。

 

『この森の中をまっすぐだ。何かあれば、以前と同じく私の名を呼べ』

 

「はい」

 

 冷たい嵐の中、泥水を踏んで森を走った。

 数分走ると、マグルの目から隠された豪華な屋敷が、ミリアを出迎えた。

 扉に手を触れると、勝手に開いた。それも待ちきれなく無理やり押して、扉は耳障りな音を立てた。

 

「闇の帝王!」

 

「やっと来たか」

 

 玄関ホールに冷たい声が響いた。目の前の階段を見上げると、上に闇の帝王が立っていた。いつかの小男は、階段下の右手側で隠れて様子を見ていた。

 

「無事なんですか!?お母さん、お父さんは!」

 

「間違いなく殺したと、報告に上がっているな」

 

 真偽の判別も、感情の揺れも、分からない。彼にとっては生きているか死んでいるかなど、どうでもいい些細なことのようだ。

 

「なぜ、私の家族を――!」

 

 ミリアは階段を駆け上った。してはいけない行動だったのか、小男がびくりと震えた。

 闇の帝王は背を向け、背後にあった部屋の中に入る。そこはきれいに整えられた食堂で、帝王は一番奥の豪華な椅子にゆったりと腰かけた。

 ミリアを見返した目は、心底楽しそうだった。

 

「ただの忠告だ。おまえは俺様が課した責務を果たさなかった」

 

 責務とは何だったか?何を失敗したから、両親は殺されねばいけなかった?

 

(バジリスクを解き放つこと?)

 

 不可能だ。“彼女”はもう永遠の眠りの中だ。

 

「でも」

 

「俺様は知る術もなかった。バジリスクが既に死んでいる事実を。秘密の部屋を出入りするお前は、どうだ?」

 

 では、知ったのか。三年前の『秘密の部屋』事件の顛末を。

 

「私は、知っているとばかり――」

 

 下手な言い訳だとは分かっていた。でもこう言う他どうすればいい?

 

「つまり、俺様の無知を嘲笑いに来たという事か。『クルーシオ(苦しめ)』」

 

 魔法史で習った、中世の拷問を思い出した。手を杭で突き破り体を吊るせば、こんな痛みとなるのだろうか。『磔の呪文』は手だけではない。足も、お腹も、内臓も、頭も、脳も、全てに杭をつき立てられて、万力で引っ張られている感覚だ。体は悲鳴の任せるまま、痛みから意識を切り離すことでしか耐えられない。

 

「俺様は寛容だ。おまえへの罰は、たったこれだけだ。恥となるべきマグルの母親と『血を裏切る者』の父親の始末は、真っ先に名乗り出たことへの褒美」

 

(終わった……?)

 

「本来ならばおまえ自身がやるべきだった。少なくとも俺様はそうだった。汚らわしいマグルの父親を、この手で殺めた。俺様に忠義を尽くすならば、自分の親を喜んで捧げられよう。そうだな、ミリア・セルウィン」

 

(お母さん……お父さん……)

 

「おまえはおまえの望みを、来るべき時に果たせ。ホグワーツ内部にて、スリザリンの威光を知らしめるのだな?」

 

「来るべき、時……?」

 

「なんと甘きことか。もっと喜ぶがいい。我が下にいて、自らの願いを叶えられるのだぞ」

 

「……」

 

 両親を犠牲にしてまで、叶えたい夢なんて無い。

 倒れ伏したままのミリアを、闇の帝王が覗き込む。

 

「どうした。ハリー・ポッターは、ただ一度の拷問で、心尽きたりはしなかったぞ」

 

(わたしは、ポッターさんじゃない……)

 

 枯れたと思った涙が、しとりと床に落ちた。悔しいのか、情けないのか、苦しいのか、怖いのか……どんな涙なのか、考えることも出来なかった。

 

 ――あの覚悟はどうした?

 

 心のどこかで、冷静な誰かが囁いた。

 

 ――こうなる事は承知でここへ出向いたのではないか?

 

(わたしは……強くなんて、なってなかった……)

 

 全部自業自得。家が焼かれたのも、両親が殺されたのも、磔の呪いをかけられたのも。自らの驕りが招いた結果だ。

 

「見損なったぞ。セルウィン」

 

 杖を振る影が、見えた。

 

(ああ……殺されるのかな)

 

 怖くは、ない。もう亡くした後だから。

 

「『インペリオ(服従せよ)』」

 

 

 

 食堂の床を、蛇が這う。

 

『嗅いだ嗅いだ、鼠の臭いだ。ワームテールが嗅ぎまわっているぞ』

 

「『ご苦労、ナギニ。――それは餌じゃない。明日新鮮なマグルを約束しよう』」

 

『どんなマグルだ?男か女か、子供か赤ん坊か。楽しみだ』

 

 シューシューと舌をちらつかせながら窓際まで這って、とぐろを巻いて眠りについた。

 

「そこにいるのは分かっているぞ、ワームテール!」

 

 雷鳴のような声に呼応して扉が開き、聞き耳を立てていたワームテールが転がり入ってきた。

 

「ひっ!我が君、お許しを、お許しを!」

 

「何の用だ。さっさと済ませろ」

 

「はいっ!えーと、えー……」

 

 床で死んだ――ように眠る少女が、目に入った。

 

「この小娘ですが、見損なったのでしたらなぜ殺さないのでしょう。お手にかけるのが面倒であれば、なんならわたくしめが――」

 

「よい」

 

 ワームテールから見て、闇の帝王はそれほど不機嫌には見えない。

 

「まさか、この小娘を――」

 

「何を下卑た想像をしている、馬鹿馬鹿しい。――こやつは開心術士だ。俺様がまだ知らぬ領域のな」

 

 彼女が蛇の言葉を介しているのは、血の力ではなく魔法の力――開心術によってだ。闇の帝王はそこに興味を抱いた。

 

「暇があれば調べねばなるまい。開心以上の読心にまで、手が届くやもしれん」

 

 少女の左腕の袖をめくって、闇の印を見せつけた。

 

「客間まで運び、新しいローブも用意してやれ。この小娘は、壊すにはまだ早すぎる」

 

「はっ!」

 

 少女だからと手加減したと思いきや、いつもの闇の帝王だった。ワームテールは少女を抱え、そそくさと退散した。

 

 

 

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