【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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9 暗躍の始まり

 

 

 ついに、『来るべき時』が訪れた。

 魔法省はヴォルデモートとその一派によって陥落し、服従の呪文がかけられた大臣に挿げ替えた。ホグワーツ校長には、死喰い人にしてダンブルドアを殺したセブルス・スネイプを任命。授業改革も着々と進んでいる。

 

(我が君のために、『スリザリン』が言うように行動する)

 

(そうだ。決して生徒を傷つけるな。生徒に危害を加えようとする輩がいれば?)

 

(取り入って、『服従の呪文』の支配下に置く。我が君に気づかれてはいけない)

 

(上出来だ)

 

 虚ろで従順な宿主に、『スリザリン』は苦い思いだった。一番いい“ミリアが自分を取り戻す”という解決が、到底見込めないからだ。

 ともかく、ミリアはヴォルデモートではなく『スリザリン』の思惑によって行動する。遺稿を熟読した甲斐があり、『スリザリン』もよく体に馴染み、意識が消え入る様子はない。去年のように自由に体は使えないが、十分だ。

 ヴォルデモート自身の“望み”は、生きたいというシンプルな願いを骨格に、自己顕示と中身の無い思想がふんわりと包んでいる――そんな代物だ。だからこそ、全く異質な思想の『スリザリン』が、服従の呪文に割って入る現在がある。

 変質していく魔法界の中で、ホグワーツだけは、生徒を守り育む学び舎であることを変えさせない――自らに誓い、確かめ、内に秘めた。

 

   *****

 

 ふざけた授業が、初っ端から始まった。先日の騒ぎの起因となった生徒に『磔の呪文』をかけると。初めての授業に当たって本当に良かった――内心胸をなでおろしつつ、ミリアを前に進ませた。

 

「先生。あの……」

 

 何かと気にかけてくれる女子生徒の手を、そっと押し戻した。

 

「ああん?コイツと場所を変わりたいってか?」

 

 拷問するなら女の方が映える――だそうだ。つくづく腐った性根だ。嫌悪感はミリアに伝えず、虚ろな幸福感をにじませる素顔を出させる。

 

「はい。変わりたいです。――て言っても、先生と。私、拷問なんてしたことなくって、一度やってみたかったんです」

 

「マジかよ!アッハッハッハッハ!いいぞ、やってみろ!」

 

 ミリアが演技だとはこれっぽっちも考えていない。御しやすい性格かもしれない。

 

「呪文は知ってるか?」

 

「はい。いきます」

 

 ノリノリで答え、杖を構えた。

 

「ようし、いい面だ。初めての拷問、しっかり楽しめよ!『フィニート』」

 

「やめろ!同じ生徒同士じゃないか!やめてくれ!頼む――」

 

(すまない――これを機に、目立った行動は慎むように)

 

 恐怖と少しの後悔をぶつける少年に、安心を与える手段は無い。心の中で謝り、そのまま動く。

 言葉と魔法力を遮断する。

 

「『クルーシオ』」

 

 その上で、服従の呪文を無言でかけた。

 

(声を限りに叫べ。全力で痛みを表現しろ)

 

「ギャアアアああああぁぁぁぁ!!!」

 

 思惑通り、少年は悲鳴を上げのたうち回った。かかっているのは服従の呪文だけ。魔法を強く認識し、意識的に動かすミリアだからこその荒業だ。

 

(そろそろか)

 

 服従の呪文が断ち切れない内に、失神呪文で眠らせる。

 

「気絶したみたいです」

 

「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!よくやった!スリザリンに五十点!あひゃひゃひゃひゃひゃ――!」

 

 仕上げは、誰もいないところでやらねばならない。この上機嫌さなら、どんな要求でも通るだろう。

 

「医務室に連れて行きます。――悲鳴上げないなんて、拷問の意味ないでしょ?」

 

「オーケーいいぞ!気に入った!嬢ちゃん名前は!?」

 

 その名を刻みつけるように、ミリアの瞳の奥から睨んだ。

 

「ミリア・セルウィンです」

 

「セルウィン?――ああ、あの。今夜俺の部屋に来い。――いやいや、取って食おうってんじゃねえぞ。妹に紹介する」

 

 ちょうどいい、彼らとは早急に密会せねばならない。本当にこの男は扱いやすい。

 

「はい、分かりました。『モビリコーパス(体よ動け)』」

 

 少年を半分引きずって、教室を後にする。

 廊下に出て、広範囲の気配を窺う。授業中だから誰もいない。流石に新学期の一番目、サボりも見受けられない。

 近くの教室全ての死角に入り、気絶する少年に杖を向けた。

 

「『オブリビエイト(忘れよ)』」

 

 服従の呪文の幸福感を記憶から消す。代わりに、痛かったという印象を植え付けた。

 生徒たちには、実際に拷問が行われたと思わせておかねばならない。人の口に戸は立てられない。ホグワーツに耳を傾ける全ての死喰い人、全ての吸魂鬼を支配下に置けたとしても、いずれヴォルデモートに伝わるだろう。

 

(小手先の作業で満足して――私はつくづく無力だ)

 

 現状維持の方法はいくらでも思いつくが、現状打破となると策は消える。

 

(頼むぞ……グリフィンドールの継承者)

 

 そう、結局最後は他人任せだった。千年前も、今も。

 

   *****

 

 親友のレナと、カローのやり方と魔法界のあり方で口論となった。グリフィンドールでもやっていけたのではないかという正義感に驚かされるが、認めてしまう訳にはいけない。

 失神呪文で気絶させ、医務室に運んだ。こちらは徹底的に、悪役になり切らねばならない。

 一人で黙々と夕食をとり、ガラス瓶の目覚まし薬を一気に煽る。夜の弱さは『スリザリン』がいても変わらず、カロー兄妹の目の前で居眠りしようものなら、文字通り命取りだ。

 ガラス瓶をカバンに入れながら、大広間奥の教員テーブルを覗く。カロー兄妹二人とも姿が見えない。『ガキの顔見ながらのメシなんざ不味いに決まってる』といった辺りか。薬の効果が切れる前に全ての事を済ませたい、デザートを待つ喧騒溢れる大広間から抜け出した。

『闇の魔術に対する防衛術』教授室の前で、気配を探る。

 

(二人……個別が望ましかったが、仕方無い)

 

 ポケットの中の杖を手に取りつつ、扉を叩いた。

 

「おう、セルウィンか!入れ入れ!」

 

 一言も発していないのに、アミカスの声が返ってきた。透視でも『敵鏡』でもなく、単なる決めつけだ。

 

「失礼します」

 

 部屋は、趣味が悪いの一言に尽きた。黒いカーテンで閉め切られた窓に、あちらこちらに置かれている髑髏に蛇の舌を持つ模型。大きなスリザリンのタペストリーの下には、カロー家の家系図が貼ってある。反対側の壁にはマグル殺しに関する新聞記事がベタベタ乱雑に留められていて、残りはマグルが苦しむ姿の絵画だ。

 

「気に入ったか?」

 

「素敵ですね」

 

 正直に皮肉を言った。

 

「そのガキってか。アタシらの補佐ってのは」

 

 胡散臭そうに女が声を投げてきた。妹のアレクト・カローは兄と違い、こちらを全く信用していないようだった。ポケットに手を突っ込んだままのミリアの手を、じろりと一瞥する。

 

「だーいじに握ってんのは杖か?出せ」

 

 一瞬考えるそぶりを見せて、机に置いた。

 

「よーし、いい子だ。預か――」

 

 瞬間、二つの呪文が交差した。

 ミリアは反対のポケットに入れていたレナの杖――この時の為に拝借した――で失神呪文をアレクトに。アミカスは盾の呪文をアレクトの前に。

 

(カロー兄はこちらを全く疑っていなかった。……良い反射神経だと認めるしかないな)

 

 自分の杖を取り戻しつつ、後ろに下がって戦闘態勢を整える。

 

「おいおい、俺らと殺り合おうってのか、お嬢ちゃん」

 

「兄公だから言ったろ、そいつは信用できんのかって」

 

 カローたちもそれぞれの杖を構え、凶暴な気配を表に出す。

 

「嬢ちゃん、俺たちと一緒に楽しい拷問ライフは送りたかねえのか?」

 

「……」

 

 ミリアには余計なことを言わせず、ただ二本の杖をしっかりと握らせた。

 

「アタシらに歯向かうってのは、闇の帝王を裏切るってことだ。――たっぷり痛めつけてやらぁ!『クルーシオ(苦しめ)』!」

 

 アレクトの磔の呪文が、戦いの火ぶたを切った。

 許されざる呪文には反対呪文が存在せず、呪文を相殺させて防ぐ手段は無い。よって効果を受けたくなければ、避けるしかない。

 ミリアは自分に威力を絞った『追い払い呪文』をかけた。三歩分急速で移動し、背後にあった家系図は大きく焼け焦げた。足もつかない内に左手の杖で『盾砕きの呪い』を放ち、盾の呪文を消す。

 

「ほーん、意外とやるじゃねーか」

 

「何暢気に言ってんだ。誰かに聞きつけられる前にさっさと片付けるぞ!」

 

 会話している間に失神呪文を一本。盾の呪文で防ごうとしたアミカスに盾砕きの呪いをかけ、不発させた。

 

「ッ!テメェ……」

 

 アレクトが崩れ落ち、アミカスの目が座った。

 アミカスはアレクトを失ってからの方が危険のようだ。保っていた余裕が吹き飛び、怒りに差し変わった。

 

「『フェルウォル(爆散せよ)』!『グラキアタエ・モーレース(凍り付け)』!『モルブス(腐敗せよ)』!『コントリトゥム・エスト(心砕けよ)』!」

 

 連発される魔法は全て、食らえば後遺症を免れない危険な闇の魔術だ。呪文そのものは初見でも、その基礎はほぼ遺稿にあった。二本の杖で威力を強化すれば、古い反対魔法でも対処し圧倒できる。

 その上こちらは心を読める。次に唱える魔法、着弾点も丸見えだから、死の魔法さえ怖くない。

 顔色一つ変えず、無言であらゆる術を無効化してしまうミリアに、アミカスは焦りを隠せない。怒りに隠れて本人も自覚していないだろうが、疲弊や恐怖も見える。

 闇の魔術の嵐も途絶えがちになって、そろそろネタ切れかと思われた時……

 

「――『レビコーパス(身体浮上せよ)』!」

 

 ミリアも『スリザリン』も、この魔法を知らなかった。魔法力の波が足元に集まり、右足が吊り上げられて逆さまになった。頭に血が上り視界が暗くなり、はずみで杖を二本とも落としてしまった。

 

「ヒィ、ヒィ――ヒャーハハは!まさかジョーク魔法が効いちまうとはなあ!」

 

 学生服を着たアミカスが誰かを吊り上げて大笑いしている映像が見えた。

 

「じっとしてろよ――」

 

 次の魔法は『磔の呪文』。

 

(間に合え!)

 

 ありったけの力を右足に込める。

 体の内側から魔法力を放出し、右足を吊り上げる魔法力を共振させる。

 共振が大きな波となり、力は狂いを生じ、魔法としての形を留められなくなった。

 

「『クルーシオ』!」

 

 身体浮上魔法が解けて床に落ち、閃光はぎりぎりで避けられた。

 

「何だとぉ!?」

 

 杖も無しに魔法を破り、驚愕するアミカス。素早く杖を取り、赤い閃光を発射した。

 

「プロテ――」

 

 未完成の盾の呪文を掻い潜り、失神呪文はアミカスの胸に吸い込まれた。

 

 

 

 流石は闇を名乗る戦闘集団、すんなりと服従の呪文の餌食になってはくれなかった。年頃の少女の身体に巣食う者として、まずは乱れたローブを整えさせた。

 

「『インペリオ』」

 

 アミカス、アレクトへの繋がりを作る。

 

(生徒への体罰、呪いの行使を禁ずる)

 

 心に直接命令を刻む。

 

(闇の帝王の支配下にあると教師、生徒に信じさせよ。その為に授業内容はそれぞれ闇の魔術、純血主義を中心に)

 

 彼らは、至福の魔法に逆らえる強い心を持っていない。

 

(この体制に逆らう者がいれば、全員私に引き渡せ。ただし公平を心掛けるように)

 

 余りに理不尽が過ぎると、二年前生徒たちを御しきれなかったアンブリッジの二の舞だ。磔の呪文による体罰があるから、逆らおうとする生徒は以前より少ないだろう。しかしこちらは、スネイプ校長を支配下に置くとしてもたった四人だ。いくら質が揃っていても、数の暴力には勝てない。

 服従の呪文はじっくり染み込んだだろう、軽い眠気を感じたミリアは寮へ向かった。

 

(スネイプは……まずは様子見だ。腐っても教師、生徒を傷つけない心を保っているかもしれない)

 

 昨日の騒ぎでも、アミカスとマクゴナガルの間を取り持っているように見えた。

 

(そうすると主敵は――反ヴォルデモートの勢力、名は知らんがダンブルドアの組織か)

 

 目に見える反乱者は、今は粛清せねばならない。放置しておけばホグワーツ支配権は反ヴォルデモート派に移り、それは必ず闇の勢力の耳に入る。そうするとカローやミリアに不信の目が行く。人員交代だけならいい、ヴォルデモートに染まり切っていない『スリザリン』の意思が見つかれば、全てが終わる。

 まだ機は熟していない。表立ってヴォルデモートと相対するより、彼の下で穏便に支配する方が被害は出ないのだ。

 

(頼むから、大人しくしていてくれ)

 

 ホグワーツだけは、戦場にさせないから。

 

 

 

 

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