【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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10 全ての終わり

 

“比較的穏便な支配”は、上手く保てていると言っていいだろう。『スリザリン』の願い通り、生徒達は表面上でだけ大人しくしてくれている(反骨心が全くないというのもいけない。いつまでもこのままでいいと思わせたい訳ではないから)。

 

 最も注意すべき敵と思われていたスネイプも、実はそうでないのかもしれない。校長室に盗み目的の侵入者が入った、そんな平時でも罰せられるべき生徒が現れた時、その生徒たちをカローに断固として引き渡さなかった。後で罰則を確認したが、ハグリッドと共に禁じられた森を散策するという、最も恐れた『直接危害を及ぼす』物ではなかった。

 実は彼も、ホグワーツをヴォルデモート側から守る目的を背負っているのか。天地がひっくり返っても確認するなどという愚行は働かないが。

 

 目下の悩みだったグリフィンドール前の吸魂鬼も、生徒たちが解決してくれた。どんな道筋を通って困難を乗り越えたのか知りたくて、その作戦の帰りと思わしき“怪しい動き”の生徒達を追いかけた。だが生徒たちを処罰するミリアの姿を見て、森に逃げてしまった。ケンタウルスに喧嘩を売るのは好ましくないと判断し、すごすごと退散した。

 

(このまま一年、無事に過ごせると良いが……)

 

 一年が終わった後、ヴォルデモートに報告する段階になればどうするべきか――目の前のことだけでなく、随分先のことまで考えるようになった。

 

(宿主殿を直接ヴォルデモートに会わせるのは、やはり危険だ)

 

 ミリアを『スリザリン』がコントロール出来ているのは、『自分とスリザリンの思想に沿え』という命令ありきの結果。スリザリンという文言が無くなれば、完全にヴォルデモートの支配下に落ちるだろう。

 

 そんな『スリザリン』のささやかな悩みを、木っ端微塵に吹き飛ばした事件が起きた。“穏便な支配”が始まってからちょうど半年、二月の終わりのことだった。

 

   *****

 

 ネビル・ロングボトムという生徒は、以前から反抗的な生徒だった。緊急時には反乱のリーダーとなり得る貴重な人材だが、この平時には一番厄介な『反秩序者』。彼の心を折らないために失神呪文後の忘却呪文を見逃していたが、そろそろ一度クールダウンさせるべき時か。医務室送りにすべく、放課後防衛術の教室にロングボトムを連れて行った。

 しかし。

 

(罠……どうする?)

 

 彼の顔を一目見て、悟った。ロングボトムの意識は目の前の拷問にまるで向いていない。カロー兄妹、ハグリッド、なぜか青い車、団結する大勢の生徒、ミリア――様々な心配事で、己の身はまるで眼中にない。

 教室に入る直前、一人の生徒が呼びかけてきた。

 

「あの、ハグリッドの小屋で、パーティーがあるんですけど……」

 

 彼はスリザリンのハーパー。内心を覗いても、寮関係なく逆らえば磔のカローを恐れているだけ。企みには関係ないのだろう。

 

「勝手にやってろ」

 

「それが……『ハリー・ポッター応援』がどうとかって……。一応、報告をって思って」

 

 それを見逃しては『闇の一派』失格だ。これもロングボトムが仕掛けたとすると、こちらの人員を割くためか。

 

「アレクト、行け」

 

「えらそーに何だ兄公」

 

「それが、結構規模大きいみたいで」

 

 一人では危ないということか。見くびってボコボコにされれば、明日からどんな噂が流れるだろう。こちらは隙を見せてはいけない。

 

「分かった分かった。俺も行きゃあいいんだろ?」

 

 残るはミリア一人。狙いは何だ?

 ハグリッドの小屋へと急ぐカロー兄妹の足音が遠ざかる。教室内で座るロングボトムは、『合図』を確かめていた。

 

「ねえ、なんの合図?」

 

「!?」

 

 ロングボトムは一枚のガリオン金貨の存在を隠す。何やら熱くなる仕組みらしい。なかなか凝っている。

 合図はOK。作戦はいつでも始められる。

 

「私、一人になっちゃった。どーしよー」

 

 わざとらしく不安がり、逆にロングボトムに不安を植え付ける。

 

「私を袋叩きにしたいの?それともカローを?」

 

 目論見は筒抜けなのではないかと揺れる心に、質問を畳みかけて更に揺さぶる。

 

「あなたたちの目的は何?」

 

 とどめの一言で、全て白状させる。

 見えたのは、ジニー。

 

(宿主殿を止めたい、か。被害者を想ってではなく、罪を重ねさせたくない為――大した友情だ)

 

 それは善意の作戦。誰よりもミリアのために企まれて、ミリアのために挫かねばならない。

 悪役として、仮面の上の笑顔を向けた。

 

「ロングボトムさん、楽しい作戦だね」

 

 ありがとう、そう言わせようかどうか迷って、時だけが過ぎた。

 

「な――何のことだよ!?」

 

「私は好きでやってるのよ?説得なんてむりだって、初めから言っとくね」

 

 扉の外から耳を澄ませていたジニーが、閃光と共に突入してきた。

 

「『エクスペリアームス』!ネビル、無事!?」

 

 武装解除は装備保護呪文で相殺できる。

 

「ばればれだよ、ウィーズリーさん。それと三人の増援おねえさん」

 

「何!?この子!」

 

「絶対見えない位置にいたのに――」

 

「ハーマイオニーのハーマイ抜きより怖いじゃない!」

 

 グリフィンドールとレイブンクローの七年生がどやどや入ってきた。

 敵は五人。全ての力を出し切れば、学生風情どうともないが……

 

(生徒を傷つけてはいけない)

 

(……その通りだ)

 

 それが絶対条件として立ち塞がっている。それが『スリザリンの意志』だから、都合よくオンオフ切り替えなど不可能だ。

 

「みんな仲良く、医務室に送ってあげる!」

 

 その宣言を持って、ミリアと『スリザリン』は罠を食い破りにかかった。

 

 

 

 一人、二人と順調に頭数を減らし、残った三人を机のバリケードの中に閉じ込めた。

 

「みなさーん、降参をおすすめしまーす。何か呪文当てたら下敷きだよー」

 

 彼らは諦めていない。机の山を崩すつもりだ。

 

「どうするのー?白旗呪文教えてあげよっかー?」

 

 三つの呼吸分間を空けて。

 

「『レダクト』!」

「『プロテゴ』!」

「『ステューピファイ』!」

 

 ミリアの盾代わりの机に失神呪文が当たった。

 

「だからばればれ――」

 

「『コンフリンゴ(爆発せよ)』!」

 

 机の山に向かって、ジニーが唱えた。積み重なった机が雪崩れ落ちて、ミリアに襲い掛かる。

 

「危な!」

 

 巨大な盾を出して、降ってくる机の雨を防いだ。ミリアは反射的に後ろに退く。

 

(駄目だ!)

 

『スリザリン』が叫ぶが、遅い。背後に倒れる机に足を取られた。

 この隙を突き、ロングボトムが武装解除をしかける。ミリアは盾の呪文を唱えた。

 

「『エクスペリアームス』!」

 

 赤い閃光が――直撃した。ミリアの盾は、倒れる双子の片割れの上に出現していた。

 

   *****

 

 盾の呪文は消えたが、机の下敷きになりかけていた双子は、仲間の手によって無事救出された。

 

(繋がりが切れた!)

 

 杖を失い、カローたちにかけた服従の呪文が解けてしまった。焦る『スリザリン』とは対称的に、ミリアは『悪役の仮面』を外さない。

 

「あいたたたたた……負けちゃったね、危ないことしちゃって」

 

「馬鹿。あんたが『磔の呪文』かけまくるから、あたしたちがこんなことしなくちゃいけなかったのよ」

 

「カバだよ」

 

 大切な友であるカラスの口癖を継いだという、涙ぐましい経緯があるが、もちろん伝わらない。

 

「関係ないこと言わないで!……ルーナがあんたのこと、どれだけ心配してたか分かってるの!?」

 

 ルーナに全て話していれば、この危機は回避できたのだろうか。

 

「知ってる。でも筋違いの心配だから、無視してた」

 

「あんた――ッ!」

 

 驚きと心配が入り混じる気配が、歩行杖の音と共にやって来る。マクゴナガルが烈火のような声で割り込んできた。

 

「これは何の有様ですかッ!」

 

「何の有様に見えますか?」

 

「……セルウィン、あなたの罰則に彼らが抵抗したように見えます」

 

「正解です」

 

 マクゴナガルの怒りに火がつく。頼むから長くならないでくれ、そう『スリザリン』は願う。こちらは一刻も早く逃げなければならない。

 

「前々から言おうと思っていたのですけどね、監督生でもないあなたに生徒を罰する権限はありません。規律係のお気に入りだとしてもです」

 

「はぁーい、以後気をつけます」

 

「本来ならスリザリンからありったけの点を引きたいところですが、やめておきましょう。生憎規律係に報告せねばなりませんから。パチル、あなたの妹を医務室まで連れて行きなさい。ウィーズリーはブラウンを。ロングボトムは私の部屋へ。それと――セルウィン。あなたは大好きなカローに泣きつきなさい」

 

 氷の視線は、虚ろな心に響かない。

 

「別に泣きたい気分じゃないですけど」

 

(煽るな!)

 

 せっかく話が終わったのに。幸い、マクゴナガルはその挑発を受け流してくれた。

 全員が廊下の奥に消えたのを計らって、『スリザリン』はミリアを急かす。

 

(さあ逃げろ!カローは怒り狂ってお前を殺すぞ!)

 

(逃げない)

 

 身体の主導権を握るミリアは、腰かけた机から離れようとしない。

 

(何故だ!)

 

(カローは怒ってる。わたしが逃げれば、見かけた生徒全員に手をかける)

 

 また命令が邪魔した。覚悟はしていたが、最後まで足掻き続けるのが『蛇』だ。

 

(お前が一番危険だ!お前も守られるべき生徒の一人だ!)

 

(わたしが死ねば、カローの怒りは収まる)

 

 人形のように自己犠牲に走るミリアは、『蛇寮』失格だ。

 ……いいや、寮の創設者、スリザリンは違った。命を至上としながら、己の罪深さ故に一番の泥をかぶった。

 結局『スリザリン』はミリアを一歩も動かせないまま、時間切れだ。

 

「「セルウィン!」」

 

「あ、お疲れさまです」

 

 彼らの前でも、仮面を外さない。現れるべき素顔は、未だ眠り続けている。

 

「ヘマしちゃって、杖さん取られちゃいました」

 

 騎士道の欠片も無いカローは、丸腰の相手に杖を向けることに躊躇いが無い。

 ――いや、まだ希望はある。異変を察知し、“唯一味方となり得る人物”が走って来る。

 

「『アバダ――」

 

「待て!」

 

「ケダブラ』!」

 

 間一髪、間に合った。スネイプがアミカスの腕を弾き、閃光を逸らした。

 

「待て。これは一体何事だ?」

 

「ありがとうございます、スネイプ先生」

 

 割と本心だ。

 

「カローに質問しているのだ。黙っていろ」

 

「殺させろッ!このガキは!俺たちに『服従の呪文』をかけていたんだッ!」

 

 服従の呪文をかけたあの戦いの記憶を消していれば、どうなっていただろう。いや、ぬるいホグワーツ統治に納得できず、地獄の犯人探しが始まっていた。

 

「異存は無いな、殺る」

 

「殺ス、殺ス――!『アバダ――」

 

「待て、待て。アレクト」

 

 スネイプがアレクトの腕を抑える。本当にダンブルドア側のスパイなのかもしれない。

 

「『闇の帝王』はどう仰っていたか。我々は家族、この印の下に――だ。セルウィンも印を刻まれている。殺すにはお伺いを立てねば」

 

(上手い言い訳だ)

 

 ヴォルデモートはどこにいるともしれない。時間稼ぎのうちに、杖を取り戻し姿をくらますのも可能だ。

 

「立てたら殺っていいんだな!アアン!?『サーペンソーティア(蛇出でよ)』ッ!」

 

 ボトリと、アミカスの杖先から蛇が落ちた。

 

『びっくりしたゼィ!どこどこここは?って、おお!?』

 

 アミカスはすぐさま蛇を拾い、呪文をかけた。

 

(闇の印と僅かに共鳴している……まさか!おい、蛇!)

 

 印に触れる以外の、独自の連絡手段が用意されていたか。

 これは不味いと蛇に呼びかける。だが蛇の意識は全くこちらに向かない。複雑な魔法に意識がかき乱されているのだろう。

 数分経ち、蛇の身体に別の意思が入った。

 

「何事だ。俺様は忙しい、そう伝えたはずだが」

 

 甲高い、ヴォルデモート独特の声だ。ミリア、カロー兄妹、スネイプは蛇に跪いた。

 

「申し訳ございません、我が君。わたくしめどもは、重大な過ちを犯してしまいました」

 

「言うがいい」

 

「この裏切り者のセルウィンに気を許し、あまつさえ『服従の呪文』をかけられ、ホグワーツ統治に重大な遅れをとってしまいました」

 

「ほう」

 

 局面は詰んでいる。それでも『スリザリン』は抜け穴を探し、頭を回転させる。

 

「セルウィン」

 

「はい」

 

「自らに『磔の呪文』をかけろ」

 

「杖がありません」

 

「ならばそこにいる誰かに借りよ」

 

 アレクトの杖を受け取り、直接の命令に従って呪文を唱える。

 

「『クルーシオ』」

 

 杖は手に入ったが、ミリアの体が言う事を聞かない。『磔の呪文』でも『服従の呪文』でもない、『生徒を危険にさらさない』という呪いで。

 

「もうよい。俺様の『服従の呪文』は途切れていないが」

 

 そのせいでこんなことになっているのだ。

 

「そ、そんな――!」

 

「バカナ――!」

 

「カバです」

 

(何故こんな時にも忘れない!)

 

「裏切り者は、どちらか……?」

 

 風向きは、ちっとも変わっていない。

 

「セルウィン、何故二人に『服従の呪文』をかけた?」

 

「主命に反したからです」

 

「主命とは何だ?」

 

(来た)

 

「スリザリンの威光を、生徒たちに知らしめることです」

 

「その為に何をした?」

 

「我が君の思想に最低限反しないよう、彼の思想に則った授業を二人にさせました。逆らう者には、我が君と彼両方の意を汲んで」

 

 ヴォルデモートは違和感を覚えた様だ。自身とスリザリンとの越えられない断崖が、記憶の底から蘇りつつある。

 

「おまえの言うサラザール・スリザリンの思想とは、どこで見知った?」

 

「『秘密の部屋』、あの部屋で」

 

 ヴォルデモートが自身に施したまやかしが、解けた。

 

「正直に答えよ。『スリザリンの継承者』に相応しいのは、誰だ?」

 

 彼の直接の命令を、ミリアに逆らう術は無い。それでも『スリザリン』は、必死に呼びかけた。

 自らの命を守れと。

 

「私です」

 

 終わった。

 

「私こそ、『スリザリンの継承者』に相応しい――そう思います」

 

(その通り、その通りだ――ミリア)

 

 スリザリンの記憶に共鳴し、翻弄されつつも意志が道を照らし、自らの意思を奪われても道から一歩も逸れなかった。

 

(良くやった――半年間、お前の行為により多くの生徒が救われた)

 

 絶望の中、『スリザリン』はミリアを称えた。

 ミリアの宣言によって、この場の面々は様々な表情を見せていた。アレクトは絶句し、アミカスは主人を恐れ、スネイプは狼狽し、ヴォルデモートはただ静かに死刑宣告をのたまった。

 

「『秘密の部屋』で俺様を待て」

 

 そして、スリザリンの部屋を焼き尽くしたあの怒りを、言葉に込めた。

 

「殺してやる……!」

 

「分かりました、我が君」

 

 ミリアは蛇に一礼をした。

 

(『秘密の部屋』――入れるのは宿主殿とポッターのみ。……万事休す、死ぬしかないのか……?)

 

 自らの処刑場へ進む足は、あくまでも軽やかだった。

 

   *****

 

 ホグワーツの底の底の、最も低い場所、『秘密の部屋』で。与えられた死刑執行までのわずかな時間を、『スリザリン』はミリアとの会話に充てていた。

 

(お前がこうしている間にも、ホグワーツをカローは独裁し、支配に沿わない生徒を害する)

 

(あの方を待たなきゃ。来るまで待たなきゃ……)

 

 例え、聞く耳を持たれなくとも。

 

(闇の帝王が来るまで、私は生きていなきゃ……)

 

(奴はお前に死を与える。それでも待つのか?)

 

 ヴォルデモートが大切にしている物は、自分の命だけ。そこに付け入れないかと訊ねてみる。

 

(それが命令。命令は絶対――)

 

 少しでも。ひっかき傷ほどでも、支配に傷をつけたい。

 

(この結末に、悔いは無いのか?)

 

(私が死ぬとしても、これで良い。あなたに触れられたことに、後悔なんて無い)

 

 嘘だ。強がりだ。死にたくないと、本能がこんなにも叫んでいるのに、何も聞こえないのか。

 一種の自らへのねぎらいを、空虚に捨てず、新たな説得の材料に変える。

 

(ここに奴が来れば、またあの部屋を闇に葬るぞ)

 

(それが、我が君の望みなら……)

 

 また嘘。そんなこと望んでいないと、気づいてくれれば。

 この行為が堅牢な城壁を素手で掘ると同義だとしても、『スリザリン』は諦めない。

 

 

 

 

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