【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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12 救出作戦

 

 ミリア・セルウィンを助け出すべく、DAは行動を開始した。

 DAと共にすることになったレナは、『たった一つの手がかり』として、ネビルとジニーにある女子トイレまで連れられた。

 

「トイレで内緒話ってんじゃないでしょうね」

 

「ふざけてるように見える?」

 

「男の子がここに入るだけの理由があると、信じてるわ」

 

 少しだけ肩を縮めているネビルを流し見た。ネビルはここの噂を何度も聞いていたが、入るのは初めてなのだ。

 

「あらあら、大勢なのね。いらっしゃい」

 

 上機嫌な声が、三人を出迎えた。

 

「はじめまして。僕は決してやましい気持ちでここに来たんじゃないからね」

 

「私もはじめましてね」

 

「私は……できれば近づきたくなかったわ」

 

「あら、よく見れば『継承者』さんじゃないの。――うふふ、また『秘密の部屋』に御用?」

 

 このトイレに憑く『嘆きのマートル』は、ジニーを見て含み笑いをした。

 

「その話は関係ないわ。二度と口に出さないでちょうだい。――今日はあなたに用があるの」

 

「オォこわっ!わたし何も悪いことなんてしてないわ!トイレで慎ましく時を過ごしているだけ、だ~~~れにも迷惑かけずに!」

 

(噂通りの面倒臭さね)

 

 レナはひっそり思う。だからこのトイレを利用したことが無かった。

 ネビルが険悪ムードのジニーとマートルの間に割って入った。

 

「僕たち、ミリア・セルウィンの噂を聞いてここに来たんだ。彼女が『秘密の部屋』に入ったっていう。入り口はここなんだよね、何か見ていないかい?」

 

 すると、マートルはケラケラと笑い出した。

 

「何がおかしいの?」

 

 こっちは藁にも縋る思いなのにと、レナは眉をひそめた。

 

「ちょっとね……ふふふふふ。ええ、見たわ。あの子が『秘密の部屋』に入る瞬間を。噂を流したのもわたし」

 

 半透明のホグワーツの制服をつまむ。

 

「どうすれば入れるんだい?」

 

「あそこの手洗い場を調べてみなさいな」

 

 マートルは大きな手洗い場まで飛んだ。三人も後を追って走る。

 言われた通りくまなく調べると、小さな蛇の彫刻を発見した。

 

「そこに『開け』って言うんだけど……」

 

 ネビルとレナは蛇を撫でたりつついたり叩いたりしながら『開け』と唱える。ジニーは見かねて、口を挟んだ。

 

「蛇語じゃないと駄目なの、ここは。マートル、セルウィンは蛇語を話せるの?それともほかの誰かが?」

 

「ハリーと違って、ミリアは普通の言葉で開けてたわ。なんか色んな動物と話せるみたいだし――まあ、あなたたちにはムリってことね」

 

 そこに嘲笑は無いが、初めから分かっていた結果のようだ。

 

「じゃあ私たちはミリアを助けられないの!?他に入り口は!?」

 

 レナがマートルの胸倉をつかもうとして、ひゅるりと上に逃げられた。

 

「あなた、ミリアを助けたいの?」

 

「だからここに来たの!」

 

「そう」

 

 あごに指をあてて考える素振りを見せて、やがて満面の笑みを浮かべた。

 

「あんたたちだけじゃないわ、ミリアを助けたいって思ってるの。わたし、そいつらに話し通しておく。進展あったらたぶんフクロウが()()()()わ」

 

 そうして、ケラケラ笑いながら何処かへ去って行った。

 

「何がおかしいのよ……」

 

 しかし、少しだけ希望が覗く出会いだった。あのゴーストに対する最低の好感度を、少しだけ上昇させた。

 

 

 

 それから二日後、朝食を食べるジニーの下に、何の手紙も持たないピッグウィジョンが訪れた。餌をねだりに来たのか甘えに来たのか、ジニーは適当にあしらおうとした。だが何度振り払っても、他のフクロウがみな小屋に帰ってしまっても、頭に乗ったり服をつついたり、シリアルをつまんだり、いたずらをやめようとしない。

 

「どうなってるの!?」

 

 強く肩を叩かれた。

 

「もう!」

 

「フクロウじゃないんですけど」

 

 肩を叩いた誰かが口をきいた。すっかりピッグだと思い込んでいて、小さく飛び上がった。

 

「ウィーズリー、ちょっと顔貸しなさい」

 

 見ると、レナが腰に手を当てふんぞり返っていた。スリザリンらしい高慢さに、周りの友達が不信感や警戒を露にする。

 

「朝っぱらから何の用?」

 

「自分で考えれば?」

 

「ふん」

 

 友達に口を挟ませないよういがみ合いながら、ピッグを頭に乗せて大広間を出た。ちらりと後ろを振り返ると、口を引き結んだネビルがこっそり後をつけていた。

 

「これでいいんでしょ?スリザリンはDAに介入しない方がいいって、キース君が言ってたから」

 

「ちょっとドキッとしたわ。ああいう態度でやられると思って」

 

 ネビルが追い付いてきて、二人を見比べる。

 

「君たち、仲間にはこれっぽっちも見えなかったよ」

 

「おはよう、リーダーさん」

 

「ネビルおはよう。キースが言い出したことだから、レナとは仲良くしてもよかったんだけどね」

 

「でもスリザリンの中で孤立するかもしれないじゃない?私が困るのよ。――ところで」

 

 レナがジニーの頭の上のフクロウを見上げて、腕を組んだ。

 

「フクロウの知らせってこれだったのね」

 

「これ……?まさか、ふくろう便のことでしょ!?」

 

「僕もこれが知らせだと思う。何かを伝えたいように見えたよ。そうだろ?」

 

 ピッグは嬉しそうにホーと鳴いた。かと思うと、ヒューと中庭方面へ滑空した。

 

「追うわよ!」

 

「分かってる!」

 

「行こう!」

 

 レナを先頭に、三人は走り出した。

 廊下を駆け抜け、中庭に飛び出て、湖沿いにぐるりと回って――小さな砂浜の上でピッグは円を描くように飛んだ。三人が立ち止まるとまた一鳴きして、上空へ舞い上がった。自分の出番はこれまでだ、と言ったのかもしれない。

 三人は、無人の砂浜に取り残された。

 

「さぁて、次はっと……」

 

「歌、だね」

 

 何もない砂浜には朗々とした歌が、小さく微かに流れている。

 

「どこからかしら……」

 

「レナ、分かんないんだ」

 

 ジニーが得意げに、水面を指さした。水底からの歌といえば……。

 

水中人(マーピープル)!」

 

 歌で誘惑して船を座礁させる伝説があるが、今に限っては新しい手掛かりだ。

 

「セルウィン……ミリアを助けたい連中っていうのは、水中人?」

 

「そんなの本人に聞けばいいじゃない!」

 

 レナは『泡頭呪文』を唱えて、迷わず湖に突っ込んで行った。ジニーとネビルも慌てて呪文をかける。

 三歩進むと、突然深くなって腹まで水位が上がった。十歩進むと底が見えなくなり、水中人はそこで待っていた。

 

「梟の使いとは、お前たちか?」

 

 男性の水中人が言った。歌っていたのはこの声だ。

 

「あなたがフクロウを使わせたんじゃないの?」

 

「我々は梟とは無縁の座に在る。我々はヒトの言を持つ故、浅層の主より言伝を預かった。今はそれのみの存在」

 

「……。よーするに、伝言係ってわけ?」

 

 レナは適当に訳したが、それでよかったらしい。彼は目を伏せて肯定した。

 

「僕たちは、フクロウに導かれてここに来ました。ミリア・セルウィンを助けるためにだと思ったんですけど、言伝ってそのことですか?」

 

 彼はもう一度目を伏せた。

 

「じゃあ、その『せんそーのあるじ』が、マートルの言ってたミリアを助けたいって連中?」

 

「なら、『せんそーのあるじ』って、なに?」

 

「彼は彼。我らはそう呼ぶ。陸のヒトは別の名で呼ぶ」

 

 終わりそうにない『せんそーのあるじ』追及に、ネビルが割り込んだ。

 

「今は文化の違いについて語り合ってる場合じゃないよ。伝言を聞かせて下さい」

 

「承った。――彼は宣った。『これ食えば排水口から『秘密の部屋』に行けるんだな~。道案内は水魔クンに任せたぞ~』」

 

「……ずいぶん分かりやすい伝言ありがとう。何を食べればいいって?」

 

「これだ」

 

 水中人は三又の槍と反対の手に持つ、触手のような灰緑色の物体を突き出した。そのグロテスクな見た目にジニーとレナは怯むも、ネビルは目を輝かせた。

 

鰓昆布(ギリウィーグ)だ!」

 

 ジニーはハッと気がついた。『三大魔法学校対抗試合』の課題で、ハリーが食べた物だ。これを食べればえらと水かきが出現し、水中活動に適した状態になれる。

 

「こんな貴重な――それも二つも!どうやって!?」

 

「我々は与り知らぬ。無縁なり」

 

 ネビルは知る由も無いが、フクロウたちが英国鳥連合のネットワークを駆使して、三日かけて地中海から取り寄せた産地直送物だ。

 水中人はネビルに鰓昆布を押し付けて、もう一言も口を利きたくないという風に無言で闇に消えて行った。

 ネビルたちは一度砂浜に戻り、鰓昆布を太陽に掲げた。

 

「バジリスクはパイプを辿って学校中を這いまわってた……だから排水口のどこかから『秘密の部屋』に繋がる通路があるって訳ね」

 

 ジニーが苦々しげにつぶやく。『秘密の部屋』事件のあらましは、ほとんど頭の中に入っている。

 

「排水口ってことは水を吐き出してるはず。いくら水中呼吸が出来ても人間の脚力じゃ逆走できないわ」

 

「そこで鰓昆布の出番なんだ。一時間の間、鰓だけじゃなくて水かきも出来て、水中移動がぐんと速くなるよ!」

 

 鰓昆布を今にも口にしそうなネビルから、レナがひったくった。

 

「少なくとも行きはこれが必要って訳ね。一つは私が食べる。あんたたちと違って私は、ミリアから見て敵じゃない」

 

 レナの手から、一本ジニーが引き抜いた。

 

「もう一つは私。行くなら顔なじみの方がいいじゃない?ということでネビルはお留守番」

 

 取られた格好のまま、ネビルは口をぱくぱくさせた。

 

「…………分かった」

 

 長めの葛藤は、DAリーダーとしてのものか、魔法植物マニアとしてのものか。

 話はまとまって、レナはネビルの胸を叩いた。

 

「そういうこと。リーダーさん後のことはお願いね」

 

「あ、後のこと?」

 

「決まってるじゃない。授業よ授業、急病で出られないって。カローの授業は昼からだけど、いつまでかかるか分からないじゃない。あ、マダム・ポンフリーに事情話してお墨付き貰うといいわ。そうね――レナ・アンダーウッドと他一名が、ちょっとミリアを助けに遠出するから、授業を休みたいのだけれど……」

 

 その要領のよさは呆れんばかりだ。すらすらと一度も言い淀まず、マダム・ポンフリーに仮病を加担させるための御託が完成した。

 

「……だから今日一日私たちにベッドを貸してください――ってとこかしら。あら、救出後の収容先も出来たじゃない!」

 

 この場で笑っているのはレナだけだ。

 

「何してるのジニー、早く行くわよ。分かってるでしょうけど、鰓昆布は排水口見つけてからで、それまでは『泡頭呪文』だけだからね」

 

 どこか楽しげに水に潜る彼女の背中は、頼もしい限りだった。

 

「真似できないわ」

 

「同じく」

 

 ネビルとジニーは苦笑を向け合って、別々の方向に別れた。

 

 

 

 湖の底を目指して、ひたすら進む。さんさんと眩しかった太陽も、深く潜るにつれて緑の淡い光からどんどん明度を落とした。互いの位置を見失う前に、杖灯りを点けた。

 しっかり照らされて、初めて気づいた。緑色の、小さな角を生やした生き物が、周りをびっしり埋め尽くしている。これは水魔。普通なら人を見るとその長い指でどこかへ引きずり込もうとするが、この水魔の大群はジニーたちを意識しながら共に泳ぐ。

 

「せんそーのあるじって何者かしら」

 

 水でくぐもったレナの声が聞こえた。

 

「大イカだったりして」

 

 こんなにも多くの水魔を従えるのだ。とりあえず、ただ者ではない。

 水魔に囲まれての遊泳は、不思議な体験だ。大きなうねりに身を任せているようで、とても気分がいい。もしかすると、水魔たちが実際に水流を作り上げているのかもしれない。

 その内、少し泳ぎにくくなってきた。水魔たちの数もだんだん減っている気がする。

 

(排水口が近いのね)

 

 鰓昆布の出番が近づいていると、レナの肩を叩く。すぐに察してくれて、しまい込んでいた鰓昆布を握った。

 違和感では片づけられないほど、ジニーたちを阻む水流は強くなってきた。杖で遠くまで照らすと、やはり。

 

「あった!」

 

「大きいわね!」

 

 荒い岩盤の中、ばりばりの人工物が覗いている。

 つやつやした石の、正円のパイプだ。大きさは――バジリスクが通れるくらいか。今も城が使った全ての水を吐き出している。一度排水口の正面から外れ、岩盤の陰に隠れて水流をやり過ごす。先頭辺りを泳いでいた一体の水魔も、近寄って来る。

 二人は頷き合って、せーので鰓昆布を口に入れた。

 

(まずっ!)

 

(塩ふればマシになるかな)

 

 などと考えていると、息苦しくなり咳こんだ。喘げば喘ぐほど苦しく、泡頭呪文を維持できなくなってようやく苦しみから解放された。

 同じく身をよじらせていたレナを見れば、首に穴が空いている。自分の腕を前に出すと、水かきが出来ている。杖灯りもいらないほど視界が明瞭になっている。

 

(すごい!)

 

 そう言おうとして、泡が数個上がって行った。レナも口をぱくぱくさせては泡を出している。泡のすれ違いがなんだか滑稽で、二人は笑顔を向け合った。

 水魔が退屈そうに指を絡ませている。そろそろ行こうかと、水魔をつついてパイプを指さした。伝わったようで、水魔は長い指を後方に揺らしつつ、高速で水流の中に入った。ジニーとレナも後に続く。

 本番はここからだ。

 鰓昆布の力をもってしても、パイプの逆走は困難を極めた。一列になって水の抵抗を減らし、管に張り付いて這うように少しずつ前進する。道案内の水魔が水流を一身に受けてくれなければ、それすら出来ていなかったかもしれない。

 クィディッチの激しい飛行で鍛えられたジニーはともかく、後ろのレナは本当に苦しそうだ。励ましの声もかけられない。

 

(ミリア……こんなになってまで、助けようとしてるのよ)

 

 これが、今苦しむ生徒達への、一人苦しんだミリアへの、罪滅ぼしとなれば。

 

(前進、あるのみ!)

 

 また一歩、力の限り前を引き寄せた。

 

 

 

 何度か曲がって管を渡ると、水流にリズムが出て来た。特に激しい時間と、流れが止まる刹那の時間。その絶好の時間に一気に距離を稼ぎ、流れ出せばじっとやり過ごした。

 

(これって、ゴールが近いってこと?)

 

 パイプは初めよりずっと細くなり、明らかに水量が減っている。

 一時間が過ぎ、鰓呼吸から泡頭呪文に切り替えた。流れが緩いタイミングを選べば、水かきが無くても十分進める。

 

「レナ、平気?」

 

「正直、きっつい……」

 

「戻る?」

 

「ここまで来て戻れますかっての。ミリアも難儀な所に捕まって……ねぇ」

 

「そうね。もっと助けやすい場所に捕まればよかったのに」

 

 体力はすり減っているが、やる気は失っていない。

 パイプはどんどん細くなり、やがて二人並んで泳げないほどの横幅となった。ここまで細くなって、水流は消えた。

 そこから三回曲がると、泡が弾けた。水流地獄から脱出できたのだ。

 水から上がり、ぷかぷか浮かんでいる水魔に礼を言った。水魔はしかめっ面を見せながら先を指さした。

 ここの太さは少し手を伸ばせば手のひらがつくほど。兄のロンのように背が高いなら、走れなかっただろう。幸い女子二人、そこまで長身ではない。

 やがて、杖灯りの先に異物が映った。走って確かめに行くと、それはトンネルのような蛇の脱皮跡。足元は小動物の骨で埋め尽くされている。

 

「バジリスク――スリザリンの怪物の物よ。『秘密の部屋』は、もうすぐ」

 

「よっし!」

 

「……蛇、恐くない?」

 

「今は達成感が勝るわ」

 

 骨に足を取られないよう、先を急ぐ。

 そして、壁にぶち当たった。

 

「ここが、終点……?」

 

 レナは、そうあってほしいと願った。

 

「ここも……蛇語」

 

「そんな――」

 

 エメラルドの瞳をぎらぎらさせる、石の蛇。ここで蛇語を繰った記憶が、ジニーの頭にぼんやりと浮かんできた。

 

「開け」

 

 記憶の中ではあんなに簡単だったのに、なぜ出来ない?

 

「開け、開け、開け!」

 

「『アロホモラ』!開いて!なんで開かないのよぉ!」

 

 扉を力の限り叩く。

 

「そこにいるんでしょ、ミリア!開けてよッ!」

 

 この分厚い石壁だ。少女の声など通さないだろう。無駄だと分かっていても、ジニーは叫ばずにはいられなかった。

 

「ミリア……」

 

 レナが涙をにじませ、へたり込んだ。

 ジニーとレナには、もう、打つ手を残されていない。

 

 




水魔が協力的過ぎる?彼らにとっては、命の危険が無い、楽しい楽しい暇つぶしイベントなのです。

 こんなパイプ泳いで苦労しなくても、マートルトイレに蛇連れてって開けさせればいいじゃねーか!と思った人いるかな?
 このお話では一応、蛇語と蛇が話す言葉は別となっています。蛇語は蛇にしか伝わらない言葉で、蛇が話す言葉は動物共通語、という違いです。スリザリンさんの仕掛けの石蛇は、『蛇語』(とミリアの言葉)しか分からないのですよ。
 以上、蛇語(パーセルタング)蛇舌(パーセルマウス)の違いが分かっていなかった作者でした。

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