【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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13 本心

 

 時間の概念は、とっくに失った。

 冬という季節が災いした。飲み水は凍てつき、床もぬくもりを知らない。体温もそれと同じくらいまで下がってしまった。深い深い地下だからこそ、まだ凍死していないのだろう。睡眠時間が長くなり、生きるための最低限の力は容赦なくすり減る。

 

(ヴォルデモートが先か、衰弱死が先か……)

 

 焦る『スリザリン』の意識は、目覚めた頃よりもか細い。体の主であるミリアが、起きていてもしっかり意識を保てていないのだ。目はかすみ、吐く息は細い。

 

(宿主殿、直に死ぬぞ)

 

(……また、なきゃ)

 

 思考すら漫然としている。とうとう次の目覚めも怪しくなってきた。

 

(ヴォルデモートはお前を直接殺すと言った。奴が来るまでお前は生きていなければならない)

 

(まつ……)

 

 それは服従の呪文による直接の命令。ミリアは死んでもこなすしかない。

 それが無駄な足掻きだとしても、『スリザリン』は生を諦めない。次の目覚めが怪しいなら、眠らせないだけだ。堂々巡りの対話を、今にも途切れそうな意識の中続けた。

 

(生き延びろ。待っていては死ぬ)

 

(なら死ぬ。わたしは待つだけ)

 

(スリザリンの望みではない)

 

(我が君の望みだから……)

 

(奴の望みは生きたお前――ん?)

 

 感覚が、気配を拾った。ヴォルデモートではなく、二人の女子生徒。

 

(まさか――奇跡か)

 

 起きている時間に、生きている間に、助けが来た。

 

(宿主殿、最終防衛口まで行け)

 

(うん……)

 

 こわばった手足をぎこちなく動かし、よろよろと立ち上がった。

 一歩一歩、危うげに進む。倒れたのが最深部でなくてよかった。

 二人の少女は、扉を開けようとしているが、出来ないようだ。蛇語も無しにどうやってここまで来られたのだろう。

 

「開け」

 

『元気無いなお嬢さん。最終防衛口開放』

 

 凝りに凝った仕掛けを、『スリザリン』はもどかしく感じた。

 扉の前では、二人の少女――レナとジニーが、まさか開くとは思わなかったのだろう、呆気に取られてこちらを見ていた。

 

(濡れている……成る程)

 

 びちょびちょに水を含んだローブが、侵入口を物語っている。彼女らはパイプを通って湖から入ってきたのだ。

 

「こんにちは――かな、レナとウィーズリーさん。よくこんなところまで来れたね」

 

 声が出た。いや、今は出ない方が良かったのかもしれない。それなら有無を言わせず連れて行ってくれるだろう。

 

「二人の声、聞こえたよ。開けてほしかったんでしょ?」

 

「ミリア、あんた――!」

 

 レナが飛びついてきた。支えられる力が残っている訳無く、後ろに倒れる。

 

「ご、ごめん!」

 

「こっちこそ……。ちょっとおなか、すいちゃって」

 

 ちょっとどころではない。飢え死にしかけだ。

 

「こんなとこ、ちゃっちゃと出るわよ!地上に戻ったら、とびっきりのご馳走もあんたの好きなお菓子も、なんだって持ってくるわ!」

 

 レナの明るさが、眩しい。本物の救世主だ。

 

「食べたいな……」

 

「ほら、ここ掴まりな。ジニーも手伝って!」

 

「ミリア……あなたのこと、誤解してた。ごめんなさい」

 

 ジニーが申し訳なさそうにうつむいた。ミリアから杖を取り上げる作戦は、彼女の発案だ。

 

「いいよ。敵と思うのが、普通だから」

 

 二人に手を取られるが――

 

「どうしたの?」

 

 どこにそんな力が残っていたのか、ミリアは強い力で振り払った。

 

「せっかく来てくれたとこごめんだけど、私はここに残る」

 

 そう言って、ふらふらと後ろに下がった。

 

「……どういう意味?」

 

「じょ、冗談言ってる場合?」

 

 強引に腕をつかむが、ミリアは今の彼女の全力で抵抗する。

 

「なんで!?おなかすいてるんでしょ!?飢え死にしたいの!?」

 

「飢え死には……そうなっても仕方ない。それがきっと帝王の望みだから」

 

「帝王――それってまさか!」

 

 レナもジニーも、ミリアの真意を掴めない。

 

「帝王は一人――名を呼ぶのさえおこがましい、あの方」

 

 そんなどっぷり闇に浸った台詞を、真顔でのたまった。やはり声が出せないくらい、もう少し衰弱していた方が良かったらしい。

 

「本当に、あんたは『例のあの人』に仕えてるつもり?」

 

「うん――ほら、闇の印もあるでしょ?」

 

 得意げにまくった左腕には――二人は初めて見た――黒い髑髏が焼き印されている。

 

「帝王に、ここで待てって命令されてるの」

 

「なんで?ここで何をするって言うの!?」

 

「ここで、私を殺すんだって」

 

「なら、なおさら逃げなくちゃ!」

 

 助けの手を払った。命令のために、最後の力を出し尽くすつもりか。

 

「私たち、あんたのためにどんだけ苦労したか分かってる!?私とジニーだけじゃない。マートルや水中人や、水魔まであんたのために道を作ってくれたのよ!」

 

「みんな……ありがとう。でも、行けない」

 

 ジニーが睨む。

 

「あなたの本心、聞かせてくれないかしら?」

 

「本心?もちろん、闇の帝王に――」

 

 パシン!

 

「この死喰い人!よく分かったわ!あんたの本心が!私の本心が!」

 

「ジニー!?見捨て、ちゃうの……?」

 

「レナ、あんたが助けたいのはこんなヤツ?ルーナが想ったのはこんなヤツ!?違うわ!私が知ってるミリアは、私と泣いて決別した、泣き虫で、お人好しで、スリザリンにしては物分かりのいい、……私を助けようとしてくれた女の子よ!」

 

 ジニーも、心のどこかで信じていた。ミリアは生徒たちに恐れられた“セルウィン”とは違うと。

 

「あんたを元に戻す!元の、優しいミリアに!だから来なさい!来ないと言っても無理矢理連れて行くわ!」

 

 ミリアは困惑した。

 

(闇の帝王に従う私以外、いないのに)

 

(宿主殿、代われ。私ならば彼女らを説得可能だ)

 

(うん)

 

 身体の主導権が入れ替わる。“このままでは命令が実行できないから”不可能が可能になった。

 

「分かった。共に脱出しよう」

 

(え?)

 

 ミリアが主導権を取り戻そうともがく。

 

「何を言っても無駄――あれ?突然素直になったじゃない」

 

「私はミリアではない。故あってこの身体に同居している。Sと呼んでくれ」

 

「?」

 

「?」

 

 急展開に、二人はポカンと口を開けた。

 

「ミリアは闇の帝王の服従の呪文にかかっている。故に奴の命令に逆らえない。自力で破る見込みも薄い。ウィーズリー、貴方の言う様に無理矢理連れ出してくれ」

 

(スリザリンさん!何を言って!)

 

 一度渡った主導権を、持ち前の強い意志で死守する。

 

「は……はい」

 

「S、さん?失神呪文、した方がいいですか?」

 

「いや、一仕事したい。杖を貸してくれないか?」

 

「……どうぞ」

 

 レナがおずおずと杖を差し出した。

 ふらふらと『秘密の部屋』を進むと、二人が肩を貸してくれた。

 スリザリンの研究室まで戻ると、その隠し扉をくぐる。レナの杖で本を灰に戻し、作り出した小瓶の中に詰める。ダンブルドアの形見となった『エクソドス』も取り出し、入り口まで戻る。

 

「下がりなさい――『スピリトゥス・インフェーヌム(全てを焼き尽くせ)』」

 

 研究室に再び『悪霊の火』を放ち、すぐさま扉を閉める。次は指を噛み、流れる血で横の壁に文字を書く。

 

『死を選びます』

 

 簡潔な遺書を書き終えて、指を治療する。これでヴォルデモートは、ミリアは自ら悪霊の火に飛び込んだと錯覚するだろう。

 手早く一仕事を終えて、少々呆然としている二人に向き直った。

 

「これはミリアにとっても私にとっても大切な品だ。レナ、預かって欲しい」

 

「わ、かりました」

 

 彼女の杖と共に、灰を入れた小瓶とラッパを渡した。

 

「目覚めた後は主導権がミリアに移る。恐らく私は出られないだろう。なるべく人目に付かない場所で、縛り付けておいてくれ。では、失神呪文を頼む」

 

 てきぱき指示を飛ばす『スリザリン』に、女子生徒二人は遅れ気味に頷いた。

 

「はい。――さようなら、Sさん」

 

「ああ。ミリアに代わり、救出を感謝する」

 

「あなたも。ミリアを助けてくれてありがとう。『ステューピファイ(麻痺せよ)』」

 

 ジニーが杖を振り、ミリアと『スリザリン』の意識が途絶えた。

 

   *****

 

 ミリアは『必要の部屋』で保護することに決まった。医務室では簡単に誰かに見られ、縛り付けておくことも難しい。

 衰弱が激しかったので、部屋にマダム・ポンフリーを招き診て貰った。医務室で寝かせられないことをブツブツ言っていたが、特にカローに見つかれば命が無いことを理解してくれて、何日間か通ってくれた。

 初めの数日は、ほとんど眠ったままだった。万が一抜け出す可能性もあったので、『必要の部屋』内に外から鍵がかかる『処置室』を作った。本当に便利な部屋だ。

 交代で食べ物や薬を運び、様子を診て、ミリアはだんだん元気になってきた。それにつれてある弊害が出て来た。

 

「出して!出してよッ!」

 

 ミリアに暴れる余力が出来てしまった。

 杖は預かったままで、出現した壁は頑丈だ。逃げられる心配は無いが、声を嗄らして悲痛に叫ばれると、閉じ込めておく側の気が滅入る。

 

「私は『秘密の部屋』で待ってなきゃ駄目なの!」

 

 そう叫んで、血が流れても扉を叩くのを止めない。

 それが自分の意思でない、服従の呪文のせいと分かっていて、哀れで仕方がない。図書館の本も必要の部屋の本も全て調べたが、服従の呪文は術者が解くか武装解除されるか、或いは死ぬしか対処法がない。Sが言うには術者はヴォルデモートらしいから、DAの手には負えない。

 DAの悩みはそれだけではない。カローの統治がいよいよ激しくなって来た。

 ある日は、先日の『ハリー・ポッター応援パーティー』の責任を取らされて、ハグリッドがあわや拘束されかけた。暴れるハグリッドを取り押さえるのに手こずっている間に巨人の弟、グロウプが駆け付けて、彼らとペットのファングは校外に逃げだせた。ただ行方が知れず、DAは大きな味方を失った。

 ミリア救出から一か月後、イースター休暇を境にジニーがいなくなった。どこかでロンが見つかったとかで、大々的な『ウィーズリー狩り』が行われて、学校も安全ではなくなったからだ。無事だという暗号文が届いて、ひとまずは胸をなでおろした。

 休暇が終わったころ、一年生の女子生徒が間違えてカローたちの私室(勝手に占拠した空き教室)に入ってしまい、地下牢に繋がれた。DAは総力を挙げて救出したが、代わりにマイケル・コーナーが捕まった。

 この辺りになると、カローもDAの動きを把握してきて、何人もの負傷者を出してやっとマイケルを助けられた。彼は既に、酷く痛めつけられていた。彼が純血だったから命があったようなものだ。

 この一件からDAの活気は急速に衰えていった。マイケルの有様を見て、自分たちがどれだけ危険な敵と相対しているのかが思い知らされたからだ。続々と返される金貨を見ても、ネビルは何も言わなかった。自分の身が一番大切なのは、みんな一緒だ。

 授業は厳しくなるばかり、半純血差別も酷くなるばかり、反乱勢力は減るばかり。八方ふさがりに追い打ちをかけるように、ネビル個人への攻撃が始まった。

 

「ぼ、――僕、拷問にかけられたんだ。その時君がリーダーだって、口走ったかもしれない……」

 

 ネビルの話を聞いて、マイケルが震え声で告げた。

 

「しょうがないよ。僕は僕で何とかするから、君は傷の治療に専念して」

 

「ごめんな、ごめんなぁ……」

 

(言ってよかったんだよ。カローの目は僕に集中する)

 

 メンバーが傷つくより、自分一人で肩代わりできればいい――ネビルは本気でそう思っていた。

 ネビルはこの一年で、劇的に成長していた。呪い返しも反対呪文も、そこらの大人顔負けなくらい修めている。残ったメンバーも陰からサポートしてくれているお陰で、取り入る隙無く生活を送っていた。

 やがて、それも終わりと確信させられた知らせが届いた。ネビルの祖母が死喰い人の襲撃に遭ったのだ。祖母は無事に撃退してのけたが、次はもしかすると聖マンゴに入院する両親かもしれない。ネビルは姿を消すことに決めた。

 隠れる先は『必要の部屋』と決めていた。というか、そこしかなかった。部屋はハンモック一つと、グリフィンドールのタペストリーが飾られた(そして『処置室』が分けられた)部屋に変化した。

 ここに隠れて、一つの問題にぶち当たった。

 

「……食べ物」

 

 この部屋は、食べ物だけは出してくれない。だからミリアの食料は、レナと交代で大広間から持ってきていた。いくらスリザリンといえど、食事ごとに怪しい行動をさせれば、いずれ勘付かれるだろう。

 それに、DAメンバーと疑われたり危険な目に遭いそうになったらここに来るよう、姿をくらます前にメンバー全員に伝えた。今は二人だが、食糧問題はいつか必ず訪れる。

 ネビルは真剣に悩み、切実に願った。――すると、部屋は応えてくれた。どこかへ繋がる扉の形で。

 扉の先は、DA最初の会合の地であるホッグズ・ヘッドだった。バーテンダーは突然のネビル出現に面食らっていたが、黙って事情を聴いてくれて、食料の供給を約束してくれた。

 受け入れ態勢が整い、DAメンバーは次から次へとやって来た。それにつれてハンモックが増え、タペストリーの種類も揃った(レナとキースは上手くやっているそうで、スリザリンの物は無いが)。

 外は神隠し事件の噂で持ち切りらしく、カローも血眼になって探すが『必要の部屋』の秘密を解き明かせないでいる。そもそも『カローとその仲間に見つからない部屋が必要』と願っているから、突入される方が不思議だが。

 DAは待った。変化を、反撃の印を。

 ネビルが部屋に隠れて半月が経った。待ち続けた吉兆が、ホッグズ・ヘッドにやって来た。

 

 

 

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