【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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14 戦い、始まる

 

 五月一日。

 真夜中の少し前、スリザリン寮内にけたたましい鐘が響き渡った。叩き起こされた生徒たちは、現寮監スラグホーンのいつにない早口に耳を澄ませた。

 

『スリザリン生諸君、眠いだろうが今すぐ出立の準備をしなさい。三分後寮入り口に集合だよ』

 

 少し待っても、何が起こったのか、何故そんなことをしなければならないのか、追加は無かった。ブツブツと文句を言いながらも危機感を嗅ぎ取って、五分後全員集合した。

 スラグホーンに先導されて、着いた先は大広間。やがて他寮の生徒も、目をこすりながらだったりしっかり旅行マントを着込んでいたりと様々だが、全員が揃った。

 この大騒動の説明を担うのは、校長たるスネイプでも規律係兼実質副校長のカロー兄妹でもない、マクゴナガルだ。

 なんとヴォルデモートがここに来るらしい。それも迎え入れず、教師たちは抗戦する腹積もりとか。

 スネイプはズラかったと聞かされ、説明は素早く避難指示に移り、別の声でかき消された。

 

『おまえたちが、戦う準備をしているのはわかっている』

 

 ヴォルデモートの脅威を肌で感じ取っていない世代も凍てつかせる、残忍で冷たい声だ。

 

『何をしようが無駄なことだ。俺様には敵わぬ――』

 

 傲慢極まりない脅迫の末に、ハリー・ポッターを差し出せと何度も催促した。

 

「ポッターはあそこよ!」

 

 スリザリンの七年生が、ヒステリックに叫んだ。彼女に同調する寮は他に無く、いつものように敵愾心を持たれ、真っ先に出て行けと指示を出された。

 粛々と避難する中、キースは肩を叩かれた。列を割って隣に来たのは、レナだった。

 

「キース君、ミリアはどうする?」

 

「連れてくしかないだろう」

 

 先生方の話によると、ホグワーツは戦場になる。いくら『必要の部屋』の中でも、危険には違いない。

 

「でも……素直に着いて来てくれるとは思えないし……」

 

「一つ、手は考えてる」

 

「そ、そう!さっすがキース君!」

 

 どこに避難するのかは知らないが、適当な場所で離れようとした。が、驚いたことに行き先は『必要の部屋』だった。

 列から外れて、ミリアを監禁している『処置室』に入る。

 

「出してくれるの?」

 

「出す、けど――」

 

「やっと『秘密の部屋』に行ける」

 

「いい加減諦めなさいよ。『例のあの人』はもう待っていないわよ」

 

「それでも待つ」

 

 いつものやり取りを確認して、キースは杖を振った。

 

「『インペリオ(服従せよ)』」

 

 途端、ミリアは黙った。

 

「え?手ってそういうこと?いいの!?良くない気がする!」

 

「もしも『例のあの人』が死ななかったら、こいつは一生このままだ。『秘密の部屋』で死ぬまで寝泊まりするより、ましだろ」

 

「そ、そうだけど……」

 

 服従の呪文は精神に多大な負担をかけると、ミリアが消える前の授業で習った。それを二重にかければ、何が起こる?

 

「それなら……そうだ。Sさんに代わってって命令してみて」

 

「誰だ、それ」

 

「ミリアの第二人格」

 

「なんだそれ……」

 

 呆れつつ、レナの言う通りに心の中から語りかけると、ミリアの目に光が戻った――いいや、生まれた。

 

「イングロッド、すまない。服従の呪文の重複は、場合によれば被術者の精神が崩壊する危険がある。今回ばかりは最善手だったが、乱用はしないように」

 

「セルウィン……じゃない」

 

 ミリア本来の穏やかさは陰に隠れ、どこか冷たさが潜む落ち着いた気配に変化した。

 

「第二人格よ。Sさん、また会えましたね」

 

「ああ。ところで――とうとう戦が始まったのか?」

 

「はい。ポッターが学校に戻って来たみたいで。今みんなで避難してるところなんです」

 

「そうか――。では、我々も続こう。アンダーウッド、ミリアの杖はあるか?」

 

『処置室』の扉を指さした。扉のすぐ脇の台に、ミリアの杖や、灰の入った小瓶に銀のラッパが置かれている。ミリアは杖を取るとポケットに突っ込み、しばらくしてから小瓶とラッパをポケットに入れた。

 

「ど、どうやって!?」

 

 ポケットに膨らみは見られない。そもそもラッパはポケットに入る大きさではない。

 

「『検知不可能拡大呪文』だ。さて、行くぞ」

 

 恐ろしく高度な魔法だが、ミリアはさらりと流した。狭い通路に我先にと突入する、スリザリンの集団の最後尾に加わった。

 長い長いトンネルを抜けると、薄汚い隠れ家的なバーに着いた。

 

「全員着いたかスリザリン!――おや、ミリアじゃないか!」

 

 スラグホーンがのけぞった。

 

「生きていたのか!?」

 

「ええ、お陰様で」

 

「……味方だと信じているよ。――スリザリン!姿くらましが出来る者は、出来るだけ多くの下級生を連れて家に帰ってくれ!その後暖炉を貸すように!アブ、外は?」

 

「吸魂鬼の奴らはさっき消えちまった。……まさか、生徒全員雪崩れ込むの――」

 

 バーテンダーの詰問を途中で遮って、スラグホーンは指示の続きを出す。

 

「あぶれた者は、ここやホグズミードの方たちから暖炉を借りるといい!解散!」

 

 言い終わった瞬間、スラグホーンは『姿くらまし』した。

 生徒たちは真っ先に消えた教師に文句を垂れ流しながら、次々と『姿くらまし』をする。残った大量の生徒は、我先にと暖炉に殺到した。

 

「セルウィン、姿くらましできるか?」

 

「可能だが……お前の望まない行為は出来ないな。私はお前の服従の呪文に掛かっているのだから」

 

「望まない?」

 

 キースは眉をひそめた。

 

「本当は、城に残り仲間と共に戦いたかった。だが城は危険過ぎる。可能ならばここで城に残った者らの役に立ちたい。しかし一人ではやはり危険だから、我々に残ってほしい」

 

「……」

 

 DAへの義理と身の安全の葛藤が、すっかり見透かされている。

 

「更には法に裁かれず闊歩している死喰い人達が許せない。可能ならば自らの手で身の程を叩き込み、泣いて乞う姿を見て、地獄に――」

 

「やめろ!」

 

 表には決して出さない妄想を垂れ流す口を、手で押さえた。

 レナは察して、とりあえず聞かなかったことにした。

 

「私も残るわ。……でも、何ができるかしら?」

 

「スラグホーンが増援を集めている。それを城へ導く道を確保するのが、最優先だな」

 

「本隊は学校に割かれるはず。ホグズミードに近い裏門なら手薄かも。奇襲すればそこそこ安全!やったねキース君!」

 

「待て!行くって言ったわけじゃないぞ!俺は――」

 

 外から入ってきた悲鳴に、キースの抗議がかき消された。

 

「『夜鳴き呪文』だ。それの解除に行く。着いて来い!」

 

「イェッサー、S!」

 

「あ、安全第一だからな!」

 

 すっかり頼もしくなったミリアに、レナとキースは周りを見ながら、しかし意気揚々と続いた。

 

   *****

 

 学校の城壁近くに隠されていた『夜鳴き呪文』の核を破壊し、ホグズミード村は尋常でない騒音から解放された。

 

「ふ~ぅ、うっるさかった……」

 

「結局何のための呪文だったんだ?」

 

「元より来るべき者らは、ホグワーツ攻城に駆り出されているのだろう」

 

「誰も来ない今は、ただの嫌がらせ?」

 

「嫌がらせなら、効果は覿面だな」

 

 キースがまだ痺れる耳を軽く撫でた。少しだけ気が緩まった二人に、ミリアが早口で訊ねる。

 

「ところで、二人とも『守護霊の呪文』は?」

 

「DAで練習はしたけど……上手くできないわ」

 

「俺は一応、形が出来るまで」

 

「知っているな。実は吸魂鬼が急速に接近している。今すぐ準備しろ」

 

 言われた二人はぎょっと仰け反った。

 

「守護霊の呪文は完全な有体なら一つで十分だ。お前は出来ないのか!?」

 

「残念だが、不可だ。私とミリアの幸せが噛み合っていないのだ。『エクスペクト・パトローナム(守護霊よ、来たれ)』」

 

 ミリアの杖は銀色の糸すら吐き出さない。体と魔法力はあくまでミリアの物で、『スリザリン』が考える幸福ではミリアの『幸せな感情』を上手く引き出せない。

 

「え、『エクスペクト・パトローナム』!」

 

 緊張しながら唱えたレナの杖から、銀色のもやが噴出した。それを見てから、キースが杖を構えた。

 

「『エクスペクト・パトローナム』」

 

「あ、かわいい」

 

「……ほっとけ」

 

 少し顔を赤らめて唱えたキースの杖から、銀色の小さな金魚が出現した。

 

「前方少し右が、特に多量だ」

 

「特にって、まだいるの!?」

 

「既に包囲されている。どうやら裏門付近に配置されていた吸魂鬼が、続々と集まっているらしい。ホグズミード内の反抗勢力と見做された様だ」

 

「何のんきに解説してんのよ!ああ、寒くなってきた……」

 

 レナが腕をさすった。吸魂鬼の冷気がどんどん迫って来る。キースの不完全な守護霊は、全方向をカバーできていない。

 冷気と絶望感に押され、守護霊が薄くなってきている。キースが頼みの綱に叫んだ。

 

「何か策は無いのか!?」

 

「……。イングロッド、杖腕でアンダーウッドの左手を握れ」

 

「「は!?」」

 

「策が欲しいのだろう?」

 

 やけくそ気味に、キースがレナの手を取った。

 

「それで!?」

 

「――出来るな?」

 

 レナの顔は真っ赤。沸騰して湯気が出る勢いだ。

 

「『エクスペクト・パトローナム』ッ!」

 

 太陽のように眩い銀色が、夜の闇を切り裂いた。たくましいサーベルタイガーが、冷気と黒いローブをかぶった絶望を追い散らしている。

 

「策は成功だな」

 

「……。で、どういう意味だ?」

 

「なんでもないなんでもないなんでもない」

 

 吸魂鬼が遠くへ逃げ行くのを見て、バッと手を振り払った。キースは言われた通り何でもないということにしておいた。

 

(Sめ……戦いが終わったら、覚悟しときなさい……!)

 

 内なる淡い乙女心を、暴いて高く放り投げて花火で照らしたようなSに、心の中で宣戦布告した。

 それを知っていてミリアは、取り澄まして何かを飲んでいた。

 

「それ何?」

 

 レナが不機嫌に問い詰める。

 

「眠気覚まし――『部屋』から持って来た。ミリアの体は夜に弱くてな。二人もどうだ?」

 

「いらない」

 

「この場で眠れる奴の方がおかしいだろ」

 

 戦争という非日常がアドレナリンを呼び覚まし、眠気など世界の裏側で相撲するトロールだ。

 

「そうか。では行くぞ」

 

 それが、乙女心を踏み躙った(一応自覚はあった)彼なりの気遣いだったとは、伝わるはずがない。

 

   *****

 

 ホグワーツ防衛隊増援の最後の壁は、途方もなく分厚い。

 

「どうする……?」

 

「ムリ、かも……」

 

 キースとレナはこれ以上進めない。二人は――『スリザリン』の記憶を含めないミリアも――それを見たことが無かった。

 ここから見ると、双子の山に見える。だがホグワーツにはこんなところに山など無い。

 

「巨人だ」

 

「二人、も……」

 

 双子の山は、二体の巨人。ヴォルデモートに明日の繁栄を約束された、ホグワーツの敵。

 

「諦めるか?」

 

「馬鹿言わないで。策は無いけど」

 

「どの道これをどうにかしないと、増援は入れない。方法は見当もつかないけどな」

 

 二人は揃ってミリアを見た。

 

「ほら、何か策考えなさい。私たちがそこそこ安全に巨人を撃退できる方法を」

 

「ここまで来たのはお前がいたからだ。責任取れ」

 

 どこまでも他人任せで現金だ。教育者の残留思念としては自分で考えろと言いたくなったが、自業自得かと思い直す。スリザリンが選別した生徒は、甘さを見せればとことん甘える(効率を重視するとも言う)。

 

「二人にも働いて貰うぞ。――まずは足が必要だ。『エイビス(鳥よ)』」

 

 鳥を召喚すると、ミリアはぶつぶつ何事か吹き込んで、夜の空に放った。最後まで鳥を見送らず、巨人に杖を向けると、首を横に振った。

 

「味方を襲わない様に、ヴォルデモートは命令を課したらしい。巨人に通じる強力な呪文を唱えられない」

 

「俺が命令すれば?」

 

「それで五分だ。最低限歯向かえはする。頼んだ」

 

 キースが杖を通してミリアを操る。強力な手ごたえを感じるが、無理に破らず隙間から細く通した。

『許されざる呪文』を違和感なく繰る内、はたと気づいた。

 

「『死の呪い』で巨人は倒せるか?」

 

「キース君!それだけは――たぶん、ダメ、だよ……」

 

 レナの抗議が途中からしぼんでいくが、ミリアは彼女に賛成した。

 

「邪魔者を消す、それは単純だからこそ覚悟が必要だ。共存の中で人としての身を全うするには、大きさは違えど知性を持つ人を殺めた罪を、重荷として引き摺らねばならない。単なる自己防衛でも、人を歪めるには十分な反動が返って来る。――お前は若い、それを背負うには早過ぎる」

 

 この少女は、本当にミリアではなかった。そこにはちゃんとした重みがあって、だからキースは反論を封じられた。

 

「分かった。……だけど、本当に危険な時は――」

 

「ああ、私が許可する。『死の呪い』を“正しく”使用する唯一の道標は、生の覚悟。純粋に生きる為ならば――反動は最小で済む」

 

『スリザリン』はもう見たくなかった。暴力や死が健全な魂を蝕み、侵食し、やがて砕くさまを。

 一度壊れた魂を修復する、あの痛みを、今完璧な魂を持つ若者に味わわせたくなかった。

 

「ということで、『死の呪い』はいざっていう時までNGってことね」

 

 レナが場の空気を入れ替えた。

 

「私一つ考えたんだけど、落とし穴を掘るっていうのは?」

 

「……『流砂の魔法』を巨人が入るまで引き延ばして――校外で嵌めるとすれば、一体が限界だ。侵入口を塞いでしまう。一体は同士討ちで昏倒させ、残った一体を流砂に誘導する。二体片付いた後、一体目の巨人を失神呪文で眠りを深める――と言うのはどうだ?」

 

「そうだな。『流砂の魔法』とやらは頼んだ。問題はどうやって引き付けるか――」

 

「“足”なら既に来ている。――よく来てくれた、アーベント」

 

 キースとレナが声をかけた辺りをきょろきょろと探す。

 

「セストラル――天馬の一種だ。条件を満たさねば姿が見えない――巨人には見えるだろうが。機敏で賢く、巨人の攻撃を容易く避けられる」

 

『容易くは無いぞ』

 

 アーベントが釘を刺した。

 

『ところで、君は本当にセルウィン君か?気配が随分と変化しているが』

 

「それは後だ」

 

 一蹴して杖を振る。アーベントが連れて来た二頭のセストラルに、キースとレナの体が勝手に跨った。

 

「アンダーウッドのセストラルはレッジエ、イングロッドのセストラルはヒーラ」

 

 それぞれの名前だ。紹介されても、二人は戸惑うばかり。

 

「え、え!?見えない天馬?に乗れって!?」

 

「物凄く不安だな……」

 

「心配ない、攻撃はセストラルが避ける上、固定魔法をかけている――箒より安全だ。頭に鳥を乗せておくから、それを見て進路を確かめてくれ」

 

 鳥とミリアの意識は繋がっている。巨人の考えを読み、攻撃前にあらかじめ指示を送る作戦だ。

 

「安全と言ったな!?」

 

 アーベントに跨りながら、ミリアは頷いた。

 

「ま、まあ……やってやらあ!」

 

 レナのやけっぱちな鬨の声で、三頭のセストラルは一斉に飛び立った。

 

 

 

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