お祭り気分が抜けて、意識はホグワーツ修繕一色となったころ。
「こんにちは、ハリー・ポッターさん」
「こんにちは、ミリア・セルウィン」
ミリアはハリーと面会していた。
生き残った男の子にして選ばれし者にして英雄にして――呼び名が様々生まれた彼に一目会いたいと、申し出る人間は多かった。
どうしても彼に会いたいミリアは、ハリーの恋人という特別なコネを使って、穏やかに過ごしたい彼の僅かな時間を貰った。
「ジニーに聞いた。僕がいない間、一人でカローを無力化させてたんだってね」
「ん……まあ……」
曖昧に濁した。全て『スリザリン』のお陰だ。
「それで、どうしても聞きたいことって?」
「えーと……」
実は、もう用は済んでいる。確かめたかったのは、ハリーに癒着していたヴォルデモートの魂の欠片。どんな方法を使ったのかさっぱり見当つかないが、ハリーは生きたまま魂の欠片だけ取り除かれている。
(それどうやったんですかって聞くのは失礼かな……)
一番気になるのはそこだが、初対面のミリアが訊ねるには少々ディープ過ぎる。
「サインとかなら、しないことにしてるんだ」
ハリーが少し苛立ちを覗かせる。すれ違うたびに握手やサインを求められた記憶が、うざったいという感情と一緒に流れてきた。
「……スネイプ先生。スネイプ先生は死んだのですか?」
話を打ち切られる寸前、間一髪で話題を見つけた。ハリーの顔がくもり、悲しげに笑った。
「うん、勇敢に死んだ。彼は十六年前からヴォルデモートに背信して、陰からみんなを守っていたんだ。この一年はスパイとして、カローが学校を好きにしないように見張っていた」
(やっぱり……)
カローの服従の呪文が切れた時、ヴォルデモート側の立場を貫きながらミリアを庇おうとしていた姿を思い出す。
「学校を守ってたのは、君と一緒だね」
「そんな――わたしは、本当にたまたまなんです」
ミリアの中に善性の強い『スリザリン』が芽生えた奇跡、ヴォルデモートが文言にスリザリンを入れた偶然。たまたまが重なって、ミリアは道を外れずにすんだ。
「先生は――どんな死に方でしたか?苦しい死に方でしたか?」
「……。ヴォルデモートの毒蛇に、首を噛まれて死んだ。理由も勘違いだった」
「……。後で、お花を持っていきます」
「きっと喜ぶと思うよ」
ハリーとミリアは不器用に笑い合った。
笑い声が消えて、沈黙が訪れた。
五月の風が、爽やかに校庭を駆け抜ける。遠くのかけ合いの声は、希望に溢れている。
他人同士の会話の空白が、不思議と気不味くなかったのは、お互いいなくなった人や過去を振り返っていたからかもしれない。
沈黙を先に破ったのは、ミリアだった。
「最後に一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「あなたの旅は、とっても苦しかったと思います。もしかすると、死ぬと分かっていて、それでも前に進まなきゃいけなかったことも、あるかもしれません。――そんな時、どうして前に進めたんですか?あなたの勇気の源は、なんですか?」
ハリーは微笑した。初めて見た、彼本来の笑顔だった。
「『愛』だよ」
それを、どこかで聞いた……
(ダンブルドア先生……)
六年前、今は亡き老賢者が言っていた。
「僕の両親、友達、大切な人たち――僕はずっと『愛』に守られていた。愛は、どんな魔法よりも強かったんだ」
『愛』を最後まで理解できなかった最強の魔法使いと、『愛』に守られた男の子。生き残ったのは、男の子だった。
「君が言う『たまたま』も、愛が起こした必然じゃないかな」
「そう、かも……」
スリザリンのぬくもりを愛し、信じて、結果見出したのが善なる『スリザリン』。
「ご両親は?」
「生きてます!」
そう言えるのがこの上なく嬉しい。突然元気に返事したミリアに、ハリーは苦笑しながら言った。
「大切にね。君はご両親の『愛』から生まれて来たんだから」
「はい」
一度失って、再び手にできた。それがどんなに尊いか、身をもって知った。
「最後に……嫌かもしれませんけど、握手、いいですか?」
「こんな僕で良ければ」
青年は、はにかみながら手を差し伸べてくれた。
*****
城の修理のお手伝いが済んで、ミリアはいつもの浜辺で休憩していた。ぼうっと水面を眺めていると、にゅっと触手が伸びて来た。
『おーおーミリア、生きとるかー?』
「イカさん……お久しぶりです」
『なんとか乗り切ったようじゃのうー。ワシゃー嬉しいぞ』
「なんとか、生き残れました……。イカさんや水魔さんたち、水中人やマートル、フクロウたち――たくさんの方に助けてもらったお陰です」
『あと、人間のおともだちもなー』
ミリア救出作戦の帰り道、力尽きて水を一掻きも出来ないジニーとレナを、大イカが浜辺まで引っ張り上げてくれたとか。
「本当。みんなには、感謝してもしきれません……」
はあ、とため息をついた。
『なにを落ちこんどる。みんなきみだから助けたんだ。ミィさんの人徳じゃなイカ』
「……」
触手をこちらに向けつつ、すいすい優雅に泳ぐ大イカを見ていると、ずっと気になっていたしこりを吐き出してもいい気がした。
「わたし、今回の戦争では、役立たず……どころか有害だったんです」
『おや、活躍したと聞いとるぞ』
「活躍してくれたのはみんな……わたしの中の別の人だったんです。“彼”に比べてわたしは……勝手に闇の帝王――いいえ、ヴォルデモートに会いに行って、挙句家を焼かれて、操られてただけなんです。わたしが操られたせいで、“彼”の足を何度も引っ張ってしまって……」
『フウム……』
触手をゆらゆらと揺らめかせた。気がつくと、大イカは全身をこちらに向けていた。
『問題は見受けられないなぁ』
「!?」
『ヴォルさんに会いに行ったのもきみ、操られたのもきみ、学校を守ったのもきみ、巨人を打ち倒したのもきみ、それでいいんじゃなイカ?別の人だったとしても、ばれやぁせん』
「で、でも――!」
『ミィさんがどう言おうと、それがミィさんの行いであり、過去であり、経験だよ。過去は消せないんだなぁ、悪いことも、いいことも』
過去から目を逸らすな、と。大イカはザブンと水の中に潜った。
『ミィさんが悩むべきことは、その行いを経てこれから何をしたいか、じゃなイカなぁ~』
そんな言葉を残して、気持ちよさそうにどこかへ泳いで行った。
『スリザリン』はミリアの姿を持って、ミリアの命を懸けて数々の功績を築いた。行動への報いは、全てミリアに跳ね返ってきていた。今更別人格だとして『責任逃れ』するのも、ある意味卑怯だ。
「これから何をしたいか、かぁ」
杖を取り出して、守護霊のカラスを呼んだ。
『どうしたネボスケ娘』
「『スリザリン』さんに代われる?」
『私だ。何か用か?』
カラスの口から『スリザリン』の言葉が発せられた。
「あなたの功績、全部横取りしてもいいですか?」
『横取りも何も、大イカの言う通り全てお前の功績だ。私はお前。お前がいなければ、私は存在すらしないのだから』
『スリザリン』はミリアを諭し、背を押してくれた。
「カラスさん、スリザリンの理想を、わたしの物にしていい?」
『お前がそう望むなら、仕方ねえ。ただ、理想を盗むとかせっこい真似はすんなよ。盗むくらいなら殺しちまえ。理想の先を追いかけろ』
カラスがミリアを励まし、背を押してくれた。
「うん、そうする。みんなありがとう」
背を押されたミリアは、心から礼を言った。
*****
ホグワーツの戦いから、一年が過ぎ去った。
ミリアはホグワーツ七年目を、首席で終えた。魔法省が立ち直ってなくても、イモリ試験は実施された。取っている科目は(天文学以外)
卒業して学校を出る直前、マクゴナガル校長を訪ねた。
「お入りなさい」
「失礼します」
「卒業おめでとうございます。セルウィン」
「はい、ありがとうございます」
椅子を勧められて、背筋を伸ばして座った。
「教職に就きたいのでしたね」
「はい」
「担当教科の希望は?」
「『魔法薬学』か、『闇の魔術に対する防衛術』」
魔法薬学は一番得意な教科。防衛術は『遺稿』の知識を一番生かせる教科。
「『魔法薬学』を勧めます。スラグホーン教諭もあなたを後任に据えて、今度こそ引退すると公言していますから」
ミリアは小さく笑った。
「……スネイプ先生と一緒です。『防衛術』を希望して通らないのって」
「そうでしたね。彼は後に校長となりましたが」
マクゴナガルも懐かしそうに笑った。スネイプはというと、すっかり英雄として扱われている。ハリーが彼の真実を広めたお陰だ。
マクゴナガルはふっと真顔に戻った。
「才能と成績は申し分ありません。人柄も――ええ、大丈夫です。しかし、教鞭に立つことをまだ許しません」
真意なら透けて見えている。特に驚きの顔を見せなかったので、逆にマクゴナガルが首をかしげた。
「一昔前の伝統ですが、旅に出て、見聞を広めなさい。あなたはあなたで旅をしたようですが……次は自らが
「何にも縛られず、自由に――ですか。ホグワーツのセストラルを、一頭お貸ししていただいても?」
「それはハグリッドに許可を取りなさい」
ホグワーツ戦が終わった後、ハグリッドに無断でアーベントを呼び出したことを謝った。彼は笑って許してくれて、アーベントが群れの中でずっとそわそわしていることを教えてくれた。後で会いに行くと、なんとミリアのことが気になっていたとか。彼は心配症だ。
「ハグリッドはあなたを気に入っています。まあ言えばほいほい貸すでしょうね」
「旅、とっても楽しみになってきました」
「そうでしょうとも。ホグワーツの中では決して得られない経験が、外にはあります。――きっと良い教師になれますよ」
話が終わり、一礼して背を向けると、呼び止められた。
「私たちは生徒を守る立場にあったというのに――あなたに大きな重荷を背負わせてしまいました。申し訳ありません、セルウィン」
去年の『ホグワーツ暗黒時代』のことを言って、深々と頭を下げるマクゴナガル。
「わたしは『わたし』がやりたいことをやっただけです」
失敗も、成功も、誰でもないミリアが選び為した道だ。ミリアは力強く言い切った。
**********
――十九年後。
スリザリンに組分けされた新入生たちの前に、ミリアは立った。
「ようこそ、スリザリン寮へ!」
一部の由緒正しい純血家系の者や例外中の例外であるマグル出身の生徒以外、ここに振り分けられた子供はがっかりした目をしている。ヴォルデモートが完全消滅した後は、一層それが顕著になった。
「わたしは寮監のミリア・セルウィンです。担当は魔法薬学」
特に落ち込みが激しいのは、学年一の有名人、アルバス・ポッター。
「おなかいっぱいで眠いと思うけど、もうちょっと待ってくださいね。新入生諸君には、ここがどんな寮なのかお話することにしてるの」
「どーでもいいぞ!」
「速く部屋に連れてけ!」
子供らしい容赦無いヤジも、毎年のことだ。
「シャラップ!短く、まとまった、分かりやすいの三拍子を心掛けるから、黙って聞きやがれです!」
笑顔の恫喝も、すっかり様になった。
「スリザリンは、世間の評判がちょぉっと悪いです。多くの闇の魔法使いを輩出したのも確かですから」
落ち込んだりため息をつく前に、続ける。
「でもそれは、ここが『野望』を伸ばす寮だからです。野心とか野望とかいうと聞こえが悪いけど、言い換えれば貫く心――意志を強く育てているのです。目的を貫く心の強さは、はっきり言って四寮一です」
顔を上げる生徒が、少しずつ現れた。
「そしてこの寮には伝統的に、目的に向かって走る同志を仲間として守る――要するに身内意識が高い傾向があります。それはスリザリン独特の暖かさであり、素晴らしさですが、――できればホグワーツ全体を仲間と思ってほしいなっていうのが、先生の願いです」
「でも『純血主義』は悪いことでしょ!」
アルバスが発言した。
「なぜ悪いか、考えたことはありますか?せっかくスリザリンに入ったんですから、今後考えてみましょう。――先生は、マグルを殺したり虐めたりするのは良くないと思いますが、自分の家が凄いと誇りに思うこと自体は、良いことと思います」
「じゃあ正しいの?」
「それを決めるのはあなたです。――この寮は、どんな答えでも受け入れます。善いことも悪いことも、正しくても間違っていても。ずっと先まで語り継がれることも、いずれ廃れることでも」
善悪関係なく、そこに自らを通し、道を進むには、“力”が必要だ。『力に飢えしスリザリン』は、歯止めを形成させず、ただ後押しをする。
かつてミリアが危機に陥ったのは、まさに力だけを持って歯止めがなかったから。成功への近道を進む子供たちを、罠や逆風や落とし穴で“折れないようにする”のが教師の役目だと、今のミリアは思っている。
「はい!」
挙手したのは確か……スコーピウス・マルフォイ。
「先生の野望って何ですか!?」
「よくぞ聞いてくれました!ずばり『校長』です。むふふ……」
「おめーなんかが校長になれるわけねーだろー!」
「こいつ変だぞー!」
「わたし応援するー!」
ヤジやら激励やらで騒がしい中、よく通る声で解散と言い渡した。
食う食われる関係でさえなければ、共に生きることは出来る。それが原点だった。
寮というレッテルだけで嫌い合って憎み合うのはおかしい。それが始まりだった。
十字架を一身に背負って、無言のまま去った彼が報われないのは悔しい。それが原動力だった。
(もしも、校長になったら)
緩やかでいい、スリザリンと他寮の隔たりを緩和させよう。
『秘密の部屋』や復元した研究室を公開しよう。
天文学を、せめてテストだけでも昼に実施させよう。
思うだけ、語るだけなら何でも包括してくれる寮で、ミリアは夢見る。
ミリアの
完
こうして、ミリアは『スリザリンはいい寮』と胸を張って言える胆力を身につけました。色々あったけど、つまるところそれです。
頑張って読んでくれました、ありがとう。応援してくれて、ありがとう。誤字修正報告、ありがとう。
活動報告に『反省会』を載せます。これから何か執筆しようかなという人、愚痴でも何でも読みたいという人は、来てみてください。
反省点はいっぱいあり、一から書き直そうかなとも考えています。まずはエネルギー充電、いつになるのか、本当にやるのか、予定は未定。
最後に。この拙い(謙遜じゃない)小説とミリアに付き合っていただき、本当にありがとうございました。