ハグリッドは逃げためんどりを探しに行かず、ミリアとルーナを学校まで送ってくれた。
「わたし、誰がおんどりさんを襲ったか、探してみる」
「うーん、あたしもやろうかな」
「いんや、きっとキツネか何かの仕業だ。柵を頑丈にしとくから、おめえさんらはな~んにも心配せんでええ」
キツネにしては、ファングのおびえ方が尋常ではなかった――そう思うも、断言はできない。腑に落ちないままハグリッドやルーナと別れた。
(……、気のせいだよね)
きっとハグリッドの言う通りだろう。現実はそういうものだ。ニワトリの死を、頭から追い払うことにした。
現実とは、ミリアが思うよりずっと奇なるものだ。それから数日後に“些細な事件”など吹き飛ばしてしまう“重大な事件”が起きた。
ハロウィーンパーティーの後に。
(秘密の部屋?)
管理人フィルチの猫、ミセス・ノリスが石に変えられた。
ミセス・ノリスとはとても“おともだち”になれなかった。彼女は飼い主のことが一番で、その飼い主が生徒たちを毛嫌いし、彼女も倣って嫌っていた。友達でなかったとはいえ、ショックを受けるには十分だ。
(マグル生まれを、殺す?)
ミリア自身は(幸いというべきか)半純血。この日から、どの寮にも少しずついるマグル生まれの生徒が、ネコを前にするネズミ以上に怯えだした。残りの生徒も、得体の知れない怪物が解き放たれたと、戦々恐々なピリピリした気配を纏っている。
そして。
(スリザリンの継承者、が……?)
ホグワーツの伝説に関する噂が、流れ出した。
四人の創設者たちの友情、のちに起こる不和。グリフィンドールとスリザリンの決闘、追放――この諍いの元が『マグル生まれの入学を認めるか否か』で、『否』のスリザリンの意志を継ぐ者がいずれ現れる。その『継承者』が、スリザリンが他の創設者に隠れて作った『秘密の部屋』を開き、そこに眠る怪物を解き放ちマグル生まれを追放する――という言い伝えだ。
一文でまとめれば、スリザリンが悪い、だ。
(そんなぁ……)
怯えているのは、当のスリザリン生も同じ。寮の外では“襲われるはずがない”と大股で歩いているが、内心は他寮と似たり寄ったり。寮の中では“誰が継承者か”の談義を交わすが、それも恐れが発端だ。
スリザリンが大手を振って歩いているおかげで、他寮の怒りの矛先はここに向いた。『継承者』から生徒を守るためにスリザリンを閉じ込めろ、いや追い出せ、廃寮だ――そんな内なる声は少なくない。スリザリンはますます内にこもり、他寮との溝は深まるばかり。
(これでいいって――おかしいよ)
こっそりと恐れを打ち明けていた上級生に、それを他の寮の生徒には言わないのか、と尋ねた。すると
「そんなみっともない真似、出来るわけないでしょ!」
「だいいち、私たちの話なんて聞く気もないだろうしね」
二人とも“あり得ない”で一致した。
興奮気味にレナの意見を聞いてみると。
「どうどうヒッポグリフ。ま、あたしもムリって思うわ。この仲悪いの、それこそ千年続いて薄れるどころか熟成してんだし。それも寮の個性ってもんじゃない?」
「いくら個性でも、他の寮がこんな時にスリザリン全員を疑うのも、スリザリンが思いついた悪口をそのまま言うのも、どっちもおかしいよ」
「お互い控えろって言いたいわけね。それが千年の重みだって。ほら、そんなことより宿題宿題」
軽くあしらわれてしまった。再びどうどうと、頬が膨れるミリアの肩を抑える。
(こういう時こそ一致団結――なんて、動物だけなのかなぁ)
森に嵐が近づいてくると、普段話さず仲も良くない動物たちが盛んに情報交換し合う。天敵同士なら甘いことは言ってられないが――スリザリンとグリフィンドールの関係は、そうじゃない。話も通じれば、一緒に授業だって受けられる。
(帽子の歌の続きって、これなのかも)
グリフィンドールとスリザリンの決裂――それは今にまで続いている。
(やっぱり、悲しいな)
他寮に何もちょっかいをかけていないスリザリン生は、ミリア以外にも多い。差別の目は、蛇の紋章のローブを着る者全員“平等に”向けられる。
(もう!これも――スリザリンさんと意地悪なひとのせいだ!)
憤慨して、筆圧が上がる。レポートに穴が空いてしまった。
『ぬー、なにか悪いことしたかーい?』
(イカさん、あなたじゃないの。……人間のおともだちを作るのは、むずかしいなって)
『みんな同じかっこして、仲よさそうだべー』
大イカは、今日もゆうゆうと泳いでいる。
とうとう、人間の被害者が出た。ミセス・ノリスの事件の二週間後、スリザリン対グリフィンドールのクィディッチの試合があった夜。コリン・クリービー――何度も授業を共に受けた、同学年のグリフィンドール生だ。
(嘘でもざまあみろなんて言っちゃダメなのに……)
上級生の誰かがグリフィンドール生にそう口出しして、呪いをかけられる事件があった。今医務室で唸っているので、これ以上何かを言うつもりはないが。
スリザリンへの嫌疑は、少しおかしい形で別の場所へ逸れて行った。
きっかけはロックハート先生が主催した『決闘クラブ』。相も変わらず魔法が苦手で、すみっこで事の成り行きを見守っていると、突然悲鳴が上がった。
気配に集中すると、大広間の真ん中に動物が出現している。
『びっくりした!なんだいなんだい!』
「私にお任せあれ!」
続いてロックハート先生の叫び声。バーンと大きな音がして、宙に飛び上がった蛇が見えた。
『ばーんって!痛いよ高いよ高いのダメだよっ!』
(かわいそう)
落ち着かせに行く役目は自分かな、と生徒の中をかき分けて騒ぎの真ん中へ急ぐ。三か月くらいの学校生活のおかげで、人ごみにも随分慣れてきた。
と、次は静まり返った。
『手を出すな!去れ!』
『こわい!こわい、でもおそっちゃダメだよね』
ミリアではない誰かが、蛇を止めていた。ほっとしたのは、ミリアだけだった。
(あいつ、パーセルマウスだ!)
(あのハリー・ポッターが?なんで?)
(うっひょー闇の魔法使いかっけー!(だがなりたいとは言っていない))
メガネの上級生――ハリーは、蛇とは話せても恐らく心の声が聞こえていない。蛇に牙を向けられていたらしいハッフルパフの上級生に、笑いかけていた。
「いったい、何を悪ふざけしてるんだ?」
彼が叫んだ。悪いことに、助けられたとは思っていない。
ハリー・ポッターはあなたを助けようとしただけだ、唇の裏側まで出て、結局出せなかった。擁護すればこの敵愾心がミリアに向く。これに晒されるだけの勇気が、咄嗟に出ない。
口を上下させているうちに、事態は収拾されていく。気まずいままハリーは友達に連れられ、襲われたと思い込む彼は大勢の友達に囲まれて寮へと急いだ。蛇は、スネイプ先生が
『バイバーイ』
消してしまった。ミリアはスネイプ先生に飛びついた。
「あの、あの!ポッターさんは、へびで襲おうとしたんじゃないんです!助けようとしてたんです!わたし、聞きました!」
「静かにしたまえ。周りに聞こえるだろう」
「みんな聞いてません!みんな勘違いしてるんです!あの人、悪いことしようとしたんじゃないって言ってあげて――」
「くどいぞセルウィン。何故そう必死になる?ポッターが蛇語を話し、生徒らがそれを見たまでが事実だ。それ以上を憶測するのは、生徒の自由だ。何よりその証言をすれば君が蛇語を理解できることも公になる。今の時期スリザリンで蛇語を話せる生徒が出れば、折角ポッターに向いた矛先が、どこへ向くか考えたまえ。それとも我輩にその任を負えと?」
「ち、違います。先生――」
「ならば話は終わりだ。我輩は忙しいのでな」
ふいっと横を向いて、すっかり人が去った大広間に、机と椅子を次々と置いた。
あの時、咄嗟に口をつぐんだのは、正解だったのだろうか。ミリアはもやもやしたまま、寮への道をとぼとぼ歩いた。
それから間もなく、また生徒が襲われた。聞けば、蛇にかまれそうになってハリーに助けられた、ハッフルパフの彼(後、グリフィンドールの寮付きゴースト)だそうだ。
その現場に居合わせたようで、疑いの目はますますハリーに向けられた。
(……)
ミリアが何を考えているか、スネイプ先生は察したようだ。閉心術の授業で、突然言われた。
「継承者探しに出ようなどと考えるな。ポッターと君は無関係だ」
「でも――!」
「スリザリンから一点減点。実行に移しでもすれば、減点では済まさんぞ」
「……わかりました」
今日の閉心術は、特別下手だった。
「ルーナは、ハリーさんが継承者だと思う?」
「見てないから知らないもン」
「ごめん、そうだよね」
フクロウの餌らしい黒いつぶつぶを、一粒放った。
「でも、違うと思うな」
「どうして?」
「ミリアだってヘビの言葉分かるんだよね?パーセルタングは闇の魔法使いの証じゃあないもン」
「……うん、ありがと」
「なんでありがとう?」
「うーん……きぶんかな」
手に残った餌をリズミカルに投げる。全てフクロウの誰かがキャッチした。
「おお、芸でも仕込んだか。見事なもんだなぁ」
「ハグリッド!仕込んでなんてない、みんな自然にできたんだ!」
「おはよう、ハグリッド」
「おはようお二人さん」
フクロウたちがいっせいに騒ぎ出す。いつものように見回って、ハグリッドの小屋へお邪魔する運びとなった。今日のルーナの靴は、両足ともそろっている。
「今日はな、鳥小屋に魔法かけんだ。つまらんだろうが見たいか?」
「魔法?鳥小屋に?」
「もしかしてまた、ニワトリが襲われたの?」
ルーナが大きな目を瞬かせて尋ねた。
「ああ、その通りだ。俺がせぇっかく柵頑丈にしたっていうのに……」
もじゃもじゃ頭をガシガシとかいた。
(ハグリッド、困ってるなぁ――そうだ!)
ミリアが今抱えているもやもやを吹き飛ばす妙案が閃いた。
「ね、わたしが探すよ」
「何をだ?」
「ニワトリを襲った犯人!」
今はどんな形でも、人のためになることがしたかった。
「ダメだ!だぁめだ!噛まれでもすればどうする!」
「じゃあ、あたしも付き合ったげる」
「ルーナがいても駄目だ!」
「なら、ハグリッドも一緒に!これならだいじょうぶだね!」
「まあ、俺がいりゃあ、ニワトリいじめ野郎なんざこうやってこうだが――」
「なぁんだ、問題ないじゃん」
「でしょ!三人で『ニワトリ襲った誰か探し隊』、けっせーい!」
「おー」
「お、おー!」
三人は右腕を上げた。