Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第二十七話 中庭の決闘

中庭はかつての練兵場という言葉通り、今では樽や空き箱が積まれた物置き場となっていた。

既に忘れ去られてしまったのだろう、すっかり苔に覆われてしまった旗置き場がかつてあった栄華の名残をかすかに残しているのみだ。

 

「今ではこの有様だが、かのフィリップ三世の治下ではここでよく貴族の決闘が行われたものだよ」

 

ワルドが昔を懐かしむかのようにそんな講釈を垂れ始める。

リウスはその言葉を受けて素直に興味をそそられていた。

 

「フィリップ三世というと、姫様のお爺様の時代でしょうか」

 

リウスは以前学院長室で話した内容を思い出しながら口を開いた。

確かオールド・オスマンに対して、あの『ユミルの書』を渡した人物だったはずだ。

 

「ほう、よく知っているね。そうとも、偉大な国王だった。古きよき時代。王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代・・・、貴族が貴族らしかった時代さ」

 

ワルドが感慨深そうに講釈を続けている中、リウスは目を細めてワルドを見つめていた。

つまり今のワルドにとっては、王は力なく、貴族も貴族らしくなくなってしまったということだろうか。

それと、この決闘がどう結び付くのかは定かではないが。

 

「まあ、それはいい・・・。昨日は短剣を使っていたようだったが、君の武器はそれでいいのかな?」

 

ワルドから二十歩ほど離れて立つリウスの手には、デルフリンガーが握られている。

 

「ええ、デルフが自分を使えってうるさいんです」

「・・・相棒には慣れといてもらわなくっちゃあな。いざという時に使いこなせないんじゃあ恰好つかねえし。

でもよ、相棒・・・。この布はなんでえ」

「しょうがないじゃないの。そのままじゃ危ないでしょ」

 

デルフリンガーの刀身には宿屋から購入したシーツが巻きつけられていた。

シーツでぐるぐる巻きにした上に解けないようにロープで固く縛り付けられているので、傍目から見ると何を持っているかも分からない程である。

 

大事な任務の最中だというのに、こんな立ち合いなどで大怪我してしまっては元も子もない。とはいえ、立ち合い中に破れてしまう可能性が非常に高いのだが。

 

「インテリジェンスソードとは珍しい物を持っているね。まぁ・・・構わないよ。ただし、全力できたまえ」

 

リウスはその言葉に苦笑で返した。

 

互いに本気で戦わない以上、こんな立ち合いの勝敗には興味がない。

しかし、ワルドの実力を計っておきたいというのも、デルフリンガーを使ってどれくらい戦えるのか知りたいのも事実である。

 

そうしていると、ルイズを先頭にキュルケ、ギーシュ、タバサが中庭の入り口までやってきていた。

 

ルイズはむっつりと黙りこくりながら、リウスをじろりと睨み付けていた。

さっきまで散々文句を言われた後である。

ケガだけはしないようにする、ということで同意した形だったが、未だに納得がいっていない顔をしているのは誰が見ても明らかだった。

現にリウスが目を向けると、ルイズはつんと澄まして顔を背けている。

 

「介添え人も来たようだね。では、始めようか」

「そうですね。デルフには慣れていないので、胸をお借りします」

「いいだろう」

 

ワルドは腰からレイピア状の杖を引き抜くと、杖を右手に持ちながら身体を半身にする構えを取った。

 

リウスもデルフリンガーを両手で持って真っ直ぐに構えるが・・・、どうにも武器の時点で勝敗は明らかな気がした。

 

片手で取り回しの効く、レイピアのような長身の武器。

片刃ではあるが非常に細い形状をしているため、突きに特化している武器のように見える。

鎧を着ているのなら話は別だが、鈍重な両手剣ではとてもじゃないが勝ち目が薄いだろう。かといって仮に短剣であったとしてもリーチの差から同じことであるのは否めない。

 

勝つためには魔法を使う必要があるが、リウスは魔法を使う気など毛頭なかった。

一応ワルドが傷つかないような魔法もないことはないが、こんな場であんまり手の内明かすのも気が進まない。

そして昨日使った魔法はどれも威力が高すぎるため、仲間へ向けて使うような代物ではないのだ。

 

「どうした? 来ないのか?」

「いえ。どうしようかなぁ、と」

 

ワルドはにやりと笑うと、朗々と口を開いた。

 

「君ももちろん分かっているだろうが、敵は待ってくれんぞ。それならこちらから行こう」

 

ワルドはそう宣言して、身体へ力を溜めるように一瞬姿勢を低くした。

 

(まずは隙が作れるか、だ・・・)

 

リウスは身体の力をほんの少し緩め、放たれる刺突に備えた。

突きが中心であるのなら、防御に徹していれば攻撃が当たることはまず無いはず。

最小限の動きで攻撃を凌げば、ほんの一瞬でも隙が生まれるはずだ。

 

身体を縮めたワルドがバネのように鋭い突きを放った。

その予想以上の速度に目を見開いたリウスは、ギリギリのところで突きの軌道をデルフリンガーでずらす。

そしてリウスの思惑とは異なり、ワルドは即座に突き手を引くと更なる刺突を放った。

内心焦りながらも、リウスはその攻撃をなんとか大きく後ろに飛び退いて回避する。

 

「・・・凄まじい速さですね」

「この程度で驚かれては困ってしまうな」

 

ワルドの攻撃には全くと言っていいほど隙が無かった。

リウスはすぐに気持ちを切り替えて、次の手を試すために身構える。

 

杖を構え直したワルドがすり足のように少し前進する。

その動きに合わせ、リウスはデルフリンガーをワルドの肩目掛けて勢いよく振り下ろした。

しかしワルドはなんなくその攻撃を片手に持った杖で受け止める。そして刀身を華麗に滑らせると一切の無駄なく二発の突きを繰り出してくる。

リウスはデルフリンガーで突きを逸らし、距離を取りながら刺突を避けるも、もう既に防戦一方となってしまっているのは否めなかった。

 

(この程度だと隙は出来ないか。それにしても、避けにくいったらない・・・)

 

片手で扱っているからだろう、やけに剣先の軌道が変わるのだ。これではデルフリンガーを使わなければ避けることが難しい。

その上、突きに特化しているからか、杖を引くスピードも相当なものである。

これだけでも、ワルドが一流の技量を持っているのは間違いがなかった。

 

唯一安心した点といえば、見えない程の速さではないということ。

リウスのいた世界、砂漠の街モロクを根城にするアサシン程の速さはないようだ。

しかしどちらにしても、攻撃する隙を作れないのならば同じことである。

 

リウスは続く数撃の突きを何とか避け切る。そしてワルドの引き手に合わせて、杖の根元を叩き落とすかのようにデルフリンガーを打ち下ろした。

しかし打ち下ろしてくることを予測していたのか、ワルドはそれすらも杖の根元で受け止めてから流れるように突きを繰り出そうとする。

防御したことで刺突のタイミングが若干遅くなったとはいえ、この体勢ではデルフリンガーを使って避けることはできない。

 

しかしリウスが待っていたのは、ワルドのこの動きだった。

 

ワルドの右半身へ一気に踏み込むことで突きを回避する。

肉薄したワルドが驚愕の表情を浮かべる中、リウスはデルフリンガーを右手のみに持ち直し、ワルドの無防備な右腕へ向けて『柄のみ』をすれ違いざまに打ち付けた。

 

「ぐっ!」

 

充分な手ごたえを感じたリウスはそのまま右手に持ったデルフリンガーから手を離す。

そして空中で左手に持ち直すと、自身の身体を左回転させながら大きく横なぎにワルドの胴体へ向けてデルフリンガーを叩きつけた。と思ったが、寸前のところでワルドが杖を使って防御に成功していたようだ。

 

ワルドが後ろへ飛び退いて杖を構え直すと同時に、リウスもステップを踏んで体勢を整える。

 

「なるほど、短剣を使っているだけはある。あのような攻撃をしてくるとは思わなかった」

「あれで何とかなるかと思っていたのですが・・・」

「あの程度では、僕は倒せないよ」

 

そうは言いながらも、ワルドは内心舌打ちをしていた。

 

(流石は『ガンダールヴ』といったところか・・・)

 

何度も分かりやすい攻撃をしてきていると思っていたが、この攻撃のための布石だったという訳だ。

杖の持ち手である右腕を狙うことで防御を遅らせるつもりだったのだろう。

 

しかしそれは裏を返すと、まともな斬撃では太刀打ちができないと言っているようなものだった。

 

「さて、魔法は使ってくれないのかな?」

「ええ、私の魔法は危険なので。決して手を抜いている訳ではないですよ」

 

その言葉にワルドが鼻を鳴らす。

 

「そういうことにしておきたいところだが・・・。ギーシュ君から聞いているよ。それほど殺傷力の無い魔法も使えるんだろう?」

 

リウスは顔をしかめた。そこまで聞いていたとは・・・。

 

「まぁ、一応は。貴方達の使う念力みたいなものです」

「使いたまえ。代わりに僕も君が傷つかない魔法のみを使う」

 

リウスの言葉に嘘はなかったが、肝心なところは伝えていない。

 

リウスが使える魔法には『ナパームビート』と『ソウルストライク』という魔法がある。

これらは魔力を凝縮して即座に撃ち出すという魔法であり、魔力反応を行なう必要がないために一瞬で詠唱が完成する代物だった。

ただ魔力のみで構築されているが故に、精神体といった存在に対しては非常に有効な魔法なのだが、肉体を持った相手には効果が薄い。

リウスが以前からあえてこの魔法を多用していたのも、この魔法はせいぜい人ひとりを気絶させる程度しか衝撃を与えられないからだった。

 

「さあ、次は君からきたまえ。僕の二つ名である『閃光』がどういう意味なのかを伝えるとしよう」

 

 

 

 

一連の流れを見守っていたルイズ達だったが、心配そうに見つめているルイズとは裏腹に、キュルケやギーシュはわくわくとした表情を浮かべていた。

 

「ミスタ相手に凄いじゃないか! ミス・リウスはあの武器を使い慣れてないと言っていたけど、もしかしてこのまま勝ててしまうのでは・・・?」

 

そう言うギーシュも何やら複雑そうな表情である。

 

流石に魔法衛士隊の隊長が相手ではどうにもならないだろうと考えていたギーシュだったが、この展開には驚くばかりで、流石はミス・リウスだと嬉しく思う気持ちは否めない。

とはいえ魔法衛士隊はギーシュも憧れる存在なのであって、そんな憧れの存在が負けるところを見たくはないというのが正直なところなのだ。

 

「魔法を使わない場合は勝てない。魔法を使えば互角だと思う」

 

しかし、タバサが小さい声で見解を述べた。それに頷きながらキュルケも口を開いた。

 

「リウスは戦いにくそうね。流石は隊長サマ、ってところかしら。それにしてもギーシュ、あなたリウスの事をどこまで話してる訳?」

「う・・・。いやその、ミスタがミス・リウスのことを知りたがってたから、ついちょろっと・・・」

 

それを聞いたルイズは、内心で昨日ワルドへ話した内容を後悔していた。

まさか、ワルドがこんなことをし始めるとは思わなかったのだ。

 

ワルドとリウスが戦うところなんて見たい訳がないルイズは、早く終わって欲しい一心で二人が対峙する様子を見つめていた。

 

 

 

 

リウスはワルドが自分を舐め始めているのに気付いていたが、別段それをどうこうしようとは思っていなかった。

 

確かに、ルイズを守るに値するのは自分自身のみだ、というワルドの発言には少し苛立ちを感じている。

しかしルイズが昨晩何を言ったにせよ、嫉妬まがいのそんな争いに加担する気は全く無いし、そんなものは正直に言ってどうでもいい。

要は誰がどうするといった過程はどうでもよくて、結果的にルイズが守れればいいのだ。

 

そして、この立ち合いはリウスにとって少し別の意味を持つようになっていた。

 

無理やりといっていい程のラ・ロシェールへ向かう強行軍。

ラ・ロシェールに向かう途中で起きた襲撃。

そして、『スヴェルの夜』を考慮しなかったというワルドの思考。

 

やけに私のことをギーシュくんから聞いていたかと思えば、『ガンダールヴ』がどうのこうのと気にし始め、しまいにはこの決闘まがいの立ち合いである。

 

私の実力を知りたいというワルドの言葉には多分嘘はないのだろう。そうでなければこうした立ち合いをする意味はない。

まぁ、ルイズに何か言われた結果ルイズの目の前で私を打ち倒したいと考えたのかもしれないが、そうであればあまりにも幼稚すぎる発想である。

そもそも、ルイズがそういったことを喜ぶとはとても思えないのだから。

 

これは推測ではあるが、つまりワルドの言っていた目的は少し違うのではないだろうか。

どちらがルイズを守るべきか、ではなく、あくまで把握できていない私の実力を知ろうとしている・・・。

 

そしてこの任務には、どこかに存在するアルビオン貴族派の内通者が関わっている。

最初は王宮や学院にそういった内通者がいるのかと思っていたが、もしかしたら・・・。

 

これは強引な推測にすぎない。

しかし今までのもやもやとした状況は、そう考えると筋道が通った一本の仮説になるのだ。

あの道中の襲撃で、私かギーシュくんが手傷を負った場合、どちらにしたって私は一時的にでもこの任務を離れなければならなかっただろう。

そうしたら任務に向かうのはワルドとルイズのみとなり、急ぎの任務ということで同行者の合流を阻止することだって容易い。

 

そうしたことも見込んで、ワルドがギーシュくんを連れてきたのだとしたら・・・。

 

(ちょっと、試してみるかな・・・)

 

しばらく思索に耽っていたリウスに対して、ワルドがじれたように口を開いた。

 

「どうしたんだい? 君がまさか怖気づいた訳でもないだろう?」

 

その言葉に、リウスはワルドへ向けて意地悪そうに笑った。

 

「いえ、これはとっておきの魔法だったので。ケガだけはしないでくださいね」

 

 

 

 

リウスの言葉を受けたワルドは、気に喰わないとばかりに眉根を寄せた。

 

「とっておきの魔法、ね。お気遣いはありがたいが、そうそう僕に通用するとは思わないことだ」

「そうかもしれませんね」

 

リウスはにべもなくそう言うと、右手に持ったデルフリンガーを肩に担いだ。

そして左手の人差し指をワルドへと静かに向ける。

 

「ナパームビート」

 

リウスの左手の先にある空気がかすかに揺らいだ。

目を見開いたワルドが両腕で防御をした瞬間、ワルドの身体が大きく後ろへと吹き飛ばされる。

 

「ぬおっ!」

 

中庭にある空き箱の山にぶつかる寸前で、ワルドの身体が急ブレーキをかけたようにふわりと浮かび上がった。

吹き飛ばされながらもワルドは『フライ』の魔法を使用したようだ。

 

「・・・なるほど、風系統ではない不可視の呪文か。しかし、もう通じない」

 

その言葉にも答えずに、リウスは更にワルドへ向かって魔法を放った。

 

「ナパームビート!」

 

浮かんだままのワルドは、ふっと笑いながら瞬時に真横へと身を翻した。ワルドの背後にあった空き箱の山がボゴンッと音を上げて砕け散る。

 

「僕は風のメイジだ。空気の揺らめきを見れば、いかに目に見えない魔法だろうが回避することができる。そんな使い方では、もう僕に当たりはしない」

 

『フライ』を解除して地面に着地した瞬間、大地を蹴ったワルドが凄まじい勢いでリウスに襲い掛かった。

 

リウスは急いでデルフリンガーを両手で構えると、なんとかワルドの放った突きを回避した。

閃光のようなワルドの連撃が続く。

なんとかデルフリンガーを使って回避し続けていると、デルフリンガーを覆ったシーツがぼろぼろになって剥がれ落ちた。

 

「おっ、これでちゃんと戦えるぜ! いきなりピンチみてえだけどな!」

 

デルフリンガーが嬉しそうに声を上げる中、ワルドは後ろへと少し距離を取ると、にやっと笑った。

 

「そして、魔法衛士隊のメイジはただ呪文を唱えるだけじゃない」

 

そう言ってワルドが放った刺突を、生身のデルフリンガーで切り上げる。

一瞬火花が散った後に、ワルドはまたマントを翻しながら距離を取った。

 

「詠唱さえ、戦いに特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作・・・、杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」

 

そう言うやいなや、距離を詰めたワルドが凄まじい速度で突きを何度も放った。

攻撃する隙を作るどころではない。リウスはデルフリンガーで受け流し、間合いを取り、耐えるのがやっとという状態だ。

 

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ・・・」

 

閃光のような突きを雨霰と放ちながら、ワルドは低く呪文を呟いている。

 

「相棒! こいつぁいけねえ! 魔法が来るぜ!」

「判ってる! 判ってるけど!」

 

リウスはそう叫んでワルドの刺突をいなすと、そのままワルドに向かって体当たりを行なった。

ワルドは詠唱を止めないまま簡単にリウスを弾き飛ばし、体勢を崩されながらも距離を取ったリウスが左手の指をワルドへ向けようとする。

 

「ナパーム・・・!」

「遅い」

 

ボンッ、と空気が撥ねる音がしたと思うと、見えない巨大な空気のハンマーがリウスの身体を吹き飛ばした。

十メイル以上も吹き飛ばされたリウスは積み上げた樽に激突し、ガラガラと樽が崩れ落ちる。

 

「いったたた・・・」

 

リウスがよろよろと起き上がると、ワルドが目の前に立ってリウスに杖を突きつけていた。

 

「勝負あり、だ」

 

 

 

 

「・・・参りました」

 

リウスが両手を上げてそう宣言すると、ワルドが杖を収めた。

両手を口に当ててその様子を見ていたルイズだったが、立ち合いが終わったことにハッとするとリウスの傍へと駆け寄ってくる。

 

「だ、大丈夫!?」

「あぁルイズ、大丈夫よ。ワルドさんが威力を押さえてくれたみたい」

「な、何もここまでしなくても!」

 

ワルドへ食ってかかるルイズに、ワルドが静かに声を掛ける。

 

「わかったろうルイズ。彼女では君を守れない」

 

ルイズはワルドとリウスを交互に見る。

 

「・・・だって、だってあなたはあの魔法衛士隊の隊長じゃない! 陛下を守る護衛隊。強くて当たり前じゃないの!」

「そうだよ。でも、アルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい? 強力な敵に囲まれたとき、君はこういうつもりかい? わたしたちは弱いです。だから、杖を収めてくださいって」

 

ルイズがぐっと押し黙る。そんなルイズの肩に、ぽんと手が置かれた。

 

「ルイズ、いいのよ。・・・流石でした、ワルドさん。お手合わせ頂いてありがとうございました」

「いや、君も流石だったよ。いざという時にはルイズを任せてくれ。この身に代えても彼女を守る」

 

じゃあ食事にしよう、とワルドはルイズの手を持つ。

ルイズは心配そうにリウスの顔を見つめていたが、リウスは「行っておいで」と小さく笑った。

 

ルイズは心配そうな顔のままでちらちらとリウスを見ていたが、そのうちワルドと一緒に立ち去っていった。

それを見送ってから、リウスは「いたた」と呻きながらぐりぐりと肩を回している。

 

「盛大に負けちまったな。相棒でも負けるときがあるもんだね」

 

地面に転がったデルフリンガーが呑気な声を出した。

 

「いやあ、強かった。突きもそうだけど、詠唱中でも隙がなかったわ」

「気にすんな相棒。あいつは相当な使い手だよ。スクウェアクラスかもしらんね。負けても恥じゃねえ」

 

デルフリンガーと話しながら、リウスは先程の立ち合いを思い返していた。

 

流石にあれがワルドの全力ではないだろうが、突きの速度、詠唱時間は大体把握できた。

それに魔力の動きも確認できたので、もしこちらへ杖を向けてきたとしても私の魔法なら迎撃ができるだろう。

 

そんなことを考えていると、先ほどの戦いを見ていたキュルケにギーシュ、タバサがリウスの傍に歩いてきていた。

 

「あら、あんまりショックそうじゃないのね」

 

キュルケが悪戯そうに笑いながら声をかけてくる。

しかしそうは言いながらも心配そうな表情がかすかに見えたので、リウスも笑いながら言葉を返した。

 

「まあね。ワルドさんは強いわねぇ、さすが魔法衛士隊の隊長だわ」

「そ、そうですよ。でも凄かったです! 凄い戦いでした!」

 

興奮半分、心配半分といったところだろうか、ギーシュがやけに身振り手振りを交えて話しかけてくる。

当のリウスは別にショックなど受けていないので、ギーシュへ少し困ったような苦笑を返した。

 

すると、つかつかとタバサが近寄ってきた、かと思うとリウスの顔をじっと見ている。

なんだろう、とリウスはその顔を見返した。

 

「なんで、手を抜いたの?」

「え? 手を抜いた、って・・・。リウス、そうなの?」

 

キュルケがリウスとタバサの顔を交互に見る。

 

「ギーシュとの決闘のとき、空中で魔法を使ってた」

 

キュルケとギーシュはハッとした。確かにあの時、リウスはゴーレムの動きを避けながらでも魔法の詠唱をしていたはずだ。

ワルドはわざわざメイジの戦い方について説明をしていたようだが、あんな芸当のできるリウスもワルドと同じように、剣を交えながら魔法を使えていてもおかしくはないはずなのだ。

 

「さっきは、わざわざ分かりやすいように魔法を使っていた。でもあなたはもっと隙を作らずに魔法を扱えるはず。どうして?」

 

少し考える素振りを見せてから、リウスは口を開いた。

 

「別に手は抜いてないけど、タバサの言う通りよ。よく見てるわね」

「何だ、そうなのか? 相棒」

 

リウスは、まあね、と一人呟くと、ぱんぱんと服についた埃をはらってから、中庭に転がるボロボロになったシーツを拾い上げた。

 

「念のためよ。念のため」

 

 

 


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