Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第二十八話 月夜の対話

 

その夜、ルイズは自室のベランダでひとり夜空を眺めていた。

 

一階の酒場からギーシュたちが酒を飲んで騒いでいる声が聞こえてくる。

ルイズも先ほどまで一緒にお酒をちびちびと飲んでいたが、一階の喧騒を抜け出して二階の自室に一人で来たのだった。

 

しばらくぼうっと夜空を眺めていると、部屋の扉が開く音がした。

 

「ここにいたの。一人でいるべきじゃないって言ったでしょ?」

 

部屋に入ってきたのはリウスだった。

最初はワルドかと思ってどうしようか迷っていたが、リウスの声だと分かったルイズはゆっくりと振り向いた。

 

「・・・リウスったら、心配性ね」

 

小さく呟いたルイズにリウスが肩をすくめた。

 

「それ、キュルケにも言われたわ。変えるつもりはないけど」

 

そう言って軽く笑ったリウスは、ルイズの横に立って夜空を見上げた。

 

少し風が吹いて、リウスとルイズの桃色の髪がなびいていく。

ルイズはしばらくリウスの横顔を眺めていたが、もう一度ルイズも夜空を見上げた。

 

「わたし、早く大人になりたいわ」

 

リウスは何も言わずに続きを待っている。

 

「そうすれば、こんな色んなことに悩まなくて済む。リウスみたいに色んなことを決められるようになって、父さまや母さまみたいな立派なメイジになれれば、きっと私だって自分に胸を張れるようになるんだわ」

「焦ることないわよ、私だってまだまだなんだから。これからよ、これから」

 

しばらくの間、二人は黙ったまま夜空を見上げていた。

一階からは未だにギーシュたちの笑い声が聞こえてくる。

 

リウスは空に浮かぶ月を眺めながら、感慨深そうに呟いた。

 

「綺麗な月ね。この二つの月が完全に重なると、スヴェルの夜って訳か」

 

もう二つの月はほとんど重なったようになっていた。

赤い月が白い月の後ろに隠れ、一つだけの月が瞬く星空に輝いている。

 

この世界に来てから、もう随分と時間が経ってしまったものだ。

 

「一つの月・・・」

 

横に立つルイズが静かに呟いた。

一拍置いてから、ルイズはそのままの声色で口を開いた。

 

「リウスは、元の世界に帰るの?」

「・・・ああ、そのこと。うーん、どうしようかな。でもまだしばらくはここにいるつもりよ」

「しばらく、って?」

「そうね。ルイズがビービー泣かなくなってから、かしらね」

 

ルイズはリウスがハルケギニアへ来たばかりのことを思い出すと、ふふっと笑った。

リウスもそのルイズの顔を見て笑顔を浮かべる。

 

「昨日の夜ね。ワルドから、プロポーズされたの」

 

ルイズがリウスから視線を離すと、小さく呟くようにそう言った。

 

「でも、私は断ったの。自分の気持ちが分からないのよ。確かにワルドはずっと憧れの人で、好きだったけど・・・。急にあんなこと、言われたって」

 

リウスは口には出さないようにしながら、ふうん、と内心で呟いていた。

ワルドが立ち合いを挑んできたのは、これが原因なのだろうか。

 

「ルイズがそう思うのなら今はそれが正しいのよ。それにしても、ワルドさんがねえ・・・」

 

背筋をうーんと伸ばしながら、またしてもリウスは違和感を覚えていた。

 

重要な任務で久しぶりに会った婚約者。

だから、会ってからすぐにプロポーズをした。

 

トリステインのそういった文化は知らないので無くはないのかもしれないが、いささかワルドは焦りすぎに見える。

危険な任務だから言える時に言っておいた、と言われてしまえばそれまでなのだが・・・。

 

しかし、もしワルドがリウスの考えているように敵の内通者であるなら、少なくともルイズとワルドが結婚するのをただ見ている訳にはいかなかった。

 

「返事は任務が終わってからでいいんじゃないの? 別に会えなくなるって訳じゃないんだから」

 

その言葉を聞いたルイズは、悲しそうな顔をしながらリウスを見た。

 

リウスなら、もしかしたら自分の背を押してくれるかもしれないと思っていた。

このモヤモヤした気持ちをうまく形にして、一歩踏み出す勇気をくれるんじゃないかと。

 

リウスはいつだって正しい。

私は確かにそう思っているのだ。

だからこそ、ワルドとの結婚を祝福して欲しかった。

 

自分勝手な主張だなんて、そんなことは分かってる。

意に染まない言葉にヘソを曲げるだなんて、立派なメイジはそんなことをしないはずだ。

それでも・・・。

 

 

-自分がどうしたいのかを、視野を広く持ちながら常に考えなさい。

 その答えは君自身が知っているはずじゃよ。

 

 

ルイズは今朝見たリウスの夢の中で、白髪の老人が言っていた言葉を思い出していた。

 

(私はリウスを信じたい。ワルドのことも、信じていたい。そして、出来れば皆でいっしょに・・・)

 

確認をするのは恐ろしかった。

しかしルイズは、問いかけずにはいられなかった。

 

「・・・リウスは、ワルドとの結婚は反対なの?」

 

リウスはルイズの思い悩んだような顔を見た。

そのまま少し考え込むようにしばらく黙り込み、静かな瞳をもう一度ルイズへと向けた。

 

「・・・ルイズの結婚は、私が決めることじゃないわ。ルイズが決めることよ」

 

リウスはいつだって正しい。

いつだって一歩引いてから物事を見ようとして、自身の考えを一人で抱え込もうとする。

 

ともすれば、私にだって冷徹に見えるくらいに。

 

ルイズはぐっと顎を引くと、はっきりとした口調で問いかけた。

 

「リウスがどう考えてるのか知りたいの。正直に言って」

 

リウスは険しい顔のルイズをじっと見つめていた。

そして目を背けてから、小さく呟いた。

 

「・・・反対よ」

 

重苦しい沈黙が部屋を包み込む。

そう、と呟いたルイズはベランダの手すりへ俯くように寄り掛かった。

 

「それでも、私に決めろって言うのね」

 

「ルイズ。私は・・・」

 

そう言いかけてから、リウスはぐっと黙った。

 

今、ワルドへの疑いを伝えて何になる。

本当にワルドが敵の内通者かなんてまだ分からないのだ。

 

ルイズを本当に愛してくれて、結婚まで考えているだけなのだとしたら。

いくら幼稚であったとしても、ずれた行動だったとしても、あの立ち合いはただルイズのことを想ってのことになるのだ。

 

ワルドは確かに怪しいが、何も証拠なんてない。

考え過ぎってこともあるし、むしろそっちの方がいいとリウスも思っていた。

 

ルイズの婚約者で、小さな頃から憧れていた存在。

ギーシュくんだって憧れの眼差しを向ける魔法衛士隊の隊長。

そんな人が裏切り者だったとしたら、この子はどれほど悲しむのだろうか。

 

もし、万が一ワルドが裏切り者だったとしたら、その時は私が何とかすればいい。

 

リウスは夜空に浮かぶ美しい月をふと見上げた。

 

幼い頃から見てきた月と、今この世界に浮かぶ月はとてもよく似ている。

凍えるような空で、いつもと変わらずに輝き続ける月。

 

こんな空の下で後悔を思い出して眠るなんて、もう私はごめんだ。

 

「ルイズ、下に行きましょう。風も冷たくなってきたわ」

「・・・先に行ってて」

 

ルイズはベランダの手すりに俯いたまま、落ち込んだような声を出した。

 

 

 

リウスは何も言えずに、しばらくの間ルイズを見つめていた。

 

そしてその姿から目を離して扉へ向かおうとするが・・・、ふと何かに違和感を覚えてぴたりと動きを止めた。

さっきまで見えていたものが、見えていなかったような・・・。

 

「っ! ルイズ!」

「何よ、先に行ってって・・・、きゃっ!」

 

振り返ったリウスはルイズの肩を抱きかかえると部屋の中へ飛び込んだ。

ゴロゴロと二人が部屋を転がった瞬間、大きな影が通り過ぎてさっきまで二人のいたベランダを粉々に砕いていた。

 

リウスはすぐさま立ち上がると、ルイズを庇うようにしながらベランダの外を睨み付ける。

 

 

既に、月は見えなくなっていた。

そこには、かつて見たことのある巨大な影の輪郭が立っていたのだった。

 

 


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