Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第三章
第四十一話 いつかの夢 6つ目


ふと気付くと、リウスは暗い部屋の中にいた。

 

広々とした部屋には上等な家具や暖炉が置かれている。

ついさっきまで使われていたのか、部屋の中には入れたばかりの紅茶の香りや甘いスープの匂い、焼き立てのパンの香りが漂っていた。

 

そこはかすかに見覚えのある部屋だったが、一体どこでこの部屋を見たのか、思い出すことはできなかった。

 

「・・・ルイズ? ・・・デルフ?」

 

リウスが弱々しい声で呼びかけるも、返ってくる言葉はない。

 

しかし、部屋の扉がきいっとゆっくり開いた。

見ると、先の部屋からは朝日のような明るい光が差し込んでいる。

 

リウスは奇妙な感覚を覚えながらも、怯えた感情を静めつつ、その部屋へと足を踏み入れていった。

 

 

入った部屋の中、閉め切られた大きな窓からは青々とした庭が見えていた。

どうやらこの部屋は一階にある居間なのだろう。先程の部屋と同様に、高価な家具等が置かれているようだった。

 

そしてリウスは、その窓へと静かに近付いていった。

 

外には、人がいた。

銀髪の男性に、薄い桃色髪の女性や少年、白髪の老人に年老いた老婆、クリーム色の髪をした少女。

そして、濃い桃色髪をたなびかせているルイズ、キュルケやタバサ、ギーシュやシエスタもいる。デルフリンガーもルイズの傍に立てかけてあった。

 

どうやら広い庭でピクニックでもしているようで、皆は庭に置かれたテーブルを囲んで食事をしている。

広げられたテーブルクロスには、ふっくらとしたパンや瑞々しいサラダが並んでいた。

 

「父さん・・・、母さん・・・、みんな・・・」

 

銀髪の男性は、懐かしい父の姿だった。

母も先生もおばあちゃんも、エミールもカトリーヌもいる。

 

庭にいる全員が楽しそうに笑顔を浮かべてお喋りをしていた。

リウスはその光景の違和感すら忘れて、嬉しそうに顔をほころばした。

 

「よかった・・・」

 

そしてリウスはそっと窓を開けようとしたが、鍵がかかっているのか、その窓は開かなかった。

がちゃがちゃと窓を開けようとしても、窓は一向に開かない。

窓の外にいる皆はこちらに全く気付いていない様子のままだった。

 

焦ったリウスが窓の鍵を探し、もう一度外を見る。

しかし、日の光に照らされた外にはもう誰もいなかった。

 

 

それに気付いた瞬間、外の光はふっと消え、そこには満月に照らされた庭がひっそりと広がっているだけだった。

 

 

「・・・あ、あれ?」

 

そして、リウスはハッと気が付いた。

 

部屋の中から綿をナイフで突き刺すような、奇妙な音が聞こえてきている。

 

背後から聞こえる音に、リウスは固く身を強張らせた。

何故か身体が動かない程の恐怖を感じ、耳を塞いでうずくまってしまいたくなる。

 

ごくりと生唾を飲んで、リウスはゆっくりと音のする方へと振り返った。

 

 

背後、部屋の隅には、誰かが跪いていた。

 

その手には鈍く光る短剣が握られ、一心不乱にそれを振り下ろしている。

振り下ろされている何かは、ぬいぐるみだろうか。

 

 

 

「運命は・・・いつも・・・」

 

 

 

その人影が小さく声を出した。その声に、リウスは短く悲鳴を上げる。

そのままリウスが後ずさって背を窓に預けた時、リウスは自分の身体が小刻みに震えていることに気が付いた。

 

 

「お前は・・・望んでいた・・・。望んでいたから・・・」

 

 

「い、嫌・・・。わ、私は・・・」

 

 

「お前が悪いんだ・・・。全部、皆いなくなったのは、お前のせいだ・・・」

 

 

「わ、わたし・・・は・・・」

 

 

人影が勢いよく顔を上げた。

一瞬、月明かりに映された薄桃色の髪が見えた気がした。

 

 

「忘れるな・・・! 憎しみを忘れるな・・・! 報いを忘れるな・・・!」

 

「いや・・・いやだ・・・!」

 

 

恐怖のあまりにリウスは目を固く瞑って、両手で耳を塞いだ。

しかし耳を塞いでいても、声はすぐ傍から聞こえてきている。

 

 

「お前は望んでいた! 理由を望んでいた!! もう一度繰り返せ!! それは、すべて――」

 

 

 

「「わたしが生き続ける目的となる!!!」」

 

 

 

 

「いやああああああああああ!!!」

 

 

 

 

その重なった二つの声にリウスは力の限り叫んだ。

 

恐怖に身を預け、蹲りながら耳と目を固く閉ざしていた。

 

 

どれほどそうしていたのだろうか、気付くと周りは濃い霧に包まれたように、真白い景色となっていた。

 

 

「これが、君だ」

 

 

静かな口調で誰かが語りかけてくる。

びくりと身を震わせたリウスがゆっくり顔を上げると、そこには静かな青い目をした金髪の青年が立っていた。

 

「あ、あなた・・・は・・・?」

「全てが歪んでしまった。あるべきものは、あるべき場所に戻さなければならない」

 

青年はリウスを見下ろしながら、静かな口調で続けていく。

 

「君は、多くの者に影響を与えすぎた。記憶を変える必要すらあるんだ」

「こ、答えて。あなたは、だれ?」

「・・・このままでは危険だ。失う前に、後悔する前に、君は選択を迫られていることに気付くことだ。

そして時が来れば、君達にはもう一度伝えなければならないだろう」

 

金髪の青年はそう言い残し、ゆっくりと霧に紛れるように消えていく。

 

「全てが終わった後、どうするかは君次第だ」

 

そのまま、リウスも霧の中に飲み込まれていく。

視界は次第に真っ白になっていき・・・、その内にリウスの意識すらも白い霧に紛れ、静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ス。リウス」

 

リウスはぱっと目を開けると、心配そうな様子のキュルケが顔を覗き込んでいた。

 

「大丈夫? うなされてたわよ」

 

短く息が切れて、体中に冷や汗が流れていた。

何の夢を見ていたかは分からないが、ひどく、恐ろしい夢だった気がする。

 

いや、それよりも自分はニューカッスル城に・・・。

 

「キュルケ・・・、何で・・・。ここは・・・?」

 

リウスはキュルケの膝を枕に眠っていたようだ。

身を起こして周りを見回すと、そこは空の上だった。

 

タバサのシルフィードに乗っているのだろう、身を起こした周りにはタバサやギーシュが座っており、ルイズは横でキュルケに抱かれながら眠っているようだった。

 

「ここはトリステインの上空よ。シルフィードに乗って王宮に向かってるの。まあ、驚くのも無理ないわね」

「ど、どうやって・・・?」

「ギーシュの使い魔が、ニューカッスル城だっけ? あそこまで抜け穴を掘ってってくれたのよ。アンリエッタ姫の指輪の匂いを辿って、だったっけね?」

 

キュルケがギーシュを見ると、ギーシュがすさっと薔薇の杖を片手にポーズを決める。

 

「『土くれ』のフーケとの一戦に勝利した僕たちは、寝る間も惜しんで二人の後を追いかけたんです。いやあ、あの時の戦いを二人に見せたかった! 何と言ったって僕の錬金が・・・」

「フーケはいなくなってて、いたのは巨大ゴーレムだけ。それよりも・・・、怪我の調子は?」

 

長くなりそうだと感じたタバサが即座に話を変える。

不満そうな顔を浮かべたギーシュも、すぐさまリウスの体調を心配し始めた。

 

リウスが右腕に目を落とすと、そこには真っ白い包帯が巻かれていた。

 

「治療してくれたの? ありがとう、痛みもマシになってる」

「それならいい。応急手当だけだから、出来れば王宮のメイジにも見せた方がいい。ひどい怪我だった」

 

タバサはそう言うと、話は終わりとばかりにくるりと正面へ向き直った。

すると、ギーシュがハッとする。

 

 

「そ、そうです。姫様の任務は? ワルド子爵は?」

 

 

リウスは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

 

「ウェールズ様には会えて、任務は無事完了したわ。でも、ワルドは裏切り者だった」

「裏切り・・・?」

 

ギーシュは信じられないといった表情のまま固まっている。

しかしキュルケは何となく納得したように肩をすくめた。

 

「そっちはそっちで色々あったのね。よく分からないけど」

 

そうしていると、ルイズがゆっくり起き上がった。

寝ぼけ眼のままで辺りをきょろきょろと見回している。

 

「ここ、どこ?」

 

先程と同様の説明をキュルケがしている中、次第にシルフィードが高度を下げ始める。

眼下には、トリステイン王宮が見え始めてきた。

 

翼のある大きな獣に跨った兵士たちが、王宮上は飛行禁止であると言い放つも、まるで無視するかのようにシルフィードは王宮の中庭へと降り立った。

 

そして周りを取り囲む兵士達に対し、地面に下りたルイズやギーシュが事情を説明していくのだった。

 

 

 

 

 

「ああ、ルイズ! 二人とも、無事に帰ってきたのですね・・・!」

 

ルイズとリウスはアンリエッタと共に謁見の間へと足を運んでいた。

先程までマンティコア隊の衛士たちと押して引いての問答を続けていたのだが、中庭に現れたアンリエッタによってごくあっさりと謁見が許されたのだった。

 

ギーシュ達三人を待合室に残し、ルイズはアンリエッタと再会の抱擁を行なっていた。

 

「それで・・・、任務は、どうなったのですか?」

 

二人はひしと抱き合った後、ルイズは旅の顛末を説明していく。

 

 

キュルケ達との合流、陸と空の賊達が襲撃してきたこと、ウェールズとの邂逅、そして・・・。

 

 

 

「そう・・・ですか。ワルド子爵が・・・」

 

任務は達成され、トリステインにとって命綱であるゲルマニアとの同盟は無事守られた。

しかしアンリエッタは涙こそ見せなかったものの、ルイズの話を受けて悲嘆に暮れている。

 

「まさか、子爵が裏切り者だったなんて・・・。そして、ウェールズ様はやはり王家に殉じたのですね・・・?」

 

ルイズは何も言えずにこくりと頷いた。

 

先程の話の中では、ウェールズ皇太子を殺したのがワルドだということを伏せてあった。

それはアンリエッタへの裏切りなのかもしれないが、ルイズは大切な友人へそれを伝えたくはなかったのだ。

 

言えばきっと、アンリエッタはワルドを送り込んだ自分自身を責めてしまうだろう。

そう考えて、ルイズが決断したことだった。

 

「・・・あの方は、手紙を最後まで読んでくれたのでしょうか」

 

ルイズは悲痛な面持ちをしながらも頷いた。

 

「はい。ウェールズ皇太子は、姫様の手紙を最後まで読んでおられました」

「・・・ならば、ウェールズさまはわたくしを愛しておられなかったのね」

 

その悲しそうな独白にルイズは何か言おうとするも何も言えなかったが、代わりにリウスが口を開いた。

 

「姫様。ウェールズ殿下より言伝を預かっております」

 

アンリエッタが、ついとリウスを見る。

 

「決戦の前夜に殿下とお話しをさせて頂いた際、姫様へお伝えするように言われていたことです」

 

リウスはアンリエッタの顔をそれ以上見ることが出来ず、少し目線を下げて続けた。

 

「『君を愛していた。そして、僕を忘れてくれ、幸せになることを願っている』と」

 

その言葉に、アンリエッタはしばらく俯いたまま黙っていた。

 

「・・・ありがとうございます、リウスさん。勇敢に戦い、勇敢に死んでいく。殿方の特権ですわね・・・。愛してくれているのなら、一緒にいて欲しかったのに」

 

リウスはぐっと感情を押し殺しながら口を開く。

 

「殿下は、姫様の無事を強く願っておられるようでした。万が一にも、自分の行動で姫様を害することがあってはならないと、仰られておりました」

「そうですか・・・。ウェールズさまらしい、ですわね」

 

アンリエッタはそう言って少しばかり沈黙すると、そっと目端に浮かんだ涙を拭ってルイズとリウスの手を握った。

 

「ありがとう、二人とも。わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれました。我が国はゲルマニアと無事同盟を結ぶことができるでしょう。これで、簡単にアルビオンも攻めてくる訳にはいきません。危機は去ったのです」

 

アンリエッタは努めて明るい声を出しながら、にこりと笑った。

ルイズはポケットからアンリエッタにもらった水のルビーを取り出した。

 

「姫さま、これをお返しいたします」

 

しかしアンリエッタは短く首を振った。

 

「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」

「こんな高価な物、いただくわけにはいきませんわ」

「忠誠には報いるものがなくてはなりません。いいからとっておいて、ルイズ」

 

ルイズは深々と頭を下げると、それを細い指に嵌めた。

その様子を見ていたリウスは、懐から小袋を取り出し、その中から輝く指輪を手に取った。

 

「姫様、こちらを」

「これは・・・」

 

アンリエッタはその指輪に目を大きく見開いた。

 

「ウェールズ殿下からお預かりした風のルビーです。貴方に渡して欲しいと」

 

アンリエッタは受け取った風のルビーをそっと指にはめた。

アンリエッタにはゆるゆるだったが、アンリエッタが短く呪文を唱えると、指輪のリングが窄まり、薬指にぴたりとおさまった。

 

そのまま風のルビーを愛おしそうに撫でて、アンリエッタはリウスへと笑顔を向けた。

 

「ありがとうございます。二人はこのまま学院に帰るのでしょう? せめて、ここのメイジから傷の治療を受けてください。傷跡ひとつ残さずに治せるはずですわ」

 

 

 

 

 

自分の居室の窓辺に立って、アンリエッタは飛び立っていくシルフィードを物憂げに眺めていた。

 

先ほどマザリーニ枢機卿への報告と相談を終え、ゲルマニア皇帝との婚約が滞りなく進んでいることを知った。

そして誰にも入らないように命じたその部屋で、アンリエッタはようやく一人の少女へと戻ることができたのだった。

 

アンリエッタは力なくソファへと座り込む。

そしていつの間にか握っていた両手をそっと開くと、そこには風のルビーが美しく輝いていた。

 

「・・・忘れてくれ?」

 

この指輪は、唯一つ残ったウェールズの形見だった。今回の任務の手紙も、それ以外の手紙も、もう全て処分してあるからだ。

 

リウスによると、ウェールズは自分を愛してくれていたという。

 

それでも、忘れてくれと。幸せになって欲しいと・・・。

 

 

アンリエッタはルビーを両手で握り込むと、俯いた額に強く押し当てた。

 

その間にも、かつての恋人との思い出がアンリエッタの心を無数に駆け回っていく。

 

 

「忘れられる・・・訳がっ・・・!」

 

 

震える声でアンリエッタはそう呟いた。

徐々に、押し込めていた悲嘆が堰を切って溢れ出していく。

 

 

「・・・ぅ・・・う・・・うぅうぅぅう・・・!! ウェールズさまぁああぁぁ・・・・!!」

 

 

誰も踏み入ることのできない部屋の中で、少女はひとりいつまでも泣き続けていた。

 

 


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