Double Servant -Poetry of Brimir- 作:ねずみ一家
奥深い森の中、うらぶれた寺院が見える草陰で、数人の人影がぼそぼそと話し合っていた。
「・・・やりたいんなら、やらしてみてもいいんじゃない? この人数なら失敗しても問題なさそうだわ」
「・・・まあ、お手並み拝見かしらね。引きつけてくれれば一網打尽にできるし。失敗したらそれまでだけど」
「・・・さ、散々な言いようだね。いけるさ、多分だけど・・・」
人影が三つに分かれ、少ししてから爆発音が鳴り響いた。炎の塊が寺院の横の木に直撃したのだ。
それまでは明るい陽の光に照らされた、牧歌的な風景を思わせる寺院だったが、すぐさま豚の鳴き声のような恐ろしい呻き声が寺院の中から響きわたった。
どたどたと寺院から飛び出してきたのは、オーク鬼の群れだった。
二メイル程もある巨躯に、獣から剥いだ皮を身に纏っている。
醜く太った身体は常人の数倍の体重を誇り、一匹につき並みの戦士が五人必要とも言われる亜人だった。
ぶくぶくとした人並み外れた身体に豚の頭が乗っかっているその姿は、まさに二本足で立ち上がった巨大な豚という形容がふさわしい。
燃え盛る木を目にしたオーク鬼たちは激昂した雄叫びを上げ始めた。
侵入者を群れの仲間に伝えているのだろう。次から次に寺院から飛び出してきたオーク鬼達は十匹ほど。
その先頭に立ったオーク鬼が、ゆらりと立っている人影に目を止めた。
青銅の剣と盾を携え、青銅の鎧に身を包んだ三匹の人間。
オーク鬼たちは色めき立って威嚇の声を上げ始めた。
火をつけた侵入者がいる。きっとあの人間達である。人間は敵であり、エサである。
疑いすらせずにオーク鬼達はその人間達に突進し始めた。
獲物は早い者勝ちだ。相手はたったの三人だ。そもそも人間なんてエサにすぎないのだ。
勝利を確信していたオーク鬼たちは勢いよく突進し、そのままいきなり空いた大穴に勢いよく落ちていった。
驚愕の声を上げて止まろうとするオーク鬼もいたが、後続に押されて次から次に穴の中へと落ちていく。
それでも数匹が何とか踏みとどまった時、その穴へ青銅の人間達が飛び込んでいくのが彼らの濁った目に映っていた。
その瞬間、人間達の青銅の鎧が花びらに覆われていった。そのままどろりと黒光りする液体に変わったかと思うと、草陰から帯状になった炎が飛び出してくる。
その炎が穴に直撃した瞬間、穴から巨大な火柱が吹き上がった。
オーク鬼達の叫び声が辺りに響きわたる。
それと同時に、いつの間にか現れた青銅の人間達が残るオーク鬼の一匹に細長い槍を突き立てていた。
四つの槍に貫かれたオーク鬼は混乱と驚愕の叫び声を上げて、ぐらりと体勢を崩し・・・。
すぐさま体勢を立て直すと、手に持った棍棒で四つの青銅の人間を吹き飛ばした。
「あーらら、やっぱり」
物陰に隠れていたキュルケは予想通りとばかりに溜め息を吐いた。
あんな槍くらいでは、オーク鬼の厚い脂肪や筋肉を貫くことが出来なかったのだろう。
何とか破壊を免れたギーシュのゴーレムは負けじと戦おうとするも、オーク鬼達が振り回す棍棒によって次々と破壊されていく。
「あああ! 僕のワルキューレが!」
ゴーレムが残らず破壊される中、更に遅れて寺院から数匹のオーク鬼達が飛び出してきている。
がっくりとうなだれるギーシュの肩に、ぽんとリウスが手を置いた。
「ここまでね。でも良い感じだったじゃない。じゃあ残りは私達で何とかするわ」
「気を付けろよ相棒。あいつら怒りまくってるぜ」
分かってる、と引き抜いたデルフリンガーに返しつつ、木の陰からリウスはひとりオーク鬼達の前に姿を現わした。
新しく現れた人間の女にオーク鬼たちは怒りと歓喜の雄叫びを上げ始める。
たくさんいた仲間たちは半分近くも炎に焼かれてしまった。
きっと相手はメイジだが、現れたのは鎧すら着ていない人間の女だ。
長らくメイジとの戦いに身を置いてきたこのオーク鬼の群れは、メイジという存在がいかに危険であるか、そしていかに接近戦に弱く、脆い存在なのかを認識していた。
オーク鬼達の頭には仲間の仇を討つなどといった感情は既に無く、目の前の旨そうな獲物を誰よりも先に手に入れるという原始的な欲求のみとなっている。
そして獣の雄叫びを上げて突進を開始したオーク鬼たちを、リウスは手慣れた様子で静かに見つめていた。
奴らに指揮系統は無し。
罠も魔法も飛び道具も無ければ、工夫も無し。
ただ人間の女子供を好み、人里を襲うモンスター。
先頭にいるオーク鬼の首飾りが遠目に見える。
荒縄で繋がれた、人の頭骨を繋いで作った首飾りだった。
同じ戦うでも、人間相手よりは幾分か気が楽だ。
リウスはそう思いながら右手に握ったデルフリンガーを肩に預けた。
「ファイアーウォール」
リウスが左手を振るうと、ぼうんと先頭にいたオーク鬼の目の前で炎の壁が立ち現れた。
一匹のオーク鬼が炎の壁に突っ込み、悲鳴を上げて地面をのたうちまわっている。
「ファイアーボルト」
更にのたうつオーク鬼へ向けて複数の炎の矢が勢いよく降り注いでいく。
それを受けて、後続のオーク鬼たちは巨体には似合わない機敏な動きで炎の壁を迂回してきていた。
しかしその瞬間、右方から大きな炎の塊と爆発が、左方からは十数本もの氷柱の槍がオーク鬼達に襲い掛かった。
キュルケの『フレイム・ボール』に、ルイズの爆発魔法、そしてタバサの『ウィンディ・アイシクル』である。
炎の壁を迂回したために突進の速度が緩やかになっていたので、横から突如襲い掛かった魔法にオーク鬼達はなす術もなく巻き込まれた。
更に続く無数の魔法を受けた彼らはその威力に耐え切れず、次々と地面へ倒れ伏していく。
それでも二匹のオーク鬼が仲間の躯を盾に魔法の雨を突破してきた。どうやら最後のオーク鬼達のようだ。
リウスは、ゆっくりとデルフリンガーを両手で構え直す。
あともう少しでオーク鬼の棍棒が届くかというところで、リウスは静かに詠唱を完了させた。
「ヘブンズドライブ」
突然地響きが鳴り響き、オーク鬼たちの身体がびたりと止まった。
傷付き怒り狂ったオーク鬼達は自分の意に反して停止した自身の身体に混乱していたが、気付くと全身へ尖った石の柱が斜めに突き立っている。
怒りのあまり痛みが無くなっているのか、それでも動こうともがき始めていた。
そしてもう一度怒りにまかせて雄叫びを上げようとしたが、空を切る風切り音が聞こえると、もうそれすらも出来なかった。
二匹のオーク鬼達はずり下がっていく自分の視界に、訳も分からないままその意識を途絶えさせていくのだった。
その夜、旅の一行は寺院の中庭で焚火を囲んでいた。
シエスタが焚火にくべられた鍋でシチューを作り、リウスやルイズ、キュルケやタバサがお喋りをしながらその手伝いを行なっている。
いつも通りキュルケがルイズをからかい、シエスタやリウスがルイズをなだめたり話題を変えたりしながらわいわいと晩御飯の用意が進んでいた。
そんな一行から少し離れた場所で座り込んでいたギーシュは、少し疲れた様子を隠しもせずに恨めしそうな顔で口を開いた。
「はーあ。まさか『炎の黄金』とやらがこんな安物のネックレスだとはね・・・」
鈍色に光るネックレスを見やるギーシュの脇には、ヴェルダンデと、キュルケのサラマンダーが寝そべっている。
その後ろには巨体を上手に丸くしているシルフィード。
ギーシュの頭越しにもぐもぐきゅるきゅるきゅいきゅい話しているのがまるでギーシュを慰めているようにも見え、なんだか微笑ましい光景である。
「ぶつくさ言わないの。だから言ったじゃない。『中には』お宝もあるかもしれないって」
このお宝さがしの提案者であるキュルケの言葉に、ギーシュは非難ごうごうである。
「それにしてもひどすぎる! 地図に書かれたお宝とやらで、見つかったのは一枚だけじゃないか! 廃墟や洞窟は化け物や猛獣の巣窟になってるし! 苦労してそいつらをやっつけて、手に入れた報酬がこれじゃあ割に合わんこと甚だしい!」
そう言っているのは、七枚あった宝の地図の内、二枚目が当たりだったのである。
確かにお宝があると書かれていた場所で見つけたのは銅貨が数枚入ったチェストだったのだが、冒険に慣れているリウスが見つけた本当の隠し場所で、十個ばかりの小さな宝石と数十枚の古い金貨を見つけたのだった。
それに味をしめて意気揚々と他のお宝を探したのであるが、残りの地図で見つかったのは安物の装飾品やガラクタばかりだったのはご愛嬌だ。
「でもギーシュくん、最後のオーク鬼は良い感じで戦えてたわよ。武者修行だと思えばいいんじゃない?」
「そもそも、そんな簡単に『伝説の秘宝』なんて見つかるもんですか。ツェルプストーの持って来た地図なんだからインチキが多いのなんて分かり切ってたわ」
それを聞いたキュルケがにやりと笑う。
「あーらルイズ。さっきのチェスト見つけた時なんて、きゃあきゃあ言いながら開けてたじゃないのよ。楽しそうにしてたのはどこの誰なのかしらね」
顔を赤くしてどもりながら言い返すルイズと、手を替え品を替えルイズをからかうキュルケ。タバサはといえば我関せずとばかりにシエスタの手伝いを続けている。
まるでピクニックのように明るい雰囲気の中、ギーシュは頭で思い描いていたお宝の山を発見する自分の姿に大きくバツ印を付けていた。
このお宝さがしは予想よりもはるかに早いスピードで進んだため、まだ学院を出発して四日程しか経っていない。
疲労もそんなにある訳じゃないし、損どころか得しかしていないのであるが、二枚目のお宝で膨らみすぎた期待を思うとどうにも溜め息を吐かざるを得ないのである。
ギーシュはそのままヴェルダンデに抱きつきながら、人知れずぶつくさと文句を言っている。
しかし使い魔同士の会話に水を差されたのか、若干嫌そうにしているヴェルダンデの様子にリウスはくすりと笑った。
「はい、出来ました!」
シエスタが焚火にくべた鍋からシチューをよそって、めいめいに配り始める。
良い匂いが鼻孔をくすぐる。
のそのそとヴェルダンデから離れたギーシュもがっつくようにシチューを食べ始めた。
「こりゃうまそうだ! って本当に旨いじゃないかね! こりゃいったい何の肉だい?」
「野うさぎですよ。皆さんが戦う前に罠を仕掛けておいたんです」
美味しい旨いと思いのほか好評だったシチューにシエスタはほっと胸を撫で下ろす。
さっそくお替りを要求するタバサへ、シエスタが慌てて新しくシチューをよそった。
「それにしてもハーブの使い方が独特ね。見たことない野菜もたくさん入ってるし、これは何ていうシチューなの?」
キュルケが見慣れない野菜をフォークで突つき回しながら言った。
「わたしの村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです。食べられる色んな山菜が入ってるので栄養満点ですよ」
シエスタは鍋をかき混ぜながら説明する。
「父から作り方を教わったんです。父はひいおじいちゃんから教わったって言ってました。今では村の名物ですよ。
他にもおじいちゃんから教わった名物料理もあって、わたし大好きなんです。村でご馳走しますね」
一行の最後の目的地は、シエスタの故郷でもあるタルブ村だった。
偶然キュルケが持ってきた宝の地図に、『竜の羽衣』というお宝があったのだ。
そして宝さがしのルートを決めている際にシエスタが『竜の羽衣』のあるタルブ村出身だと聞いたので、シエスタの里帰りも兼ねて最後の目的地として定めていたのである。
「それは楽しみだわ。どんな料理?」
もぐもぐとシチューを頬張るリウスに、シエスタがはにかんで答える。
「おじいちゃん特製のスペシャルトーストです。お肉と果物を焼き立てのパンに挟んで、甘いソースと辛いソースにハチミツを塗った料理なんですよ」
シチューの味が気に入ったのか、ルイズも期待に満ちたまなざしをシエスタへ向けた。
「へえ、美味しそう。でもなんか、これでもかって感じの料理ね」
「これがまた本当に美味しいんです。きっとミス・ヴァリエールも気に入ると思いますよ。本当はハチミツじゃなくてローヤルゼリーを使うらしいんですけど、私はハチミツ入りの方が甘くって好きだなあ」
新しくシチューをよそってもらったギーシュが驚いた表情を浮かべている。
「へええ、ローヤルゼリー。それはまた凄いもんだね。おじいちゃんは何をやってた人だったんだね?」
ローヤルゼリーと聞いて、キュルケやギーシュだけでなくルイズも興味津々な様子だった。
ハチミツとローヤルゼリーは同じミツバチの巣から採取されるが、その内容は似て非なるものである。
ハチミツは働き蜂が食すハチたちの保存食だが、ローヤルゼリーは女王蜂だけが食べる特別なものだと知られていた。
一つの巣から採取される量も微量である上に、万能の薬としても重宝されるという非常に高価な食材であるのだった。
「おじいちゃんは『冒険者』っていう、冒険を生業にしてた人だったって聞いてます。村に来てからは冒険に出かけないで村の仕事をしてたんですけど、私に色んな冒険の話を聞かせてくれて。私もおじいちゃんみたいな冒険がしたいってずっと思ってたので、今回連れてきてもらえてとっても嬉しいんです」
照れくさそうにシエスタが答える中、リウスとルイズは顔を見合わせていた。
キュルケが興味深そうな顔で口を開く。
「冒険を生業、ってのは珍しいわね。というかあまり聞いたことないわ。秘薬を集めたり、秘境に行ったりする人は商人だったり学者だったりするし・・・。傭兵とも違うのよね。宝さがし専門ってことなのかしら」
「シエスタ。おじいちゃんはどこの出身だったの?」
リウスは少し真面目な顔で問いかけた。
「ええっと、遠い場所って聞いてますけど、どこだったかな・・・。あ、空中に浮いてる都市出身だって言ってたので、もしかしたらアルビオンじゃないかなって思います」
ルイズは考え込むリウスをちらりと見て、シチューを一口啜った。
「リウスも冒険者なのよ?」
シエスタはぱちくりと目を瞬かせたが、途端にぱあっと明るい顔になった。
「ええっ、そうだったんですか!? わああ、なんか運命を感じちゃいます!」
「あら、そうだったの? そういえば前言ってたような・・・。道理で宝さがしに慣れてるはずだわ」
「でも、学者だとも言ってた」
タバサの呟きにリウスは笑って答えた。
「学者だけど、冒険者でもあるのよ。それにしても、おじいちゃんがね。
ね、シエスタ。おじいちゃんから聞いた冒険のお話を聞かせてもらってもいい?」
「いいですよ。ちょっとうろ覚えなんですけど、それでも良ければ。えっと、どの話にしようかな・・・」
そうして一行はシエスタの語る冒険談を聞きながら、美味しいシチューと共に賑やかな夕食を過ごしていくのだった。
その夜、リウスは寺院の中庭で寝ずの番を行なっていた。
お腹がいっぱいになった他の一行は、既に寺院の中にギーシュが作った寝台でぐっすりと寝入っている。
寝ずの番とはいえ、寺院の近くにはヴェルダンデやサラマンダー、シルフィードも眠っているため、それほどの危険があるとは思えない。
一応油断は禁物なので、今日はリウス、ギーシュの順に周囲の警戒を続ける予定である。
渇いた薪を焚火にくべていたリウスは、寺院の中から現れた寝巻姿の人影へと目を向けた。
「リウスさん、お疲れ様です。ちょっと焚き火に当たってもいいですか?」
「もちろん」
現れたのはシエスタである。
シエスタはざんばらに下ろした黒髪を手ぐしで整えると、ゆっくりとリウスの横に腰を下ろした。
「どうしたの? 眠れないの?」
もう一度細い木の枝を折って、リウスが焚火にくべる。
「あの・・・、おじいちゃんのことで、リウスさんとお話ししたくって。もしお疲れじゃなければ・・・」
「いいわよ。私も聞きたいって思ってたところ。ちょうど暇してたところだからありがたいわ」
リウスは水の入った皮袋をシエスタに手渡す。
受け取った皮袋に口をつけてから、おずおずとしながらもシエスタは話し始めた。
「ありがとうございます、他の貴族様がいるところでは話しにくくって・・・。
えっと、まず、おじいちゃんはとても不思議な人だったんです。昔、おじいちゃんが来た時のことを知ってる人に、聞かせてもらったお話があって」
揺らめく焚火の明かりが二人を照らす中、リウスはシエスタに向き直った。
「ある日、おじいちゃんはタルブ村にふらっと訪れたみたいなんです。その時、村では亜人やオオカミの被害が多くって、数日泊めてもらう代わりにおじいちゃんがその見張りを買ってでたらしいんです」
シエスタは昔聞いた話を思い出しながら訥々と続けていく。
「村では人手が足りてなくって、不審だけど誠実そうだったので受け入れたらしいんです。この話を教えてくれた人もおじいちゃんと一緒に見張りをしていた人でした。
それである日の夜、村で家畜が襲われたそうなんです。現れたのはオーク鬼の群れで、とても村の人だけで対処できる数じゃなかったみたいなんですが・・・。おじいちゃんはそのオーク鬼たちを簡単に撃退してしまったんです」
「凄いわね。どうやって?」
もじもじとしながら、シエスタは口を開いた。
「あの・・・、魔法を使ってたって聞きました」
リウスは特に驚いた顔もせず、納得したように皮袋の水を一口飲んだ。
「なるほど。だから話しにくかったってことね」
「・・・そうなんです。当時は怖いオーク鬼の群れを一人で倒しちゃうなんて、おじいちゃんの冒険の話と同じであまり信じていなかったんです。
でも、皆さんの戦いを見ていて思いました。もしかしたら、おじいちゃんは皆さんのような、強いメイジだったんじゃないかなって」
「シエスタの家族はメイジの血を引いているかも、ってこと?」
「はい・・・。でも、私の家族に魔法を使える人がいる訳でもないんです。なので正直なところは、分からないんですが」
シエスタが言葉を終えると、リウスは片膝を立てながら少し考え込んでいる。
その横顔を見ていたシエスタは、どきりとした。
やっぱりどことなく、この人とおじいちゃんにはとても似ているところがあるように見えたのだ。
そう考えていると、髪の色こそ違うものの顔立ちがどことなく似ているようにも思えてしまう。
シエスタがどきどきしながらリウスの横顔を見つめていると、リウスはシエスタへとその顔を向けた。
「・・・冒険者ってこと以外に、何をやってたか聞いたことはある?」
「・・・あ、はい。でも本当にうろ覚えで・・・。確か、えっと・・・、サッジ?とかなんとか・・・」
「セージ?」
リウスの問いかけにシエスタが目を丸くする。
「そ、そうです。セージって言ってた気がします」
「そう。やっぱり」
シエスタは丸くしている目をますます丸くした。その表情を見たリウスは小さく笑う。
「私もセージだもの」
「えっ・・・、そうなんですか?」
夕食の時、リウスはシチューを食べながらシエスタの話を聞く中で、ある一つの確信を得ていたのだった。
シエスタの語る冒険のお話は、ハルケギニアに住む人にとって馴染みのない話ばかりだったようである。
砂漠の街の近くにある、石造りで巨大な三角形の建造物の話。
孤島の洞窟の奥にあるという海底神殿の話。
はるか昔に滅んだとされている廃墟の古城の話。
そして、天を突くかのような巨塔の地下に眠る、地に沈んだ遺跡の話。
聞いたこともない冒険談に、キュルケやギーシュ、ルイズやタバサですら冗談半分に面白がっていた。
しかし、その話はどれもリウスにとって馴染みのあるものである。
それどころか、リウスもその多くへ訪れたことがあったのだった。
「たぶん、シエスタのおじいちゃんは私と同じ場所の出身だと思うわ。実際に会ってみたかったわね」
シエスタの祖父はどうやってこの世界に来たのだろうか。リウスはそれをずっと考えていたのだった。
まだ仮定の段階ではあるが、リウスは『ユミルの心臓』を使ってこの世界に来たのだ。
それなら、もしかしたらタルブ村にも似たようなものがあるのかもしれない。
「シエスタの村に、おじいちゃんから伝わってるものとか無い? 例えば・・・、おじいちゃんが売らないように言ってた物とか」
おじいちゃんと同じ場所の出身だ、と聞かされて驚いた顔をしていたのだが、リウスの言葉にシエスタはますます驚愕の色を濃くしている。
シエスタは迷いながらも興奮したような、紅潮した顔で答えた。
「・・・リウスさんの言う通り、私の家には二つ伝わっているものがあります。ミス・ツェルプストーの地図にある『竜の羽衣』も、ひいおじいちゃんから伝わっているものなんです」
心なしかシエスタは少し恥ずかしそうな口調で言った。
しかし真面目な顔をすると、もう一度口を開く。
「もう一つは、私の家の人間以外、誰も知りません。おじいちゃんの私物が入った箱があるんです。
巻物だったり日記だったり色々残っているのですが、その内の一つは、おじいちゃんから『絶対に壊すな、絶対に家族以外には見せるな』って何度も言われました。でも、リウスさんになら見せてもいいかもしれないです」
リウスはシエスタの緊張が移ってしまったかのように、ごくりと唾を飲み込んだ。
「それはどんなもの?」
「えっと・・・。マジックアイテムらしいんです。少しだけ見せてもらったことがあって、その時はただの汚れた木の枝にしか見えませんでしたけど」
未だに半信半疑なのか、シエスタは自信無さげにもじもじとしながら続けた。
「おじいちゃんが言うには・・・、『恐ろしい化け物を召喚するマジックアイテムだ』って・・・」