Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第五十四話 Nostalgia

「うーん・・・。火・・・、火に対する感謝・・・」

 

学院の自室で、ルイズは一人もんもんと考えていた。

 

ルイズは机に置いた羊皮紙を前に、手に持ったぼろぼろの本をぱたぱたといじくっていた。手の中にあるのが国宝だということすら忘れているような雰囲気である。

 

リウスが言うには、この『始祖の祈祷書』は単なるガラクタではないだろうとのことだった。

本物かどうかは分からないものの確実にマジックアイテムの一種であり、何かの条件があるのか、今のままでは読めない本なのだという。

 

魔力の痕跡がどうのと言っていたがルイズにはよく分からなかったので、リウスの言葉を信じてはいるものの、他のことで頭が一杯だったルイズは何の気もなく『始祖の祈祷書』を手で弄んでいた。

 

ルイズが必死に考えているのは、アンリエッタの結婚式でルイズが詠み上げなければならない、式の詔だった。

宝さがしに夢中になるあまり、ルイズはその存在をすっかり忘れていたのである。

 

とりあえず頭に浮かんだ一文を羊皮紙に書き出してみる。

 

 

「・・・炎は、熱いので、気を付けること・・・」

 

 

これでどうだ、とルイズはその一文をもう一度読み直してみる。しかし、あまりピンとこない。

 

「・・・これは詩なのかしら」

 

なんというか、違う。というより、絶対に違う。

ルイズは疲れてしまった身体を伸ばしてから『始祖の祈祷書』をベッドに添えられた机へと置いた。

そのまま、ぼてっとベッドに横になる。

 

「何にも思いつかないわ。詩的になんて言われても・・・」

 

アンリエッタ姫の結婚式はもう五日後にまで迫っていた。

結婚式で述べる詔はある程度決まっている。決まっているのであるが、火に対する感謝・・・、水に対する感謝・・・、といった感じで四大系統に対する感謝の辞を言わなければならないのだ。

 

「・・・この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。畏れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る・・・」

 

ベッドに転がりながら、ルイズは流暢かつ気の無い声で式の言葉を読み上げてみる。

 

「炎は熱いので気を付けること・・・」

 

ムチャクチャだ。そう感じながら、ルイズは枕を抱きしめたまま足をばたばたとし始めた。

 

「もー、何で帰ってこないのよ!」

 

とはいえ、まだルイズ達ですらおととい帰ってきたばかりである。

ラ・ロシェールまでの距離を考えてもリウスが帰ってくるのはあと三、四日後くらいになる予定なのだった。

 

「リウスなら何とかしてくれると思うのに・・・」

 

ベッドの上でごろごろ転がりながら、ルイズはうーうー唸っていた。

 

 

このままじゃ詔なんて出来そうにない。それなら・・・、誰かに相談してみるとか・・・。

 

キュルケ。絶対に馬鹿にされる。却下。

タバサ。何を考えてるか分からないし、何て相談すればいいのか分からない。もしあの無口な感じで馬鹿にされたら立ち直れそうにない。

ギーシュ。たぶん詩のセンスがないだろうし論外。

モンモランシー。絶対に馬鹿にされる。

 

先生の誰か。呆れられるどころか怒られるんじゃないだろうか・・・。

 

事情を知っているとはいえ、オールド・オスマンに相談する訳にもいかない。そんなの迷惑極まりないし。

 

うんうん唸りながらルイズはそのまま、リウス、シエスタ、と考えていく。

 

シエスタは平民だが、それでも私よりもマシな詩を考えてくれそうな気がする。

しかし、二人ともまだタルブ村から帰ってきてはいない。

帰ってきてから聞けばギリギリ間に合わないこともないが・・・。

 

 

「わたし、人に頼ろうとしてばっかりだわ」

 

 

枕に顔半分を埋めながらルイズは呟いた。

そのままごろんと横になって自分の机の上を見る。

 

一対の木彫り人形、綺麗な木製の馬たちはまるで互いに戯れるかのような姿で机の上に置かれている。

 

「ダメじゃない、一人で考えないと。リウスはいてくれるって言ってたけど・・・。それでも、リウスだって・・・、いつかは・・・」

 

そこまで呟いて、少しだけルイズは涙ぐんだ。

しかしすぐに枕でわしわしと顔を拭いて、がばっとベッドから起き上がった。

 

 

「そうよ、一人で考えないとダメじゃないの! 人を頼るなんて姫さまに失礼だわ!」

 

 

そのままルイズはもう一度椅子に座り直した。

 

「サイアクの場合は、火はこれでいいわ。となれば次は水よ、水」

 

ルイズはそう考え直した。どちらしても全て考えなければならないのだ。それなら、今は私に出来ることをやっておくだけだ。

 

「えーと・・・。水は、流れるから、水浸しになります・・・」

 

調子が出てきたと言わんばかりに、ルイズの部屋に羽ペンの音が響き続けていくのだった。

 

 

 

 

その翌日、リウスはシエスタの家族へ、シエスタの祖父の私物について説明を行なっていた。

 

「これが『ヒール』のスクロールですね。少し深い程度の傷ならすぐに治るはずです。それで、こっちが素早く使える『ソウルストライク』のスクロールで・・・」

 

シエスタの祖父の私物には、例の日記のほかに、魔法の杖や普通の眼鏡、それにいくらかのスクロールが残されていたのだった。

『スタッフオブウィング』と呼ばれるその魔法の杖には風の魔法が封じ込られている。

とはいえリウスにとってはさほど使いこなせる装備ではないため、いざという時の資金源としてシエスタの家族に残すつもりでいた。

 

結局リウスが受け取ることにしたのは、シエスタの祖父がこの世界に持ってきてしまった『血塗られた古木の枝』だけである。

 

そのためシエスタの家族でも扱える魔法のスクロールについて説明を行なっていたのだが、説明をするリウスには若干の迷いがあった。

下手に使えば、これらは非常に危険なことになりかねない代物だからである。

 

「それで、これがさっきお見せした『アーススパイク』ですね。あの魔法のスクロールです」

 

「・・・この巻物をほどけば、さっきの魔法が使えるんですか?」

 

シエスタの父親はとても信じられないように目を丸くしていた。シエスタの母親も、シエスタも同様である。

 

「そうです。ただし慣れていなければ魔法を放つまで時間がかかりますし、これらは一度使うと二度と使うことができません。弓矢のようなものだと考えていただければ」

 

「・・・弓、ですか」

「これらのスクロールを『矢』だとすると、使う人間が『弓』になります。一度矢を放てば、もうその矢は戻ってきません」

 

シエスタの父も母も、シエスタも、リウスが何を言いたいのか理解できていた。

使い方を誤れば、自分たちをも危機に陥れる代物なのだと。

 

「オーク鬼程度であれば怯ませることが可能です。ただし、あくまで弓矢と同じような、怯ませる程度のものだと考えてください」

 

三人は戸惑いながらもこくりと頷いた。

リウスが説明は以上だと告げると、シエスタの父親が唸りながら口を開いた。

 

「・・・しかし、親父も凄いものを残していったもんだな。貴族様にゃ見せられねえわ」

 

「その通りだと思います。本当に使わなければならない場合にだけ使ってください。・・・どうしましょうか。一回だけ使ってみますか?」

 

これなら、とリウスは一つのスクロールに手を持った。

このスクロールは非常に低レベルの魔法が埋め込まれているので、他のスクロールに比べれば重要度は低いだろう。

 

「いや、やめときます。仰る通り本当に必要になった時に使うようにします。なんだか、変わっちまいそうで」

 

困ったような顔でシエスタの父親が笑う。

その表情を見たリウスは、少しばかり胸に痛みを覚えていた。

 

 

貴族だからこそ魔法を扱うことができる。

それがこの世界の常識であり、国々を成り立たせている根幹なのだ。

貴族と平民。その境を作っているのは魔法という力なのだから、シエスタの父親が使用を嫌がるのも当然だろう。

 

それでも、魔法の力が必要な時には使ってほしい。それがリウスの結論だった。

宝さがしで遭遇した亜人の群れのような、ああいった存在には望まずともこういった力が必要不可欠なのだ。

もちろん、使わないで済めばそれに越したことはない。

 

「では、また明日にあの箱だけ頂くことにしますので」

「ええ。あれは明日出発する際にお渡しします」

 

二人が言っているのは『血塗られた古木の枝』のことである。

 

あの魔法具は厳重に作られた小さい木の箱に入れられており、その箱の表面は『錬金』で作られた薄い金属によって覆われていた。

しかも、その三十サントにも満たない箱全体に強力な『固定化』の魔法がかけてある程の厳重っぷりである。

オールド・オスマンに事情を話せば、たぶん学院の宝物庫に保管してもらうことも可能だろう。

 

 

ひとまず話をお開きとして、シエスタの母に頼まれたリウスは幼い子供たちを呼びに行こうと外へ出た。

 

きょろきょろ辺りを見回しながら歩いていると、きゃあきゃあ言いながら遊び回っている子供たちと、なにやら疲れた様子で地面に座り込むコルベールがいる。

『竜の羽衣』も昨日の内にギーシュの父から送られてきた竜騎士隊によって学院へと運ばれているので、手持無沙汰なコルベールが子供たちの相手をしていたのである。

 

「大丈夫ですか? だいぶお疲れみたいですけど」

 

リウスの言葉に、げっそりしたコルベールがリウスを見上げた。

 

「あの年頃の子供は本当に元気ですな。こちらが先に参ってしまって・・・」

「それはそれは・・・。お疲れ様です。助かりました」

 

リウスは広場で遊び回る子供たちへと視線を向ける。

 

「みんなー、お母さんが呼んでるわよー」

 

はーい、とそれぞれが元気よく返事をするや、子供たちはまだまだ元気が有り余っているように二人の横を駆け抜けていった。

他の家の子供たちがリウスに遊ぼうとせがんでくるが、とりあえず優しく追っ払っておく。

 

「すみません、追い出してしまって」

 

遠目にぶーぶー言う子供たちの声を尻目に、リウスは立ち上がったコルベールに声をかける。

若干残念そうにしながらもコルベールが言葉を返した。

 

「仕方ありません。彼らも貴族が傍にいたのでは緊張してしまうでしょう」

 

コルベールには『スクロール』とは何なのかを簡単に説明してある。

その内容を聞いたコルベールは話が聞きたいと興味津々だったのだが、リウスが懸念している内容を伝えると、残念がりながらも身を引いてくれたのだった。

 

そのままコルベールといくつか立ち話をしていると、リウスの後ろから声がかけられた。

 

 

「あの、リウスさん?」

 

 

リウスがその声に振り向くと、シエスタがいた。

 

「ちょっと散歩しませんか? 少し時間が出来ちゃったので」

「うん、いいけど・・・?」

 

リウスが不思議そうに首を傾げている中、コルベールがリウスの肩に手を置いた。

 

「リウスくん、行ってきなさい。私はシエスタ嬢のお父上に何か手伝えることがあるか聞いてきますぞ」

 

そう言って、コルベールはシエスタの家に向かって歩き始める。

そのままリウスはシエスタに連れられて散歩へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

リウスはシエスタに連れられて、タルブ村のそばに広がる草原へと足を運んでいた。

 

夕日が草原の向こうにある山々の間へゆるゆると落ちていく。

草原は柔らかな風に煽られながら、まるで広大な海のようにきらきらと茜色の波を作り出していた。

 

「この時間の、この草原、とってもきれいでしょう? リウスさんが帰る前にもう一度見て貰いたかったんです」

 

そう言ってシエスタがはにかんだ笑顔を向ける。

その顔にリウスはにこりと笑い返した。

 

「ほんとに綺麗ね、素敵なところだわ。タルブ村に来てよかった」

「私の家族もみんな嬉しがってましたよ。お二人を見て、あんなメイジ様がいるんだって。こちらこそ、来ていただいてありがとうございました」

 

シエスタはそう言ってぺこりとお辞儀をした。

 

「あんなにもてなしてもらって、こちらこそお礼を言いたいわ。みんな良い人ばかりだったから」

 

その言葉にシエスタは照れながらも、とても嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「本当に、リウスさんは不思議な方ですね。私のおじいちゃんを思い出します」

「それって褒めてるの?」

 

悪戯そうな顔で笑うリウスにシエスタは慌てていたが、その内、楽しそうに笑い始めていた。

 

 

いくつかのお喋りをしながらも茜色に染まる草原を眺めていたリウスは、ふとシエスタの祖父が記した日記を思い返していた。

そして、リウスがいた世界とも、このハルケギニアとも違う、『チキュウ』という異世界からやってきたシエスタの曾祖父のことを。

 

彼らもまた、この美しい草原をこうやって眺めていたのだろうか。

 

シエスタはリウスの視線を追うように草原を見つめながら、ぽつりと口を開いた。

 

「・・・おじいちゃんはアルビオンじゃなくって、本当に遠いところから来たんですね」

「まあ・・・、そうね。気軽に行ける場所じゃないわね」

「あの冒険の話も、本当の話なんですか?」

「うん、そうだと思う。なかなか信じにくいだろうけど私も行ったことあるもの。結構危ない場所ばっかりだったけどね」

 

リウスは沈んでいく夕日に目を細めながら、色々と故郷の話を続けている。

シエスタはそんなリウスを見て、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。

 

「リウスさんも、いつか帰っちゃうんですか?」

 

リウスはシエスタに笑いかけながら、首を横に振る。

 

「まだ帰らないわ。ルイズもいるから」

 

じゃあいずれ帰ってしまうのか、とシエスタは少し落ち込んだ顔をする。

そしてずっと気になっていた質問をしようとしたが、シエスタはぐっとそれを飲み込んだ。

 

 

この人は自分とそれほど年が変わらないはずだ。確か、一歳、二歳くらいしか違わなかったはず。

それにも関わらず、いつも凛としていて、いつも強くって優しいリウスさん。

その姿に、私は大きな感謝と、強い憧れを抱いているのだ。

 

そう思いながらも、リウスさんの家族が故郷で待っているのではないか、帰らなくてもいいのか、と時々シエスタは考えていた。

考えてはいたが、何故かそれはシエスタにとって、とても聞きにくいことだった。

 

「あの、もし良ければまた来てくださいね。みんな待ってますから」

 

シエスタをちらりと見たリウスは何も言わず、とても嬉しそうに、そして少しだけ寂しそうに笑っていた。

その顔を見て、シエスタはまるで胸を締め付けられるような感覚を覚えていた。

 

 

大好きだったおじいちゃんに、いつも私はべったりだった。

色んなことを教えてもらって、いっぱい色んな話をした。

 

その中で・・・、おじいちゃんにタルブ村へ訪れる以前のことを聞いたことがあった。

 

 

 -前は帰りたいとばっかり思ってたけどな。ここにも大切なもんが出来ちまったしなぁ。

  もう、比べられねえやな・・・。

 

 

その時のおじいちゃんの顔と、今のリウスさんの顔が、まるで重なっている気がしていた。

 

 

「わたし、リウスさんは大事なお友達だって思ってますから! いつでも来てください! いくらでも来たっていいんですから!」

 

 

思わず口から出た言葉にシエスタはハッとした。

リウスは驚いた顔でシエスタの顔を見つめている。

 

「あ、わわ、私ったら何て失礼なことを! わ、私が勝手にそう思ってるだけですから!」

 

顔を赤くして慌てるシエスタにリウスはまだぽかんとした顔をしていたが、次第に声を抑えながら笑い始めた。

 

 

「もうシエスタったら、びっくりしたわ。ありがとう。私も大事な友人だって思ってる」

 

 

その言葉に今度はシエスタがきょとんとしていたが、次第に嬉しそうな表情を浮かべていった。

 

そのままシエスタはリウスの話に驚いたり笑ったりと、様々な話をし続けていた。

 

「今日はお二人の最後の夜ですので、今晩のご飯は腕によりをかけて作っちゃいました。楽しみにしてくださいね」

「そうなの? それは楽しみね。でもシエスタの料理は美味しいんだもの。こんなに食べたら太っちゃうわ」

 

草原の向こうに沈んだ夕日の光が残っている中、二人は楽しそうにお喋りをしながら、シエスタの家へと向かっていくのだった。

 

 

 


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