Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第六十話  迎撃に向けて

教師の一団が本塔の食堂へと着いた時、はるか遠くに浮かんでいる三隻の巡洋艦に生徒達が騒ぎ始めていた。

教師達はしばし呆然としていたが、ギトーとコルベールの言葉にそれぞれが動き始める。

 

一部の教師達は寮塔などにいる生徒達をこの食堂へと集め始め、シュヴルーズ含める一部の教師達は指定された窓や入り口へバリケードを作るために、土系統の生徒達を引き連れて走り回っている。

リウスはといえば、ギトーやコルベールと相談の上で学院の平民達を食堂へと集めるために食堂の外へと向かっていた。

 

 

コルベールやギトーは軍の急使から戦争の状況を詳しく共有していく。その中で、コルベールはちらりと急使の青年へ顔を向けた。

 

「君はあれら巡洋艦に何名の乗員がいるか聞いているかね?」

 

急使の青年は険しい顔のまま頷いた。

 

「あくまで憶測に過ぎないのですが・・・、本営が判断するには巡洋艦一隻につき五、六十程度の乗員がいるのではないかと・・・」

 

その言葉に内心緊張しながら、ギトーは鼻を鳴らした。

 

「ふん、巡洋艦といえどもその程度か。操船の船乗りを抜いたとして百程度ですかな。その程度でこの学院を攻撃するとは・・・」

 

しかしコルベ―ルは油断するギトーの様子にちらりと目を向けた。

 

「侮るべきではありませんぞ。奴ら全員がメイジではないでしょうが、生粋の軍人ではあるのですからな」

「そ、そんなことは分かっている!」

 

焦るギトーが声を張り上げるも、コルベールは表情を変えずに窓の外へと目をやった。

 

三隻の巡洋艦はかなり近付いてきている。

一刻も経たない内に、この学院の上空へと到着するだろう。

 

窓の向こうを見つめるコルベールは険しい顔で黙りこくっていた。

急使の青年は食堂に到着した衛兵たちと行動を共にし始め、ギトーはあれやこれや独り言のように呟きながら、訪れてくる教師や生徒へ指示を飛ばしていく。

 

そんなギトーが苛立った様子で声を上げた。

 

「ミスタ・コルベール。何を考えているのです」

「・・・」

 

しかしコルベールは答えない。

険しい顔で、遠くからゆっくり近付いてくる敵艦を見つめているだけだ。

 

「ミスタ!」

 

ギトーが声を荒げると、ようやくコルベールがギトーへ目を向けた。

 

「・・・聞こえていますぞ」

「まったく、それなら先に返事をするべきですな。何を考えていたのかは知りませんが・・・」

 

「伝えましょう」

 

振り向いたコルベールは静かな瞳をギトーへと向ける。

 

 

「まず一つ。いずれこの本塔は破壊されかねない。巡洋艦三隻に、あの砲数が相手では耐えられないでしょうな」

 

 

「なっ・・・」

 

ギトーは唖然とした。それなら、立て籠もったところで・・・。

 

「しかし、これはいずれの話です。本塔の壁には特に強固な『固定化』がかけてありますからな。どうしたって時間のかかることですから、トリスタニアからの救援が間に合えば・・・、可能性はある」

 

しかしギトーは緊張を緩めなかった。

 

「まず一つ、ということは・・・」

「二つ目ですが、侵入路を塞ぐのは間に合いません。・・・アルビオン軍がこの学院を優先してくるとは思いませんでしたからな」

 

その他人事のような言葉に、ギトーは怒りの矛先をコルベールへ向けた。

 

「な、何を言っている! ではどうすると・・・」

「足止めが必要ですぞ」

 

コルベールの短い返答へ、ギトーは叫ぶように声を上げた。

 

「だから、それがミスタの言っていた迎撃では・・・!」

「あれは、学院の内部から攻撃を行なうのみです。侵入路を制限した上で、奴らの侵入を遅らせるためだけのものですな。

しかし侵入路を塞ぐためには、実際に外へ出て、降り立った者共の足止めを行なう必要がある」

 

ギトーは息を飲んだ。

 

「外に・・・?」

「その通りです。しかし大勢で向かってしまえば、奴らの砲撃によってあっという間に全滅してしまうでしょう。逆に少数であれば、巡洋艦の砲を使うまでもない」

 

そう言ってもう一度思考を巡らせ始めたコルベールの顔を、ギトーは息を飲んで見つめていた。

 

今の彼の表情は、ギトーが見知ったコルベールの顔ではなかった。

感情を欠片も浮かべていない、ただ冷静に今の戦況だけを見つめる軍人の顔。

 

ギトーは歯噛みした。

先程のヴァリエールの使い魔もそうだ。

何故この二人は、この状況で・・・。

 

 

「・・・私は、オールド・オスマンより学院の全権を任されているのだ」

 

「分かっておりますぞ。奴等の足止めは私が行ないましょう。これでも、元軍人ですからな」

 

そう言って薄く笑いかけるコルベールに、いつの間にかギトーは心の内で静かな敬意を感じ始めていた。

 

貴族といえども軍人という人種は、野蛮で、思慮に欠ける、薄汚い平民の如きものだとずっと思い続けてきた。

 

しかし、その中にもこういう男がいる。

その事実は、ギトーの思考を変化させるのに充分なものだった。

 

 この男の覚悟を、私は決して穢してはならない。

 

そのまま二人は学院への侵入地点と迎撃箇所のすり合わせを始める。

巡洋艦の砲撃が行なわれかねない部屋には『錬金』による何層もの壁を作る。

侵入されやすい箇所にはバリケードを築きあげ、教師陣による迎撃の準備を推し進める。

 

 

すると突然、学院の外から轟音が鳴り響いた。

生徒達の悲鳴が食堂に響き渡る。

まだ学院にまでは到達していないにも関わらず、三隻のアルビオン巡洋艦は砲撃を開始していた。

 

外側に位置する塔や城壁の上を狙っているようで、数度の斉射が終わると砲撃の音はぴたりと止まった。

 

食堂の中が喧騒に包まれていく。

次々に生徒達が到着するのを尻目に、コルベールはギトーに短く言葉を告げると、迎撃の準備を整えるため食堂を立ち去っていった。

 

一人残されたギトーは騒ぎ立てる生徒達や動揺する教師陣へ指示を行なっていく。

 

そんな中、ギトーに駆け寄ってくる姿があった。

 

「こちらの準備は整いました。教師の方との連携を図りながら、衛兵の皆は食堂の出入り口、それぞれの渡り廊下を守るようにしています。

それで、計画はどうなりましたか?」

 

声をかけてきた人物は、リウスだった。

ギトーはその姿を一瞥してから、静かに先程コルベールと話し合った内容を伝えていく。

 

 

 

 

「一人で・・・?」

「そうだ。ミスタ・コルベールは、もう奴等の足止めをするために外へ向かっているはずだ」

「コルベールさんだけで、囮を・・・」

 

険しい表情のままリウスが小さく呟く。

その言葉を聞いたギトーは、少なからず衝撃を覚えていた。

 

そうだ、時間を稼ぐのであれば隠れていては意味などない。

つまり・・・、自ら敵に狙われる必要が・・・。

 

「私も行きます。平民の皆のことはお願いします」

 

しかしリウスはこともなげに告げる。

ギトーはその姿に何を言うことも出来ずに、ただやり場のない怒りの言葉を吐き捨てた。

 

 

「・・・行きたければ行くがいい! 勝手にしろ!」

 

 

苛立ちながらギトーが立ち去るのを見送って、リウスは食堂の扉へと歩き始める。

 

外の巡洋艦が、とうとう学院の上空にまで到達してきていた。

ゆるゆると高度を下げて、先程の砲撃で煙が上がっている城壁へと近付いてきている。

 

「ミス・リウス!」

 

その声にリウスが振り向くと、そこには息を切らせているギーシュの姿があった。彼の後ろには同じく息を切らしている、見覚えのある生徒達がいた。

泣きじゃくっている女生徒などはいるものの、彼らが無事であることにリウスは小さく安堵の表情を浮かべていた。

 

「どこに行くんですか!」

「気にしないで。あなたたちはここで立て籠もる準備を・・・」

「ま、待ってください! 僕も行きます!」

 

生徒達をかき分けてきたモンモランシーがギーシュを引き止めようとするも、ギーシュは駆けるようにリウスの元へと近付いていく。

 

「僕も、行きます」

 

ギーシュの顔には有無も言わさぬ迫力があった。

しかしリウスはギーシュの顔を見つめたまま目を細めると、彼の胸を静かに押した。

 

「ダメよ」

 

優しく胸を押されたギーシュは、憤ったように口を開いた。

 

「ど、どうして・・・!」

「前の舞踏会のことを覚えてる? あなた達を支えるのは、私の番。ギーシュくん、あなたは怖がってる子達の傍にいてあげて」

 

ギーシュは納得していないように声を上げようとするが、それよりも先にリウスが口を開いた。

 

「それにね、今回ばかりは足手まといよ。私一人の方が動きやすいわ」

 

リウスはそう言ってギーシュから指を離すと、『土』のメイジ達が塞ごうとしている窓の外を睨み付ける。

 

巡洋艦の甲板から十数人のメイジが飛び立つ姿が見える。

そして、地面から低い位置に停まった先頭の巡洋艦からは縄梯子が降ろされ始めていた。

 

もう、時間が無い。

 

リウスが食堂のドアへ向かおうとした時、後ろからギーシュの声がした。

 

 

「ミス・リウス。何で貴方がそこまでするんですか・・・。怖くは、ないんですか・・・?」

 

 

リウスはその言葉を聞いて足を止めると、何を思ったか小さく笑った。

 

「・・・怖いに決まってるでしょ? 勝算なんてないし、負ければ殺されるかもしれない。殺されなくても、何をされるか・・・。あなた達がどうなるかって考えると・・・」

 

振り向いたリウスの顔を見て、ギーシュは息を飲んだ。

 

彼女は不安そうな表情を浮かべたまま、ギーシュ達を安心させるかのように強張った笑みを浮かべていた。

目に映った彼女の手は、微かに震えている。

 

生徒達が息を飲む中・・・、ギーシュの瞳には、今目の前にいるリウスの姿が初めて年相応の女性のように映っていた。

 

 

(僕は・・・、今まで何を見てきたんだ・・・?)

 

 

僕はミス・リウスを、物語の英雄だとでも思っていたのか?

弱さを持っていないと、何を前にしても怖くはないとでも・・・?

 

自分とそう年齢も変わらない、普通の女の子だとは、考えなかったのか?

 

 

「・・・前にね、『イーヴァルディの勇者』のお話しを図書室で読んだわ。彼はドラゴンがいくら怖くっても逃げる訳にはいかなかった。

彼が彼であるために、守りたい人を見捨てることなんて、決してしなかった」

 

リウスはそう呟きながら、脳裏に薄桃色髪の少年を思い出していた。

 

 

エミール。

あの子だってそうだ。

 

あの子はどんなに辛く、厳しい環境の中に置かれたとしても、決して人を見捨てることなんてしなかった。

あの子は決して、病気にかかった私を見捨てることをしなかったのだ。

 

だからこそ私だって、あの子のように・・・。

 

 

ギーシュ達の視線でリウスは震えている自分の手に気が付くと、静かにその手を握り込んだ。

 

「私はね、戦うために魔法を学んだの。私には戦うことしかできない、だから逃げる訳にはいかないのよ。それにこういう時に守りたい人を守れなくて、何が魔法よ」

 

リウスはゆっくりと腰の短剣に手を添えながら、無邪気な顔で微笑んだ。

 

「今度こそ、私が守ってみせる。あなた達には絶対に手を出させないんだから」

 

そう言うと、リウスはくるりと振り返って、ただ立ち尽くしている生徒達のいる食堂を後にしていくのだった。

 

 

 

 

 

食堂を後にしたリウスは駆けるように中庭へと向かっていた。

 

(・・・私は、弱くなった)

 

胸に沸き起こる決意と共に、リウスは小さく呟いていた。

 

いつか薄れてしまった死への恐怖が、これほどまでに強くなっているなんて。

 

恐怖は心を縛り、そして身体を縛るのだ。

冒険者として学んできたことの多くは、この恐怖をいかにして我が物とするか。

それに尽きるというのに。

 

「・・・相棒、大丈夫か?」

 

背に抱えたデルフリンガーが心配そうな声を出す。

感情を読んだのだろうか、リウスはデルフリンガーに小さく返した。

 

「大丈夫。怖いけど、何とか時間を稼いでみせる」

 

その言葉は、正にリウスの本心だった。

 

「聞いてくれ相棒。俺が言いたいのはな、無理だけはすんなってことだよ。嬢ちゃんを泣かせたくはないだろ?」

 

リウスの脳裏にルイズの笑顔がよぎった。

分かってる、と呟くように答えてから、リウスは不機嫌そうな表情でデルフリンガーにもう一度言葉を返した。

 

「・・・アンタね。こんな時にそういうこと言うんじゃないわよ。行くのが嫌になっちゃうでしょ」

「相棒はいっつも無理しやがるからな。これくらい言っといた方がいいかと思ってよ」

「アンタが羨ましいわ。いっつもそんな調子なんだから」

 

リウスがかすかに笑いながら返すと、デルフリンガーもいつものようにけらけらと笑っている。

 

そのままリウスは中庭に繋がる扉へと辿り着くと、その扉を静かに押し開けたのだった。

 

 

 


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