Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第六十五話 Relief

学院の広場は正に戦場然とした様相が広がっていた。

 

幾度の爆発により地面は抉れ、鋭利な風の刃で切り裂かれ、そこかしこに鋼鉄の矢や氷の矢が突き刺さっている。

その中で、メンヌヴィルと傭兵達に杖を突きつけられている二人の男女の姿があった。

 

 

「ふ、ふふ。あははは・・・」

 

 

その内の一人、疲弊し尽くしたリウスが、俯きながらも小さく笑い始める。

傍らで力無く膝をつくコルベールはそのリウスの様子に怪訝な表情を浮かべていた。

 

「・・・なんだ? 追い詰められて狂いでもしたか?」

 

杖を突きつけている一人、メンヌヴィルがにやにやと面白そうに、残酷な笑みを浮かべていく。

 

「あはは・・・。いや、アンタ達のことを考えると面白くってね」

 

この状況が面白くて仕方ないとでも言うかのように、リウスは声を落として笑い続けている。

 

一方のメンヌヴィルは次第に笑みを抑え始めると、白く濁った瞳でリウスを冷たく見つめ始めていた。

 

 

この女の感情に変わりなどない。

こちらを馬鹿にするような笑い声の裏では、今でも強い怯えが色濃く燻っている。

 

この女の脈拍や呼吸音、筋肉のおこりや骨の軋みを聞いていても、この女の身体は既に戦うどころではない程に限界が近くなっていた。

 

間違いなく、それ以外には何もないはずだ。

 

 

「アンタ達は、私達に時間をかけすぎたんじゃないの?」

「・・・どういう意味だ?」

 

くすくすと笑いながら、リウスは小さく口を開いた。

 

 

「・・・またルイズに、怒られちゃうわね」

 

 

守ること。

それはこの世界に来るまでは単なる口実に過ぎなかった。

 

使い魔として召喚され、ルイズを守ると心に決め始めたことですら、とどのつまりは自分の過去を忘れないための行動でしかなかったのかもしれない。

 

しかし、今この胸に沸き起こる決意は、それとは違っているように思える。

 

 

今この時、私がすべきことは何か。

 

 

 

今、変化しようとしているこの場の状況で・・・。

『私達の敵の注意を、私だけへと向かせなければならない』・・・!

 

 

 

リウスの左手のルーンが徐々に光を強め始める。

 

動揺しながらも傭兵達が杖を持つ手へ力を込めるのと同時に、驚愕の表情を浮かべたメンヌヴィルは傭兵達へ叫ぼうとしていた。

 

この女は、戦うことすら、剣を振ることすら難しいはずだった。

骨が軋むような音・・・、筋肉が弾けるような肉体の異音・・・、この女の身体が悲鳴を上げているのは既に明白だった。

 

 

しかし、ろくに動けないはずの目の前の女は、何かをしようとしている・・・!

 

 

「お前らッ! この女を・・・!!!」

 

 

リウスの左手から周囲を照らす程の強い光が発せられた瞬間、大地を蹴る音と共にリウスの姿が消えた。

メンヌヴィルの咄嗟に構えた鋼鉄のメイスが甲高い音と共にリウスの斬撃を受け止める。

 

交差するメイスとデルフリンガーの間で火花が散った瞬間、傭兵達はルーンを紡ぎながら即座に杖をリウスへと向けようとする。

 

その時、傭兵達の足元から真紅の火柱が次々と発生した。

驚愕の声を上げた傭兵達はルーンの詠唱を中断し、咄嗟に吹き上がった火柱を回避する。

 

 

地面に膝をついていたコルベールは吹けば飛びそうな意識の中、歯を食いしばるようにしながらも、か細い声でルーンの詠唱を続けていた。

 

もう精神力はほとんど残ってなどいない。

この場の状況も致命的であることには変わりはない。

 

それでも、彼女が諦めないのであれば・・・!

 

 

「邪魔は、させん・・・っ!!」

 

 

残る精神力を振り絞ったコルベールの呟きと共に、地面から沸き起こった無数の火柱が勢力を増して各々の傭兵達へと襲い掛かった。

リウスを仕留めようとしていた傭兵達の意識が襲い来る火柱へと向き、尋常でない速度で放たれたリウスの斬撃をメンヌヴィルがかろうじて受け止めていく。

 

「クソ、が・・・!!」

 

既にメンヌヴィルは、リウスとの戦い、そしてコルベールとの戦いにおいて決して軽くは無いダメージを負っていた。

 

そして今、有り得ない程の速度で次々とリウスの斬撃が放たれていく。

動きを先読みしながらも余裕の無いメンヌヴィルの身体へ、更にいくつもの傷が刻まれていく。

 

しかしリウスの動きがかすかに鈍った瞬間、リウスの繰り出したナパームビートの衝撃を傷だらけの片腕で受けながらも、メンヌヴィルの放ったメイスの一撃がリウスの脇腹へと直撃していた。

 

 

吐き出してしまいそうになった息を何とか飲み込みながら、真横に吹き飛ばされたリウスは出来うる限りの力を振り絞って、大きく口を開いた。

 

 

 

 

「今ですッ!!!」

 

 

「トルネードランス!!!」

 

 

 

 

メンヌヴィルのはるか頭上から竜巻にも似た風の塊が襲い掛かった。

 

 

「な・・・っ!」

 

 

身を翻したメンヌヴィルの左腕が切り裂かれ、鋼鉄のメイスの先端が竜巻に貫かれたかのように砕け散った。

 

それと同時に、驚愕の表情を浮かべていたメンヌヴィルと傭兵達の目前に飛び降りてきたのは、教師のマントを翻した、ギトーの『偏在』の姿だった。

 

 

「「ウィンドブレイク!!!」」

 

 

広範囲の風の塊がメンヌヴィルと傭兵達を大きく吹き飛ばした。

 

 

 

「今だッ!!!」

 

 

 

そのギトーの叫びに合わせて、リウスやコルベールの周囲に次々と人々が降り立ってくる。

それと同じくして弧を描いた無数の魔法の矢が傭兵達へと降り注いだ。

吹き飛ばされていたメンヌヴィルと傭兵達は、雨あられと襲い来る魔法の矢に対応せざるを得ない。

 

 

「早く! 学院へ!!」

 

 

リウスの腕を肩に回して引き起こそうとしていたのは、学院の衛兵達だった。見ると、コルベールの周囲にも守るように学院の教師達が立ちはだかっている。

学院の塔の窓から放たれた『レビテーション』の魔法によって、学院のメイジ達は宙に浮かびながらも自身の魔法を使えるようにしているようだ。

 

 

「ガキ・・・共・・・っ!!!」

 

 

降り注ぐ魔法によってその場で釘付けにされていた傭兵達が、何重もの魔法の壁を作ることで魔法の矢を防ぎ始めている。

同時にメンヌヴィルがぼろぼろになった鋼鉄のメイスを勢いよく振るい、それへ合わせるように傭兵達の杖からも次々にあらゆる魔法が放たれ始めていた。

 

傭兵達による魔法の大部分は空中にいる生徒達へと向けられているものの、同時にリウスやコルベールに対しても傭兵達の魔法が襲い掛かっていく。

 

宙に浮く生徒達が協力し合いながら魔法で必死に防御を行なっていく中、リウス、そしてコルベールの目の前に立ちはだかったギトーの『偏在』が二人の目前へ勢いよく風の防壁を作り出していた。

 

しかし、リウスと衛兵達の元に飛来してきた大きい石弾の雨が、ギトーによる風の防壁を突き破った。

 

 

(直撃する・・・!)

 

 

ギトーの『偏在』が砕け散るのを目の当たりにしつつ、即座にリウスは詠唱を行なうために立ち上がろうとするが・・・。

 

 

「ぐ・・・ぅ・・・っ!」

 

 

小さい呻き声と共に、立ち上がろうとしたリウスが前のめりに地面へ倒れ込む。

 

全身に走った激痛と疲労により、リウスは詠唱はおろか立ち上がることすら出来なかった。

周囲にいる衛兵達が焦った様子で倒れ込んだリウスへと視線を向ける中、土に汚れながらもリウスはもう一度腕と足に力を込めていくが、リウスの身体はまるで言うことを聞かなかった。

 

 

(何で、何で動かないのよ・・・! 動きなさい!! 動いて!!!)

 

 

反動。その言葉が焦るリウスの脳裏によぎった。

さっきはあのニューカッスル城の時のように、ガンダールヴのルーンによる本当の力を引き出せていた。

 

しかし、それは一瞬だけだったのだ。

何が足りていなかったのか、あの時のニューカッスル城とは違い、あくまでリウスの身体は『限界を超えて無理やり動くことが出来た』だけに過ぎなかった。

 

 

「嬢ちゃん!! 俺達の後ろにいろ!!!」

 

 

衛兵達が迫り来る魔法とリウスの間へ次々に立ちはだかっていく。

そのまま身を屈めた衛兵達は自身の身体を壁にしながら、左腕に携えていた小盾を目前へと構えていた。

しかし、彼らのその小盾はあくまで武器による攻撃を止めるだけに過ぎず、風の防壁を突き破る程の強力な魔法を防ぐことなど到底叶わない代物だった。

 

 

「だ、駄目・・・! やめて・・・っ!」

 

 

小さく叫んだリウスの身体を覆うように、数人の衛兵がリウスを抱え込んだ。

 

 

「俺達のことはいいですから! 身体を小さく! 頭を下げて!」

 

 

一人の衛兵がそう叫んだ瞬間・・・、リウス達の近くに二人の人間が飛び込んできた。

 

 

 

「させるかっ!!」

 

 

「させません!!」

 

 

 

リウスの盾になっていた衛兵達の目前に、数メイル程の分厚い土壁と青銅のゴーレム達が立ちはだかった。

 

石弾の雨はその大半が土壁によって威力を削られ、そのまま青銅のゴーレムが斜めに構えた大盾によって石弾が弾き飛ばされていく。

 

「は、早く! 行きましょう!」

 

シュヴルーズが杖を構えながら叫ぶように声を上げる中、次々と飛来する魔法によって土壁があっという間に削られていく。

ギーシュの作り出していたワルキューレの一体が、飛んできた石の槍に貫かれて粉々に砕け散った。

 

残るワルキューレがリウスを抱きかかえ、その場の全員が学院へと駆け出し始めた時、シュヴルーズは背後にもう一度同じような土壁を作り出していた。

 

しかし、地面から土壁が立ち現れた瞬間に、土壁の向こう側で次々と爆発が巻き起こった。

 

無数の炎による爆発で土壁が大きく弾け飛ぶ。

殿に陣取っていた衛兵達が爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされるように地面へと転がっていく。

 

衛兵達が呻き声を上げる中、爆風を免れたシュヴルーズとギーシュは足を止めて咄嗟に振り向いていた。

半身を爆発に巻き込まれ、地面に転がっていた衛兵が叫ぶ。

 

 

 

「い、行ってください! 我々のことは気にせずに、学院の中に!!!」

 

 

 

しかし、その衛兵の視線の先・・・、そこにいたシュヴルーズはルーンの詠唱を続けながら杖を掲げていた。

 

 

 

「貴方達を見捨てるなんて・・・!」

 

 

 

次々に大型のゴーレムが散らばっていた衛兵達の背後へ立ち現れる。

 

 

 

「出来る訳がないでしょう!!!」

 

 

 

シュヴルーズの額に脂汗が浮き上がるも、精神力の残量など構いもせずにシュヴルーズは詠唱を続けていく。

大型のゴーレムはその身体を金属の塊へと変えながら、同時に自身の背から簡易な四足獣の形をしたゴーレムを生み出していた。

 

金属のゴーレム達が次々と飛来する魔法をその身で防いでいく。

シュヴルーズの生み出した四足獣のゴーレムが衛兵達を背に運びながら、同時にギーシュの生み出したワルキューレ達が大盾を構えつつ傭兵達へ突撃を開始する。

 

そして傭兵の魔法が突進するワルキューレへと集中し始めた時、ワルキューレとは別の方向から無数の氷の槍や風の刃が傭兵達へ向けて次々に撃ち出された。

 

焦る傭兵達が再度魔法での防御を行なう中、リウス達の近くへ、コルベールを背に抱えた教師と生徒の一団が到着した。

 

 

「動けるか!? 戻るぞ!!」

 

 

教師の一団と共に、リウス達は学院へともう一度駆け始めた。

空中にいた生徒達も学院の窓から内部への退避を始めている。

 

駆ける一団の中、リウスの横を走るギトーがワルキューレに抱きかかえられていたリウスをぎろりと睨み付ける。

 

「ヴァリエールの使い魔! 一つ言わせてもらう!」

 

朦朧とする意識のまま、ワルキューレの腕の中で短い呼吸を繰り返していたリウスがギトーへ目を向ける。

 

リウスの視界には、一人の教師に背負われながら、リウスと同じようにおぼろげな目を向けるコルベールの姿があった。

衛兵達も教師陣も、コルベールも無事だったことに、リウスは小さく安堵の息を漏らしていた。

 

「貴様は、大馬鹿者だ!! どうやって逃げるつもりだったのかね!! ちゃんと教えてもらおう!!!」

 

「ミスタ・ギトー! そんなこと言ってる場合ですか!」

「そうですよ! 貴方こそ時と場所をちゃんと考えてください!」

 

ふらつくギーシュとシュヴルーズが次々に非難の声を上げる中、ギトーはカッと目を見開いた。

 

「やかましい! ミス・リウス! 学院の中に戻ったら、たっぷりと小言を言わせてもらうぞ!」

 

一団は本塔の近くまで辿り着いていた。

それでも背後から魔法の矢が飛んできているものの、先程までに比べるとその数は圧倒的に少なくなっていた。

追ってくる背後の傭兵達は、本塔にかなり近付いたことで学院のメイジによる魔法の援護を警戒しているようだ。

 

「よし! あっちの渡り廊下に出入り口が・・・!」

 

 

そうギトーが叫んだ時、背後から遠雷のような轟音が一斉に響きわたった。

 

 

 

 

 

 

アルビオン巡洋艦の艦上にて、アルビオン兵の一人が物見からの報告を告げる。

 

「二番艦の砲撃も本塔の下部および渡り廊下に命中です」

「よし、装填急げ。本塔二階へ砲撃を集中させる。斜角は下げるな」

 

艦隊を仕切っていた士官が短く告げる。その傍らには不安げに顎をいじっている指揮官の姿もあった。

 

士官は土煙を上げている本塔と渡り廊下を静かに見つめていた。

渡り廊下は二隻の砲撃によって無残にも破壊されたようだが、肝心の本塔にはさほどの損傷も見られない。

 

「やはり、固いな・・・」

 

視界の端に映っていた指揮官が士官をちらりと見る。

それを気付きながらも、士官はまるで気付いていないかのように指揮官を無視し続けていた。

 

「装填、よし!」

 

船員の叫び声が甲板に響く。

それに答えるように、士官も叫ぶように声を上げた。

 

 

「目標、本塔二階! 右から順に、撃ち方始めッ!」

 

 

空気を引き裂くような轟音が次々に響き渡る。

同時に離れた位置で浮かぶ巡洋艦、二番艦からも次々に雷にも似た砲撃の音が轟いていく。

 

砲撃を行なった艦砲は即座に装填が行なわれ、その数十秒後には同じ斜角のまま次々と砲撃が繰り返されていく。

士官の傍らに立っていた指揮官が砲撃の轟音を怯えるように両手で耳を押さえている中、士官の元へ報告が届いた。

 

 

「申し上げます! トリスタニア方面より竜騎士が接近!」

 

 

その叫ぶような声も、次々に轟く砲撃の音の中ではかすかにしか聞こえてこない。

士官はその伝令にも聞こえるように出来る限りの大声で返した。

 

 

「何騎だ!?」

「一騎です! 風竜と思われます!」

 

 

その報告に、士官は怪訝な表情を浮かべながら頭の中で考えを巡らせていた。

 

通常、巡洋艦を攻撃するための竜騎士は火竜を扱うのが一般的であり、その上で小隊規模以上の数でなければ損害を与えることが出来ない。

それにも関わらず風竜を使うとすれば、十中八九、単なる偵察だろう。

まず有り得ないだろうが、火の秘薬を使用した玉砕覚悟での攪乱の可能性もある。

 

 

「上部甲板の艦載砲にぶどう弾を装填しておけ! 念のためだ!」

「はっ!」

 

 

たかが一騎の風竜では何も出来ることはない。

轟音の中で伝令が走り去っていくのを見届けることもなく、士官はもう一度攻撃目標である本塔へと目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

はるか上空を飛来する風竜が大きく翼をはためかせ、下方に浮かんでいる巡洋艦へと方向を変えていた。

目標の巡洋艦は本塔への砲撃を繰り返しながら、少しずつ移動を開始している。

 

竜騎士を撃ち落とすために使用するぶどう弾はその射程が極端に短いのが弱点である。

そのため射程に至るまでにはまだまだ距離があるのだが、甲高く鳴り響く風の音の中、竜騎士の真後ろに座る人物が叫ぶように声を上げた。

 

「ここまでで良い!!!」

 

竜騎士は更に風竜の速度を上げながら、その声へ叫ぶように返した。

 

「御武運を!!!」

 

瞬間、風竜が方向を変える寸前に、背後の人物が矢のように飛び降りていくのが竜騎士の瞳に映った。

竜騎士はその人影が瞬時に四つに分かれていくのを見送りながら、方角を変えてトリスタニアへと飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

「一番艦の命令に従え! 傭兵団を回収し三番艦と合流せよ! 本塔の至近距離より砲撃を行なうぞ!」

 

二番艦は傭兵達が多く乗り込んでいる艦である。

どうやらメンヌヴィル率いる傭兵団は砲撃と同時に突入する作戦を行なえなかったらしいが、メンヌヴィルはその可能性すらも考慮して傭兵の一部を艦内に残していた。

傭兵団の損害はさほどのものでもないとのことなので、再突入を行なうにはまだ充分な余力を残しているのだ。

 

この分隊の旗艦である一番艦が砲撃を繰り返すのを背景に、二番艦はゆるゆると移動を開始する。

 

アルビオン兵の号令を背景に甲板上の船員達が慌ただしく作業を行なっていく中、額の汗を拭いた一人の船員がふと、頭上を見上げた。

 

 

「何だ・・・?」

 

 

直後、頭上から降ってきた影たちが鈍い音を立てて甲板に着地する。それと同じくして、一番艦の砲撃の音が周囲に轟いていく。

その音を聞きながらも目を見開いた船員は、ぱくぱくと口を開けることしか出来なかった。

 

「て・・・、て・・・」

 

着地した人影は、その全員が同じ姿形をしていた。

 

教師のマントを羽織っている、賢者然とした年老いた姿。

白髪を風になびかせ、静かに構えた杖を手に、魔法の詠唱を開始している。

 

その姿は、トリステインの貴族であれば誰しもが知る、オールド・オスマンの姿だった。

 

 

「敵襲だっ!!!」

 

 

その叫びにアルビオン兵達が驚愕の目を向ける。

三人の老人たちが詠唱を続けているのを目の当たりにし、アルビオン兵達は即座に杖を引き抜いていた。

 

しかし・・・。

 

 

「エア・ストーム!!」

 

 

甲板に出現した特大の竜巻に、アルビオン兵達は無残にも巡洋艦の甲板から根こそぎ吹き飛ばされた。

誰もいなくなった甲板上で、周囲を囲んだ竜巻を尻目にオスマンの一人が甲板をきょろきょろと見回す。

 

「ふむ、ここじゃな」

 

甲板上、目的の位置へと目を向けたオールド・オスマンの『偏在』達は精神力を使い切る勢いのまま、長い詠唱を完了させた。

 

 

「「トルネードランス!!」」

 

 

二つの巨大な竜巻が、分厚い甲板とその奥にある鉄の壁を大きく斬り裂き、突き破った。

オスマンは船の下部まで貫かれた大穴を静かに眺める。

 

アルビオン巡洋艦の構造を知る、マザリーニの言葉が正しいのなら・・・。

 

突然、巡洋艦がぐらりとバランスを崩した。右へかすかに傾いたかと思えば、反動のように左へ大きく傾いてしまっている。

それでも何とか浮遊しているものの、さっきまでと比べて航行が不安定であるのは明白だった。

先程放った魔法は、間違いなく巡洋艦の機関部を破壊したらしい。

 

「・・・よし。あとは、もう一隻じゃが」

 

オスマンがそう呟いた瞬間、周囲に巻き起こっていた分厚い竜巻が爆発と風の刃によって破壊された。

同時に降り注いだ氷と炎の矢を、二人のオスマンが生み出した炎と氷の壁によって防ぎ切る。

 

 

「この、じじいッ!!」

 

 

怒り狂った傭兵達とアルビオン兵達を静かに眺めながら、オスマンは小さく溜め息を吐いた。

 

「・・・あっちの艦は、無理っぽいかの」

 

そう呟きながら、次々と飛来する魔法へと合わせるように、三人のオスマンは自身の杖の周りに特大の火球を作り出していた。

 

「置き土産じゃ」

 

数メイルもある三つの火球が弾かれたように天高く撃ち出された。

同時に、オスマンによる三人の『偏在』達は襲い来る魔法に飲み込まれ、散り散りとなる。

 

しかし既に撃ち出されていた特大の火球は空中で次々と爆裂し、余りにも無数の炎の矢となって周囲に降り注いでいた。

アルビオン兵や傭兵達、甲板も、帆も、次々と炎の矢に貫かれて炎上していく。

 

既に、アルビオン巡洋艦の二番艦は、到底航行など行えない状況へと成り果てていたのだった。

 

 

 

 

 

「馬鹿な・・・。何が起きた・・・!」

 

アルビオン分隊の旗艦、一番艦の甲板にて、士官の男が目を見開いていた。

本塔へと向かおうとしていた二番艦の甲板が炎上し、ぐらりとバランスを崩し始めている。

 

 

「あれは何だ! きみ! 一体何が起きているんだ! 何とか言いたまえ!!」

 

 

未だ砲撃を続けているものの、一番艦の甲板に動揺が広がっていく。

隣でわめき散らす指揮官が士官へと掴みかかった。

 

 

「何故我々が攻撃を受けている! 何が起きたというのだ! きみの責任だぞ!!」

 

 

唾を飛ばしながら士官へと掴みかかっていた指揮官が、更にわめいた。

 

 

「本塔の向こうにまだ巡洋艦がいるはずだ! 呼び戻せ! 総司令官は仰っていたのだぞ! この学院の本塔は、三隻の巡洋艦でなければ・・・!!」

 

 

士官は徐々に怒りの表情を浮かべると、片手で指揮官の襟を掴んで横へと投げ飛ばした。

 

 

「貴様などに言われんでも分かっている!!!」

 

 

甲板に転がりながら、目を丸くした指揮官の顔が朱に染まっていく。

 

 

「き、貴様・・・! 軍事裁判にかけてやる! 貴様と貴様の家族を打ち首に・・・!」

 

「二番艦より手旗信号あり!」

「報告せよ!!」

 

激昂する指揮官を無視して、士官は走り寄ってくる伝令へと叫んだ。

 

「一人の学院のメイジにより、二番艦は機関部を破壊されたとのこと! 既に二番艦は航行不能! 救援を求めております!」

 

「一人の、メイジだと・・・!?」

 

忌々しげな声と共に士官が憤怒の表情を浮かべていく中、伝令が報告を続けていく。

 

「侵入者は老人の姿をしていたとのことです! その全てが『偏在』であり、本体の位置および姿は確認されておりません!」

 

たった一人のメイジが巡洋艦を落とすなど不可能だ。

そう考えていた士官は、伝令の言葉から一つの可能性を即座に導き出していた。

 

 

「オスマンか・・・!?」

 

 

トリステイン魔法学院の学院長である、オールド・オスマン。

三百年もの長きを生きたメイジとして知られているが、それ以上のことは何も分かっていないに等しい。

 

長い時を生きたなどという突拍子もない噂と共に、何の信ぴょう性も無いまま偉大なメイジだと言われている一方で・・・。

 

その実力は、誰も知らないのだと。

 

 

「砲撃停止! 砲撃を停止せよ!!」

 

 

士官の男が叫ぶように指示を下す。

その声を聞いたアルビオン兵達は一様に動揺を静め、士官の言葉へと縋るかのように慌てて動き始めていく。

 

 

「総員! 戦闘配置! 侵入者は何としてでもその場で仕留めよ! 伝令! 三番艦を呼び戻せ!!!」

 

 

 


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