Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第六十七話 喧騒の後で

暗闇の中、全身を走った悪寒にリウスは勢いよくその身を起こした。

 

 

「はっ・・・! はっ・・・」

 

 

短く息を切らしながらリウスは動揺のままに周囲を見回していく。

ほのかなランプの灯りが、今リウスのいる部屋をぼんやりと照らしていた。

 

「い・・・、今の、は・・・?」

 

どうやらこの部屋は学院の医務室であるようだが、それを意にも介さずに、リウスは先程の悪寒に向けてひたすらに不安げな表情を浮かべていた。

 

 

何か、底知れぬ気配が生み出されたような・・・。

余りにも莫大な魔力が一瞬弾け飛んだような、異様な感覚・・・。

 

 

「・・・おい相棒よ、静かにしろよ。他の連中が起きちまうだろが」

 

寝かされていたベッドの脇から、聞き覚えのある声がした。

リウスは混乱した表情でベッドに立てかけられていた長剣へと目を向ける。

 

 

「デルフ・・・」

 

「・・・」

 

 

しかしデルフリンガーは何も言わずに黙りこくっている。

リウスは徐々にはっきりしてきた頭で、周りの様子をもう一度見回していった。

 

どうやらこの部屋は元々教室の一つであったようだ。

部屋の隅には木製の椅子や机が乱雑に積み上げられ、どこから運ばれてきたのか、整然と並べられているベッドには多くの人達が横になって寝息を立てていた。

この部屋のベッドは全て満員であり、その一つにリウスも寝かされていたようである。

 

部屋の中で静かに響いている寝息の音を聞きながら、リウスは先程の悪寒よりも先に、まず聞くべきことがあったことを思い出した。

 

「ねえ・・・。あの後、どうなったの・・・?」

 

声を極力落としながらデルフリンガーに問いかけるも、デルフリンガーは何も答えない。

その様子を不思議そうに見つめてから、リウスはひとまず医務室の外で話そうとゆっくり身体を動かしていく。

 

「いっ・・・た・・・」

 

ほんの少し腕を動かしただけでも軋むかのような鈍い痛みが全身に走った。

それでもリウスはデルフリンガーをその手に取ると、よろよろとしながら医務室の外へと向かっていった。

 

 

 

 

 

部屋の外に出ると、人気の無いひっそりとした廊下をかすかな月明かりが照らしていた。

 

ほとんどの窓はバリケードで塞がれているが、人が通り抜けられそうにない上部の小窓は塞がれないままぽっかりと星空を映し出している。

 

外は、既に真っ暗である。

かなりの時間を眠ってしまっていたらしい。

 

「デルフ。あの後・・・」

「・・・」

 

リウスは怪訝な表情を浮かべながら、廊下の壁を背にしてゆっくりと腰を下ろした。

身体中に巻かれた包帯をちらりと見て、デルフリンガーへともう一度目を向ける。

 

デルフリンガーは、未だ何も答えない。

 

 

「デルフ・・・?」

 

 

不安げな声で、リウスはもう一度デルフリンガーへと声をかけた。

それでもいくらかの沈黙が続いたが、その内、デルフリンガーは小さく声を出した。

 

 

「・・・相棒。俺はよ、怒ってるんだぜ?」

 

 

その言葉にリウスはデルフリンガーを見つめる。

デルフリンガーはまた少しばかり黙りこくってから、もう一度声を出した。

 

「・・・無茶するなってよ。俺は・・・、言ったはずだ」

「・・・」

 

リウスは何も言えずに、ただデルフリンガーを見つめていた。

 

「・・・どうでもいいってのか? 俺っちの、心配は・・・」

「違うわ・・・。どうでもいいだなんて・・・」

 

かすかな、戸惑ったようなリウスの言葉に、デルフリンガーはほんの少しだけ笑う。

 

かちゃかちゃという音が、やけに小さく聞こえたような気がした。

 

 

「・・・俺っちだって分かってるんだよ、相棒の行動が正しかったってのは・・・。それでもよ・・・、他にやりようがよ・・・」

 

「・・・ごめん」

 

 

リウスが小さく、絞り出すように声を出した。

 

沈黙が周囲を包み込む。

その内に、デルフリンガーがぽつぽつと言葉を紡いでいく。

 

「相棒はよ・・・、自分のことを分かってねえんだよ・・・。何でお前は、いつも・・・、自分を捨てることを選ぶんだよ・・・。どれだけの人間が、相棒のために・・・」

 

おぼろげな記憶の中、リウスはいくつかの光景を静かに思い出していた。

 

倒れ込む自分の前に立ちはだかる、衛兵達の後ろ姿・・・。

ワルキューレに抱きかかえられ・・・、砲撃に吹き飛ばされた後にも・・・。

 

 

「頼むよ相棒・・・。自分で自分を、苦しめないでくれよ・・・。

俺に相棒を・・・、殺させないでくれ・・・」

 

 

リウスの目からかすかに涙がこぼれた。

リウスはそれに気付き、ほんの少し驚いてから、もう一度口を開いた。

 

 

「ごめん、なさい・・・」

 

 

口から出た明らかな涙声に、思わずリウスは小さく鼻をすする。

 

子供のような、ぐすぐすとした音が廊下に少し響くと、デルフリンガーが鞘をかちゃかちゃと鳴らした。

 

 

「ま・・・、いいわ別に。俺っちがもっと相棒を守ってやりゃいいんだからな」

 

 

使用される剣が使い手を守る。

その言葉にリウスがかすかに笑うと、デルフリンガーも小さく笑い返した。

 

「無茶すんなってのも、これ以上は言わねえよ。心配してるってことだけ覚えててくれてりゃいいわな」

「もう・・・。何なのよ、デルフ」

 

小さくからからとデルフリンガーが笑う。

それに笑い返したリウスはかすかにこぼれていた涙を指で拭った。

 

「ああ、それでよ。あの後の話だっけ?」

 

リウスはデルフリンガーに顔を向けて、小さく頷いた。

 

「うーん、そうだな。学院に逃げ込んでからは、てんやわんやだったぜ。相棒とか怪我したやつの治療が始まって、学院の防壁を更に固めて・・・。それでも砲撃やら傭兵共の攻撃やらが立て続いてよ」

 

リウスが頷くのとほぼ同時に、デルフリンガーは続ける。

 

「何度目だったかねえ、侵入しようって奴らを何とか食い止めてよ。それも夜になったらピタッと止まっちまって。そんで、今のこの状態よ」

 

リウスはじっとデルフリンガーの話を聞いていた。

 

「『風』のメイジがこぞって外を確認してたみたいだが、アルビオン兵の連中は巡洋艦まで引いてったらしい。

オスマンとかいう爺さんが言うには、本塔を破壊するにはあの砲数の巡洋艦が最低で三隻は必要なんだってよ。そうじゃねえと積み荷が持たねえんだとさ」

 

痛みを気にしないようにしながら、リウスはもう一度デルフリンガーへと目を向ける。

 

「三隻・・・いなかったっけ?」

「それが、オスマンの爺さんが一隻落としたんだってよ。だから連中は決め手を欠いちまってるんじゃねえかって言ってたな」

 

その言葉にリウスは小さく驚くと共に、安堵していた。

それなら・・・何とかなるかもしれない。

 

 

「オールド・オスマンは、ルイズのことを何か言ってた・・・?」

 

 

オスマンがルイズのことを知っている訳がないとは思いつつも、思わずリウスは問いかけていた。

 

「ああ、嬢ちゃんはトリスタニアにいるらしいぜ。軍の連中が守ってるってよ」

 

予想もしていなかった情報に、リウスは小さく息を吐いた。

 

今のトリスタニアが危険なのは分かっているが、それでも・・・軍の人達が一緒にいるなら・・・。

 

次第に身体を動かすのが億劫になるのを感じながら、リウスは先程目を覚ました時の感覚を再度思い出していた。

痛みに呻きながらゆっくりと身体を起こしつつ、よろよろと壁に手を付く。

 

「お、おい。相棒、どうした」

「さっき、向こう側で変な気配があって・・・。たぶん、女子寮の方だと・・・」

「止めろってば、今は戻って寝とけってばよ。相棒はいっつもこうだ。舌の根も乾かねえ内に・・・」

 

「・・・何をしてるんだ、貴様は」

 

かすかな足音と共に、声がかけられる。

壁に手を付いたままリウスが顔を上げると、そこにはランプを手にしたギトーの姿があった。

 

「お、ちょうどいいところに。ギトーさんよ、相棒の代わりに頼まれてくれねえか?」

「何だ、気安いぞ。インテリジェンスソード」

「俺っちの名前はデルフだって言っただろがよ。ああ、それより・・・」

 

 

ぺらぺらとデルフリンガーが喋り始め、戸惑うリウスからその内容を聞き出していく。

 

 

「ふん・・・。仕方がないな、私が見てこよう」

 

鼻を鳴らしたギトーが女子寮へと歩を向ける。

それに付いていこうとしたリウスを、ギトーはちらりと見下ろした。

 

「北側は狙われていないとはいえ、貴様が来たところで足手まとい以外の何物でもない。そこで待っていたまえ」

 

そう言い放ったギトーはつかつかと廊下の奥へ進んでいく。

 

「わかりました・・・。お願いします、ギトーさん」

 

壁を背にして、リウスはもう一度よろよろと腰を下ろしていく。

背後からかすかに聞こえてきたリウスの言葉に、もう一度鼻を鳴らしたギトーは誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。

 

「・・・まったく。貴様がそうだから、剣も気安くなるのだ・・・」

 

 

 

 

しばらくして、女子寮にあるルイズの部屋を見てきたギトーが医務室の前に戻ってくる。

 

「おっ、ギトーさんよ。遅かったじゃねえか」

「・・・どうした、寝てるのか?」

 

デルフリンガーの言葉を無視しつつ、数多くの毛布を手にしていたギトーは廊下に横たわるリウスへと目を向けていた。

 

「ああ、眠っちまったよ。アンタもどうした、その毛布」

「途中でメイドと会ったのでな。ついでに医務室まで運んできただけだ」

 

ギトーは毛布の山を魔法で降ろしながら、すうすうと眠っているリウスをちらりと一瞥した。

 

「まったく、良いご身分だな。人に頼みごとをしていたとは思えん」

「そう言ってやるなよ。眠らせてやってくれ」

 

ふん、ともう一度鼻を鳴らすギトー。

風の魔法で一枚の毛布がふわりと宙に浮かび、横たわるリウスへとその毛布が掛けられていく。

 

その様子に、けらけらと笑ったデルフリンガーが声を出した。

 

「そういや、何でアンタ起きてんだ? 精神力も限界だっただろーが」

 

ギトーは怪訝な顔を浮かべた。

まずは頼みごとの内容を聞くのが筋というものであろうに。

持ち主が持ち主なら、剣も剣だ。

 

「ああ、目が冴えてしまってな。私だけでなく、他の教師の数人も・・・」

 

説明をしようとしていたギトーはふと気付いた。

たかがインテリジェンスソードに説明をしても、何の意味もないのだ。

 

 

「いや、貴様に言ったところで・・・」

 

「ああ、あれだろ? 一瞬膨れ上がった、あの変な感覚」

 

 

ぴくりと怪訝な表情を浮かべて、ギトーはデルフリンガーへと目を向けた。

 

「たぶん、相棒もあれで目が覚めたんだぜ? だから調査しに行こうとしてたんだろ」

「ミス・リウスは、自分の部屋に異常があったとでも・・・?」

 

ギトーがそう呟くと、デルフリンガーは面白いものでも見つけたかのように小さく笑っている。

 

「ミス・・・。ミス、ねえ」

「わざわざ茶化すな、インテリジェンスソード」

 

「デルフだ、デルフ」とデルフリンガーが返しながら、もう一度声を出した。

 

「そうだ、相棒の部屋に何かあったか?」

「・・・お前の思考体系は一体どうなっているのだ。それを始めに聞くべきだろう」

 

小さく溜め息を吐いたギトーは続ける。

 

「・・・見てきたのだがな。何かの破片が散らばっているだけだった」

「へー、どんな?」

 

呑気な声を上げるデルフリンガーを睨み付けながら、ギトーは懐に入れていた小さな破片を取り出した。

 

「何か、球体だったものだろうな。弾け飛んだように粉々になっていた」

「何で球体だって分かるんだ?」

「破片を見てみるといい」

 

デルフリンガーの近くに、小さな破片がふわりと着地した。

 

「断面以外の部分が滑らかに弧を描いているだろう。他の破片も同じだった」

「ふーん、誰か入ってきたのかね」

「それはない。鍵がかかっていた上に、窓は破壊されていなかったからな。ミス・リウスにはお前から伝えておいてくれ」

 

そう言って踵を返そうとしたギトーに、デルフリンガーが声を上げる。

 

 

「おいおい、相棒をそのままにしようってのか?」

 

 

背からかけられた言葉にギトーは少しの間考え込んだが・・・。

小さく溜め息を吐くと、横たわるリウスへ向き直った。

 

「まったく・・・。何故私が・・・」

「たぶん相棒は起きねえからよ。前もこうだったんだ、頼むよ」

 

リウスを見下ろしていたギトーがそのまま『レビテーション』の魔法を唱えようとするも、またもやデルフリンガーが声を上げた。

 

 

「おっと、落とさねえでくれよ。俺っちはちゃんと見てたんだぜ? 学院の中に相棒を運ぼうとして、アンタがよろめいて・・・」

 

「いちいち説明せんでいい。こうすればいいのだろう」

 

 

『レビテーション』の魔法をかけたまま、ふわりと浮かび上がったリウスをギトーはその腕の中に抱えていった。

こうすればバランスも取りやすい上に、重量もさほどのものではなくなる。

 

ギトーは、腕の中で毛布にくるまって眠っているリウスを一瞥した。

 

赤子のような無垢な表情を浮かべ、すうすうと静かに寝息を立てたまま、目を覚ました様子は欠片もない。

 

「ふん・・・」

 

思っていた以上に、軽く、小さな身体である。

 

こんな身体であの数の傭兵達と戦っていたなど、今もなお、到底信じることなど出来なかった。

 

 

「・・・襲うなよ?」

 

デルフリンガーの呟きに、ギトーは馬鹿にしたような笑みで返した。

 

「・・・貴様はもう少し礼を学ぶべきだな。こんな子供に手を出す訳がなかろう」

 

そのままギトーは医務室の扉を魔法で開けると、空いたベッドまでリウスを運んでいく。

ゆっくりリウスをベッドに横たわらせてから、布団を被せ、その上に先程掛かっていた毛布を被せてやった。

 

未だ目を覚ました気配もなく、リウスは静かに眠ったままである。

ちらりとその姿を目端で見送ってから、ギトーは音も無く医務室から外に出た。

 

 

「・・・ありがとな、ギトーさんよ。相棒を助けてくれて」

 

 

ギトーが医務室の扉を閉める中、壁に立てかけられていたデルフリンガーがそう言葉を告げた。

それに答えることもなく、仏頂面のままギトーはその場を後にする。

 

「・・・って、あら? 俺っちは放置なのか?」

 

ギトーはゆっくり振り向きながら、くっくと笑った。

 

「貴様はここで不審者がいないか見張っていたまえ。剣なのだから眠る必要はないだろう?」

「俺っちだって眠るっての。お、おい、待てってば」

 

小さく笑いつつ、ギトーはその場から立ち去っていった。

 

 

「・・・ま、いいか。しゃあねえな」

 

誰もいなくなった廊下でデルフリンガーは呟いた。

そのまま、自分の近くに置かれたままの小さな破片へと意識を向ける。

 

 

たぶん、この破片は前に見たことのある、あの球体なのだろう。

しかし、あの時に心底感じた嫌な気配はきれいさっぱり無くなっていた。

 

「・・・俺っちには分からねえけど、全ては結局、運命の赴くままだな。

ずっと前に・・・、アイツもそう言って・・・」

 

誰に言うでもなくそう呟いたデルフリンガーは、ふと自身の記憶を巡らしていく。

 

「・・・アイツって、誰だったっけか」

 

しばらくの間ウンウン唸ってから、デルフリンガーは面倒くさそうに思考を途切れさせた。

 

今思い出せなくてもいずれ思い出すことだってあるだろう。

自分には、有り余る程の時間がたっぷりとあるのだから。

 

「なんせ、俺っちは剣だからな・・・」

 

そう呟きながら、デルフリンガーはいつものように、まどろむ意識の中へと自分自身を落とし込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

アルビオン巡洋艦の貴賓室で窓を叩くかのような風の音を聞きながら、薄暗い部屋の中、一人の男が静かにワイングラスを傾けていた。

 

そのグラスの中には琥珀色の液体が波々と注がれているが、まるで身体の傷を癒していくかのように、男は一息の内にその液体を飲み干していく。

 

男の吐息がかすかに漏れる。そのまましばらく、手の中にある空のワイングラスをつまらなそうに弄んでいた。

 

「・・・酔えやしねえ」

 

小さく、男が呟いた。

傷だらけの身体には包帯が巻かれてはいるものの、その包帯は既に汚れ、黒ずんでいた。

その男、メンヌヴィルはワイングラスをテーブルに置き、風が揺らす窓を静かに見つめていた。

 

「・・・さっき、学院の方角で妙な気配がしたな。撤退は正しかったってことか・・・?」

 

そう呟いてから、まるで自分を慰めているような言葉に気付いたメンヌヴィルは、自嘲気味に口元を歪ませていた。

 

部屋を照らしていたランプの灯りがかすかに揺らめき、小さく音を立てながらその光を弱めていく。

 

たとえ真っ暗になった部屋でも、盲目であるメンヌヴィルには全く問題ではない。

とはいえ誰かが来た場合にはランプの光が必要になるのだろうが、今のこの状況ではランプの灯りが消えていた方が都合が良いとも言えるのだった。

 

「・・・潮時だな」

 

その呟きはすぐさま風の音で掻き消えたが、メンヌヴィルの胸中では残り火のように、何か、得体の知れない感情が渦巻いていた。

 

 

学院の任務。それは余りにも容易く、何一つとして問題のない任務であるはずだった。

それに反して、メンヌヴィルは積み上げてきたものを全て失う程の打撃を被っていた。

 

アルビオン巡洋艦が学院から移動し始めてから今まで、生き残った傭兵達はメンヌヴィルに一度たりとも近付くことがなかった。

アルビオン兵達も今は大人しく指示に従っているものの、この巡洋艦がアルビオン艦隊へと合流した後は反旗を翻すのが目に見えている。

 

メンヌヴィルの傭兵団は正に終わりだった。

主人に準じる者への攻撃こそ、傷付いた狂犬を始末するには充分すぎる理由だろう。

 

 

「・・・く、くくっ」

 

 

そうした中でも、メンヌヴィルは小さく笑い始めていた。

 

学院で思わぬ足止めを受け、メイジ共からの攻撃を受け・・・、こちらが巡洋艦の砲撃を加えた上に可能な限りの攻撃を繰り返したにも関わらず、あの学院を落とすことは叶わなかった。

 

この事態の原因となったのは紛れも無く、かつて自分が目標としていた隊長と・・・、あの、桃色髪の女だった。

 

 

「・・・面白え。何が起きるかは、分からねえもんだ」

 

 

全てを失ったメンヌヴィルは低く笑い続けていた。

 

メンヌヴィルの胸の内に広がっていくのは、学院への怒りでも、窮地に陥った自分への憐憫でも、あの二人に対しての憎しみでも無かった。

 

 

ただ、その胸の内に広がっていくのは・・・、底知れぬ昂揚感のみ・・・。

 

 

「・・・待っていろ。隊長どの・・・、使い魔の女・・・」

 

 

ジジと音を出して、ランプの灯りが消えた。

かすかな月明かり以外に部屋の中で浮かび上がっていたのは、薄暗がりに光り輝く、白く濁った瞳だけである。

 

 

「お前らはこの俺が・・・。必ず、焼き尽くしてやる・・・」

 

 

暗がりからかすかに響いたその声が、外から響きわたった風の音に紛れていく。

 

貴賓室の暗闇の中からは、怪物のような笑い声がいつまでも響きわたっていくのだった。

 

 

 

 


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