廃墟と、君の涙と
初めてあったとき、泣いていたのを、よく覚えている。
「君、それをどこで?」
泣きながらその場にへたりこみ、それでも神機を手放さない少女を見つけて、慌てて駆け寄った。
彼女の神機は洗練されていた。
当時では思い付きもしなかったであろう可変式に、当時には存在すらしていないアラガミの装備。どれもこれもオーパーツ並の神機。その上、色の違いはあれど、ゴッドイーターの証たる腕輪が、彼女の細い腕にはあった。
確かに、そんな少女に興味が沸いた。
けれど、それ以前に、こんな少女を恐ろしいアラガミなんぞと戦わせてはいけない、という気持ちの方がずっと強かった。あるいは、観測者という名から逃れたかったのかも知れない。
少女は私が声をかけたことで、やっと顔をあげたのだが、見れば見るほど幼かった。
「……わからない」
「何がかな」
「ここ、どこ? あなたは? わたし、なに?」
少女は何もかもを知らなかった。
そのくせ、持っているものは最高のものだったのだ。
神機も、少女自身の能力も。
どうすべきだったのか、今でも正解は出せない。
「君が誰か、私にはわからない。でも、私と共に一旦で良い、来てくれないか?非道はしないと約束する」
おおよそにして子供に掛けるべき言葉ではない。しかし、前述した通り、彼女は優秀な頭脳を持ち合わせていた。
少女は涙を流し続けた顔を私に向け、しっかりと頷いた。
さて、かくして、齢6つの少女が神機を持って外にいたのだから、当事はそりゃあもう大変だった。
主に情報の隠蔽が。
如何様な経緯があったとしても、そんな幼い少女をゴッドイーターにした輩がいるだなんて事が知れたら、世間の混乱は想像に難くない。
少女の手をしっかりと握り、こっそり自分の研究室に連れ込んだ。よく誰にも会わなかったものだ、一人で調査に行って正解だった。個人研究室は書類でごった返していて、まともに床も見えない。きょろきょろと落ち着きなく部屋を見回す少女を持ち上げ、無事と言えなくもないソファに座らせた。
「さて、今更だが、なにか覚えていること 、あるいは思い出したことはあるかな?」
ソファの傍に跪き、少女と目線を合わせる。少女は少し黙考した後、小さく口を開いた。
「………記憶がないことを、思い出しました」
「覚えていないのでなく?」
「多分、ないのだと思います。それに、自分の名前も」
嫌にしっかりと話をしていた。6才程度の少女が、これ程までにしっかりとした喋り方が出来るだろうか。
「では、その神機は?」
「これですか? ……すいません、それについても、分かりません」
「そうか……」
申し訳なさ気に頭をペコリと下げる少女に面を上げさせ、顎に手を当てて考え込む。
お題はこの少女をどうするかに限る。正直に言えば、自分は子供があまり得意でない。考えていても仕方ないので、少女に直接聞いてみる。
「君は、これからどうしたい?」
「これから……?」
質問が漠然としすぎた。少女は首を傾げ、眉根を寄せて聞き返す。
どうしたものかと再度口を開きかけたとき。
「生きたい」
シンプルなその言葉は、直球だからこそ切実だった。泣いていた筈の目は既に渇き、先程見せた幼気さも弱さも見せない。
心の底から叫ぶようなその言葉は、確かに人間が生きていくのに必要なものだった。
しかし解せない。
何が彼女をそこまで駆り立てる?
待っている人もいないのに。
待つ人もいないのに。
しかし、少女はその疑問を汲んだように口を開いた。
「`そんなことで´、生きるのをやめるのは、きっと違う」
復讐心はない。
希望すらない。
敵は強大。
被害は未知数。
それでも。
「過去はないです。この身を焦がす、衝動もない。それでも、」
生きていくことは、やめられない。
そう言い切った彼女の目はあんまりに綺麗で、真っ直ぐだった。
凛と自分の足で立つ少女は危うくて、同時にとても美しい。
まるで蝋燭のような少女。
「なら、私と家族になろう」
気付いたらそう言っていた。
しかし、現状それが一番良いことも理解していた。隠すのにも限度がある、それならいっそ、公開できる身になってしまえばいい。少女は最初こぼれ落ちるんじゃないかと思うほどに目を見開き、そして柔らかく笑った。
「貴方を信じましょう」
これから、宜しくお願いします、そう言って照れる。差し出された手を握って、しっかりと握手を交わした。
思えば、この時に予感がしていたのだ。
頬を赤らめて笑うこの少女が、自分にとって欠け替えのないものになること。
胸を張って大事な娘だと言えるようになることを。
この時はまだ、予感しか感じていなかったのである。
「まず、名前を決めなければね。ないと不便だし、何より書類が作れない」
苦笑して肩を竦めると、なけなしの本棚に収められている本を軽く眺めた。どれもこれもアラガミ関連のモノばかりで、改めて自分の人間としての枯渇さを知る。
少女は神機をほっぽりだして隣に並ぶと、興味深げに本を1冊抜き取った。アラガミの資料集であるその本は、勿論多種多様なアラガミの写真がこれでもかという程詰め込まれていて、子供が見たら泣くだろこれと言いたくなる写真も多々あったが、少女はそれをまるで『見慣れている』かのように流し見て、そっと棚へ戻すと、くすりと笑った。
「あんまり人間向きじゃなさそうですね?」
「そうだね。人につけるにはあまりに恐れ多いし、君にも似合わなそうだ。と言っても、私は名付けとかそういうセンスはとんと無くてね、どうしたものか……」
こめかみを指で揉みうんうん唸るサカキを横目に、少女は尚も本を捲る。
「……けい、う?」
「ん?ああ、よく読めたね。そう、ケイウで合ってるよ」
神の恵雨という章で目を留めた少女が、首を傾げて口にする。
「恵み。うん、いいんじゃないかな」
「何がですか?」
少女がこてりと首を傾ける。
腰をかがめ、にっこりと笑った。
「今から君の名前は『ケイ』だ」
「ケイ……」
「そう。私の娘だから、ケイ・サカキだね。うーん、語呂が悪いかな」
「ううん。ケイでいい! ケイがいいです!」
慌てて首を振る少女は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
よっぽど嬉しいのだろう、けい、けい、と大事そうにその名前を繰り返す。
「気に入ったかな?ん?あれ、そう言えば私名乗ってない?私はペイラー・サカキ」
「ペイラーさん、ペイラー父さん?」
「今日から家族なんだから、好きなように呼び、好きなように喋りなさい」
「――うん! お父さん!」
名の無い少女は最早なく、ケイははにかみながらにっこりと笑った。
その笑顔、とても素敵でした。
訳)サカキ博士大好き!!!