ケイには自分専用の神機が二つある。
一つは現在ケイが使っている、ゴッドイーターたちにごく一般的に使われている第一世代型のロングブレード固定の神機。
そしてもう一つは、記憶の始めからずっと傍にあるもので、違和感もなく受け入れていたものだ。
まるで赤ん坊の頃から、あるいはもっとずっと前から絶えず身に付けていたような、自分の手足のような感覚に近い。まるで当たり前にあったそれは、今はペイラーの倉庫の奥深く、最も厳重に保管されている。
それは研究対象として非常に興味深いからというのもあるが、きっと一番大きな理由はケイの唯一の手がかりだからだ。
ペイラーがケイのことをとても尊重している証だった。
それはともかく、ケイは現在その神機は使っていない。
自分勝手にカスタマイズしたのだろうそれは、未だに見たことがないアラガミの素材を使っていたりと目立つからだ。
まぁとにかくそんなわけで、ケイは今この世代の神機を使っている。
後に旧型と呼ばれるそれは、銃か剣かにあらかじめ固定されていて、途中で変わることは殆どない。殆どというのは、ごく稀にどんな神機にも適応できるというめちゃくちゃな因子を持ってる人がいるからだ。ケイもそのタイプである故に神機実験に高確率で呼び出されるのだが、ここではその話は割愛する。
しかし普段のケイはこよなく接近戦を愛するイノシシであり、ライフルは扱えはするが使用することはほぼない。
そして、ケイの教育係のシンジは大型剣一筋。
つまり何が言いたいのかと言うと、ブレード型二人のこの組み合わせはどう考えてもおかしいということだ。
「そこんとこどう思うシン君」
「どうにかなってるからいいんじゃないか」
ズバリとぶったぎられ、ケイはがくりと項垂れる。
どうにかなってしまってることがまず問題なのだが。
かといっても、今年の新人であるケイとリンドウは両名共にブレード型であり、一部を除いたライフル型がここ最近出払ってるので仕方ないとも言えるが。
アラガミ発生に贖罪の街へ駆り出されて早三時間。
黒く濁り自然消滅するはずのアラガミの死体が地を埋め尽くしている。一応徐々に消えていっているはずだが、それよりも死体を量産するほうが早いので増える一方なのだ。
そう、今まさに大量のアラガミを屠っている最中であった。
「今何時だ?」
「7時半過ぎ」
「そうか、もうそんなに経っていたか。そろそろ終わって欲しいもんだ」
「本当にね・・・あーあ、ソーマに怒られちゃうよー」
「諦めろ」
早朝からアラガミ出現なんてついていない。
叩き起こされそのまま転がるように出撃したのだから、まさか朝の4時に起こすこともできず、何も言えずじまいだった。
アラガミってやつはどうしてこう空気が読めないんだろう、読めないのだから吸わなきゃいいのに。
「おぉっ、見ろケイ。この群れで終わりらしい」
一際大きな個体の後ろには、小型アラガミがぽつぽつといるぐらいで、勢いもなければ数も多くない。
どうやらやっと発生が治まったらしい。
「ひー、ふー、みー………三十匹くらい、ね」
「一体一分で片を付けるぞ」
「ヴァジュラ一分は無理! せめて五分!」
「三分だ」
「鬼ぃー!!」
旧型にカスタマイズ要素はない。
つまり強くなるには、技術と適合率を研くしかない。
幸いにもケイには天性のそれがあった。
まるで体が覚えていたかのように、体の一部みたいに神機を自由に操る。
迫るヴァジュラの左前足を寸分違わず一番弾きやすい右下から跳ね上げ、キィンッと神機が高い音を上げた。予想外の反撃に両前足を上げてよろめくヴァジュラの懐へ一気に入り込み、比較的柔らかい腹へ連撃を叩き込む。十ほど斬ったところでヴァジュラはアッサリと後ろへ無様に倒れたので、ケイはすかさず顔面へ跳んだ。確かにヴァジュラは普段狩っている小型アラガミに比べ耐久力が高いが、そんなもの、レベルを上げて物理で殴ればいいのである。渾身の一撃を顔面へ叩き入れると、ヴァジュラはビクリと大きく痙攣して、動かなくなった。
「止まるな、次行け」
「りょーかい!」
半ばヤケクソのように返答して、ケイは神機をがっちりと掴み、次の標的へと跳躍した。
その実に45分後、戦闘は終了。
ケイはへとへとで、シンジは息一つ乱さず、帰路に着くのだった。
「ソーマ! ただいまって待って待って! 今血まみれだから!」
9時前、アナグラに帰還して報告を終えたケイは駆け寄ってきたソーマに待ったと悲鳴を上げる。
久方ぶりの大量発生、及び大量殲滅のため、ケイの身はところどころ返り血でまみれている。更に酷いシンジはケイに報告を任せて一足先にシャワー室だ。ちょっと大分、人の前に出すのは憚られるほどだったので。
「あ、そっか。ソーマは今日訓練ない日だったっけ」
「稽古つけてくれるって言った」
「はいはい今思い出しました。ちょっと待っててね」
無事な方の手でぐりぐりとソーマの頭を撫で、小走りで自室へ、それからシャワー室へ向かう。
途中すれ違ったシンジに報告を終えた事を伝えて、30分経たない内にエントランスへ戻った。昔はアナグラ内でもよく迷ったものだが、流石にもう主要な所には難なく着けるようになっている。実は1年前までくらいはまだよく迷ってたなんてことは、からかわれるので絶対にリンドウには言わない。
「ごめん待たせたっ」
「別に…………仕事だったんだろ」
「ふふ、ありがとー」
気にするなというところだろう。
ソーマは優しいなぁと勝手にホクホクしていると、後ろにいたリンドウが引き気味にお前は翻訳機かと呟いた。
「おそようリンドウ」
「おう。二人でお出かけかい?」
「訓練場だよ。体動かさないと落ち着かないらしくて。リンドウは?」
「俺は姉上、じゃなかった教官殿と訓練。外のやつら根こそぎ刈ってくれた奴が同期にいてな、近場は空っぽらしい。いやあ誰だろうなー」
「冗談! 文句ならシン君に言ってよ。集まってきたアラガミ、私が倒したのなんて精々3割だもん」
「相変わらずぶっ飛んだ隊長なことで」
げんなり、とリンドウが疲れたような表情で言う。
シンジの規格外さは極東でも抜きん出ている。
純粋な一対一ならケイもそこそこ対抗できるようになったが、対集団戦においてシンジの右に出る者はいないだろう。
上に行くには充分すぎるほどの武勲を上げているが、最前線極東の第一部隊隊長という職が性に合っているらしく、移動命令を悉く蹴っ飛ばしている。あれ、命令って蹴れたっけと思うも、シンジだから気にしない。
そうこう話している内に、焦れたソーマがケイの腕を引っ張った。
「ケイ」
「あ、ごめん。じゃあリンドウ、私行くから」
「おー」
ソーマに引っ張られるままに足を動かし、リンドウに声をかけてエントランスを後にする。
目指すは馴染みの第八訓練場だ。
第八訓練場は昔からソーマがよく使っているため他に人が来ることはほぼない。
昔はゴッドイーター達がソーマを忌避したからだが、今は純粋にソーマが常連だから自然と皆譲っているだけだ。
「無限湧きで、制限時間は………三十分ね」
「一時間はいけるぞ」
「三十分を耐えてからね。ほら行くよ!」
訓練場のシステムは大きく分けて三つ。
一つは完全初心者専用の、ただの的。
壊れても代えが利く消耗品が相手であり、そのサンドバッグもアラガミを形容していない。バレッドの試し撃ちなんかもこれに加わる。
もう一つは動かない模擬アラガミで、これは訓練兵用だ。
特定のアラガミの弱点の場所を自分で探り、当てる感覚を掴むためのものである。
そして今回二人が使用する最後の一つが、ソーマとケイが幼い頃から使用している完全模擬アラガミ。
アラガミの行動のデータを録ってパターン化し、それを限りなくアラガミに近い物質と硬さで作った、簡単に説明すればAIロボのようなもの。壊された順から回収され、地面の下で専用の全自動ロボに修理され、また室内の違う場所にランダムで排出される。といっても、今のところ流石に機械の駆動に限度があり、今のところは三時間が限界だ。
ちなみにシンジなんかはあんまりにも模擬アラガミを手早く壊してしまうために早々に使用禁止にされている。まぁ、シンジには模擬じゃない本物が外で待っているから、あまり必要とは思わないだろうが。
ケイは余裕で、ソーマは若干息切れしつつ三十分を乗り切り、訓練を終了しますというアナウンスと共に出現していた模擬アラガミが地面に消えていった。
「うん、中々」
「だから一時間でいいと言ったのに」
「そうね、これから三十分追加してもいいんだけど………」
「……なんだ」
「いや、なんか、嫌な予感が」
そわそわとケイが落ち着かなさげに宙を見上げた一瞬後、ブザーランプが赤く点滅すると共にけたたましい警報音を響かせた。
続いてオペレーターであるユウナの『居住区に複数のアラガミが侵入してきました! 手の空いてるゴッドイーターは総員向かって下さい! 場所はAブロック北!繰り返します――』というスピーカー越しの声。
ソーマの胡乱気な、ともすれば気の毒そうな視線がケイに突き刺さる。
「お前、やっぱりエスパーだったのか」
「んなわけないでしょ。ってやっぱりってなに!?」
ソーマの珍しい冗談(本人は割と本気)を笑いながら、着けっぱなしだったインカムを耳に再度しっかりと詰めた。
行ってくるね、とソーマへの挨拶もそこそこに訓練場を出る。
それと殆ど同時に、ジジ、と軽いラジオの調律音のような音の後にシンジの声が通信で届いた。
『ケイ、聞こえてるな?』
「シン君、どうしたの? 侵攻地点が増えたとか?」
『それもあるが、現在、砲撃部隊が出払ってるとの連絡が入った。丁度いい機会だから、お前はキヨタカのところへ行ってこい。神機の持ち替えテストだ。あとBブロック方面の壁も破られた』
「うげっ………今、空いてる神機あったっけ?」
正式にゴッドイーターになってからは、まだ一度も遠距離型の神機には触れていない。
調整ついでに手の足りないところを強引に補おうと言う算段だ。
一応、ケイはこの支部にあるほとんどの神機と適合経験があるが、現在使われてない神機までは把握していない。
しかし、そんなケイの困惑を杞憂だと言うようにシンジは返答する。
『心配無用だ、既に楠に連絡が行ってる』
「はいはーい。そういうことなら了解です!」
『キヨタカは、』
「中央棟の屋上でしょ、分かってるって」
話しながらも、ケイはまず神機保管庫へ足を早め、会話が終わったところで本格的に走り出した。ゴッドイーターの本気走りにより五分と経たず着いた保管庫には、整備士の楠トウジが待っていたという風貌で仁王立ちしていた。
「楠さん! 使えるのは?」
「50型と、金剛大筒、獣砲のどれかだ」
「えっと、じゃあ獣砲で!」
「無難だな、持ってけ。ただし、」
「「壊すなよ」でしょ? わかってるわかってるー!」
軽快に返事をして、意を決して神機の柄を掴む。
瞬間、電気が通ったかのような衝撃が腕に走って、数秒後にはケイの掌に吸いつくように馴染んだ。ピリピリと少し腕が痺れているけれど、稼働に特に問題はない。ぶん、と軽く振って痺れを振り払い、楠に軽く挨拶してから格納庫室を飛び出す。
階段を二段飛ばしで駆け上り、この支部で一番高い位置にある屋上に上り詰めた。勢いよく扉を開けば、そこには既にキヨタカがいて、傍らの重装型遠距離超特化神機が鎮座している。
キヨタカの神機は、ここ極東の中で最も特異と言っても良い形をしている。
まず神機そのもののサイズがケタ違いなほど大きい。大砲と見紛うほどの大きさのソレは、当然その飛距離も、威力も大きい。その射程範囲内は成層圏まで届くとも言われるほどで、通称鷹の眼カスタムと呼ばれている。
今のところクセがありすぎて適合者は世界中のどこ探したって卓越した射撃能力を持つキヨタカ一人だ。(ケイも流石にこれを使うのは遠慮したい)使い勝手が決して良いとは言えないそれは、当然持ち運びができない代物なので、最早人間固定砲台のようなものだ。
「タカさん!」
「おっ、来たなお嬢ちゃん。そら、さっさと構えろー」
「はぁい。キンちゃんとウィルは?」
「地上だよ。お嬢ちゃんのソレはまだ試運転範囲内だからな。ま、気楽にやれや」
「うん、分かった」
ともすれば本人すら忘れがちだけれども、ケイは全ての神機に対応し得るかたちの因子を持つ特殊体質である。それは今のところ極東の極々一部しか知らない機密で、一般隊員に説明される予定は今のところない。何せそんな因子のかたちは、現在は世界中でケイ・サカキただ一人なので。
銃器自体はケイも一通り訓練を受けている。銃型の神機も同様だ。
手早くセーフティを外して、標準を合わせて引き金を指で引いた。
結論として、ケイの遠距離型神機実用試験は成功だった。
けれど、まぁ。
「私に射撃の才能はほぼないことがわかった!」
「なにを誇らしげに宣言しているんだ」
そう、ケイに長距離精密射撃の才能はほぼ無かった。
何度か持ち替えた結果、ブラストでほどほどの距離の敵を撃墜するなら得意だし、誤射だけはないので戦力としては申し分ないが。
「スナイパー型で命中率30%か・・・・ブラストでは83%なのにな」
「シン君だって使ってみればいいんだよ、スナイパー型の苦労がわかるから」
「ウィンチェスターなら使ったことあるぞ」
「それマジモンじゃん…………」
何故に若い身空でそんなものを使用する事態になっていたのか甚だ疑問である。
いや十中八九アラガミのせいだろうけれど。