「おーいケイ、起きろー。そろそろ着くってよ」
ゆさゆさと遠慮なく揺さぶられ、あと、三時間・・・と愚図ればばしっ、と軽く頭がはたかれたので、ケイはしぶしぶ目を開けて体を起こした。
ゴッドイーターになって早二週間。
教育期間が終わるまで後二週間で、丁度折り返し地点となった日のことだった。
シンジがとてもイイ笑顔で渡してきた任務は鬼畜を極めでもしたのかという感じの内容で、ケイとリンドウは揃って顔を引き攣らせた。このリーダー、新人相手に加減というものを知らないのだろうかと一瞬疑ったが、何しろ急を要するものだったので二人は駆け足で現場へと向かった。旧横浜でアラガミが超大量発生したことにおいての緊急配備なのだが、それにしたってコンゴウ50体は流石にやりすぎだと思う。コンゴウがコンゴウとコンゴウしてコンゴウで、コンゴウという存在がゲシュタルト崩壊するほどのものだった。向こう一週間はコンゴウが見たくない。
そんな任務をなんとか完遂ししたのはすっかり日を跨いだ時間帯で、再度襲来するのを恐れた依頼人にもう一日警護してくれと頼まれて、結局アナグラに帰還できたのはすっかり夜の帳が下りた頃だった。神機を担いでヘリから降りて、倉庫にしまって報告書をユウナに提出と、ここ二週間ですっかり習慣化した流れ作業を駄弁りながら終わらせる。ご飯食べてさっさと寝るか、と食堂の扉を開いた時。
パンッ、パパンッ、と火薬の破裂する音が辺りに響いた。
思わず中腰になる二人は同じ方向を見て、それからぽかんと口を開けた。
色とりどりの紙吹雪が舞い、二人は細長い色紙を頭からかぶる。間違う事なく、クラッカーだった、パーティでよく見るあの。
「…………シン君? ツバキちゃん?」
「いかにも」
「うわ、姉上クラッカー似合わなすぎ………‥…」
「うるさい。まったく、口の減らない……‥」
ケイの戸惑い交じりの言葉に、シンジは胸を張るまでして大仰に首肯する。ケイも、こんなんだがリンドウも困惑を極め、眼をぐるぐるにさせて混乱していた。
「えっと………あ! でも、あれ? 教育期間終了までなら、あと二週間はあるよね?」
「二人は優秀だからな。前倒しにさせてもらった」
「え……えぇーっ。そういうことは早く言ってよっ!」
「言ったら抜き打ちテストじゃなくなるだろう。二人とも合格だ。どこに出しても恥ずかしくない立派なゴッドイーターだぞ。どうだ嬉しいだろう?」
「う、嬉しいような、これから待ち受けているだろう任務のハードさを思うと複雑なような………」
「私は全然嬉しくないよーっ。遠征任務行きたくない!」
ケイはわーんっ、と泣き真似をするが、言ってる内容は本心からのものだった。
何せ、遠征任務は一つ一つに一週間は最低でもかかるし、その間大陸を跨ぐほどのまともな通信手段なんてないに等しいから、ペイラーともソーマとも、もちろんシンジなどとも業務連絡以外は殆ど一切できないのだ。忘れがちだけれどまだ僅か十三歳のケイでは、さみしい、と悲しむのも道理である。
「ケイ。今も俺たちの力を必要としてる人が世界中にいるんだ、甘えた事言ってるな」
「…………世界なんてどうでもいいもん」
世界の為なんぞに戦ってるゴッドイーターはほとんどいない。
ケイのように、大事な人たちをただひたすら守る為になった者が殆どで、そしてそれは叱責するはずのシンジもそうだった。
「そうだな。お前はそんなものの為に戦わなくていい。だから人を救ってこい。力なき人を守ってこい。できるな?」
「……………………………………うん」
わしわしと頭を乱雑に撫でまわされ、ケイは少し目を伏せてから、大丈夫、ちゃんとできるよと笑顔で頷いた。
シンジは教育期間中、口が酸っぱくなるほど、壊すために神機を振るうんじゃない、誰かを守るために神機を振るえとケイに言い聞かせた。
それはどちらかと言えば討伐するための第一部隊よりも、防衛部向きの考え方だが、それでもシンジはその教育方針を改めなかった。
けれど、それで良いのだ、いや、『そうでなくてはならない』。
シンジは撫でられて機嫌良さそうににこにこ笑むケイに複雑な感情を乗せた眼を向ける。
守ってやりたいからこそ、ままならないものだ。
「はぁーあ、こんなに早く教育期間が終わっちゃうなんて」
「そんなに嬉しくないのか」
苦笑い気味のリンドウの言葉に、ケイはオレンジジュースの入ったコップを傾けながらため息交じりに言った。
「だって、シン君がこんなに長く極東にいてくれるのなんて教育係になったときくらいだし。知ってる?リンドウ。シン君のスケジュールってば、来年までびっしりなんだから」
シンジは現役ゴッドイーターの中でも屈指の実力者で、それ故に各方面からその力を頼られ引っ張りだこ状態なのである。
アラガミが増加の一途をたどっているせいで最近は増々忙しく、少し前までは有給を取って遊んでくれたりしたのに、ここ一年はすっかり西へ東へ奔走していてそんな暇はない。いそいそとトレイ置き場へ食器をを運んでは職員に手伝いを申し出ている我らがリーダーの姿を眺める。
「最近ますますアラガミが出現しているからな、リーダーだけじゃない、新設の防衛部すら本来の支部防衛の職務に偏っていられない状況だ」
「ここ一週間ウィルさんがいないのもそれなのか?」
「そうだ。そういえば今日帰ってくるハズだったんだが」
「あーあ、せめてアラガミがもうちょっと空気読んでくれたらいいのに」
その時、緊急ブザーの甲高い音が鳴り響き、ケイとリンドウのみならず室内にいた全員がばっと顔を上げた。
『緊急警報発令! サイゴードとサリエルが空路で大量発生! 遠征より帰還中の防衛部第五部隊が妨害されています! 各員、持ち場へ急いでください!繰り返します――』
赤いブザーランプが食堂内で点滅し、ユウナの冷静な声がスピーカーから響き渡る。
フラグだったか・・・とリンドウが気の毒そうに呟いた。そんな彼のお腹をグーで殴って、ケイはリーダーへ体を向ける。
「ツバキ、キヨタカの援護へ。ケイとリンドウは俺と共に地上へ。撃墜されたアラガミを一匹残らず駆逐しろ」
「リーダー、また変な漫画読みましたね?」
「ツバキ、今かっこつけてるから茶々をいれるな。あといつどの漫画を読もうが俺の勝手だろう」
「しまらねー」
「シン君らしくて好きだよ」
「それはそれで嬉しくないような………まぁいい、行くぞ。」
了解、と揃って声を上げて、4人は食堂から飛び出した。
「シン君、どうかしたの?」
戦闘終了後、ケイは骸となったアラガミの山から下りながら、こちらをじっと見つめるシンジに首を傾げた。交戦中も頻繁に視線を感じるほどだから、何か言いたいことでもあるのかと思ったのだ。
けれどシンジは口を開いたものの、すぐに閉じてしまった。
それから手招きをするから、ケイは訝しみながらもシンジのすぐ傍まで駆け寄る。すると、がしっと頭を掴まれた後にわっしわっしと撫でまわされた。シャンプーでもしてるんですかと言わんばかりの攪拌に、ケイはますます困惑の色を強める。
シン君、と再度ケイが呼びかけると、シンジは撫でる手を少しばかり丁寧な手つきに変えつつも手を止めずに、今度こそ口を開いた。
「頑張れ、けれど、無理はするな」
それは、複雑な激励の言葉だった。
苦悶と、寂しさと、心配と、ほんの少しの喜びだった。
常日頃ケイがシンジや、アオイ達に抱いているものとよく似たそれに、ケイは擽ったくて目を細めた。まんま喉を擽られる猫のようなケイを他所に、シンジが後悔を滲ませた表情をしているのに気づかず、ケイはただただ笑った。
それはおそらく、シンジが望んだ妹分の表情だった。
教育期間、卒業。