アラガミと呼ばれる未だ人類が正確に把握できない『災厄』は、どこにでも現れるし、どこからでも現れる。
教科書でしか見たことがないイキモノと形容していいのか分からないソレの恐怖は、実を言えばあまり真剣に感じたことはなかった。そもそも生活の中で死の恐怖を感じるほどの危険区域に行ったことがなかったこともある。勿論、犠牲者が出る度にアラガミを多少なりとも恐ろしく思うし、憎くも思う。けれど、今までどこか別の世界の事のように感じていた。
今までは。
ヴィスコンティ家は世界でも有数の資産家であり、人脈も広く、絵にかいたような幸せな家庭であった。資産家というからには、仕事は多く、またその種類も幅広い。
今回、ヴィスコンティ家が参加するパーティも、その仕事のひとつであり、また私事であった。
イギリスに住む取引相手のバースデイパーティに招待されたのだ。
それもそのはず、その取引相手はヴィスコンティ家当主の古くからの良き友人なのであるから。丁度いい機会だから、とヴィスコンティ家の一人息子のお披露目も済ませてしまおう、としていたのだが。
一つ問題が生じた。
イギリス行きの航路に飛行型のアラガミが大量発生したのだ。
アラガミが出現したとなれば、飛行機という飛行機は全機航空を禁止された。勿論私物もその対象に入る。空からだめなら海から、と思えど、港までの間にアラガミの巣食う廃街があった。それもいくつも。
流石に断念せざるを得ないか、いやしかし大事な友人かつ良いビジネスパートナーのバースデイパーティに行けないのも、と考えたところで、ある機関を思いついた。軍とも呼べるその機関は、たしか護衛任務も請け負っていたはずである。
こうして、生化学企業『フェンリル』に一つの依頼が舞い込んだ。
*
一方、フェンリルミュンヘン支部では、近頃大型の新種アラガミが出たとなって、極東支部から応援を呼んでいた。
滞在期間は1ヶ月、期間以内に倒せなければ他の支部からも優秀なゴッドイーターを集らせ袋叩きにする予定だった。
予定だった、のだが。
「いやー、イイ汗かいた!」
「オッサンみたいですよ、ケイ」
極東支部からの応援は3人。
悪名高い極東第一部隊から、1人は極東の主力ガンナー、1人はサポート役の遠距離タイプの青年、そしてもう1人は新人で、訓練上がりたてという幼い少女がいた。勿論ミュンヘン支部のゴッドイーターたちは少女を置いて行くように必死に説得を試みたが、他2人が何言ってんだこいつみたいな視線を向けたので、もうそれ以上は何も言わず、ミュンヘン支部からも優秀なゴッドイーターを何人か討伐へ向かわせた。
結果から言えば、ミュンヘン支部の連中などに出番はなかった。
連携、技術、判断力、あげられるゴッドイーターとして戦うのに必要な全ての能力が段違いだった。特に訓練上がりだという少女は隊長に全く引けを取らないほどの働きぶりで、その強さを目の当たりにした隊員は後日全員その少女に平謝りしたと言う。
「テスカトリポカ、だったか?意外に弱かったな」
「ツバキさんとケイが強すぎるんだと思いますよ、多分」
「ねぇねぇそんなことより!ウィル、ツバキちゃん!せっかく早く終わったんだからのんびりしようよ!」
「そうですね、ここのところずっと働きづくめでしたし」
「まあ……無理だろう」
「「デスヨネー知ってました」」
先程までの殺伐とした気配を一切消し、わいわいと賑やかに談笑する様はとても禁忌種を倒した後だとは思えない。助け合って笑いあった彼らが、まるでゴッドイーターの鑑のように感じられた。
結局彼らは一ヶ月用意されていた任務を僅か2日ばかりで終了し、慌てた上層部がそれに対応。彼らはその働きに免じてか、自らの支部に帰るまでに一週間の猶予を得たのであった。
勿論大喜びした彼らは各々悠々自適に過ごし、そして帰還までに残すところあと二日と言うところで、事件は起こった。
「えー!! なんでこっちに来るの!?」
「先日の大量発生でてんやわんやなんだろう。エントランス行ってみろ、動いてない奴いないからな」
「マジですか………」
その言葉に、2人はがくりと首を項垂れさせた。昼食を3人仲良く食べ終わったところに、爆弾をぶっこんできたのである。
「よりにもよって護衛任務。しかも相手は世界でも有数の資産家」
「苦手そうですよね」
「おいそれはどっちのことを言ってるんだ?言っておくけどな、私は何回もついたことあるし苦手でもないからな」
「私はそういうめんどっちい任務嫌い! 私なんて絶対チビとか小娘とか言われるんだよ! あーヤダヤダ!!」
そう叫んだのは、3人のなかでも最も経験の浅い少女、ケイだった。ケイは教育係が取れて三ヶ月経ったばかりの新人の上、13歳なので背も小さく、どこもかしこも細い。
なので、遠征任務や護衛任務に就いては見くびられ、周りの反応に辟易せざるを得なかった。神機の性質上組むことも多いウィルも、ケイが貶められる事は許せないが、任務は任務と割りきっている。ケイの仕事ぶりを見れば、誰もなにも言えなくなる事が分かっていたからだ。
「ということで、一四○○に出撃用ゲート前集合。復唱不要、返事」
「「了解」」
隊長であるツバキの命令に、ウィルとケイは敬礼を返す。
彼らの腕には、真っ赤な腕輪が武骨に収まっていた。
*
「父さん、本当に行くんですか?」
不安げに訊ねたのは、ヴィスコンティ家の一人息子、ジュリウス・ヴィスコンティである。
彼とその父親はきっちり正装に身を包み、エントランスで彼らを待っていた。言わずもがな、今回の旅路の護衛をして貰うゴッドイーターを、だ。
父はどうやらゴッドイーターを信用しているようだが、ジュリウスはそうではない。
あまり良い噂を聞かないのもあるし、学校でもとことん嫌われている。本当に守ってくれるのかどうか疑問だし、もしアラガミがやってきたら、と思うと、自分も勿論だが、父が死んでしまうと思うと、恐ろしい。しかし反面、怖いもの見たさのような、どんな人間が来るのだろうと子供らしく楽しみでもあった。
「ああ。大丈夫さ心配するな。彼らは強い、誰も死なないよ」
にっこりと笑う父に少しばかり安心するが、実際に見たことのないゴッドイーターをそこまで信用できるのは、人の好い父くらいのものだ。思わずため息が出そうになった時、使用人の一人が早足で二人に近づく。
「当主様、ゴッドイーターの方々がご到着なされました」
「ああ、入れてくれ」
使用人が内側から観音扉を開け、廊下に立っていた3人組が室内からも顕わになる。
一人は成人間際ほどの女性、それと同じくらいの年の男性、それにもう一人、ジュリウスと3つ4つしか変わらないくらいの幼い少女が、そこにいた。真ん中に立っていたリーダー格らしい女性が歩み出て、品よく一礼してから口を開いた。
「本日は我がフェンリルをご利用いただき、誠にありがとうございます。私は部隊長を務めさせて頂く雨宮ツバキと申します。こちらはウィリアム・エーカー、こちらがケイ・サカキです」
「私はヴィスコンティ家当主、ロイ・ヴィスコンティ。今回はよく来て下さいました」
「有難いお言葉です。早速ですが、作戦内容と経路の確認をしたいのですが。それとヴィスコンティさん、この少年がもう一人の護衛対象のジュリウス・ヴィスコンティくんで合ってますね?」
「ああ。くれぐれも息子を頼むよ。さぁ、こちらの席へ」
「ありがとうございます。ケイ、頼んだぞ」
「了解、ツバキちゃん」
「隊長と呼べ」
ケイは敬礼を簡易に済ますと、ジュリウスのすぐ目の前まで歩み寄り、腰を落として目線を合わせた。翡翠の眼が力強く、美しく輝いているのが見える。
「私はケイ・サカキ、君の護衛を務めます。よろしくね、ジュリウスくん」
私が君を守る。約束するよ。
勝気にそう言って笑うその顔はまさしく13歳の少女に似合っていて、同時にとても大人びている。
なぜだろう、ジュリウスには彼女がとても、眩しく見えた。
彼女の笑顔を見た途端、薄情にも今まで聞いてきたゴッドイーターへの不平の声が一瞬で吹き飛んで。差し出された手を、しっかりと握った。
*
むつかしい話は大人に任せて、子ども二人は部屋を出た。
事前にミーティングは済ませてあるし、変更点は後でまた教えてもらえばいいだけの話しなので、ケイがいる意味はほぼないからだ。その間もしもの時に即行動できるよう備えておくのがケイの役目とも言える。現在機動でケイに勝てるゴッドイーターはいないので、そういう意味では適任とも言えるだろう。
ただ待っているのも暇ということで、ケイはジュリウスに手招きして一時的に預けていた神機を持ち上げて見せた。玄関前のフロントには他に人はおらず、廊下の隅でちらほらと使用人が掃除をしたり給仕で行ったり来たりしているのが見える。
白いライトに照らされて、ケイの神機が白銀に光る。
「これが、神機?」
「そ。私のは近距離型だからソードタイプだけど、ツバキちゃんとウィルはガンタイプだよ、ホラ」
ケイがもう片方の手でツバキが使っている神機を持ち上げた。ケイ以外のゴッドイーターには出来ない所業なのだが、そんなことは露知らず、ジュリウス少年は目を輝かせる。大人しい顔をしているが、しっかり男の子のようだ。
「わかる、わかるぞジュリウスくん。大型武器はロマンだよね!」
「はい! とても格好いいです」
「敬語も敬称もいらないよ、私も君に特に気張って使う気ないし」
「むしろ、それは社会人(?)としてどうなの?」
「使うべきところでは使うとも。でも特丸にはあまり使わないかな」
「特丸?」
「君みたいな、子どもやご老人の護衛対象の事。ホントは特殊護衛対象者って言うんだけど、長いから。私はほら、こんなナリでしょ?警戒心を与えにくいからね」
「ちなみに歳は?」
「13!」
「わっか!」
ケイが元気よく答えると、迎え撃つようにジュリウスの悲鳴染みた声が返ってきた。どこへ行っても代り映えのしない想定通りの反応に、ケイはかんらかんらと明るく笑う。
「適性があったからね。ゴッドイーターになれる最低年齢は12だし」
「ええええぇぇぇ、それ、大丈夫なの?」
「ぶっちゃけると、普通は全然大丈夫じゃない。倫理的な問題もあるけど、まず適合試験が乗り切れない上、精神が未成熟だから作戦に組み込めない。つまり戦力にならない」
「ならケイは?」
「まぁ私は、うん、なんというか、少々、ほんのちょっぴり、小指の先ほど、普通の子どもからは逸脱しているのよ」
目をそらして震え声で言うケイに、きっと″ほんのちょっぴり゛じゃ効かない逸脱具合なんだろうな、とジュリウスはくすくす笑った。
「こら、ケイ。何を遊んでいる」
「あれ、ツバキちゃん! 早かったね?」
「隊長と呼べ。有難いことに確認だけで終わったからな。いつもこんなスムーズだと良いんだが……」
「いつもは、スムーズじゃないんですか?」
「ん?ああ、そうですね、大抵の人間が命惜しさにいろいろと口をつけてきたりルートを変更しろと喚いたりと、1時間はかかるものなのですよ」
「やっぱりお偉いさん嫌いなんじゃん……」
「何か言ったか、ケイ」
「ううんなんでもー!」
調子のいいやつめ、とツバキは一つため息を吐き、一七〇〇に出発するから調子を整えておけよと言って外へ出て行った。
「……皆、若いね。隊長さんも」
「そうだね、ゴッドイーターは就職率は低いけど離職率と死亡率はバカ高いから」
ふとジュリウスがじっとケイを見つめて来たので、なんだと思ったら、完全にケイの言い方が悪かったことに気づいた。不安を煽ってどうするんだ、と心中で反省し、それらを一切表に出さずにこりと笑う。
「大丈夫大丈夫! 私、約束は守るもの!」
*
「……何してんの?ウィル。」
あの後多少ジュリウスと談笑して、向こうにもこちらにも準備があるから、と一時解散になった。そして再度集まってみれば、これだ。
ケイが怪訝な視線を向ける先には、今回ヴィスコンティ親子を移送する手段であるフェンリル御用達のカスタマイズ装甲軍車。天井までの高さは約2メートル、その場所に、ウィリアム・エーカーが神機片手に立っていたからだ。
すると、後ろからツバキが声を掛ける。
「私の指示だ」
「え、車の上に乗って何するの?」
「つまりは固定砲台をやれって言ってるんですよ」
「え?タカさんの真似?それとも自殺志願者?」
ウィリアムの結論に、ケイは無邪気に首を傾げる。
固定砲台、つまり車の天井に体を伏せ、移動中近づくアラガミを撃ち落すというわけだ。撃ち落せなければ、すなわちそれは死へと直結し、もし大型アラガミが出てきた場合は車は無事でもウィリアムは確実に死ぬだろう。
「いやいざとなったら天井の窓開けて中に乗り込みますよ」
「あ、そんな機能あるんだ。ん?ちょっと待って、それ原因の解決にはなってないよね?」
「正解だ、ケイ。そこで、私たちの登場ってワケだ」
「車上で迎撃しろと!?」
「余裕だろう?」
「…………コンゴウ・シユウ以下なら」
「よし上等だ」
はあと大きな溜息を吐くケイの頭を、ツバキが宥めるようにぽんぽんと撫でた。その時、弾むような声が屋敷から飛び出した。
「ケイ!」
大きく動いたり、各所破れてもいいような服に着替えて来ると言ったジュリウスは、白シャツに茶色のジャケット、伸縮性のありそうな七分丈ズボンを履いてケイの元へ駆け寄ってきた。
「ジュリウス。準備は平気?トイレ行った?」
「うん! って、そこまで子どもじゃないよ!」
「いや子供だよ。私もだけど。そ・れ・に」
にやり、とケイは意地の悪い笑みをジュリウスに向ける。
「初めて生のアラガミ見て、ちびっちゃう奴も多いからね~。ジュリウスもその立派な服にしみ作んないように」
「そっ、そんな下品な事するわけないよ!」
「言っておきますが、その話マジですよ~。僕の前でもちょっとまえまで偉そうにしてたオッサンが二、三十人は立派な世界地図を描きましたからね~」
すでに車の上に身を伏せ、姿が見えなくなっているウィルが車上からのんびりとした声で追い討ちをかけた。
さてどれほど怖がったかなとちらりと横目でジュリウスを窺えば、少年は深刻な顔をして顎に手を当て考え込んでいた。ケイが首を傾げると、それに気づいたジュリウスがちょいちょい、と手招きをして、ケイに屈むようにジェスチャーする。ご要望通り屈んでやると、ジュリウスはケイに内緒話をするみたいに手を添えて、ケイに耳打ちした。
「そんなに怖いの?」
ジュリウスを見れば、神妙な様子でじっと見つめていて、思わずケイはくすくす笑った。見る見るうちに頬を膨らませていくジュリウスの頭を撫でて宥め、ようやっと口を開く。
「ヘーキだよ! 全っ然怖くない! まぁ食べられるってなったら生物的な本能的に怖いけど、そんな事には絶対ならない。」
約束したでしょ? とウィンクすると、ジュリウスは安心したようにふわりと笑った。
ハロージュリウスくん。