ネメシスの慟哭   作:緑雲

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遠征2

「今回の任務は、至極単純な護衛任務。対象はロイ・ヴィスコンティとジュリウス・ヴィスコンティの二人。二人の身体に無理がない程度の速度で走るので、一晩は車で野営となる。その間はウィルとケイが交代で寝ずの番。走行中にアラガミに遭遇したら基本逃げの一択だが、相手の数によっては戦闘も辞さない。その場合、ケイとウィルはそれぞれを担いで逃げてもらうのでよろしく。任務時間予測はおよそ18時間。以上、何か質問は」

「ありません」

「ないでーす」

「よろしい。では各員乗り込め」

 

 各々それに返事をしてから、3人ともジープ内に乗り込む。既に乗り込んでいたヴィスコンティ親子に会釈して、ツバキは運転席、ウィリアムが助手席、ケイとヴィスコンティ親子が後部座席に座った。しばしして、居住区を抜けたのでウィリアムが車上に上がる。

 

「あ、ケイ、スコープ取ってください」

「はいはーい。どう? 出そう?」

「分かりませんねー。暗いですし。いっそワラビとかタケノコみたいに先っちょが出てたら楽なんですけどね」

「その理屈でいくと、アラガミの角が見えていない場所なんて一部の隙もなくなってくるからやめろ」

「想像しただけで吐き気がするね!」

「そこで怖気ではなくて吐き気となるところが完全にリーダーの気質を継いでいるな」

「ホント!?」

「なんでうれしそうなんですか貴方………」

 

 ウィリアムはげんなりとした表情を浮かべてから、再びスコープを覗く姿勢に戻る。途端にゲッと不穏な声を上げるので、ケイが嫌な予感を胸に装甲車の後ろの窓から外を見ると、オウガテイルが三体と、サイゴードが二体が猛然とこちらへ向かってきていた。

 

「早速お出ましですよ! 小型アラガミ五体! 車、揺らさないで下さいね!」

「無茶を言うな。300m先で右折するぞ」

「ええ!? ケイ、ちょっとシールド展開しといて下さい!」

「はいはーい! ヴィスコンティさんたちはヘルメットとシートベルトを着用して衝撃に備えといて下さいね!」

 

 シートに立って神機だけ車上に突き出し、ガシャンと機械音を響かせシールドをウィリアムの前方に展開する。間髪入れずにサイゴードが突撃をかましてきたので、ケイはシートから落ちないように足で踏ん張った。

 その後運転の荒いツバキによってドリフトを入れられて右へ左へ道を曲がり、夜が明けるまで一旦アラガミの来なさそうな場所で仮眠するというときには、乗員はもれなくグロッキー状態になっていた、無論当人を除いてである。

 

 

「………ケイ?」

「わ、ジュリウス。起きちゃった?」

 

 慣れない車中泊だからか夜半に目が覚めてしまったジュリウスは、それでもなんとか眠ろうとし、結果散々寝返りを打っただけとなった。これではいけない、と何か飲み物でも飲もうと身を起こして水筒を傾けたとき、ふと車内に一人足りないことに気づいた。

 外へ出ると、案の定少女は車のトランクカバーに背を預けて立っていた。

 ケイはジュリウスに気付くとぱっと顔を上げ表情を和らげる。秋真っ盛りで気温が一桁な真夜中だからか、彼女は厚手のマフラーで首元を覆い、ダッフルコートを羽織っていた。長く見張り番をしていたのかもしれない、彼女の鼻の頭と頬は真っ赤に染まっている。

 

「ドイツは寒いねー。マフラーとコートが手放せないよ」

「ケイのところはあったかいの?」

「冬はそこそこ寒いんだけど、ここほどじゃないかな」

 

 小走りで近づくと、どうやら彼女は端末を片手で弄りながら缶コーヒーを飲んでいたらしい。

 

「眠気覚ましにね。こっちは家族へメール。もう一ヵ月帰れてないから」

「三ヵ月も?」

「最長で半年だから、ゴッドイーター的にはそうでもないんだけどね。むしろ平均的」

「ずっとドイツに?」

「ううん、ここに来る前はロシアで、その前がフランスに、インド。エジプトにも行ったよ。アラビア語でもアーンミーヤ、っていうエジプトの方言が主に使われてて、意思の疎通が大変だったよー」

「え、英語は?」

「ツバキちゃんが『この機会に覚えてしまえ』って使わせてくれなくてさ」

「何言語喋れるの!?」

「行った国の言葉は大体」

「……ゴッドイーターって、大変だね」

「そうね、最低でも英語は履修しておかないと難しいかしらね」

「英語なら僕もわかる!」

「そうなの?ちっちゃいのに頑張ってるねぇ」

「ちっちゃくはないよ、子ども扱いしないで!」

「私より年下は基本おちびよ」

 

 ぽんぽんと頭を撫でられ、ジュリウスは唇を尖らせて不満を訴える。ケイは勿論くすくすと笑うばかりで、言葉を撤回する様子は見せない。

 そうしていると、背後から「ケイ」と声が上がって大層驚き、思わず肩が跳ねてしまった。

 

「あれ、なんでジュリウスくんも?」

「起きちゃったみたい。交代?」

「ええ。おやすみなさい、二人とも」

「了解。おやすみなさい、ウィル」

「おやすみなさい、ウィリアムさん」

 

 ウィリアムに就寝の挨拶をして、再び車内に戻る。

 あれほど寝付けなかったはずなのに、彼女に宥められるように撫でられていたからか、春の日差しの中にいるかのように、柔らかく眠りに落ちた。

 

 

 

「Oアンプル中毒になりそう」

「代わりますか?」

「ヘーキ」

 

 翌日、揺れる屋根の上、ケイはげんなりと持ち物袋を確認した。アラガミ襲撃数が先日の比ではなく、ケイは早くもOアンプルを切らしかけているのだ。

 

「なんでOアンプルって注射器なのかな」

「ホントそれですよね、飲めればいいのにって思いません?」

「わかる。私点滴でもいっつもそう思うもん。黄色いところがブドウ糖で、透明なところが抗生物質なのにって」

「そうなんですか」

「多分ね」

「医務室の常連は流石ですね」

「病弱っ子みたいに言うのやめてよ」

 

 ちょっと因子の形が他とは違って、ちょっと人より身体が小さいから怪我や無理をしやすいだけである。ヴィスコンティ親子は、体力が消耗しているのかどちらも毛布にくるまって横になっている。ジュリウスは若いからかそこまででもないようだが、ご当主様のほうは完全にグロッキー状態だ。

 失礼しちゃう、と頬を膨らませたのも束の間、ケイの目は一瞬で細められることになった。皮膚がざわつくこの感覚は間違いない。

 

「中型かな? アラガミ接近!」

「相変わらずの野生の勘ですね………援護は?」

「いらない! ツバキちゃーん! 一旦止めて!」

「チッ、出たか。どこからだ!?」

「五時の方向!」

 

 ケイが嫌な予感がするポイントを睨み声を上げたその時、朽ちかけのビルの向こうから、ゆったりとジャンプしてそれはやってきた。赤い鬣、四足歩行の厳めしい黒い肢体、ヴァジュラだ。一匹の後ろから、もう一匹、もう一匹と姿を現し、こちらを睨みつけてくる。

 

「三匹かぁ」

 

 ケイの呟きに応えるように、彼らは一斉にグオオオオォォォ、と怒号にも似た嘶きが街路を揺らす。

 一度大きく跳躍した彼らは、狩りをする狼がごとく、一心不乱にこちらへ駆け出した。スピードを落とす車から飛び降り、ケイも迎え撃つように駆け出し、神機を持ち直す。こちらを捕食しようと開けられた大口に、どうぞお収め下さいとでも言うように神機を捻じ込んだ。素早く捕食形態に切り替え、柔らかい口内から肉を切り裂く。声にならない悲鳴を上げてもがき倒れたヴァジュラを振り返らずに続けてもう一体に斬りかかる。眼球にライダーキックをお見舞いし、そこを足場にして反転、もう一体へ飛び掛かって足を一本吹っ飛ばした。地面に一度片手を着いてバク転し、地を蹴って再度突撃。まず息絶え絶えな最初の一体のそれを止めてやり、足がなくなって地面で虫のようにバタつくもう一体の顕わになった腹を縦に切り裂く。浅く切っただけの残り一体が十数秒のうちに繰り広げられた惨事に怯みでもしたのか、ぐるるる、と唸って犬のように牙をむいている。向かってこないのかと少々失望し、ケイは唸っていた一体へ跳躍し、無慈悲に横に一刀両断する。ドスン、と血飛沫をまき散らせ崩れ落ちる身体、残り二体も既に息絶えたらしい。

 

「ふむ、こんなものかな………ゲッ、返り血」

 

 コアを回収しながら全身を確認して傷がないか確認中に見つけた腰元にべっとりと付着した血液(実際には血液ではないのだが)に顔をしかめた。手早く神機にコアと素材を回収してもらい、ツバキたちの元へ帰る。

 

「ただいまー、そっちに敵来た?」

「大丈夫でしたよ。相変わらず素晴らしい手際で」

「ありがと!」

「さっさと乗れ。アラガミがまた沸いて出てこない内にな」

「はーい!」

 

 なるたけ音が響かないようにリーフの上に飛び乗って、自分の神機とウィルの神機を天窓から手を突っ込んで持ち代える。

 

「ケイ、頬に返り血付いてますよ」

「えっホント?」

 

 ウィリアムに右頬を指さされ、慌てて手の甲で拭いさる。独特の鼻につく臭いと粘り気のある液体に、思わず顔をしかめた。

 

「あぁ、ジュリウス、起きたの?」

「うん。ケイ、これ。ハンカチ」

「あ、ありがとう。って、良いの?汚れちゃうよ」

 

 車内からスッと差し出されたハンカチを反射で受け取るが、白いレースのそれは汚したら取り返しのつかないので困った顔でジュリウスに念押す。

 すると彼は心底呆れかえった顔で応えた。

 

「何言ってんの、ハンカチなんだから汚れるのは当たり前だろ」

「………それもそっか」

 

 年少の者に正論で返され、反論する術も持たないケイは大人しく頷いて厚意に甘えることにした。

 

「洗って返すね」

「え、いいよ!」

「ウィルー、アラガミの体液って家庭用洗剤で落ちたっけ?」

「無理ですね!」

「うん、まぁ、そういうことだから」

「え、えっと………じゃあ、よろしくお願いします?」

 

 ごめんねーと肩を落として謝罪する。

 それを事前に言っておけば良かったかもしれない、というかハンカチくらい常備しておけば良かった、と自らの女子力の低さを呪った。

 

 

 車の背面にある横長の小窓。

 そこから、ジュリウスはケイの戦闘の一部始終を見ていた。

 小さな身体が、身の丈二つ分もあろう程の巨大な刃を自由自在に振りかざし、自らの身体さえ武器にして巨体を踏みにじる。赤黒い液体を被り鈍く光る銀色が、太陽に反射して錆色に瞬き、朱色のマントが鮮やかにはためいた。

 ―――圧倒的で、鮮烈な強さだった。

 

「素質ありますね。ね、リーダー」

「やめておけ」

 

 ウィリアムがくすくすと微かな笑い声を漏らしながら放った言葉に、ツバキが呆れたような抗議するように制止の言葉を投げる。首を傾げるばかりのジュリウスに、ウィリアムは内緒話をするようにジュリウスの脇に屈んで小声を出した。

 

「ケイの戦いっぷり、綺麗だって思ったでしょう?」

「え?え、っと……はい、とても。」

 

 ジュリウスの言葉を聞いて、ウィリアムはやっぱりとでも言うようにふふふと笑い声を上げる。しかしそれは、どこか安堵しているようにも見えた。

 

「あの姿をね、死神とか呼ぶ連中は少なくないんですよ」

 

 ケイの戦いぶりを見た一般人の多くが、彼女をそう喚ぶ。昏い眼をして怪物を叩き潰す無慈悲さ、神を地に堕とす傲慢さ、身の丈に合わない高すぎる力量。

 

「だから、ありがとうございます。彼女のこと、怖がらないでくれて」

 

 それはお礼を言われることではない、ジュリウスはそう思いながらも、大人しくこくりとひとつ頷くだけに留めた。駆け寄ってくるケイを見て、ぼんやりと思う。先ほどの姿を格好いいと思ったのは事実だった、舞踊にも似たそれを、美しいとも。

 けれど無意識に擦ったらしい頬に描かれた凄惨な模様は、無邪気に笑う彼女には似合わないなと漠然と思った。

 

 

 

 

「お待ちしておりました。遠路はるばるお疲れさまでした、道中大変だったでしょう」

「そうですね。しかしゴッドイーターの方々のおかげで危険はありませんでしたよ」

 

 それはそれは、と向こう方と談笑する父に、ケイのところへ行ってもいいかと目線で窺うと、父は笑みを浮かべてジュリウスの頭をぽんぽんと撫でた。了承と言う事だった。

 あの後幾度も幾度もアラガミに追われ、それら一切を捌き切ったゴッドイーター達は、荒い運転によって約一名以外は死屍累々と化していた。目当ての少女のすぐ傍まで寄れば、彼女は青い顔を上げる。

 

「あぁ、ジュリウス。どうかした?」

「その言葉そっくりそのまま返すよ」

「うん………いつものことだから気にしないで………」

「いつものことなんだ………」

「ツバキちゃんってば運転下手なんだものッ!? いった! 痛いよ!」

「目の前にいる上官の悪口を堂々と言う馬鹿がいるかっ」

「えぇーっ、絶対理不尽だよ! 悪口じゃなくて正当な評価だもん!」

「リーダー、僕もそう思いまッ痛いッ!!」

 

 ゴンッと頭蓋に響く拳骨を落とされた二人は悶絶しながら頭を抱え、ちらちらとアイコンタクトで不満を交わすことで鎮めた。ひどくない、ひどいですよね、帰ったらシン君にチクろ、そうしましょう、そんな具合である。

 余談だが帰還してシンジにそのようなことを申し立てたところ、「ツバキの運転は………アレだ、慣れろ」とだけ言って話を終わらせられたのである。

ひどすぎる。

 

「ふーっ。よし」

「大丈夫?」

「うん、もう大丈夫になった、今」

 

 ニッと笑みを浮かべる彼女は、確かにもう平気そうだった。機嫌よさげにわしわしーっとジュリウスの頭を左手でかき混ぜる。

 

「それにしても無事に着いて良かったですね~」

「連チャンだからな………ケイもこれで遠征任務は終了だし、私も肩の荷が下りるというものだ」

「ホント!?」

「ええ、新人の遠征任務集中期間は三ヵ月ですから」

「やったーー!!」

 

 1、2メートルほど軽々跳ねて喜ぶケイはパッと見どこにでもいる少女である。右手に神機を持っていなければの話だが。

 

「どうしたの? ジュリウス」

「………もう、会えない?」

 

 彼女が故郷を大切にしていることは、見ていればすぐわかる。そんなに大事な場所から、そうそう大きく動く事は無いだろう。

 つまりそれは、ジュリウスとの永遠の別れに等しかった。

 ケイはしばしきょとんと固まって目をしばたかせた後、にぱーっとジュリウスのそんな考えを吹き飛ばすように笑った。

 

「会えるよ! また会える」

「いつ?」

「さあ? でも生きてさえいれば、いつか必ずね」

「ホント? ホントのホントに?」

「本当よ。私、ちゃーんと約束、守ったでしょ?」

 

 そうだ、彼女はきちんと、ジュリウスを守ってみせた。

 そして何より、嘘を言う事を思いつきもしなさそうな能天気な顔でそんなこと言われれば、ジュリウスとしては、仕方ないと笑って肯定するしかなかった。

 この再会の約束が、計らずともそう遠くない未来に、最も望まない形で叶ってしまうのを、今はまだ、誰も知らなかった。

 

 




今日投稿するのはここまで。
以下人物紹介
ジュリウス・ヴィスコンティ(8)
まだ幼いし入隊してないので敬語はない。が、良家のぼっちゃんのために一通り行儀作法とかは習っている。人形みたいに繊細で美しい容姿をしていて、現時点では正義感が高めの普通の少年。礼儀正しく心優しい、いかにもな模範生。ケイに憧れに似た感情を抱く。
ウィリアム・エーカー(18)
愛称ウィル。ツバキの一つ下の後輩。ケイにお兄さん風を吹かせてる。誰に対しても基本的に礼儀正しく、常に敬語を使っている。その穏やかな気性とは裏腹に、神機はバリバリのブラスト。薄緑のパーカーに黒いハーフズボン、長めの黒髪を襟足で縛っている。イメージカラーは若草色。極東出身ではないが、十歳のころから住んでいる為に第二の故郷と思っている。出身はアメリカ。
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