二十分後、三人は地を埋め尽くす程のアラガミの死体を踏みつけ、乗り越えてその場に立っていた。
ケイとリンドウは肩で呼吸を整え、身体に幾つかの傷ができているが、シンジにはそれら一切がなく、平然とコートについた埃を払っている。その身には傷どころか返り血ひとつすらなく、まるでちょっとした外出から帰ってきたかのようだ。
息を整え、ケイはそんな化物染みたリーダーに呼び掛ける。
「シン君、タカさんからの通信が来るまでどうする?」
「ふむ、特にやることもない。各々休憩だな」
「他のところはどうなってますかねぇ」
「なに、どうにかなってるさ。これくらいでバテるほどやわい奴等じゃない。キヨタカから連絡でも来ればいいんだがな」
「いくらタカさんでもこんなに早く終わるなんて思ってないでしょーよ」
ケイが笑いながらそう言ったとき、ピピピッ、と通信を告げるアラーム音が無線に響いた。
『おうおう三人とも生きてるかー?』
「シンジ、生存確認、通信状況良好」
「………ケイ、生きてまーす」
「リンドウ、生きてます」
あんまりにもあんまりなタイミングに、ケイは若干引きつつ、リンドウは笑いを堪えつつ応答した。タイミングが狙われ過ぎて、ケイはたまにタカさんはエスパーなのではないかと思う。
「こっちは片付いたぞ。そっちは?」
『まだドンパチやってるぞ~………うし、命中』
「通信しながら撃ってたんですか………」
『そんくらいは楽勝。デルタと通信繋げるぞー』
ジジ、と僅かに電波が乱れる音の後、聞きなれた声が次々と耳に届いた。
『アオイ、聞こえてるわよ~。シン君たち、生きてる~?』
『キンタ、聞こえてるッス! 重傷者ナシッス!
「わー、二人とも元気だね。こっちに怪我人はないよ、アラガミも殲滅完了」
「タカ」
『ちょい待ち………作戦一日目完了、各方面迎撃成功。総員待機位置へ戻れ。だとさ』
「了解。デルタ、待機中も警戒を怠るなよ。アナグラに戻るまでがえんそ……作戦行動だぞ」
『今、遠足って言いかけたッスよね』
『八割方言ってたわよねぇ』
『リーダー、お願いですから作戦行動中くらい気の抜けた号令はやめてもらえますか?』
「ケイとリンドウにはこのまま俺が着くぞ」
「『『話をそらした!』』」
ブチッと横で勢いよく通信を手動で切ったのを見たケイとリンドウは視線を合わせて薄く苦笑する。
当然それに気づいたシンジは問答無用でケイの頬をつまみあげた。なんでわたしだけ!と動かしにくい唇で必死に訴えるも、シンジは男の頬なんか抓んで楽しいわけあるか、と真顔で言い切った。
リンドウを運転手にジープに乗り込んだところで(シンジのジープはアラガミに捕食されてお釈迦になった)やっと手を放してもらい、そういえば、と頬をさすりながら口を開く。
「軍部のほうはどうなってるの?」
「ああ、お前たちは遠かったからな。あっちこっちでどんちゃんやってたぞ。喰われかけて敗走してたがな」
「「デスヨネー」」
エンジンが低い唸り声を上げたとき、緊急アラートが三人の耳に響く。無線ではない、近くの巨大な熱反応を感知した『避難用』のアラートだ。
即座にシールドを展開したシンジが伏せろ!と叫ぶ。ケイとリンドウはリーダーたるシンジの鋭い声に反応し、神機を上段に構えて身体を屈めた。
直後、熱風と衝撃波が三人を襲った。ゴッドイーターの肉体をして溶け墜ちそうな灼熱、ジープが横倒しそうなのを、ケイは咄嗟に神機をつっかえ棒代わりにして支えた。息もできないその中が永遠ほどに続き、ようやっと空気を吸えた頃には限界で、ケイとリンドウは激しく咳き込んだ。胸を押さえてなんとか息を吸おうとする二人の背中を、シンジが優しくさすった。
「大丈夫か、新人ども」
「これ、はっ……新人かんけいな、ゲホッ!」
「ガハッ、ゲホ!……リーダー、今のは……」
「わからん。が、ロクでもないのは確かだろうな」
見ろ、と促され、二人とも顔を上げる。
周囲を見渡すまでもなく、そこはひどい有様だった。大量の黒煙に包まれて尚わかる、アラガミに食い荒らされながらも聳え立っていたはずの全壊した摩天楼、燃え尽きたように黒く焦げた地面、爆発こそ奇跡的にしなかったものの、すぐに離れた方が良い状態のジープ。先程までかろうじて街の殻を被っていたそこは、ただの荒れ地と化していた。
「シン君、これ」
「とりあえず、ここを動くぞ。コイツももう動きそうにない」
シンジが使い物にならなくなったジープを蹴っ飛ばして溜息を吐く。
煙や塵、破片を叩き払い、三人は少し晴れた煙の中を慎重に歩いた。
「なんの爆弾だったんだろう」
「おそらくMOABだ。アメリカだかが開発したアホ程の威力の爆弾………あぁ、あっぱりな」
ぱし、とシンジの手がケイの両目を覆うように頭を掴む。痛いよ、と抗議しようと口を開いた矢先に、口からひどいにおいが鼻に逆流してきた。硝煙と鉄と、血と、肉の焼けるにおい。すぐ隣から、えずくリンドウのくぐもった声が聞こえた。
「自爆か。リンドウ、吐いていいぞ」
「シン君」
「いい、お前は見るな。……こんなバカなことした奴らの最期なんぞ、子どもが見て良いもんじゃない」
「リーダー、俺も一応未成年なんスけど……」
「お前はもういっぱしの男だろ」
「う゛……嬉しいような、複雑なような」
「素直に嬉しがっておけ。……さあ、こんなところさっさと抜けよう。待機場所は……こっちか」
「いだだだだ、シン君、離して痛い痛い痛い」
「あー……もう少しだから、我慢しろ」
頭を掴まれたままでずるずると引きずられるので慌てて足を動かす。わしゃわしゃと雑に撫でてくるそれはすぐわかった、リンドウの手だ。それがどこか縋るような、自己を律するようなものだったので、ケイはそれに気づかないフリをして、もっと丁寧に撫でてよ! と不満の声を上げた。リンドウが悪い悪い、と微かに笑ったのを感じて、ケイもほっとして小さく笑う。
ジジ、とインカムに僅かにノイズが走るも、それが音声を吐き出す事は無かった。ゴッドイーターと違ってさほど強化されていないそれでは、先ほどの爆風と熱に耐えられなかったのか、単純にジャミングでもかかってるのか。
「無線は通じない、ジープはオシャカ、で、ここはアナグラから40キロ以上離れた場所……作戦終わったらどうやって帰ります?」
「徒歩だろ」
「徒歩かぁ」
「うへぇ……せめて途中でチャリでも落ちてねーですかね」
「アラガミに喰われてるだろ………」
*
通常、大規模作戦は長期的戦闘を想定としているが、対アラガミにおいてはそもそもがフェンリルによるアラガミ完全殲滅を念頭に置いている為、今回の作戦は急激増加したアラガミの殲滅。つまり最長でも一ヵ月が目途となっている。それ以上を請われても、現存するゴッドイータの数は少ないどころか、日々減ってきている現状では、長く拘束することは良策とは言えない。
そんなわけで今回の作戦は大規模と言えど日程は七日、つまり一週間だ。それでも、その一週間極東支部の機能はほぼ半減するわけで、結構な被害ではあるのだが。
本日、第一日目のアラガミ掃討数は、予定では約200体、のはずだが、各地での大幅な増殖の為に実際に倒したのは400半ばといったところだろう。初日でこれとは、最終的な殲滅数はいくつになることやら。
「無線、直りそう?」
「予備で持っていた部品の換えで出来るだけのことはするが……さて」
ガラスがなくなって窓枠だけになったそこから望遠鏡で見張りしながら、背後でランプを脇に無線を修理するシンジに問いかけるが、彼は肩をすくめるだけに留まった。ニッパーとドライバーを道具箱に放って、ガチャリと硬質な音が室内に響く。
「ケーイ、外どうだ? こっちは異常なし」
「敵影どころか、動いてるのなんか雲の影くらいだよ」
「こっちもだ。おっそろしいくらい静かだな」
「さっきの爆発が効いたのかな?」
「まさか。あんなもんでアラガミに打撃が通るくらいなら、俺達ゴッドイーターは上がったり下がったりだ」
「だよ、ね…………」
「ん、どうした?」
「わかんない。けど、胸がざわざわする」
爪先からびん、と張り詰めた糸の僅かな振動のような感覚が駆けあがる。それらが心臓に集まって、ざわざわと大きな衝動になった。落ち着かない、何か、遠くで、自分の手の届かない何処かで、誰かが助けを求めている気がする。
今にも駆け出していまいそうな足を叱咤して押しとどめたその時、シンジが繋がった!と無線を耳に押し当てた。ケイとリンドウはシンジに飛びつき、自分たちにも聞こえるようにインカムに耳を寄せた。
「こちらアルファ、エコー。無事合流後、待機場所にて第二次戦闘態勢中。本部、聞こえてるか?」
『……ンジか? こち……本……至……』
「なんだって? 無線の調子が良くない、もう一度言ってくれ」
シンジが眉根を寄せて出来る限りはっきりとした発音で復唱を要求するが、無線から流れるのはノイズの音ばかりで、途切れ途切れにでも聞こえた声は遠く、遂にはブツリと音を立てて途切れた。
「………これさぁ、やばくない?」
「やばいな。戻った方がいいかもしれない……が、足がないんだよなぁ」
「でも行かないわけにはいかない、ですよね」
「ああ。………作戦行動中だが、仕方あるまい。責任は俺が持つ。野営は中止、これより夜間移動を開始する。夜間だからと言ってアラガミが沈静化するわけがないのは知ってると思うが、各員、警戒はくれぐれも怠らないこと。先導は俺、殿はケイに任せる。リンドウ、荷物は任せたぞ」
「「了解」」
使い物にならなくなったインカムを投げ捨てて、さして広げていなかった荷物をかき集めて屋内を後にする。作戦開始時には明るかった晴天は、既にすっかり赤く染まり、追いかけるような藍色が空を覆い始めていた。みんな、無事かな。ほんの少し弱音にも似た不安を零すと、リンドウに神機を持っていないほうの手でガシガシと髪の毛をかき混ぜられた。それから、あの人たちが簡単にくたばるわけねーだろ、と軽く笑い飛ばされる。
ケイはそれに、うんとだけ返して小さく頷いた。