ネメシスの慟哭   作:緑雲

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前回までのあらすじ
『妹ができました。』


親愛

 

 

 神機から黒い狼のような顔がずるりと出てきて、地に伏したコンゴウの口からコアを抜き取った。コアを眺めながら、シンジが片手でインカムにスイッチを入れてマイクを口に近付ける。

 

「コア収集完了、作戦終了。これより帰投する」

「ふー……おつかれー!」

「ああ、お疲れ。やはりあの作戦以降、アラガミが少なくなったな……仕事が減るのはいいが、目的のアラガミを探すのに苦労するな」

「そうだねー。まさか空母まで来ることになるなんて……シン君、帰りはぶっとばしちゃって!」

「……お前、最近早く帰りたがるが、何かあったのか?」

「エッ、な、なんにもないよべつに!」

「…………うん、まぁ、何かあったら頼れ、いいな」

「はーい!」

 

 頭を撫でられて兄貴然として微笑むシンジに、ケイはついいい子のお返事をしてしまった。ほぼ条件反射だった。これがお兄ちゃん力……! と内心慄きながら、軍用ジープに乗り込む。

 

「でも珍しいねー、シン君がこんなに長くいるなんて」

「まぁ、今は配属地の極東が混乱状態だからな。本部も人の心があったというところだろう」

「本部かー。どんなところ?」

「アナグラに人員と資源と設備を大幅追加して和気藹々さを引いた感じだな。良い奴もいないわけじゃないんだが、どうにも固くてな……というか、連れてくぞ」

「………え」

「言ってなかったか? 来月に一度俺が本部付近の遠征に行くからな、ついでに挨拶廻りに連れて行こうかと」

「………あーっ、あの一番最近ので三か月後って言ってたアレ!?」

 

 帰ってきたときにシンジから伝え聞いた遠征任務だが、指令が一向に降りてこなかったのですっかり忘れていた。

 

「えぇぇ……それ、どれくらいかかる?」

「任務はクッソ簡単だからな、長くて一週間ってところだ」

「………簡単なのにシン君が呼び出されたの?」

「ま、向こうの人員はまだまだタマゴだからな」

「殻割ってすらないんだ……ちなみに私は?」

「……猫かと思ったら、実は虎の子で……いつの間にか腰元あたりまで大きくなってた……ってところか」

「…………にわとりで例えてたんじゃないの?」

「細かい事は気にするな」

 

 動かすぞー、と声を掛けられ、荷台の取っ手に掴まって壁に背を預けた。ガコン、と一度大きく揺れてから振動と共に動き出す。愚者の空母は凹凸が大きいので、普段乗り物酔いしないケイでも酔いそうである。

 第二次アジア支部合同大規模作戦から一ヵ月が経った。アラガミ防壁は完璧に直ってはおらず、ヨシノさんは防衛部と防壁際の詰め所に缶詰、怪我人は半数が復帰し、被害に遭った外部居住区の修復もそこそこに進んでいる。未だに混乱してはいるものの、着実に快方への道を辿っている。しばらくすると見えてきたアナグラは元通りとは言えないにせよ、元の形に近付いてきていた。

 

 

 

「あら、おかえりぃ、ケイちゃん」

「おかえりッスー!」

「おー、おかえりおじょーちゃん」

「みんなただいまー! 後でね!」

「あ、ケイ! ご飯一緒に食べませんか?」

「ごめーんウィル、先約あるんだ! また今度!」

「またッスか? 最近付き合い悪いッスね~」

 

 ごめーん、と舌を出しながらエントランスを駆け抜け、丁度着いていたエレベーターに飛び乗る。報告書は後で提出するとして、それとなく内容を頭の隅で考えながら、自室まで走る。識別コードを手早く入力して、ただいまー! と部屋の扉を開けると、即座にその口を小さな手で塞がれた。目を瞬いて視線を下へ向けると、もうずいぶん長い付き合いにも思える少年、ソーマがいた。首を傾げると、しー、と指を口に当ててから部屋の奥を指さす。その先には、ソファで転寝ばかりに静かに眠るナナの姿があった。

 

「さっき眠ったんだ。しばらくそのままにしてやろう」

 

 小声のそれに、ケイは自分で自分の口を押えてコクコク頷いた。忍び足でソファに近付き、ナナの顔を覗き込む。安らかなその相貌はやはり幼く、半分開いた口からはよだれがはみ出ている。小さく笑みを零して、起こさないようにそっとそれを拭ってやる。

 香月ナナは非常に明るく良い子ではあるのだが、ケイはどうにもナナから避けられていた。避けられているというより、戸惑われているというか、困られているというか。ちなみに意外にも、ナナが一番懐いているのはペイラーである。ソーマもそこそこ懐かれているので、ケイがナナにスキンシップを図ろうとするとサッと彼らの背に隠れるのだ。

 なんでだかなー、と悲しい気持ちになりながらナナの隣に座って彼女の頭をよしよしと優しく撫でると、ナナは寝ぼけているのかケイにもたれかかり、手に擦り寄ってきた。

 

「うーん、寝てるときは好かれるんだけどなー……」

「好かれてはいるぞ」

「えー」

 

 ケイの反対側、ナナを挟んでソファにソーマも座ってそう言った。ケイが口をとがらせて疑念を声に出すと、ソーマは難しそうに顔を顰める。

 

「多分、お前の好意は少し真っすぐ過ぎるんだ…………意味、わかるか?」

「………ごめん。全然わかんない」

「だろうな………」

 

 何と言えば伝わるのか悩んでいるのだろう、額を片手で押さえてうんうん唸るソーマに、ケイはまた少し笑った。そうこうしている内に、ナナが目を覚まして慌てて距離を取られた。ソーマの背に隠れて恐る恐るこっちを窺うナナはそれはそれで可愛いが、ここまで露骨にされると若干傷つく。

 

「うう………ナナちゃーん………」

「うっ………えぇ~~」

 

 片や嘆き片やおろおろとして、それらに挟まれたソーマが深い溜息を吐くで割かし混沌とした空間の中、部屋の扉が開く。

 

「ケイー! ちょっと手伝ってほしいことが……って、おや?」

「お父さーん!」

「おっと………あー……なるほどね?」

 

 涙目で飛びついてきたケイ、呆れ気味のソーマ、その後ろからこちらをすまなそうに見つめるナナ。奇妙な三角関係を察したらしいペイラーが、肩を竦めてやれやれと苦笑した。

 

 

「あぁ~あ、なんであんな避けられちゃうのかなー……」

 

 ペイラーの研究室で書類とコア整理しながら研究成果をまとめつつ、それはもう大きな溜息を吐くケイに、ペイラーは資料整理を傍らに口を開いた。

 

「ソーマはなんて言ってたんだい?」

「えー……なんか、私の好意は真っすぐすぎるって……」

「ふむ、中々的を射ている発言だ。でも口ぶりから察するに、嫌われていないことはわかっているのかな?」

「……ソーマがそう言ってたし、私も、なんとなくはそう思ってるけど……」

「なら良かった。……推測だけど、ナナは今まで、ヨシノくんと二人でずっと過ごしてきたのだと思う。母親の愛情を一身に受けていたのは間違いないだろうが、ヨシノくんが任務でいないときは、おそらくずっと孤独だったろう」

「うん……」

「だから、君がくれる愛情が恐いんだ」

「……お父さんとか、ソーマからのは?」

「私はナナくんに特に興味を持ってるわけではないからね。お客さんとして歓迎はするけど、それだけだよ。お互いに適当になれるから、楽なんだろう。ソーマはそういう人の機微に敏感だし、ソーマ自身の、ほら、前の環境もあるから距離が取りやすいんじゃないかな」

 

 そう言われれば、思い返せばナナはペイラーと一緒にいるとき楽しそうというわけでもなかったように思う。楽、というのは確かに合ってるのかもしれない。

 

「でも、恐いって? 慣れてないとか、困惑してるとかじゃないの?」

「確かにそれもあるだろう。けどね、初めて触れる母親以外からの見返りの求めない、いわゆる無償の愛。今、それに慣れてしまったとして、彼女たちの家はいずれ直るだろう、そして家に帰れば、彼女は独りだ。幸福な日々の思い出だけを抱え、ひとり家に居続けるには、彼女は幼すぎる。ナナくんは、それを本能か直感かでわかっているんだろうね」

「………そんなの、ヤダ………いつか来る別れを恐れて今を犠牲にするなんて、間違ってる。それに、」

 

 ケイが言葉を続けようとしたとき、部屋が赤く点滅し、ビーッビーッと警報が鳴り響いた。次いで、ユウナのアナウンスが流れる。

 

『緊急警報! 緊急警報! Bブロックに巨大アラガミが複数接近中! 支部内にいる手が空いてるゴッドイーターは直ちに迎撃に向かってください! 繰り返します――』

 

 放送内容を聞き終わってすぐ、ケイは書類を机に置いてマントを羽織り、行ってきます! と一言だけ言い捨てて部屋を飛び出した。そこで、部屋のすぐ前にいたらしいナナにぶつかりかけて、慌てて踵で急ブレーキをかける。

 

「ナナ! なんでここに?」

「っ、あ、あのね、ケイさん!」

「うん。どうかした?」

 

 急いでいることも忘れて、ケイは俯き気味なナナの顔を覗き見るように小さくしゃがみこむ。何かを伝えたそうにする彼女に、促すように小さく首を傾げた。

 

「また、戦いにいくの……?」

「え。う、うん。そうだよ?」

 

 心配そうに見上げて来る眼に、ケイは戸惑い気味に頷いた。そういえば、最近はアラガミが少なかったから、日に何度も出撃する事は少なかった気がする。視線を彷徨わせて口を開けては閉じるナナを、ケイは一つ頷いてから軽々と抱き上げた。

 

「わわっ!」

「ダイジョーブダイジョーブ! ナナちゃんはなーんにも心配しなくていいからね」

「え………」

「何があっても、みんなのところに帰ってくる。―――私がお父さんとした、ゴッドイーターになる前にした約束。だからちゃんと帰ってくるよ。ナナちゃんたちがいる場所に、絶対」

「…………………ほんとに?」

「本当に。たとえナナちゃんが家に帰ったとしてもね、会いに行くよ。何度仕事に行っても、何度別れても、必ず」

 

 にっ、と笑みを浮かべてから、ナナを床に下ろす。猫耳に似たセットをされた髪型を崩さないように撫でまわし、出撃要請に応えるため足を動かした。

 

「――――おねえちゃん!」

 

 ともすれば助けを呼ぶ悲鳴のような声に、ケイは足を止めて振り返る。

 眉がさげられ、きれいなガーネットの瞳が不安げに、しかし期待を込めて、揺れた。

 

「……って、呼んでも、いい?」

「―――――――勿論! 行ってきます、ナナ!」

 

 

 

 

「ところでソーマ、どうしてナナが私を嫌ってないってわかったの?」

「………お前が知らないからだ。お前がいないときのナナ、いっつも泣きそうな顔して、明日こそ勇気を出すって意気込んでるんだぞ。気付かないほうがどうかしてる」

「ちょっ、ちょっとソーマ!! 言わないでよ恥ずかしいなー!」

「……………………………………………………」

「………ケイ?」

「おねえちゃん?」

「―――――ナナ! 今日は一緒のベッドで寝よ!」

「え、えぇえっ!? あ、いや、嫌じゃない! 全然嫌じゃないよ!? じゃなくて、その、嬉しい……かも」

「マジ天使」

「パッティ化はするなよ」

「大丈夫、ソーマも大好きだから!」

「何も大丈夫じゃないしひっつくな!!」

「なになに? おしくらまんじゅう?」

「やめろ! 来るな! フリじゃないぞ!!」

「今日は三人でご飯食べてお風呂入って一緒に寝ようねー」

「わーい!」

「離せえええええええええ!!!」

 

 




これにてナナ編、一時終了。

香月ナナ(4)
ケイとめっちゃ仲良くしたかったけど、また離れることがわかってたから中々一歩を踏み出せないでいた聡い子。GE2のナナすごい鋭い子だったからこの頃は分かりすぎて色々と怖かったんじゃないかな、と推測してちょっぴり臆病にしました。実はすごく明るいしうわべだけ明るくもできる。ケイをおねえちゃんとして慕いまくる。子どもなのでソーマも呼び捨てです。イメージとしてはチワワって感じ。

思春期ソーマVS羞恥心ゼロ期ナナによるケイ争奪戦、ファイッ!
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