新年明けまして一発目、と言いたいところですがいつまで明けましておめでとうございますと言って良いんでしょうね。そんなわけで続きです、本部です。新キャラがざくっと登場です。この人以降は当分重要な新キャラは出ません。
「ケイ、コイツがフェンリル本部、大将の稲妻ヴェルト。今年で40歳」
「シンジから話は気持ち悪いほど聞いているよ。今後ともよろしく。あ、公式の場でなければどう呼んでくれても構わないからね」
「コイツいっつも甘味持ち歩いてるぞ、お、今日は饅頭か」
「びっっっくりするほど馴れ馴れしいね!?」
話は、三日前に遡る。
*
「ええ~っ! おねえちゃん『えんせいにんむ』に行っちゃうの?」
「三ヵ月も前から決まってたことだからね~……しかも行先は本部。ナナの為にもキャンセルしてあげたいけど、今回はちょっとなぁ」
目ぼしい任務や日中の業務を済ませ、明日からの遠征任務のための荷造りをしている内に、すっかり打ち解けたナナが背後から突撃してきて、ケイは若干前につんのめった。なにしてるの~? と聞かれて答えた後が、前述した反応である。行先を聞いて不審に思ったらしいソーマが眉根を寄せる。
「本部………? 何しに行くんだ」
「挨拶ついでに仕事だって。シン君と一週間だけ行ってくるよ」
「挨拶って、誰に」
「さあ? シン君は『オッサンに会いに行く』って言ってたけど」
「……………………………………………」
「そ、そんな胡乱気な眼をしなくても……大丈夫だよ?」
多分、と付け加えたのが悪かったのか、今度は二人共から胡乱な眼を向けられ、なんだか心が痛くなったのでそっと目を逸らした。
―――そして、冒頭に戻る。
「えっと、ケイ・サカキです……苗字が稲妻、って、極東の血が入ってるんですか?」
「うん、ドイツと日本のハーフ。ここに来る前は極東でしがない政官をやってたんだけど……何がどうしてこうなったやら……」
何がしがない政官だ、とシンジが溜息と共に吐き出すが、当のヴェルトは苦笑いするのみだ。柔らかそうな真っ白の髪が後ろで一房に纏められて、ふわふわ肩口で揺れ、垂れ気味の眦の下には、穏やかなエメラルドグリーンが光彩を放っている。肩書と苗字に反してかなり温厚な人間らしい。
「それにしても聞きしに勝るサイズだねぇ……よくもまぁこの細腕であんな大きな武器を振るえるものだ……」
「これでもゴッドイーターですから」
「そうだね。……はぁ、本部から何も支援が出来なくてすまない。記録上史上最年少の神機使いに何かしらの措置をすべきだと提言したいのは山々なんだけど、そんな君を広告塔やプロパガンダにしようと目論むバカを押しとどめるのに防戦一方でさぁ……」
「チッ、使えないな、ヴェルト……」
「君が上まで上がってきてくれたら、もうちょっと政略の幅も広がるんだけどなぁ! 元ゴッドイーターの頭がキレる人材が欲しいって言ってるじゃないか!」
「断る。俺は生涯現役だ」
「いや定年になったら引退してよ……」
「極東に不安要素がなくなってたら考える」
「……難しくないかい? それ」
「は? 無理に決まってるだろ。ケイがいる時点で俺は安心できない」
「一休さんか君は!」
ポンポンと目の前でテンポよく続いていく会話に、ケイは少し驚いてから、それから笑みを浮かべた。シンジがここまで言葉遣いを荒くする対象は珍しい。おそらく、良い人だ、と思いつつ、やんやっやんやとまだ言い争い続ける二人を見やる。そして、とても曲者なんだろうなぁ、とも理解していた。
ついでだから懇親ついでに本部を案内して貰え、と言い残して去ったシンジの仰せ通りに、ケイは早速ヴェルトにフェンリル本部を案内してもらっていた。………はず、なのだが。
「――あ、ヴェルト大将! 一昨日申請しておいたサンプルの件なんですけど」
「ああ。それなら明後日には届くはずだよ。ルイ君が受注表持ってるはずだから、彼に尋ねると良い」
「――ヴェールトー! 先週提出されてた論文貸してくれ! こっちで検証実験する事が決まった!」
「わかった。後で届けさせるよ」
「―――ヴェルト! 第二実験場でやったアスベル式神機精製のテスト結果、早く提出してくださいね! 至急! 至急ですから!」
「はいはい。今日中には纏められるから待ってくれ」
「―――ヴェルト大将! 明日の会議の資料、当然できてますよね?」
「………どうだったかなぁ。支部間の神機使いの貸与と派遣のヤツだよね? 頭の中ではできてるんだけどなぁ」
「――ヴェルトたいしょー! コレ頼まれてた一か月前のシンガポール支部の事件のまとめです」
「ありがとう、確認しておくよ」
「案内になりませんね……」
「ごめん……何せやる事が多くて……」
いつの間にやら押し付けられた書類の山を両手で抱えて、ヴェルトはそれはそれは深く溜息を吐いた。ちなみに持ちきれなさそうな分はケイが抱えている。何せヴェルトの腕といったら男としては相応程度の太さなので、見てるこちらが心配になってしまったのだ。全体的にもひょろ長い感じの容姿も手伝ってだろう、どことなく頼りなく思える外見だが、不思議と先ほどまで人に応対しているときは妙に頼もしく見えていたのに。
「研究者もしているんですか?」
「元が理系だったから齧った程度だけどね。できることはやってるんだ」
「これ、齧った程度でできることの範囲じゃないと思いますけど………」
ちらりと見えた書類には、神機運用コストの削減やら、適応時の安全性の確立やら、オラクル細胞の最適化だけでなく、アラガミ検証実験のデータ、対アラガミ防壁の強化に伴う素材代替案など、それはもう幅広く深くまで展開されたものが数多にある。決して齧った程度で手を伸ばせるほどのものではない。
「これ全部やってたら、身体壊し―――へぶっ」
「うわ、サーラ! 人の顔に飛びつくのはやめろって言ってるだろ! ごめんね、ケイちゃん、っていだだだだだ、なんで私は噛むんだ!」
前方から勢いよく飛び込んできたそれに、言葉と共に顔が飲み込まれる。きゃんきゃんと聞き覚えの無い高い鳴き声が頭上で吠え、ヴェルトが隣で何やらぎゃんぎゃん騒いでいるのが耳に届く。書類を片手に持ち替え、顔面に張り付いたそのもふもふの塊をベリッと引きはがす。
「……何です? この生き物」
「えっ。あ、そうか……もう君らは知らない世代なのか。この子はサーラ。犬っていう生物なんだ。この前本部の子たちがアラガミに追われていたこの子を見つけてね」
「それで、保護することにしたんですか?」
「そう。愛らしいから貰い手には困ってないんだけど……どうもこの子が頷いてくれなくて。この通り世話してる私すら噛みつく始末だ……」
ケイが首根っこをぶら下げる間にも、サーラと呼ばれた犬という生き物は、がじがじとヴェルトの手を噛んでいる。どこもかしこも真っ白くやわらかい毛に覆われた両腕に収まるサイズのそれは、きゅるんとしたつぶらな黄色い眼玉をケイにじっと向けた。敵意は特に感じない。むしろ可愛らしい。
幼い子ども相手のように両脇を掴んで持ち上げているのだが、どうやら居心地が悪いらしいので床に下ろすことにした。犬の抱き方は流石にわからない。サーラは床に下ろされてしばらくケイの足元をうろうろした後、マントに爪をひっかけて登ってきた。うなじ部分に腰を下ろし、頭にあごを乗せる体勢で落ち着いたらしい。
「オス? メス?」
「オス。しかし、妙に懐いてるね」
「わん!」
「……らしいです。……ふふ、ふわふわで首がこしょばい」
よく手入れされているのだろう毛並みが首元を擽り、ケイは思わず笑い声を漏らした。その上サーラが尻尾を機嫌よく振り回すものだから、それがまた背中にあたって擽ったい。
「ケイちゃん、君、サーラの飼い主になってやってくれないかな」
「え? えー……どうでしょう。というか支部って、動物オッケーなんです?」
「敬語無くてもオッケーな会社なんだから、動物の同伴くらい許されるよ。駄目なら私の権限で許す。というか、ここにいつまでも置いてあげるわけにはいかないんだ。一応名目上としては保護として置いてはいるけど、犬は居住区ではそこそこ見かけなくもないからね」
「今更元のところに返してきなさいって言われても、無理ですもんね」
「うん無理。何がって、みんなそこそこ可愛がってるから置き去りに出来るゴッドイーターがいない」
「そういうことならわかりました。生き物は飼った事ないですが、がんばります! よろしくね、サーラ」
「わん!」
僅かに顔を上げ見上げると、サーラもわかっているのか元気よく返答をした。
「うんうん、相性バッチリだね。さて、気を取り直して、支部案内の続きと行こうか―――」
『緊急警報! 緊急警報! 対アラガミ第三防壁にヴァジュラ三体接近中! 本部内のゴッドイーターの可及的速やかな対応を要請する!』
「……………」
「あの、本部の案内は?」
「いやいやいや、今の放送聞いてた!?」
「え、ヴァジュラ三体ですよね。なら本部のゴッドイーターで事足りるじゃないですか」
「えぇぇえええ、ってそうだった! 君極東支部勤務だった! しかもあのシンジの教え子!」
がくー、とヴェルトがその場で地面に両手をつく。ヴァジュラ三体なんて極東支部では新人の登竜門的存在だが、他支部では基本的に、ヴァジュラが出たら大騒ぎなのである。極東って戦力過多すぎでは? と思わなくもないが、最近のアラガミが強くなっていることも鑑みれば実は時々極東の面々でも厳しいところがある。無論、ケイが所属する第一部隊は化物ぞろいなのでそうはいかないが。
「あ、シン君!」
「ここにいたのか。……なんで犬を乗っけてるんだ?」
「可愛いでしょー? 大将さんに貰ったの!」
「確かに愛らしいが……っと、そうだった。出撃だ、ケイ」
「えー? 私出る意味ある?」
「あるある。というかお前が倒せ。ここのゴッドイーターの軟弱っぷりは見てられん。おいヴェルト、ここの戦力訓練させておけ。本部崩壊とかシャレにならんからな」
「急務として尽力してはいるんだけどね……各支部から移転させるのは今年からやっとだしさあ」
「中々良い素材はいる、お前らがどう生かすかだ。ケイ、行くぞ」
「はぁい……サーラ、大将さんと一緒にいてね」
お辞儀するように前屈してサーラをコロンと地面に転がす。うまく着地したらしいサーラがお行儀よくお座りして行ってらっしゃい、とでも言うかのようにわん! と吠えた。
さて、自分たちの出番となれば、急がねばならない。ケイはシンジの背中を追いかけ、踵を返して本部内を駆け抜けた。
*
目を閉じろ! という声に咄嗟に従うと、瞼の裏で眩い白が溢れたことから、アラガミ用閃光弾が使われたことが分かった。後ろを振り向きそちらを見ると、真紅のコートを風にはためかせる頼もしい神機使いの姿があった。
「赤城さん!」
「よっ、マルセル。援軍に来てやったぞ」
「ありがとうございます! まだこいつら新人で……おい! 一旦引け!」
閃光弾に苦しむヴァジュラにこれ幸いと距離を取り回復錠を飲むゴッドイーター達に向かって声を張り上げる。しかし、シンジはそんなマルセルに晴れやかな笑みを浮かべて佇むのみだった。
「おう。まぁ、援軍は俺じゃないんだけどな」
「え?」
新人共がこちらへ戻ってくるのを確認しつつ疑問の声を上げる。しかし、その意味はその直後に突き付けられるように理解することになった。
マルセルの右を、緋色の閃光が走った。
つられてヴァジュラを見やれば、重い斬撃の音と轟く接合崩壊の音。ズウゥン、とトン単位の重さの身体が地面に伏す。
「………あー……ごめんシン君。コア、刺さっちゃった!」
「減点だな。ここが極東なら支部長にスゴまれてたぞ」
「ちぇ」
呆然としているのはマルセルだけではない。その場で一緒に戦っていたゴッドイーター全員、その場に釘付けになって少女を食い入るように見つめていた。真っ先にマルセルが理解を越えた光景に叫ぶのは五秒後。その少女が神機使いになってまだ8か月だということを聞いて叫ぶのは二十秒後の出来事だった。
*
ヴェルトの腰元あたりまでしかない少女が建造物並みの大きさをした化物を鮮やかに倒していく様を眺めて、彼は小さく息を吐いた。
なんて美しい。
荒ぶる神とまで呼称される、人類の天敵。そんな存在を前にして尚、ヒトはどこまでも徹底的に足掻き続け、抗い続け、強くあり続ける。その姿の、なんて―――人間らしいことか。
「サーラ、お前、ホント人を見る目あるよ」
足で耳を掻く子犬を撫でてそう語り掛けると、サーラはわおん、と鳴き声を上げた。彼はびっくりするほど聡明で、頭がいい。
少し接しただけでわかる。彼女はどこまでも普通で、どこにでもいる女の子だった。そして、心底善人だった。きっと今まで、良い人に出逢えて生きてきたのだろう。
「力になってあげるしかない、よなぁ」
ヴェルトはそのために、今もここでアラガミに抗っているのだから。
*
騒がしく詰め寄ってくる本部勤務の神機使い達から逃れつつ巨大な壁を見上げると、柔らかな白が目に入った。ヴェルトが戦線を見ていたらしい、ヘタレそうな見た目の割に、戦闘を見られる程度の胆力はあったらしい。
「いや基本的にアイツはヘタレチキンだぞ」
逃げ切った後に神機を格納している最中、シンジがヴェルトについてそう評した。
「だが善人ではある。それは俺が保証しよう。あぁ後、良ければヴェルトって呼んでやってくれ。稲妻って苗字はあまり好きじゃないみたいなんでな」
「わかった。ヴェルトさんだね」
「呼び捨てでいいぞ、あんなやつ」
「あんなやつってひどいんじゃないかな……」
「なんだ来たのか」
「サーラがうるさくて……けど、シンジの言う通りだ。私も君をケイちゃんと呼んでいるんだから、君ももっと、自然に接してくれて構わないよ。あ、サーラどうぞ」
「ありがとうござ……ありがとう、ヴェルト」
サーラを手渡されて敬語でお礼を言いかけ、慌てて言い直す。よくできました、と男性にしては細い手がケイの黒髪をさらさらと優しく撫でる。
優しいのは、間違いない。善い人なのも、間違いない。けれど、ケイが感じるのはそれだけではなかった。父と慕ってきたペイラーと接する時と似ている、少しだけこそばゆい感覚。それに加えて。
なんだかとても、懐かしい。
稲妻ヴェルト(40)
真っ白の長い髪を後ろで一つに纏めていて、鮮やかなグリーンの眼を持つ優し気な見た目の男性。年齢の割に若々しく見えるゆるふわ系四十路。ノリが良く多弁で、いるだけで気が緩む、と時たま実験の現場から外される。が、実のところそれは彼の多忙を緩和するためであり、部下からのささやかな心遣い。誰とでもフランクに接せるが、典型的な八方美人なので特定の人と深くかかわることは実はあまりない。基本的にヘタレチキンなので、窮地に陥ると傍観か撤退を指示してしまうのが悪癖。
常に甘味を持ち歩いていて、ポケットを叩くとビスケットが一つ二つ三つ四つ出てくることもザラ。本人もかなりの甘党であり、饅頭を特に気に入っている。粒あん派。饅頭は貴重なので、普段持ち歩いてるのはチョコやキャンディ。
シンジとはそこそこに長い付き合い。ケイには色々と複雑な想いがある模様だが、純粋な好意も持っている。年の離れた妹か従妹、もしくは姪のように思ってる。