ネメシスの慟哭   作:緑雲

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本日二本目。今回は、あの人が登場します。


不穏

 本部付きの神機使いを相手に訓練に付き合ったり、ヴェルトの手伝いをしたり、中々休もうとしないヴェルトを休ま(昏倒さ)せたりしていたら、あっという間に一週間が終わる前日になっていた。サーラの飼い方はこの一週間で完璧にマスターした。というより、サーラは殆ど手がかからない子だったのである。トイレは勿論、お手、おかわり、伏せ、待て、降参……と、シンジが面白がって教えた後半さえお手の物である。本部の神機使いも短い期間ながら中々神機の扱いが上達し、セオとマリア、シークという同期と研究員の友人も出来た。

 目下の課題は……

 

「ヴェルトとシークがうっかり徹夜しないように、よろしくね、マリア!」

「はい! わたし、頑張っちゃいますよー!」

「……うん、やっぱりよろしくね、セオくん」

「わかった。任せろ」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ!」

「なんでわたしじゃダメなんですかー!」

 

 ガッシリと握手を交わすケイとセオに、ヴェルトとマリアがブーブーと不平の声を上げる。シークは大きな丸眼鏡の端を片手で持ち上げて、そっと目を逸らした。シークは自覚はできているのだ。できているだけだが。ちなみにマルセルさんは出張中である。

 迎えに来ていたヘリの羽が動き始め、シンジが降りて来た。

 

「そろそろ帰投するぞ。またな、ヴェルト。シーク、セオ、マリアも」

「ハイハイ。ケイちゃん、コイツについていけなくなったらいつでも本部においで。困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれて良いからね」

「うん。またね、ヴェルト。エヘヘ、なんかお兄さんが増えたみたいで楽しかったよ! セオくんとシークもね! マリアは……うん」

「わたしは!?」

「マリアはもう少ししっかりしてくれよ。ケイ、またね」

「また、ね……」

「うん! 連絡ちょーだいね!」

 

 大きく手を振り、シンジに続いてヘリに乗り込む間際、あっ、とケイが声を上げた。訝し気にシンジが振り返る。

 

「サーラ、首輪は?」

「わふ?」

「わふじゃないでしょ……」

「取りに行くか?」

「うん。シン君は待ってて。サーラ、行くよ」

「ワン!」

 

 戻ってきたケイに怪訝な顔をする面々に、忘れ物! と言い捨ててその横をすり抜ける。人にぶつからない程度の速度で廊下を駆け、その横をサーラが遅れずに着いていく。この一週間お世話になった部屋の中、ベッドの上を見れば、案の定そこに首輪が置きっぱなしになっていた。ヴェルトに貰った金色のフェンリルマークのストラップがついた赤い首輪。サーラの白い毛皮によく映えるので一人と一匹は気に入っているのだ。

 手早くサーラに首輪を取り付け、さあ屋上へ戻ろう、と部屋を出るところで、そこに人が立っていることに気付いた。

 真っすぐな金の髪を肩甲骨まで伸ばした少女。頬に小さな傷跡があるが、それでもなお整った容姿の少女に、ケイは首を傾げる。少女の見た目はどう見てもケイと同い年くらいだ。それくらいの年齢の子が、ケイ以外にそう本部にいるものだろうか。

 

「迷っちゃったの? お父さんとお母さんがどこにいるかわかる?」

 

 託児所からでも出てきてしまったのだろう、と深く考えず結論付け、少女の目線まで腰を落として聞いた。少女は車いすに乗っていたのだ。

 少女はケイの言葉がまるで聞こえていなかったかのように、じっとケイを見つめ続けている。石か氷にでもなってしまったかのように動かず、表情の変化も見られない。一点のみを見つめ続ける海の色は深海のように暗く、重い。万一耳が聞こえないとしても可笑しな反応に、ケイはますます首を傾げた。どうしよう、と途方に暮れかけたとき、不意に少女の右腕が持ち上がる。ケイに、触れるように腕が、

 

「ワン!」

 

 サーラの鳴き声に、ケイは咄嗟にそちらに反応して身体を逸らした。そこでようやく、サーラがグルルル、と低く唸り声を上げていることに気付く。

 

「サーラ? どうかしたの?」

「―――……ふふふ、賢いわんちゃんだこと……」

「っえ、あ、喋った!」

「ええ、喋れます。……ふふ、ごめんなさい、少し不躾でしたね」

 

 目元を和らげ、緩ませた口に上品に手を当てる少女は、先ほどの空気が嘘だったかのように柔らかな雰囲気を纏っている。見間違いだったのかな、と先ほどのことはすっかり水に流して、ケイは安心したように笑みを零した。何とかコミュニケーションは取れそうだ。

 

「それで、貴女はどこから――」

「ねぇ、ケイさん。一つ聞きたい事があるのですが、いいかしら?」

「へ? え、えぇー、どうぞ?」

 

 有無を言わさぬような威圧感を持つ少女に、ケイは少々戸惑いながら質問を促す。見た目の割に随分大人びた話し方をする子だな、と少し思ったが、お前が言うなと諸々から指摘されそうな気がして頭の隅に追いやった。

 

「貴女はどちらを選ぶのかしら? 祝福か―――終焉か」

「……えぇと、話が見えないんだけど……」

 

 あんまりにも抽象的な言葉に、ケイは眉根を寄せた。というよりさっきから今にも飛び掛かりそうなサーラを押さえつけるのに忙しい。答えを出さないケイをじっと見た後、少女は一瞬にして表情を失くす。それにまたぎょっと驚き、身体を固まらせるケイに、少女はまたも、先ほどのように腕を伸ばした。

 何をしてくるのか分からない上に、相手が少女とあって、ケイには振り払うという選択肢が思い浮かばなかった。取り合えず避けた方がいいかもしれない、けど全くの無邪気から来る子供の戯れという可能性も捨てきれない。未だ迷うケイに少女の手が、届きそうに―――

 

「そこまでだ、モンストレス」

 

 ふわりと、白が視界を遮る。

 抱え込まれるように、ケイが長い腕に包まれる。ぱちぱちと目を瞬かせ、それから見上げると、そこには見慣れない表情を浮かべたヴェルトの顔があった。いつもほけほけとゆるふわな空気を醸し出す間の抜けた表情はそこにはなく、眉根を寄せ、目を吊り上げて険しさを全面に押し出していた。警戒、非難、それとほんの少しの嫌悪を滲ませるその緑の眼は、じっと少女を睨みつけている。ケイをかばうように、あるいは隠すようにしているため、ケイから少女の姿はちらりとも見えない。

 

「心配になって迎えに来て良かった。……まったく、何故お前はいつも最悪のタイミングで来るんだろうな」

「ごめんなさいね、悪気は、ないのですけど……」

「そうだね、お前に悪気はない。だからと言って許されるわけでもないだろうけど」

「ふふふ、手厳しい、そして過保護なこと。その子、とても興味深いですね」

「この子はお前にやらない。帰れ、今日は面会の用事は取り付けられていない。ここはお前の来て良い場所ではないぞ」

「………ふぅ、やはりあなたと私は相容れませんね。不思議ですわ、こんなに近いのに」

「帰れ」

 

 固く、力強く吐き出された彼の言葉に返答するように、少女の憂いを帯びた溜息が漏れた。

 

「そうですね、今日のところはここで。それではケイさん、また今度、機会がありましたら」

「そんな機会はない、永遠に」

「心の狭い男は嫌われますことよ。……‥では」

 

 美しくお辞儀する少女の姿が、ケイには瞼の裏に浮かび上がるようだった。からからから、と車いすが転がる音が徐々に遠のく。それが完全に聞こえなくなったところで、ケイとヴェルトは同時に詰めていた息を吐いた。

 

「ありがとうヴェルト、彼女は?」

「……できれば、知らないでいてくれたほうが良かったんだけどね。ラケル・クラウディウス、アラガミ研究の中で神童と恐れられる研究者だよ」

「それにしたって、浮世離れしすぎな気が……」

「まぁ、ね……ケイ、いいかい? 彼女には十分警戒してくれ」

「うん……でも、どうして?」

「マッドサイエンティストももっとマシって性格だからね、近づかないが吉、警戒が良、二度と会わなければ最善、って感じなんだ」

 

 はあ、と深く溜息を吐くヴェルトに、ケイは薄く苦笑を返す。嘘ではないけれど、言わないでいることがありそうだが、ケイは静かにそれを飲み込んだ。

 先ほどのヴェルトの気迫はほんものだった。そう、まるで、例え自分が犠牲になったとしてもケイを守り抜くとでも言うような、痛いほどの決意。少女、ラケルがいなくなったことでやっと警戒を解いたサーラが、ハッハッ、と犬特有の呼吸音を出しながらケイを見つめている。そんな彼の首元をかりかりと撫で、もう片方の手でヴェルトの袖を引く。気付かなかったフリして、ケイは笑顔を浮かべた。

 

「そろそろ行こう、シン君待ちくたびれてるかも」

「あはは、そうだね。彼は不機嫌にさせたら面倒だ」

 

 でしょ? と笑い声を上げながら、ケイは強張った手でサーラを撫でた。

 あの人、どうして私の名前を知っていたんだろう。そんな疑問を、胸の奥に沈めて。

 

 

ヘリに乗り込み、閉められた扉についている窓から見えなくなるまで延々手を振り続けた後、ケイは先程の事は胸の奥にしまうことにして、シンジの横に座った。

 

「本部いいとこだったねー」

「良いとこしか見せてないからな」

「やっぱり?」

「面倒だからな。なー、サーラ」

「わん!」

「……今更だが、コイツ本当に犬か? 俺の知ってる犬より少し大きいんだが……」

「ヴェルトが犬って言ってたから、大丈夫だよ!」

「……アイツ、案外テキトーなんだよなぁ」

 

 

「――――――うん、オオカミだね!」

「やっぱりか」

「……おお、かみ?」

 

 帰還早々、引っ付いてきたナナを腰に巻き付け、サーラを頭に乗せてペイラーの研究室に突撃すると、わざわざ遺伝子検査をしてくれたペイラーにそう告げられた。

 オオカミ。名前は聞いたことがある、たしかフェンリルの元になった動物だ。ケイ含むナナとソーマが首を傾げていると、ペイラーが続いてオオカミについて説明し始めた。

 

「見た目は犬に酷似してはいるが、大きさがまず段違いだね。成人男性ほどの大きさになることも珍しくないし、体重も勿論それに比例する。飼育はとても難しく、闘争本能が強ければ我も強い。これが資料写真だよ」

「すごーい! サーラもあんなにかっこよくなるの?」

「……返してきたほうが良いんじゃないか?」

「うーん、でも私以外に引き取られようとしたときはすごく怒ったって言うし……お父さん、ダメかな?」

 

 無邪気に驚くナナの一方、ソーマは深刻そうな表情でケイを見上げてきた。データを見る限り、現代でオオカミは非常に珍しい種族になっているらしい。それなら保護という名目も保てるだろうが、サーラがひどくケイに懐き、従順なのも事実だった。ケイ自身も愛着が湧いてしまった身となっては、サーラにお別れはあまりしたくない。困り果ててペイラーに伺うと、ペイラーは意外にも、あっさりと頷いた。

 

「うん、ここに置いたままでも良いんじゃないかな」

「え!」

「オッサン、正気か?」

「勿論だとも。極東は本部には及ばないがそれなりに配給はマシな部類だし、資源もないという訳じゃない。ケイがちゃんと躾をできるなら、少なくともここで保護するのはそう悪い選択ではないよ」

「そうは言いますが博士……」

「それに、ケイは精神的には大人びてるけど、感情理解が幼児レベルだからね。ここらで情操教育をさせておかなければならないと思っていたんだ」

「幼児!?」

「それにオオカミは色々と有用性がある。嗅覚は人間のおよそ四千倍、一晩中走り続けられるタフネス、危険を察知する本能……うん、早速サーラ君を上手く活用できるよう各部署に提案書でも出しておこう、それとヨハンへの申請書も」

「待ってお父さん! 幼児って、幼児ってなに!?」

 

 抗議を込めて反論の声を上げるが、悲しくもペイラーにははいはいといなされて終わってしまった。シンジにも幼児は黙ってろーと意地の悪い顔で頭を掴まれるし、ソーマは察するところがあったのかそっと目を逸らされるしで、ケイの味方は慰めるように足元に摺り寄るサーラのみだった。

 

「そういえば、私たちがいない内に何か変わったことあった?」

「……あぁ、そういえば、防衛部がなくなったな」

「へ!?」

「人数が保てなくなって、班に規模が縮小したのさ。これから第三・第四部隊は防衛班になる」

「えぇ……うわ、そう言えば今第一部隊とタカさん以外で生き残ってるのって……」

「ウィル、スバル、ナツキ、メアリー、ロック、ヨシノさん、サツキ……だけだな、うん。そりゃ班にもなるか」

「大規模作戦はもう二度とやりたくないってぐらいの損害だね……」

「幸いなのは殆どが怪我で辞めたって事くらいか」

 

 唐突に告げられたビッグニュースに、ケイとシンジは残っているメンツを指折り数えて眉根を寄せた。無傷なのは第一・第二部隊くらいであり、偵察班も調査班なども犠牲者を輩出している。

 

「人手不足極まってるね……」

「その上、入隊者はいても適合する神機が中々見つからなくて神機使いの新入隊員はあまり望めない」

「ひえぇ……今年は忙しくなりそう……」

「ま、やるしかないだろ」

 

 

 




サーラ
真っ白な毛並みと金色の目を持つ美しいオオカミ。オス。メキメキと巨大化し、今はケイの身長よりやや低めくらいである。基本的にケイとシンジのみに従順で、聡明かつ非常にタフ。最近極東支部の顔を覚え始めた。(覚えただけで噛まないわけではない)物資や怪我人の運搬の手伝いと偵察、寝ずの番を任される予定で、成人男性くらいなら余裕で運べる怪力を持つ。鍛錬の為に時たまケイを乗せて走ったりしているのだが、そんな姿を見られるたびに「もの〇け姫……」やら「サ〇と山犬だわ……」と言われている。ケイの敵に見境なしに噛みつくため、最初はアラガミに噛みつき始めて大変だった。
最近の彼の悩みは夏の暑さ。


今更ですが、この時代の神機は原作リンドウたちが使っているときほど完全じゃありません。欠陥は多く、攻撃力も未だ全然低いです。
そしてアラガミも進化しきれておらず、テスカトリポカを「遠征」で名前だけ出したと思いますが、兵器の類を使用してません。ボルグカムランもですね。これからあらゆるものがどんどん進化します。そしてケイちゃんも、自身についての謎を知っていきます。
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