「ハロー、リンドウ。おかえりー」
「お、ただいま……どうしたその顔」
廊下でバッタリ出くわした二人は、それぞれ資料らしき書類を抱えつつ自然と同じ方向へ歩き出す。ケイと丁度入れ違いにスイスに遠征に行っていたリンドウは帰って来て早々報告書やら始末書やらの提出を求められたらしい。その書類の下には、今日明日の討伐対象らしきアラガミの資料が重ねられている。一方ケイの書類はペイラーに頼まれて作成している神機運用のデータであり、その顔にはくっきりと疲労の色が見て取れた。
というのも、極東は現在、極度の人手不足であり、極東支部配属の神機使いは漏れなく日々任務に明け暮れていた。今まで支えてくれていたパッティ達が遂に自分たちの支部に帰ってしまった為である。
「帰ってきたからには、リンドウにも馬車馬のように働いてもらうからね!」
「へいへい。しゃーねぇなぁ…………」
そこで唐突に、リンドウの脚が止まった。
「で………このケツに齧りついてる犬は?」
「あ、サーラ。カム、ダメだよ、リンドウは齧っちゃ」
「ワン!」
サーラはケイの声にぱっと口を離して駆け寄り、よく整えてある毛並みがケイの肌を擽った。グッボーイ、グッボーイと宥めつつ首元を掻くと、サーラは嬉しそうに柔らかに目を細める。
「この子はサーラ。オオカミの一種なんだって。今はゴッドイーターのサポートとして走り回る訓練中。ところで、なんでリンドウはお父さんの研究室に向かってるの?」
「いやなんか呼び出されててよ。ついでに借りてた資料も返そうかと」
「なんか見覚えあると思った! それ私の資料じゃん!」
「いいじゃねぇか、どうせお前もう全部頭に入ってるだろ」
「開き直るんだ、ふーん……サーラ、ゴー!」
「うおっやめろお前! こっちくんなサーラ! お座り!」
二人と一匹でドタバタと廊下を駆け、ペイラーの研究室にまで辿り着くころには二人とも息絶え絶えだった。サーラのみがケロッとした顔で舌を出して二人を見つめている。リンドウへの突撃命令はじゃれているだけだと理解したようだった。
ノックすると、開いてるよーと間延びした声が返ってきたので、二人と一匹は躊躇わず扉を開いた。
「来たね。おや、二人一緒かい」
「都合はいいな」
二人を迎えたのは、研究室正面、解析用のパソコンディスプレイ並ぶ机の前の椅子に座ったペイラーと、その傍らに立つ基本的に会う機会のないはずの支部長、ヨハネスだった。昔から慇懃無礼を繰り返してきた相手たるヨハネスに、ケイは頬を引き攣らせる。
「ゲッ、ソーマパパ、じゃなかった支部長……」
「上司に向かってその反応はないと思うのだがね。二人とも、急な呼び出しすまない」
「お前も呼び出されてたのか?」
「うん。このデータが入用かと思ったけど……違うみたいだね?」
「ああ。少し厄介な任務が来てね」
現在、アナグラ滞在の討伐部隊は珍しく全員が揃っている。というのも、防衛班がようやっと立て直しが効き、通常のシフトへと戻っているものの、未だ人員が少ないためにそちらに度々応援へ向かっているために仕事量は半端じゃないものとなっているのだ。。唯一良かったのは通常シフトの為にヨシノも帰ってきて、ナナがまた実家にヨシノと住めるようになったことぐらいだ。任務が終わった帰り道に寄る頻度は低くなく、むしろほぼ毎日通ってると同義だった。ちなみに行く度におでんパンを笑顔で差し出されるため、最近お腹周りがちょっぴり怪しい。
ともかくそういうわけで、アナグラの戦力は現在防衛に大きく力を裂いていた。ああ見えて防衛が得意なアオイとキンタは外せないとして、シンジも極東の最大戦力だから無理、ツバキもそんなシンジのバディなので容易に動かすことは難しい。故に、ケイとリンドウなのだろう。
「なるほどね。相手は?」
「それが、今までに対戦経験のないアラガミらしいんだ。会敵した神機使いは全滅。唯一息があった人間も現在意識不明の重体で話を聞ける状態じゃない、と」
ケイが納得して頷き、続きを促すと、ヨハネスより先にペイラーがそう答えた。会敵経験のないアラガミ、つまり新種のアラガミ。ふと半年以上前に受けた遠征任務の一つを思い出す。
「新種かぁ。テスカトリポカ以来だ」
「あの結局突進しかしてこなかった大型アラガミか。今回はそうはいかないだろうから、注意してかかるように」
「けど博士、新種つったって、外見的特徴がなけりゃ捜索すらままなりませんよ」
「そこはそれ、向こうさんの超望遠カメラで捉えた画像がある。若干の映像の乱れは勘弁してくれたまえよ………コレだ」
ペイラーがディスプレイを一台くるりと180度反転させてケイとリンドウの二人に見せる。画面に映っているのは、鮮やかな珊瑚色の炎がゆらめく、長い尾を持つ昆虫のような黒い体躯のアラガミ。周囲の建物からして、体高は15メートルほどだろうか。
「クアドリガに似てるな」
「うん。けど、何、この手……」
珊瑚色の体毛を除けばボルグ・カムランに非常に酷似した姿だが、その両腕に、ケイは強烈な違和感を覚えた。その両腕は、彼女たちにとって最も身近と言える存在の。
「捕食形態……」
「やはりそう見えるか。私の見解も同じだよ、ケイ」
「………うそでしょ?」
「は………冗談ですよね?」
「こんな質の悪い冗談は言わない」
「察しが良くて何よりだ。ケイ・サカキ、雨宮リンドウ両名に任務を与える。新種のアラガミ――神機使いの成れの果てと思われる対象を討伐せよ」
――――了解。絞り出すように吐き出した言葉は、奇しくも二人同時だった。
ゴッドイーターは、定期的に偏食因子を身体に取り込んでいる。それは腕輪を有し、神機を振るう神機使いには須らく必要なことで、例えどこの支部にいようと定期的な検診が義務である。しかしごく稀に、偏食因子を取り込みすぎたり、又は足りなかったり、神機との同調率が振り切れると、ある現象が起きる。人工的に調整されたアラガミを取り込む腕輪が暴走を起こして発現するもの。
――――アラガミ化だ。
アラガミ化した神機使いには、当然だが速やかな介錯が推奨されている。何のアラガミになるかの規則性は未だ解明されていないが、今回のような新種になるのは非常に稀だ。そもそも神機使いのアラガミ化は未解明の事が多く、現在はアラガミ化した神機使い自身の神機で介錯するのが最も効率的だとされている。しかしこの説もどこから来たのかは実は不明であり、というかそもそも他人の神機を扱える人材なんてものはほぼ皆無なのでないものとカウントされることもしばしばだ。ちなみにケイはそれの検証をこっそりペイラーに頼まれている。ケイの他人の神機運用は極東支部では最早暗黙の了解であり、ケイも極東支部と無関係者の前では取り繕うのを止めている。
ともかくそういうわけで、今ケイとリンドウはスカンディナビア半島、スウェーデンにいた。
「流石に涼しいね」
「夏だとは言え北緯59度だしな……むしろさみーよ」
「ね。サーラは丁度いいくらいかな?」
「ワン!」
「今日も絶好調だな、お前さんは」
ストックホルム支部で手続きを終え、対象のアラガミの行動範囲予測資料を貰ってから、二人と一匹は捜索がてら海岸線を歩いていた。ほんの一昔前まで長閑で可愛らしい町並みをしていたであろうその場所は、今は面影を残すのみで色褪せきっていた。ケイは片手に自分の神機を担ぎ、もう片腕に対象者の神機をぶら下げて軽やかな足取りでテトラポットを跳び移る。それをサーラが鴨の子のようについて回り、リンドウは防波堤の上をゆったりとした足並みで追う。周囲は波の打ち寄せる音のみの長閑なもので、快晴も手伝ってともすれば眠くなってしまいそうなほどである。
「ザコはいるけど……目的のアラガミはいないね。資料だとこの辺りが出現予測地点なんだけどなー……」
「次のとこ行ってみるか」
「来ると思ったんだけどなぁ」
「お前の勘はそこそこ信用できるがお前のナビは世界一信用できねぇ」
「だよねー、私も私を一番信用してないもん!」
「それはそれでどうなんだ……」
リンドウが次の地点を確認しようと端末を起動させたその時、サーラが不意に立ち止まってぴん、と白い耳を立てた。
「サーラ?」
ぴくぴくと耳を動かし、一点を見つめる彼に習って、ケイもその視線の先に目を向ける。赤い屋根の倒壊しかけた家屋、その窓枠の端に、ちらちらとこちらを窺う影が見えた。
大きさからして子どもだろう。ケイは数瞬躊躇したものの、優れた動体視力により捉えたその子どもの不安げな眼を思考から振り切ることは出来ず、そちらへ足を動かした。
静かに、とリンドウにジェスチャーを飛ばしてから、サーラに先導され半分廃屋のような家に忍び込む。ただ上るだけで軋む階段を上った正面に、ほぼ朽ちかけたドアが僅かに風に揺られていた。外から見て、あの子供はおそらくここにいるはずだ。そうっと扉を開けた矢先に、あ、と言う間もなくサーラがするりと身体を滑り込ませてそのまま室内に入って行ってしまう。次いで聞こえる叫び声に、頭を抱えたくなった心境を抑えてケイも部屋に入った。
「ミアに近付くな! このっ」
棒切れを振り回す少年と、少年の背に隠れる少女。少年はどう見ても威嚇しているのだが、悲しいかな、サーラには遊んでくれるorいつもの訓練にしか見えないらしく、尻尾を振りながら飛び掛かったり飛び退いたりしていた。なんだか害がなさそうなので放置しても良かったが、少年がちょっぴり涙目になってきたので、サーラ、おいでーと声をかけた。ぱっと戻ってきてケイの足元でお座りの姿勢を取るサーラにハイハイグッボーイグッボーイとやや雑に頭を撫でる。
「こんにちは。サーラがごめんなさい」
軽く頭を下げながら言うも、少年と少女は黙ったままだった。黙ったままというか、唖然として口が利けないようだった。
「あ、あんた、ゴッドイーターか……?」
「うん、そう。ここへはちょっと調査にね。貴方たちはここで何をしていたの?」
できるだけ穏やかな声で少年に問いかけるが、少年はふいと顔を横に逸らすだけだった。ゴッドイーターなんかに話す口などないというところだろう。見たところ衣服なんかも薄汚れているようだし、壁の外で生きる人々なのだろう。壁の中に入るためのパッチテスト、それに合格した象徴のようなものである神機使いは、外の人々に決して歓迎される存在とはなっていない。子ども二人っきりを置き去りにするのは罪悪感がひどいし、さあどうしようとケイが眉根を寄せると、少年の後ろに隠れていた少女がぴょこりと顔を出した。
「エリオ、ゴッドイーターってなに?」
無邪気に疑問をぶつける少女に、エリオと呼ばれた少年はうっと喉を鳴らした。
「……アラガミを倒すやつらだよ」
「えーっ、うっそだあ! アラガミはたおせないって、かあさん言ってたよ!」
「バケモノにはバケモノってやつだよ、あいつら、人間じゃないんだ」
「ひどい言いようだね。私たちは人間だし、傷つく心もあるんだよ」
「ねーおねぇさん、わんわんさわっていーい?」
「え、うん。どーぞ。サーラ、ステイ」
「ふわふわー!」
「ミアーーー! さっきの話聞いてた!?」
緊張感の欠片もない歓声に、少年がうがーっと全身で怒りを表現する。子どもって強い。ケイの命令通り大人しくされるがままのサーラに身体を埋める様に抱き着いた少女は、顔だけを上げて少年をじと目で見つめる。
「だっておねぇさん、エリオのことばで痛そうだったよ。ひとをきずつけるの、よくない!」
「……イマドキこんな良い子が壁の外でも実在したんだ……それで、ミアちゃん? たちはどうしてここに?」
「ミアでいいよー! んとね、ガソリンを探しに来たんだけど、アラガミにとちゅーで見つかっちゃって、みんなとはぐれちゃったの」
「なるほど、分りやすいかつ簡潔、良い報告ね。……ところで二人とも、話は変わるんだけど、このアラガミに見覚えはないかな?」
自分の神機じゃないほうの神機を地面にほっぽり、ポケットから自分の端末を取り出して二人に画面を見せる。ミアは嬉々として覗き込み、それに渋々といった様子で少年も続く。流石に壁の外で暮らしてるだけあってアラガミの見た目に耐性があるのか、少し顔を顰めただけに留まった。
「んー……似たのはとーくに見たことあるけど……」
「なんだ、この……毛? いや頭」
「つまり、見覚えはない?」
「なーい」
「ないな………」
二人の返事に、ケイはそっか、と頷き端末をしまう。そもそも見たことがあるなどとは思っていなかったので、むしろ期待通りだ。
「うん、貴方たちがこのアラガミを知らないという情報を私は手に入れました。なので、私は報酬として貴方たちに何某かのお礼をしなければなりません。うん、情報はもう貰っちゃったからね、仕方ないね」
「エリオー」
「……なんだよミア」
「このおねぇさん、おばかさんね?」
「えっ、ひど」
「…………ああ、すげーアホみたいな事実だけど、本当にそうみたいだ」
「そこまで言われるほどかな!?」
「言われるほどだろこのじゃじゃ馬姫、なーにを勝手に決めてるんですかねー」
「あっ」
ガシリ、と片手で頭を鷲掴みにされ、ケイはやっべえとありありと顔に表した。誰だコイツ、という風の二人に苦笑いしつつ、上目ですぐ後ろに立つ彼を見上げる。
「こいつはリンドウ、私と同じゴッドイーターで、私の相棒だよ」
「ドーモこいつの相棒やってるリンドウでーす。で、どういう状況だ?」
「探索途中ではぐれちゃったみたい。情報提供の報酬として、この子たちの拠点まで送ることにしたの」
「………情報提供者なら、しゃーないな」
「でしょ?」
うんうんと頷き合うケイとリンドウに、少年が完全に呆れ返った顔を向けた。
「オレはエリオ、こっちはオレの妹のミアだ。よろしくな、にーちゃん」
「待って!? なんで私の時より数倍友好的なのかなぁ!」
「わたしはおねぇさんのほーが好きだよ!」
「ありがとうミアちゃん!」
サーラとまとめて抱きしめると、きゃあーと可愛らしい笑い声交じりの悲鳴を上げる。うん、一部の隙も無いほど可愛い。この任務を受けた時からなんとなく顔を合わせ辛くて敬遠していたから、久方ぶりの癒しポジである。そう、何も言わずに遠征に出てきたのだ。………ちょっと帰るのが恐い。
「んで、チビ共、お前らの拠点は?」
「こっから西に進めば……多分」
「おいおい、ずいぶん曖昧だな」
「元々、拠点を移したばっかだったんだよ。だからまずはガソリンの確保をするはずだったんだ」
「んで、そこにアラガミの襲撃でガムシャラに逃げて、帰り道を見失ったと」
「み、見失ったわけじゃねーし! ちょっとあやふやなだけだし!」
「エリオはいじっぱりなのー」
「うっせ!」
「ま、私とリンドウなら護衛として過分はあっても不足はないし、なんとかなるでしょ。サーラもいるし!」
「えー……」
「む、なによその疑惑の視線は。取り合えず、エリオくんとミアちゃんはサーラに乗っちゃって」
「え、だいじょうぶ? サーラちゃんつぶれない?」
「ダイジョーブダイジョーブ」
さりげにチャン付けされているけれど、サーラがオスであることは伝えた方がいいのか……いや些事かな、うん、とサーラから目を逸らすも、なんだかとてもジト目で見られているような。
サーラは神機を持ったケイを乗せて走り回れる程度の力は持ってるし、そのままで何日か走り続けるほどの持久力もある。神機使いのような強制的な強化でもないただの動物なのに、どこにそんな力があるのか。こんな生物が跋扈していたとか、十数年前ってすごい魔境だったんだなぁとしみじみ頷くと、察したらしいリンドウが頭に手刀を落した。
「馬鹿な事考えてンな、行くぞー」
はーい、と間延びした返事をしながら、先ほど放り出した神機を拾い上げる。神機の柄からは微弱な、静電気のようなぴりぴりとしたそれを僅かに感じるだけで、特に拒絶されるような反応はない。むしろ歓迎するようなその感触は、他の神機とそう変わらない―――いや、すこし過剰なくらいだ。目的を誤ってたりしてないよ、とそっと親指で拭うように撫でた。